どんど焼きは日本の国民行事

    小正月行事「どんど焼き」の全国・国際調査集計(平成28年版)

<戻る>アーカイブトップページへ
2016/6/13 更新
(このページは随時更新されます)


NPO法人地域資料デジタル化研究会/デジタルアーカイブズ


○デジ研小正月行事「どんど焼き」全国(国際)調査の概要と調査データの利用について

 NPO法人地域資料デジタル化研究会(以下、デジ研)は、平成15年より、全国の新聞社など報道機関や自治体広報のWEB版に掲載された記事などを主な情報源とするキュレーション(Curation)という画期的なIT手法によって、正月の火祭り行事である「どんど焼き」を中心とした小正月行事の実施状況を継続調査し、その成果を本サイトで公開しています。
 収集したデータは、「地域、実施日、名称、場所、参加者、実施内容、趣旨、起源」の属性別に分析し、表形式で比較しました。このキュレーションにおいて、報道機関のニュース記事を主な情報資源とする理由は、原則5W1Hのフォーマットで作成され、編集段階でデータとしての内容の正確性も担保されているためです。

 以上の調査により、小正月行事について、全国規模の事象比較が可能となり、日本国内の詳細な実施状況を一覧表にまとめることが出来ました。調査により、小正月の火祭行事は、国内の全都道府県で実施されており、日本の国民的行事である、またその名称は全国でほぼ「どんど焼き」と呼ばれていることを確認しました。
 さらに平成26年、調査範囲を海外の報道機関などのWEB版に拡大し、どんど焼きなどの小正月行事が日本独自の民俗行事ではなく、海外でも類似の民俗行事が行われていることが明らかになりました。その後の調査により、新年正月の来訪神(仮面、仮装神)行事も、日本の独自文化ではなく、ヨーロッパ、アジア各地で行われており、どんど焼きと合わせて新年、新春を迎えるための世界共通の民衆行事であることが確認できました。

 従来の民俗学では、どんど焼きや関連する地方の小正月行事は、鄙びた農山村の野卑な風習と思われていましたが、デジ研調査からは、実際には国際的な背景を持った農耕儀礼であり、その背景には少なくともアジア、ヨーロッパに共通する普遍的な農耕文化基盤が存在する可能性があるということができます。

 以上の本調査の結果によれば、小正月の火祭り行事に関しては、従来の民俗学の常識である、「小正月の火祭り行事は左義長と呼ばれ、宮中の遊戯行事『三毬杖(さぎちょう)』を起源とする日本固有の文化である。どんど焼きとも呼ばれる」という定説では、どんど焼きの国際的な新年新春行事としての起源や農耕文化としての趣旨を説明できない事態となりました。

 本調査結果によれば、今後の研究課題について、「小正月行事に関する三毬杖(左義長)起源説」をいったん白紙に戻すリセット作業を行う必要が出てきました。来訪神行事も含めて、正月行事全般のルーツについて、地域文化の固有、あるいは独自性に焦点を合わせた従来の研究手法のあり方から、「地域行事の深層に潜在する新たな世界観」を解明するためにパラダイムを全面的に転換することが求められております。今後は、世界の民衆行事の中に潜在する普遍的な共通性を求めて、研究対象を世界規模の視野から再考することが必要になっております。これは民俗学のあり方を再構築する可能性をはらんでいます。

 デジ研では、今後の「大正月・小正月行事研究」をより深めるために、47都道府県と関連する国際調査データをすべて公開することとしました。これらのデータは、これまでの地域文化の研究に張り巡らされていた国境の壁を取り払い、ものごとの見方や捉え方を根本から転換させる可能性を秘めております。そのパラダイム・シフトに挑戦するのは、もしかしたら、このサイトを閲覧しているあなたなのかもしれません。

 本会の調査の範囲内では、日本及び海外の新年、新春を迎える火祭り行事、並びに関連行事に関する全都道府県、世界各国の詳細な実施状況の調査集計は初めてであり、またインターネットで公開されたのも初めてです。
 (2016年3月30日更新)
 (この調査データの引用は商用目的を除き自由です。出典を明らかにして、活用してください。データの加工も自由です。許諾も不要です。出典は[NPO地域資料デジタル化研究会・小正月行事全国・国際調査]でお願いいたします。商用利用を希望される場合は、下段にあるコンタクトフォームからお問い合わせください。)

日本と世界のどんど焼き、関連行事調査結果一覧表はこちらをクリック

================================================

【新着トピックス篇】

○日本のどんど焼き、韓国のタルジプ焼きの淵源は古代ペルシャの拝火行事?! 

 NPO法人地域資料デジタル化研究会(以下デジ研)の調査によると、イランなど中央アジアの春分元日「ノウルーズの祝祭(ペルシャ語:نوروز  [nouˈɾuːz]Nowruz; 英語 "New Day")」(2016年は3月20日)では、日本のどんど焼きのように「焚き火」が重要な役割を果たしていることが確認できました(下記に関連記事)。イランではノウルーズの前の「赤い水曜日のイブ」(チャハールシャンベ・スーリー chahar shanbeh suri) (ペルシャ語: چهارشنبه سوری)で、家の前か、みんなが集まる街の通りで焚き火が燃やされ、人々は火の上を飛び越え、「私にあなたの美しい赤をください。私の(肌の)蒼白(痛み、病気)をもっていけ」と唱えながら、新年の到来を祝い、この1年の健康を祈願します。
 ノウルーズの淵源であるゾロアスター教は、紀元前六世紀頃のペルシャの予言者ゾロアスター(ツァラツストラ)を開祖とする宗教。主神アフラ・マズダの名から「マズダ教」ともいい,火を神聖視するため「拝火教」とも言われます。

 以上の事象を表面的に観察すると、古代のササーン朝ペルシャから伝承されている「チャハールシャンベ・スーリー」では、神聖な火の力によって新年を祝い、1年の健康を祈願することが数千年の民衆の伝統文化として守られています。行事の趣旨は「新年新春の拝火とその1年の健康祈願」がセットになっていることがポイントです。

 以上の観察をもとに時系列で分析しますと、ペルシャの拝火と健康祈願の伝統行事「チャハールシャンベ・スーリー」は、日本の「どんど焼き」、韓国の「タルジプ焼き」、スウェーデンの「ヴァルボリ焼き」などの新年新春祝祭の原型となって、数千年の時を超えて、各国の国民的行事に波及している可能性があります。ここでは日本のどんど焼きなど、各国の行事の趣旨が古代ペルシャの「新年新春の拝火とその1年の健康祈願」で一致しているようにみえます。

 このイランなどの「チャハールシャンベ・スーリー」を含む新年新春行事「ノウルーズ」は2009年、国連のユネスコ無形文化遺産に登録され、世界の文化の多様性及び人類の創造性に対する重要な文化遺産とされています。

 しかし、「チャハールシャンベ・スーリー」が日本の独自文化とされている「どんど焼き」の淵源とするには証拠となるデータが不足していて、今後の研究課題として記しておくこととします。(下記の考察篇に関連記事を掲載)
 (出典:2016年3月20日付けIRIBイランイスラム共和国国営放送・国際放送ラジオ日本語版、wikipedia英語版・日本語版「Nowruz」「復活祭」、宮内庁正倉院公式サイト、アメリカvox.comなどによる)

(2016年4月20日更新)

○国連が「持続可能な開発のための2030アジェンダ」との関連でノウルーズを祝福

 2016年の中東の正月行事ノウルーズ( نوروز  Nowruz)を迎えるにあたって3月21日、国連は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」最初の年に関する声明を発表し、次のようにノウルーズを祝福しました。

 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」最初の年にあたって、国連は、古代からの伝統であり、
 現代的な関連性がある『ノウルーズ』を祝います。ノウルーズは、よりよい未来への集団の旅に
 誰一人取り残さないという国際社会の決意を強化するための機会となるものです。」

