序 文

 本邦教育の趨勢を考ふるに、時代の推移と共に、制度に思潮に方法に、幾多の改善が加へられ、最近は郷土教育に來るべき時代の原動力を求めるに至つた。
 圖畫科の如きも單なる描寫から、生活への近接、用への發展、社會的進出等に向つて、一段の活躍が見られるに至つたのは喜ばしい次第である。
 矢崎教諭は經營創作に於ける異彩である。從前各種の新機軸を出して世流を導いた事も尠くない。今回公にせんとする郷土風景は、生徒と共に創作版畫を通して、郷土を研究した一つの結果に過ぎないが、克く藝術と實用とを混化し、專門[# 原本では「問」となっている]と通俗とを調和せしめ、郷土山梨の全貌を、最も平易に、最も簡明に、最も趣味的に知る事が出來る。分科の孤壘に蟠居して、人格や生活の統一を缺くが如き感ある現代文化を照すに、一事萬般の白燈をもつてし、各般の眞色相を發揮せしめ、且つ具体的に圓融統合せしめた事は、眞に意義ある企だと思ふ。
 鑑賞と創作とを織りなし、新しき世紀の發端に踏み入る試みとしての本書が、版畫趣味普及の上に、又學校教育に於ける明日の圖畫手工教育建設の上に、又廣く郷土的認識を昂め、風景資源を開發し、延いては郷土愛の精神涵養の上に、貢献する所多大であらうことを信じて疑はない。
 斯界の魁として、時代の先驅として、觀るによく、味ふによく、學ぶによい好著として、大方の人士並に學生に推奬したい。
  昭和八年七月

山梨縣師範學校長  
太田章一


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