62 靈山身延

今を遡ること七百年、建久の昔あらゆる迫害を切り拔けて、ひたすら法華經の弘布に努めた、宗祖日蓮大師の靈場たる事はあまりにも有名である。
欝蒼たる巨杉の中には佛法僧が鳴き、雪見ひばりが訪れ、又二百八十段の石段が屏風の如く突出してゐるのは、如何にも身延山らしい感じを與へて呉れる。其の間に立ち並ぶ七堂伽藍の金色燦然たる樣は、人目を眩惑せしめ暫し恍惚の境に誘導される。
身延山頂上奧院には思親閣あり、老杉天をまし往時を思はせるかの如く……十二粁西、春木川を隔てて七面山あり、山頂より見下す雲海は實に天下一品の稱がある。
頂上近く池あり、池畔の硅藻土はお池の砂と稱し、學術上有名なものである。
朝まだき右眼前に芙蓉峰をひかへ、遙かかなたに御來光を望む莊嚴美はまた格別である。

(佐野 武)


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