 国連の潘基文事務総長は声明の中で『すべての人々のための尊厳の生活のためのビジョン』を強調し、『私たちはノウルーズを祝うすべての人々が喜びと意味をもって祝うことができるようにしましょう。そして、世界中の人々に、ノウルーズの本質的なメッセージである希望と生命の再生を広めましょう』と語りました。
(出典:United Nations News Centre公式サイト「Nowruz is an opportunity to bolster UN goal to 'leave no one behind' on road to sustainable future -Ban」)
(2016年4月4日更新)

○日本のどんど焼きは、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を祝福する

 2015年9月25日〜27日、ニューヨーク国連本部において「国連持続可能な開発サミット」が開催され、193の加盟国によって「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ(Transforming Our World:2030 Agenda for Sustainable Development(注参照)」が採択されました(日本からは安倍総理大臣が出席)。この2030アジェンダは「誰一人置き去りにしない(leaving no one left behind)」ことを掲げ、国際社会が2030年までに貧困を撲滅し、持続可能な開発を実現するための重要な指針です。
 (注)外務省2030アジェンダ特集サイト http://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/gic/page3_001387.html

 2016年は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にとって、キックオフの最初の行動の年にあたります。その記念すべき年に、上記の国連の潘基文事務総長が「ノウルーズ」に寄せた声明は、日本のどんど焼きに込められた祈りが持つ本質的な意味について、重要な示唆をもたらしています。

 上記トピックでは、潘事務総長が、中東の春分元日の新年行事である「ノウルーズ」の伝統を「持続可能な開発のための2030アジェンダ」と関連づけて、現代的な意義を強調しました。2030アジェンダに先立って、国連は2010年に「ノウルーズ国際デー」を正式に承認し、「希望と生命の再生」という、ノウルーズの基本的なメッセージを世界に拡大すべきとしています。

 一方、デジ研の全国調査により、日本の小正月行事は、その1年の(1)人々の無病息災・子孫繁栄、(2)農林漁業など地域の生業(なりわい)の豊穣と繁栄、(3)地域の防災(厄災祓い、悪魔祓い)と安全−の3点を中心に祈念し、行事の締めくくりとして、住民が一堂に会して「どんど焼き」の火を囲み、人々のきずなを確認するコミュニティ行事であることが明らかになっています。この行事は全国各地で数百年の伝統があります。

 以上の小正月行事の3つの祈りは、国連の提唱する「社会の持続可能な発展、開発に何が必要なのか」という要件をはっきりと提示しています。
 つまり、社会が持続可能性をもつということは、その最小単位である集落を構成する人々が健康で、子宝に恵まれ、日々のなりわいが豊かで、暮らしが自立していることなのです。さらに災害には住民が力を合わせて立ち向かっていくという地域の合意が形成されていることが重要であり、しかも、これらの重要な要件について、集落内のすべての住民が継続的に確認しあう場が設けられていることが必要です。そして、その「場」とは、年中行事のどんど焼きであり、小正月の一連の関連行事だったのです。

 小正月行事「どんど焼き」は、国連の提唱する「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の趣旨を先取りする伝統行事として、日本国内の各地で守られ、継承されてきたということができます。私たちは、現代的な意義付けをこめて、小正月行事を「地域住民が集落の持続可能な発展への取り組みを儀礼化した地域文化遺産」と再定義することができます。
 イランの「ノウルーズ」は2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、私たちは、日本の小正月行事もノウルーズと同等以上の文化性と精神性を持っていると言わなければなりません。私達は、小正月行事の現代的な意義を認識し、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を祝福しなければならないと思います。

 どうやら、私たちは小正月研究の成果として、ひとつの到達点を見出したようです。しかし、私たちは、まだまだ多くの研究課題を抱えたままです。今後もこの調査は継続されます。
 (出典:United Nations News Centre、国連「SUSTAINABLE DEVELOPMENT KNOWLEDGE PLATFORM」特設サイト、外務省「持続可能な開発のための2030アジェンダを採択する国連サミット」WEBサイトなどによる)
 (2016年4月10日更新)

 ○インドやネパールで豊作祈願、悪魔払いのホーリー祭祝う 

 インドやネパールなどで行われるヒンドゥー教の春祭り「ホーリー祭」(Holi)は、3月24日の午前中にクライマックスを迎えました。ホーリー祭は、インド暦第11月の満月の日の移動祝祭で(2016年は3月24日、2017年は3月13日)、午前中がクライマックスとなります。祭りの間は、知人だけでなく見知らぬ人にも色粉を塗りつけたり、色水をかけ合ったりして祝います。
 ホーリー祭はもともと豊作祈願の祭りでしたが、その後クリシュナ伝説などの各地の悪魔払いの伝説などが混ざって、現在のような町ぐるみのどんちゃん騒ぎとなったということです。
 ホーリー祭の特徴である色粉や色水を掛け合う由来は、カシミール地方の伝承でこの日に人家に押し入ってくる悪鬼ビシャーチャを追い払うため泥や汚物を投げつけたのが始まりとされます。そのため黄色は尿、赤は血、緑は田畑を象徴すると言われています。色水は色粉を水に混ぜて作るということです。
 祭りの前週から繁華街には色粉や水鉄砲(主に子供が使う)を販売する露店が多数出店します。人々は色粉などを購入して準備し、地域の人たちが集まって祭りが始まると、友人、知人はもとより通りがかった見知らぬ人にまで顔や身体に色粉を塗りつけたり、色水を掛け合ったりします。色粉を塗りあった後は「ハッピー・ホーリー」と言いながら抱き合うことも多いということです。

 一方、インドネシア・バリ島では2016年3月9日、「サカ暦」1938年の新年元日ニュピ(Nyepi)を迎え、ヒンドゥー教徒にとって、精神修養に専念する最も重要な日として、人々は瞑想して悪霊が去るのを待つ、「沈黙の日」を行いました。ことしのニュピは皆既日食と重なり、神秘的な日となりました。前日には、伝統行事オゴオゴが行われ、人々はオゴオゴという悪霊(悪鬼)の姿をした人形を引き回して町中を練り歩いた後、町から悪魔や災いなどの厄を払い、清めるためにオゴオゴを寺院で燃やしました。
(出典:AFP通信afpbb日本語版色「鮮やかな粉が舞う、ヒンズー教の春祭り『ホーリー』 インド東部」、TheJakartaPost「Nyepi observed in tolerance」March 10 2016、wikipedia日本語版「ホーリー祭」などによる)(2016年3月24日更新)

○イランなど中近東で「春分の日」新年=ノウルーズ祝う 

 地域資料デジタル化研究会の調査によると、イランなど中近東の諸国では、2016年の春分の日(vernal equinox)にあたる3月20日、イラン暦ファルヴァルディーン月1日(元日)として、春の新年を盛大に祝いました。この祝祭はノウルーズ(Nowruz=新しい日、英語ではNew Day)と呼ばれています。古代のゾロアスター教を起源として、3000年以上の伝統を有するという祝祭を今日も祝っているのは、イランほかアフガニスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、イラク、アゼルバイジャン、トルコの国々です。
 ノウルーズは春の訪れとともに始まることから、人々は、自然と同様に、服や身の周りのものを新しくして、新年を迎えようとします。ノウルーズの時期、人々はみんなが、喜びにあふれ、親戚に会いに行って、一緒に楽しく過ごすとされています。(実際には中東紛争の影響でそうでないところもあるようです)

   ノウルーズは人類の文化遺産としての価値も高く評価されています。国連では2009年、ノウルーズを正式にユネスコ無形文化遺産に登録しました。ユネスコは、この年にハンガリーの「ブショーヤーラーシュ」、日本の「甑島のトシドン」の2件の新年祝祭も同時に登録し、人類の「迎春」または「頌春」の新年行事に高い評価を示しました。

   さらに国連総会は、ノウルーズが宗教や国境を越えて、さまざまな民族を団結させることにより、世界における人間的な価値の拡大を促進するとして、2010年に「ノウルーズ国際デー」を正式に承認しました。「希望と生命の再生」という、ノウルーズの基本的なメッセージを世界に拡大すべきだと国連では認識されました。それは破壊と混迷の度合いを深める中東の紛争解決への願いが込められているようです。
(出典:IRIBイランイスラム共和国国営放送・国際放送ラジオ日本語版)(2016年3月24日更新)

○TBSテレビ Nスタ・ニュースワイドで、デジ研小正月行事「どんど焼き」全国調査の成果が紹介されました

 2016年1月15日放送のTBSテレビ報道番組 Nスタ・ニュースワイドは、『正月飾りどう処分?火祭り「どんど焼き」』というタイトルで、NPO地域資料デジタル化研究会の小正月行事「どんど焼き」全国調査成果を紹介しました。
 番組公式サイト http://www.tbs.co.jp/n-st/
 番組では、井尻事務局長が電話取材に答えて、まず全国の小正月火祭りのさまざまな呼び名について紹介しました。また、小正月の火祭り行事は、韓国でも行われており、集落の人々が持続的な発展のために、年頭にあたって、心を一つにして地域繁栄、地域防災と各家庭の安心安全を祈願する趣旨が共通して行われていることを報告しました。さらに「地方創生」と対比しながら、どんど焼きの持つ現代的意義などについて解説しました。

○正月のオニ「ユネスコ文化遺産」 9自治体が一括登録目指す 欧州にも類似行事

 大みそか、正月、小正月に、住民が神の使いとしてオニなどに仮装して家々を訪ね、厄払いや無病息災を願う全国各地の「来訪神行事」を、文化庁と関係7県の9自治体が、2016年3月末までに国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に一括登録を申請する準備をすすめています。地域の若者減少などで行事の継承に課題を抱えるなか、「ユネスコ文化遺産」登録で、新たな担い手確保の弾みにしようという狙いもあるということです。

 この準備の一環として、国の文化審議会は2月17日、ユネスコ無形文化遺産候補として、「男鹿のナマハゲ」(秋田)など7県の行事を申請することを決めました。2009年にユネスコ文化遺産に登録済みの「甑(こしき)島のトシドン」(鹿児島)に、国の重要無形民俗文化財になっている全国の類似行事を追加し、「来訪神:仮面・仮装の神々」の名称で計8件の一括登録を求めるということです。
 政府が3月末までにユネスコに申請。早ければ17年11月ごろのユネスコ政府間委員会で審査されます。ユネスコは17、18年の審査の上限を各50件と定めているため、各国からの申請が上限を超えた場合は18年に先送りされる可能性もあるということです。
 
  男鹿のナマハゲ(出典平成23・24年度文化庁文化遺産を活かした観光振興地域活性化事業・男鹿市文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業実行委員会「男鹿のナマハゲ」)

 家庭にやってくるオニなどに仮装した来訪神行事は、「歳神」とも考えられており、秋田県男鹿市のナマハゲや岩手県大船渡市「吉浜のスネカ」など全国8地域で行われ、いずれも国の重要無形民俗文化財に指定されています。
 このうち、「甑島のトシドン」(鹿児島県)が、2009年に単独でユネスコ無形文化遺産に登録されました。ところが、「男鹿のナマハゲ」が2011年に登録審査を申請したところ「(トシドンと)類似の行事だ」との理由で認められなかったということです。このため、国の重要無形民俗文化財になっている類似行事を追加し、「来訪神:仮面・仮装の神々」の名称で一括登録を求めることになりました。

 無形文化遺産を目指す来訪神行事は▽男鹿のナマハゲ(秋田県男鹿市)▽遊佐のアマハゲ(山形県遊佐町)▽「吉浜のスネカ」(岩手県大船渡市)▽「米川の水かぶり」(宮城県登米市)▽「能登のアマメハギ」(石川県輪島市・能登町)▽「見島のカセドリ」(佐賀市)▽「甑(こしき)島のトシドン」(鹿児島県薩摩川内市)▽「宮古島のパーントゥ」(沖縄県宮古島市)。いずれも国重要無形民俗文化財。

 各地の行事は今、少子高齢化のなかで、若者の減少による担い手不足という共通の課題を抱えています。今回のユネスコ文化遺産への申請は、担い手不足を解消に向けて、大きな効果があると期待されているようです。共同通信によると、男鹿市生涯学習課は「ユネスコの無形遺産として評価されることで住民に誇りが生まれ、来訪神行事の伝統を続けていくモチベーションになれば」と期待を込めているということです。

 今回の日本「来訪神」の提案趣旨について、文化庁では以下の3項目の説明をしています。

  1. 正月など年の節目を迎えるに当たり、仮面や蓑(みの)笠(かさ)などを身につけて来訪神に扮(ふん)した者が家々を訪れ、子供や怠け者を戒めたり、災厄をはらったりし、人々に幸や福をもたらす行事である
  2. 来訪神行事は伝承されている各地域において、時代を超え、世代から世代へと受け継がれてきた年中行事であり、それぞれの地域コミュニティでは、来訪神行事を通じて地域の結びつきや世代を超えた人々の対話と交流が深められている
  3. 来訪神行事のユネスコ無形文化遺産代表一覧表への記載は、地域の人々の絆(きずな)としての役割を果たしている無形文化遺産の保護・伝承の事例として、国際社会における無形文化遺産の保護の取組に大きく貢献するものである

 デジ研の国際調査により、日本の来訪神行事と類似の民俗行事が、欧州各地など世界的に同時期に行われていることが判明しています。つまり、日本の来訪神行事は、地域の人々の絆(きずな)としての役割を果たしているばかりではなく、地域の人々と、世界の人々との間には「時代と地域を超えて結ばれた絆」が存在している可能性があります。
 日本のオニの来訪神行事がユネスコ文化遺産となれば、世界の来訪神、あるいはオニ文化などの起源について研究が進み、新たな国際文化交流のきっかけになることも期待できそうです。

 デジ研の国際調査で明らかになった新年新春行事のユネスコ文化遺産登録はそればかりではありません。イランなど中央アジアの春分元日行事である「ノウルーズの祝祭(Nowruz)」は2009年、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。韓国の小正月行事である「チュルタリギ(大綱引き)」と「カンガンスルレ」(農楽踊り)」もユネスコ無形文化遺産に登録されています。

 しかし、「どんど焼き」など日本の正月行事も、ノウルーズ、チュルタリギ、カンガンスルレとほぼ同様の文化的価値をもっています。日本政府は正月行事のなかでも特に来訪神行事だけを取り上げて、ユネスコ文化遺産に登録しようとしていますが、実際には、イランの「ノウルーズ」と同様に、日本の大正月・小正月行事全体が、ユネスコ無形文化遺産としての意義をもっているとみることができます。政府は個別の一本の木だけをみて、森全体の価値を見失っているのかもしれません。

 私たちは、地域の文化行事の評価について、狭い視野、狭い知識によって、ややもすると低い評価をしがちですが、実際には地域文化の深層に人類の共通価値が存在し、言語と国境の壁を超えてお互いにメッセージを共有していることがデジ研の小正月行事全国・国際調査で明らかになってきました。私たちは物事の価値判断のパラダイムを大きく転換するときを迎えているのかもしれません。
 詳細記事は下段の「考察編」に掲載しました。
 (2016年2月18日更新)

 ○欧州の“来訪神”に関する調査結果について ユネスコ文化遺産も2件

 2016年の調査では、文化庁と関係7県の9自治体が、全国各地の「来訪神行事」を、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に一括登録を申請する準備をすすめているとの文化庁発表を基に、「日本の来訪神」と「世界各地の類似行事」との比較を行いました。
 その結果、ヨーロッパ各地で日本のトシドン、ナマハゲ、アマハゲなどと類似する「来訪する仮面、仮装の異人(マレビト)または精霊(せいれい)」(キリスト教圏では神と呼べない)の行事が、年の暮れや立春ごろのカーニバルで行われていることを確認しました。これらの来訪行事は、冬や悪霊を追放し、春の到来を告げ、その年の招福を願うために行われています。

 ヨーロッパでは、冬至から新年にかけてのクリスマスごろ、あるいは立春ごろの告解の火曜日またはマルディグラ(Shrove Tuesday, or Mardi Gras)に行われるカーニバル(謝肉祭)で、野獣の精霊、悪魔などの姿でふさふさの毛皮やわらの衣装を身につけた仮面・仮装の異人が集落に現れ、中心通りを練り歩く来訪行事(家庭を訪問する地域もある)が行われます。これらの民俗行事は、クランプス(Krampus)、バブゲリ(Babugeri)、ブショー(Busós)、ハーバーガイス(Habergeis)などと呼ばれ、各国の伝統文化行事となっています。

 またインドネシアでは、バリ島の新年行事としてオニが来訪する「オゴオゴ(ogoh-ogoh)」が行われています。これらの世界の「来訪神行事」は、開催時期、趣旨や仮面・仮装の形態が類似であることが確認できました。

   また、以上の世界の仮面・仮装のパレードがただの野卑な地域文化ではなく、国際的な文化遺産としての価値があることが認められ、2009年にハンガリーの「ブショーヤーラーシュ」、日本の「甑島のトシドン」の2件、2015年にオーストリアの「エブラルンのクランプス」の1件が、それぞれユネスコの無形文化遺産に登録されています。

   調査結果からは、日本の来訪神行事は、日本固有の無形文化遺産ではなく、欧州などの仮面・仮装の異人・精霊来訪行事と起源を共有している可能性があることが明らかになりました。日本と遠く離れた欧州にどのようなコネクションが存在するのか現時点では全く不明です。調査結果の概要を下段の考察編トピックスに掲載しました。
 (2016年3月5日更新)

○日本や世界各地の仮面神や鬼が集結!東京で写真展

 東京・銀座メゾンエルメス フォーラムは旧暦正月の2016年2月19日から5月15日まで、フランスの写真家シャルル・フレジェの展覧会「YOKAINOSHIMA」(妖怪の島)を開催しています。フレジェ氏は、近年の代表作である「WILDER MANN」シリーズ(2010〜2011年)で、ヨーロッパ各地の伝統的な祝祭の儀式に登場する、熊や山羊、悪魔に仮装した「獣人(ワイルドマン)」の姿を収めています。
 このヨーロッパ全土に残る冬の祝祭には、デジ研の小正月行事世界調査でも明らかになったように、日本の歳神(正月の来訪神)の文化とも共通点が見られることから、フレジェ氏は日本を訪れて新たな展開を試みました。それが「YOKAINOSHIMA」となって作品化されました。
 フレジェ氏は、日本列島を北から南まで58ヶ所で写真取材を行い、秋田県男鹿のナマハゲなど日本固有と思われる仮面神や鬼たちの姿を写真に収めました。しかし、季節のめぐりのなかで、田畑や山々、森林、海辺から現れる世界各地の「来訪神」と比較して見ると、日本のナマハゲ、アマハゲなどは決して日本固有の来訪神ではなかったことに衝撃を受けるでしょう。彼らは、世界共通の来訪神グループの東アジア地区メンバーであることがビジュアル的に証明されているのです。
 では、ナマハゲなどの来訪神が日本固有のものではないとすれば、彼らは、いったい世界のどこからやってきたのでしょうか? さらなる重大な謎が生まれています。写真からは、人類の共通の祈りの姿をかいま見ることができ、来訪神のルーツを探るうえで興味ふかい企画展となっています。
■ 入場料:無料
■ 会場:銀座メゾンエルメス フォーラム (中央区銀座 5-4-1 8 階 TEL: 03-3569-3300)
■ 期間:2月19日〜5月15日 ■ 主催:エルメス財団
■参照サイト 世界の仮面・仮装の「獣人」を紹介するシャルル・フレジェ氏公式サイト「ワイルドマン」

○韓国の小正月行事「チュルタリギ」などユネスコ文化遺産に登録 日本にも同様の綱引き行事

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)は2015年12月2日、韓国の小正月行事「チュルタリギ(줄다리기/綱引き)」をユネスコ無形文化遺産に登録しました。「正月の綱引き」は、豊作を祈願する行事として 東アジアの稲作文化圏で行われている民族遊びで、共通の文化をもつベトナム、フィリピン、カンボジアそして韓国の4カ国が協力して申請し、今回の登録が決定しました。

 正月の綱引きは、集落の住民がふた手に分かれ、太い綱を引っ張り合う行事で、韓国のチュルタリギでは、農村で1年の豊作を祈願する伝統行事として行われてきました。
 チュルタリギに使う綱はアムジュル(雌索)とストジュル(雄索)になっており、アムジュルとストジュルの頭の部分は、男女の性器(陰陽)を象徴したとされています。村の人々は、このチュルタリギをすることで、心を1つにし、新しい農耕の1年に向けての決意を新たにするといわれます。また、チュルタリギを通じて、村の年長者たちは若者を村の共同体に馴染ませ、結束と団結により、働き手の意欲を向上させる意味もあるようです。ユネスコは、稲作文化圏におけるチュルタリギの伝統文化的価値を高く評価し、人類の無形文化遺産に指定したということです。

   この小正月行事チュルタリギ(綱引き)は、日本でも小正月行事として行われていることがデジ研の調査で明らかになっています。
 秋田県大仙市字刈和野の「刈和野の大綱引き」は、韓国のチュルタルギと同様に男女綱を交合させ、農耕儀礼として綱引きが行われています。この2つの行事は起源を共有する同一の行事と呼んでよいでしょう(詳細は、行事データ一覧を参照)。また、旧正月元日に沖縄県竹富町黒島でも伝統行事の大綱引きが行われ、豊作豊漁を祈願します。
 当然のこととして、日本の綱引きもアジアの稲作文化圏の「小正月行事綱引き」として、ユネスコ無形文化遺産に登録されるべきものです。しかしながら、日本の綱引き行事が文化遺産から排除されているのは、ユネスコの調査不足のためと思われます。

【日韓の小正月・綱引きのイメージ比較】

韓国の小正月行事チュルタリギ(줄다리기)=ユネスコ無形文化遺産

日本の小正月行事綱引き
(以上2点出典google画像検索結果)

 小正月行事における日本と韓国の類似行事の存在は、綱引きばかりではありません。デジ研の世界調査では、日本と韓国の小正月行事は、祭礼全体の形態も趣旨も類似の「春の農耕儀礼」であり、さらに北欧の新春行事「メイポール」、スウェーデンの新春行事「ヴァルボリ焼き」にも類似していることが判明しています。
 また、韓国の小正月行事でもある「カンガンスルレ」(農楽踊り)は2009年、ユネスコ文化遺産に登録されています。カンガンスルレは韓国固有の伝統遊びで、タルジプ焼き(日本のどんど焼き)の夜、集落の女性が手をつないで焚き火の周りに丸く輪を作り、歌に合わせてぐるぐる回りながら踊ります。
 このほか、韓国ではソルラル(旧暦1月1日)、端午(旧暦5月5日)、秋夕(旧暦8月15日)などの韓国の年中行事でカンガンスルレが行われます。稲作文化に由来するカンガンスルレは昔ながらの重要な風習で、踊りをたやすく覚えることができ、協調性・平等・友情が感じられる貴重な民俗芸術とされています。
 イタリア・サルディーニャでは、新年の聖アントニオ・アベーテに訪れる野獣の姿をした異人、精霊に仮装した人たちが町の広場で、焚き火の周りで歌に合わせて踊る姿が見られます。
 日本では、ユネスコの無形文化遺産に登録されている神奈川県三浦市三崎の女子による伝統芸能「チャッキラコ」が、カンガンスルレと類似の小正月行事と見ることができます。

   デジ研調査の事例データは、日本国内の山間僻地のさまざまな民俗行事の研究が、国内に視野を限定されるべきではなく、小正月行事については、少なくとも東アジアの農耕文化というグローバルな視野の中で調査研究されるべきであることを強く示唆しています。
 つまり、日本国内にあって、どんな辺鄙な地域の文化であっても、その形成の背景には国境や言葉の壁を超えた大きな文化基盤あるいは意識の基盤が、民衆によってシェアされている可能性があるということです。
 事例データの分布は、どうもユーラシア大陸の東西両端の農耕牧畜地帯に分布しているように見えます。この文化交流がどのような方法で達成されたのかについて、現時点では全く不明です。しかし、上記の国際的調査データの類似性は、たまたまとか、偶然のレベルを超えていて、様々な要素が重層的に一致しているのです。調査データは、民俗学研究の視点の転換と調査フィールドの国際的な拡大を求めるものです。

 (この項韓国観光公社、駐大阪韓国文化院、wikipediaなどによる)

○小正月行事「どんど焼き」研究成果を平成27年2月21日、甲府・山梨県立図書館で発表しました。

 NPO法人地域資料デジタル化研究会は、2月21日(土)、甲府市の山梨県立図書館(JR甲府駅前)で「冬のデジ研まつり2015」『NPO、だから。』を開催しました。
 このイベントで、午前10時から、井尻事務局長が正月行事「どんど焼き」全国、海外調査の概要について報告いたしました。小正月火祭りに関する日本、韓国、スウェーデンの相関現象については、スウェーデン出身の本研究会職員オーレ・ベリーさんも交えて研究報告し、会場の参加者からは鋭い質疑もあり有意義な時間を過ごしました。

日時: 平成27年2月21日(土曜日)10:00〜
場所: 山梨県立図書館 多目的ホール
主催: 特定非営利活動法人地域資料デジタル化研究会
冬のデジ研祭り告知案内チラシはこちら

○小正月行事「どんど焼き」研究データを活用する教材化プランを発表しました。

 デジ研では、小正月行事の全国調査と分析成果を学校の学習活動に役立てていただくため、27年度版では「学習指導要領・郷土学習としての「小正月行事・どんど焼き」の教材化」について、教育現場での活用方法に関する記事を掲載しました。
 小正月行事を道徳教育の「主として集団や社会とのかかわりに関すること」の地域教材とすることを企画し、学習計画案を本サイトで配布しております。

 学校教育で「郷土学習」に使われる場合は、指導プランがございますので、ダウンロードしてお使いください。著作権フリーですので、自由に加工することができます。許諾も不要です。(本サイトの全国調査公開データと併用すると効果的です)
 小正月行事の郷土学習教育における教材化プランはこちらからダウンロードできます。(PDF文書)

○日本人はなぜ旧正月を祝わないのか―中国メディア報道 

 2015年2月19日配信の「Record China.」によると、中国メディア・捜狐は、中国で2月19日から旧正月(春節春節(しゅんせつ、中国語: 春节 Chūnjié チュンチエ)を迎えることに関連し、「日本人はなぜ春節を祝わないのか」と題する記事を掲載しました(18日付)。
 アジアの多くの国、韓国やベトナム、シンガポール、インドネシア、マレーシアでは旧正月を盛大に祝う伝統があります。旧暦の新年を祝うという伝統を守っていないのは日本だけだとしています。
 その原因として、日本も、明治維新の前までは、旧暦で正月を祝っていましたが、政府が1872年12月3日をもって73年1月1日に改め、西洋暦に改暦したことを挙げ、それとともに、日本人は、古代からの伝統も変えてしまったと指摘しています。
 また、Record China.は2月19日配信で、「日本では新年の雰囲気を感じ取ることができない」として、「日本人妻の見た日本」の記事のなかで、「日本では年越しそばやおせち料理を食べる風習があり、門松を飾る伝統もあるのだが、今では門松を飾る家は少なく、おせちを作ることはおろか、買って食べる人も少ない」と紹介し、街の風景についても「非常に静かでいつもの土曜日や日曜日と大差ない」と、日本人の正月を祝う季節感の喪失傾向を紹介しています。
 しかし、これは中国の正月が、爆竹や花火で街が深刻な大気汚染となり、政府が規制しなければならないほどの「騒ぎ」をする現状にあり、これと比較しての「非常に静か」という感想になっている面もあるので、静かかどうかなどと、一概には言い切れないようです。

 デジ研の全国調査では、日本国内でも、旧暦正月「春節」を祝う行事が、長崎県長崎市、神奈川県横浜市中華街で盛大に行われています。
 また秋田県仙北市西木町では2015年2月10日夜、武者絵や美人画が描かれた巨大な紙風船を打ち上げる小正月行事「上桧木内の紙風船上げ」が行われました。これは、中国の春節(2015年は2月19日〜)を祝う伝統行事・天灯(スカイ・ランタン)と同じ趣旨、形態の行事ということができます。
 ランタンフェスティバルは長崎、横浜でも行われています。

 また、2015年の調査では、秋田、青森県で旧暦の小正月を祝う伝統行事が盛大に行われています。2月14、15日に秋田県大館市大町の小正月行事「大館アメッコ市」、2月11日に秋田県大仙市花館地区の小正月行事「川を渡るぼんでん」、2月14日〜16日に秋田県横手市の小正月行事「かまくら」、2月17〜20日に青森県八戸市の国の正月行事「八戸えんぶり」が行われ、それぞれ地域の一大観光行事にもなっていて、地域への経済波及効果も大きいようです。。また、3月6日に沖縄県宮古島市の「あの世の正月『ジュウルクニツ(十六日祭)』が行われ、先祖信仰の小正月行事として、無病息災や子孫繁栄を祈っています。これらは、旧暦正月を祝う行事と考えて良さそうです。

 ○東日本大震災はどんど焼きにも打撃 影響はまだ続いている

 栃木県那須塩原市では2014年1月14日、3年ぶりにどんど焼きが復活しました。東京電力福島第1原発事故の発生以来、ワラなどに含まれる放射性物質の拡散を防ぐため、どんと焼きが中止されていましたが、2014年には放射性物質による空間放射線量率が低下してきたことから、市民の要望を受けて(1)地域住民の十分な理解を得る(2)材料はことしの稲わらなどを使う(3)灰は市クリーンセンターに持ち込み処理する(4)実施前後で空間放射線量率を測定し、周囲に影響がないことを確認する-の4項目を条件に3年ぶりにどんど焼きの再開を認められました。

 宮城県山元町高瀬笠野の八重垣神社では、東日本大震災の津波で流失した社殿などが復興され、小正月の伝統行事「どんと祭」が3年ぶりに復活しました。気仙沼市弁天町では住宅が流されて壊滅的な被害を受け、一景島神社のどんと祭では、住民らは遠方の仮設住宅などから車で訪れる例が見られます。

 こうした事例では、どんど焼きが地域集落の住民の結束を固め、地域集落の「持続可能性」(サステナビリティ)を守る働きを持っていると言えるのではないでしょうか。  (2014年2月6日更新)

==============================

【全国・世界調査結果に基づく考察篇】

=目次=
○小正月行事「どんど焼き」は日本の国民的行事であるとともに世界的な民衆の火祭り
○小正月行事「どんど焼き」 日本全国47都道府県で実施を確認
○日本の「どんど焼き」の名称は全国共通 地域によって「左義長」「鬼火たき」など多彩
○全国の小正月火祭り、関連行事の主な名称と分布(関連行事の名称)
○小正月行事とは何か
○政府の都合で正月行事の季節感を捨ててしまった日本人
○本来のどんど焼きは「新春の満月の夜の火祭り」だった
○調査で判明した小正月行事に込められた5つの開催趣旨
○日本のどんど焼きは歳神様の送り火
○どんど焼きは「集落の持続的な発展を祈る」祭り 震災復興の祈願も
○国連「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は、日本のどんど焼きを祝福する
○どんど焼きに先立ち、全国で子どもたちが招福の家庭訪問 
○繭玉だんご焼きは、どんど焼きの楽しみ
○「どんど焼き」と書き初め燃やし
○小正月の飾り柱 長野・山梨に共通文化圏
○小正月行事「どんど焼き」は日本・韓国・スウェーデン共通の国際的民衆行事
○GOOGLE画像検索による世界の「どんど焼き」の相似と共時性
○日本の来訪神行事「ナマハゲ・アマハゲ」と欧州の「クランプス」、インドネシアの「オゴオゴ」は相似の国際的民衆行事
○小正月行事の火祭り「タルジプ焼き」は韓国の国民的行事 1年の健康と豊作を祈る満月の火祭り
○「日韓」と「中国」の小正月行事の違い
○迎春の火祭り行事「ヴァルボリ焼き」はスウェーデンの国民的行事 1年の豊穣と悪霊払いを大きな焚き火で祈る
○小正月のこども訪問神と、ドイツ「天の花嫁」は相似行事
○どんど焼きの「梵天」、韓国のビョッカリッテ、北欧のメイポールの相似
○日本と韓国では、農耕祭礼として綱引きを行う
○山梨県の旧盆どんど焼きと韓国の秋夕
○日本の来訪神と欧州の“来訪神”の類似に関する調査結果について
○「カセイドリ」藁の精霊に化身した“訪問神” 欧州に類似行事
○日本のどんど焼き、韓国のタルジプ焼きの淵源は古代ペルシャの拝火行事?!
○どんど焼き「三毬杖(さぎちょう)起源説」は疑問が多い
○江戸前期には小正月左義長の起源は「定説なし」とされていた
○全国・国際調査結果から判明した「三毬杖起源説」への4つの疑問
○では、どんど焼きの起源は何なのか? 
○「どんど焼き」は世界的視野での研究段階へ
○小正月行事、どんど焼きは経済効果の大きい地域振興イベント 長野五輪で世界の話題に
○日本一古い小正月の火祭りは、福岡県久留米市の「鬼夜」
○日本一高いどんど焼きやぐらは、宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町大字鞍岡
○日本一大きいどんど焼きやぐらは徳島県美馬市美馬町
○日本一大きなどんど焼きは、奈良の若草山焼き
○日本一のとんど祭屋台は大阪高津宮
○日本一大きいどんど焼き小屋は新潟県十日町市のバイトウ
○どんど焼きの意義を議会の場で質疑 愛媛県八幡浜市
○学習指導要領・郷土学習としての「小正月行事・どんど焼き」の教材化
○全国から提供されたどんど焼き写真記録
○日本と世界のどんど焼き、関連行事調査データ一覧表
====

○小正月行事「どんど焼き」は日本の国民的行事であるとともに世界的な民衆の火祭り

 小正月行事の全国調査では、26〜28年は新たに調査範囲を海外に拡大しました。その調査結果によりますと、どんど焼きは、日本独自の行事ではなく、少なくとも韓国、スウェーデン、アルゼンチンなど世界的に行われている、春を迎えるための火祭り行事(春の夜の火の祭典)であることが判明しました。アルゼンチンは南半球なので、8月の厳寒のころに、その1年の幸せを祈る火祭りとして行われています。その結果は分析レポートとともに、このページ下部に一覧表としてまとめて公開いたしました。

 この国内外の調査結果は、日本の民俗文化の学習資料として非営利利用に限り無償で公開いたします。関心のある方は、出典を明記したうえで、自由に引用してください。許諾も不要です。出典は[NPO地域資料デジタル化研究会・小正月行事の全国調査]としていただければ幸いです。リンクもフリーです。

 商用利用を希望される場合は、このページ下部のコンタクトフォームからお問い合わせください。

○小正月行事「どんど焼き」 日本全国47都道府県で実施を確認

 地域資料デジタル化研究会が行った平成26年時点の調査により、小正月の火祭り行事(どんど焼きなど)の実施状況は、最北端が北海道、最南端が沖縄県まで、日本全国の47都道府県で行われていることが明らかになりました。全都道府県を対象に小正月の火祭り行事の実態調査が実施され、全容が一覧されたのは、おそらく本調査が初めてであると思われます。

 「どんど焼き」の実施時期は全国共通で、ほぼ1月14日から15日にかけて、小正月行事として実施されています。九州では七日正月として、6日ないし7日のところもありました。(※ 取り急ぎ行事の実施内容を知りたい方は、このページ下記項目の「調査結果一覧表」を参照してください。)

 本調査では、以上の結果から、「どんど焼き」は小正月行事の火祭りとして、「日本の国民的行事である」と判定します。

 どんど焼きの最近の傾向を分析しますと、かつて小正月の1月15日が成人の日として休日であったため、休日前の14日夜に小正月行事として行うところが多かったのですが、平成12年以降は、成人の日が1月の第2月曜日に移され、連休とされるようになったため、どんど焼きは、小正月にこだわることなく、住民が参加しやすいように「新成人の日」の前の休日に行われるようになった地域が多く、実施日は各地でばらけてきています。

○日本の「どんど焼き」の名称は全国共通 地域によって「左義長」「鬼火たき」など多彩

 調査結果によると、小正月に行われる火祭り行事の名称は、北海道から沖縄まで、ほぼ全国共通で「どんど焼き」と呼ばれていました。しかし、地域によっては、京都、近畿、北陸周辺で「左義長」、関西で「とんど焼き」、東北では「どんと焼き」、長野・山梨では「道祖神祭」、九州では「鬼火焚き」、「ほんけんぎょう」などと呼ばれています。長野県松本で「三九郎」、静岡県では「さいと焼き」という地域もあります。全国では30種以上の呼び名がありました。(一覧表参照)

 その詳細は、小正月関連の行事の事例が約340件ありました(平成15〜26年までの集計分)。そのなかで小正月の火祭行事の呼び名として確認できた事例は、全国で217件です。確認件数は次のとおりです。その中で、「どんど焼き」が105件(48.4%)と半数近くを占め、最も多い結果となりました。

(1)「どんど焼き」 105件(48.4%)
(2)「とんど焼き」 20件(9.2%)
(3)「左義長」 18件(8.3%)
(4)「道祖神祭」 17件(7.8%)
(5)「どんと焼き」 10件(4.6%)
(6)「鬼火たき」 6件(2.8%)
(7)「サイノカミ」 6件(2.8%)
(8)「どんどん焼き」 5件(2.3%)

 以上の他に、その後の調査で確認できた分も含め、全国の小正月火祭り行事の名称は次のとおりです。(出現件数として各1〜2件)
 梵天祭、どんどや、道陸神(どうろくじん)、ほんげんぎょう、お焚き上げ、おんべ祭り、三九郎、かあがり、ホンダレ、ホンヤリ、天筆焼き、松焚き祭、ワーホイ、やははいろ、蘇民祭、あわんとり、さいと焼き、グロ、おんづろこんづろ、オビシャ、とうど送り、オンノホネ、おんじゃおんじゃ、お火たき、かくしほちょじ、吉兆さん、ヘトマト、じゃない、鬼夜、鬼会、鬼すべ、鬼ばしり、おねび焼き
   各都道府県別の小正月火祭行事について、新聞、放送局などのWEB版に出現した呼称の詳細は、以下のとおりです。小正月火祭り行事について、報道機関WEB版での記事取り扱い量は、東日本で多く、特に東北・甲信越地方では掲載量が多く、地域の関心も高いことがわかります。
 また、伝統的な小正月行事では火祭りが単独で行われるのではなく、火祭りに先立って、全国各地で「福」を地域の家々に招き寄せる「門付け」、災害疫病を追い払う「厄払い」、子孫繁栄のための「子宝祈願」、養蚕大当たりを招き寄せる「繭玉団子づくり」など様々な関連する行事が行われています。一連の関連行事は中学生以下の子どもたちによって行われているのも全国的に共通しています。
 各都道府県ごとの小正月火祭り行事と関連行事の名称は以下にまとめました。さらに地域別の詳細は当調査の地域別集計一覧表を参照してください。

○全国の小正月火祭り行事の主な名称分布〜新聞、放送報道機関WEB版などでの出現例(関連行事の名称)

(※火祭りならびに関連行事の詳細は、下段の調査結果一覧表を御覧ください)

【北海道地方】
 ◎北海道 どんど焼き
【東北地方】
 ◎青森県 どんど焼き
 ◎岩手県 どんと焼き(関連行事:きんこならし、えんぶり、おしらさま、ミズキ団子、スネカ、ナモミ、カラスの小正月、成木責(なるきぜ)め、裸参り、蘇民祭)
 ◎宮城県 どんと祭、松焚き祭、柳沢の焼け八幡、切込の裸カセドリ、暁祭り(関連行事:裸まいり、小村崎春駒、百貫しめ縄、チャセゴ、えんずのわり、ささよ、だんご刺し、けの汁、米川の水かぶり)
 ◎秋田県 梵天祭、どんど焼き、天筆焼き、タイマツ焼き、火振りかまくら、サエの神の小屋焼き(関連行事:雪中田植え、ワタワタ、嫁つつき、鳥追い小屋、鳥追いの歌、梵天奉納、かまくら)
 ◎山形県 どんど焼き、ヤハハイロ(関連行事:アマハゲ、カセドリ、カマクラ、なし団子、さんげさんげ、地蔵ころがし)
 ◎福島県 どんど焼き、サイノカミ(関連行事:団子さし、切り紙・網飾り、七福神舞
【関東地方】
 ◎茨城県 どんど焼き、ワーホイ、あわんとり、浜の炊きあげ祭(関連行事:はねつき・破魔弓神事、ならせモチ、繭玉だんご、木綿玉だんご、鳥追い、三木長)  
 ◎栃木県 どんど焼き、春渡祭(関連行事:繭玉団子、日の出祭り、御筒粥)
 ◎群馬県 どんどん焼き、どんど焼き、おたきあげ(関連行事:繭玉飾り、鳥追い、福の神)
   ◎埼玉県 どんど焼き、道祖神祭り(関連行事:削り花、クダゲエ、繭玉だんご)
 ◎千葉県 どんど焼き(関連行事:里芋祭り、オビシャ)
 ◎東京都 どんど焼き、とんど焼き(関連行事:繭玉団子飾り)
 ◎神奈川県 道祖神祭、どんど焼き、セエノカミサン、左義長(関連行事:チャッキラコ、オンベ竹、まゆ玉飾り、石売り、ヤンナゴッコ綱引き、ナナトコマイリ、オカリコ  

【中部地方】
 ◎新潟県 どんど焼き、サイノカミ(関連行事:まゆ玉飾り、バイトウ、青海の竹のからかい、むこ投げ・すみ塗り、鳥追い、おーまら、ほんやら洞、旗振り)
 ◎長野県 道祖神祭、三九郎、どんど焼き、道陸神祭り、おんべ祭り、せいの神、ホンヤリ(関連行事:おんべきり、福俵曳(び)き、おかたぶち、かんがりや、かあがり、道祖神の御年始、ホンダレ様、七草だるままつり、ほっぽんや、でえもんじ、鳥追い、悪魔払い(あくまっぱらい)、炭売り、きんちゃく落とし、筒粥(つつがゆ)、かさんぼこ)  
 ◎山梨県  どんど焼き、道祖神祭(関連行事:田野の十二神楽、藤木の太鼓乗り、一之瀬高橋の春駒、七福神のねりこみ、氏子めぐり、獅子舞、稲穂(いねぼう)さん、繭玉だんご作り、木勧進(きっかんじょう)、おぶね、福亀、おかたぶち、ヒイチ、御神木立て、御幣渡し、だんごばら、梵天竿(ぼんてんざお)、俵転がし、お松引き、さるぼこ)
 ◎富山県 左義長、おんづろこんづろ、塞の神(関連行事:初午(はつうま)、木偶(でく)さま、サイノカミの唄)
 ◎石川県 左義長(関連行事:柿の木いため、どんど)
 ◎福井県 左義長、どんど焼き(関連行事:左義長ばやし・左義長太鼓、三町芸(左義長芸)、ヒウチ、色短冊)
   ◎静岡県 どんど焼き、さいと焼き、どんどん焼き(関連行事:まゆ玉、おんべら、お宝の木、おんべ玉、削り花)
 ◎愛知県 左義長、どんど焼き(関連行事:はだか祭、どぶろくまつり)
 ◎岐阜県 左義長、どんど焼き
【近畿地方】
 ◎三重県 どんど焼き、「年越しのどんど火」
 ◎滋賀県 左義長、とんど焼き、鬼ばしり(関連行事:火のぼり、ダシ)  
 ◎京都府 左義長、トンド焼き、どんと焼き、古神札・しめ縄焼納祭(関連行事:小豆粥、七福神巡り、五大力尊法要、餅上げ力奉納)   
 ◎大阪府 トンド祭、トンド焼(関連行事:小豆がゆ、きつねがえり) 
 ◎兵庫県 トンド焼き、どんど焼き、かくしほちょじ(ほちょじ焼き)(関連行事:賽(さい)の神、蛇(じゃ)ない、大わらじと草履奉納) 
 ◎奈良県 トンド焼き、大とんど、鬼はしり(関連行事:若草山焼き、弓祝式、山の神まつり)  
 ◎和歌山県 どんど焼き、さぎっちょ(関連行事:小豆粥占い、さぎっちょの歌)
【中国地方】
 ◎鳥取県 トンド焼き、トンドウ(関連行事:コリトリ、七草がゆと鳥追い) 
 ◎島根県 トンド焼き、五十猛(いそだけ)のグロ(関連行事:吉兆さん、しゃぎり太鼓、おおもっつぁん、墨付けとんど、トンド切り)
 ◎岡山県 どんど祭、とんど祭り  
 ◎広島県 トンド祭り   
 ◎山口県 どんど焼き、とんど祭り(関連行事:地福のトイトイ)
【四国地方】
 ◎徳島県 日本一のどんど焼き、左義長(関連行事:吉書投げ入れ、ぼたもち大将)
 ◎香川県 とんど焼き、どんど焼き(関連行事:とうどうばやし・とうどばやし)
 ◎愛媛県 どんど焼き、とうどおくり、お注連(しめ)焼き、鎮火祭(関連行事:大根だき
 ◎高知県 どんど焼き
【九州地方】
 ◎福岡県  どんど焼き、ほっけんぎょう・ほんげんぎょう、鬼夜(おによ)(関連行事:鬼すべ、かゆ開き、十日恵美須(とおかえびす)祭、井手浦の尻振り祭、おこもり小屋) 
 ◎佐賀県 鬼火焚き、ほんげんぎょう、おんじゃおんじゃ、お火たき
 ◎長崎県 どんと焼き、オンノホネ、どんどファイアーフェスティバル(関連行事:ヘトマト、長崎ランタンフェスティバル)
 ◎熊本県 どんどや、鬼火たき、どんど祭り、おねび焼き(関連行事:かせいどり打ち、しゅんなめじょ、もぐら打ち、シシクイ祭り)
 ◎大分県 どんど焼き、鷹栖観音鬼会(たかすかんのんおにえ)(関連行事:福俵引き) 
 ◎宮崎県 どんど焼き、おねっこ(関連行事:柳もち、カセダウイ、かせだ売り、もぐらたたき)
 ◎鹿児島県 鬼火たき、おねっこ、どんど焼き、ドヤドヤサー(関連行事:メノモチ、麦ほめ、かせだうち、ダセチッ、破魔投げ、サンコンメ、イシナト、ハマテゴ、もちひっぱれ、もぐらうち、蚕舞(カーゴマー)、ナリムチ、祝い申そう)
 ◎沖縄県 ドンド焼き、古神札焚上祭(こしんさつたきあげさい)(関連行事:旧正月大綱引き、グソー(あの世)の正月、ジュールクニチー、シャクトゥイ、パーントゥ)

世界のどんど焼き調査結果一覧表はこちらをクリック

○小正月行事とは何か

 なぜ、小正月のどんど焼きが「日本の国民的行事」なのでしょうか。その背景には、2つの理由があります。国民の大部分が農耕を生業として暮らしていた時代の豊作、家内安全、厄払いの「迎春・招福行事」「正月行事の終わりを告げる年神の送り火」の名残りとともに、現代人にとっては家庭ゴミとして捨てることができない門松やしめ飾りなど「正月飾り」を焚き上げ処理するための生活の必要性があります。
 全国のほとんどの自治体で、家庭ゴミの野焼きは禁止されています。しかし、地域の伝統行事としての小正月の火祭り、正月飾りの共同焼却は例外として認められているので、住民は近所の火祭り行事に参加して、門松やしめ縄、古神札、お守り、古だるまなどを焼却する慣習となっています。この機会を逸すると、次のお焚き上げは1年後になってしまうので大変です。
 こうした市民の正月飾りの後始末について、2005年12月、愛媛県八幡浜市定例市議会で「正月飾りの処理のあり方、どんど焼きの意義」を議題として、正月飾りをゴミ処理しようとした市当局に対して、その不当性を訴える議員の白熱した質疑答弁があったことからも、どんど焼きに対する市民感情と現代的意義がうかがえます。(詳細は下段の記事を参照)

 では小正月とは何なのでしょうか。大正月と言われる1月1日に対比して、1月15日を言います。大正月、小正月の違いがどのように発生したかは定説がありませんが、1つには、正月が本来の形で行われていた旧暦(太陰太陽暦)の時代の民衆の暮らしから推測できるのではないかと思われます。

 日本は7世紀末ごろに中国の暦法を使い始め、1685年に日本人が作成した貞享暦に改暦されるまで続きました。その後、「太陰太陽暦」として、宝暦暦、寛政暦、天保暦と改暦されました。これが旧暦です。

 旧暦では、月の運行と太陽の運行に折り合いをつけながら、季節の巡りと暦がずれないように月日が決められていました。旧暦が行われていた明治6年までは、新月の日を「1日(朔日・ついたち)」として月日が巡りました。大正月とはその年の最初の朔日であり、小正月の15日にはその年の最初の満月(望)を迎える日に当たります。

 人々の暮らしが農耕で成り立っていた時代、特に明治以前には1年の作業スケジュールは旧暦に従って組み立てられていました。人々は旧暦1月1日から15日間、すなわ小正月(望の日)までは休日として過ごし、小正月を過ぎると再び農作業に取り掛かる生活が送られていました。旧暦の暮らしでは、小正月と一緒に二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」がやってきます。小正月が終われば、植物の若芽が芽吹き、虫が穴から這い出してくる頃となり、農作業を始める目安となっていたのです。

 現代の日本人はこうした正月行事に込められていた季節感覚を失ってしまいましたが、本来の旧暦正月は、立春を過ぎてからやってくるものでした。立春を過ぎて最初の朔日(ついたち)が必ず旧暦元日だったのです。(ただし約30年に1度、立春が朔と重なり、旧暦1月1日になる年「朔旦立春」がある)大地の季節のめぐりの中で生きていた人々の気持ちとして正月行事とは、春の到来を祝う行事にほかなりません。このため、正月の挨拶として人々は「迎春」「頌春」「新春」の祝辞を交わし、現在でもそのしきたりが、年賀状に「形骸化した祝辞」として継承されています。

 明治以後の太陽暦(新暦)では、立春がほぼ2月4日。そうすると、旧暦本来の正月は2月中、下旬から3月上旬に当たります。2015年のカレンダーでは、立春が2月4日、旧暦元日は2月19日で、二十四節気の「雨水」と一緒の日になります。旧暦小正月の1月15日は新暦では3月5日となり、翌日が植物の若芽が芽吹く啓蟄で、さらに新年最初の満月の日=小正月が重なります。つまり、小正月の火祭りとは、本来「新春の満月の夜の火祭り」だったのです。

 現代のようなコンビニ、スーパーのような便利な物流、電気、ガス、石油などの暖房のある暖かい住まいがなかった時代のことを想像してみますと、人々の冬の暮らしは厳しい寒さに耐えながら、春の到来を待つ日々が続きます。特に雪国の暮らしは、地域社会全体が雪に閉じ込められた厳しいものでした。
 冬の備蓄食糧も非常に限られていました。五穀、野菜、魚などを工夫を重ねて保存し、年を越すために大切に食をつないでいましたが、凶作の年などには、食べるものも底をつき、絶望的な状況に追い込まれることもありました。そのような食糧難は、昭和時代の初期まで日常的に起こっていました。毎年の冬の暮らしは、人々にとって、生き残りのための厳しい闘いでもあったようです。

 こうした厳しい冬の暮らしは古代の話ではなかったのです。日本では昭和20年代まで国民の食糧確保が国家政策の重要課題であり、そのために植民地を求めて海外を侵略する事態まで起こっていました。昭和30年代以降の日本人は、高度経済成長の到来により、豊かな暮らしを実現しましたが、それも古代から数千年の日本の歴史の中では、わずか、ここ半世紀ほどの例外的な出来事と言わなければなりません。

 昭和前期以前の人々にとって、春を迎える喜びというものは、現代人には想像できないほど、大きいものがあったようです。旧暦の暮らしでは立春とともに正月を迎えるということは、春のうきうきとした天地の陽気の移り変わりがひしひしと感じられるばかりでなく、生きることの希望も一緒にやってきたのだと思います。そうした人々の感情は「立春大吉」という護符にもしっかり表現されています。

 このため、新年のあいさつで年賀状に「迎春」「初春」「新春」の喜びを述べるのは、本当に心から湧き上がってくるそのままの喜びの生活感情を伝えていたのです。

 ところが、新暦の正月では、「迎春の喜び」という生活感情は、全く感じることができません。新暦の正月は二十四節気の冬至から大寒ごろとなり、春遠い厳寒のさなかに、身も心も縮こまったままで正月を過ごすことになっています

○政府の都合で正月行事の季節感を捨ててしまった日本人

 明治6年、新暦への移行をわずか20日間で断行した明治政府ですが、実際に人々の生活に混乱が起こっていたことは、国立天文台のWEBサイト「暦WIKI」で紹介されています。「新暦正月は多忙な時期 (麦蒔き、糖の精製、綿の収穫、まきの伐採など) だから祝う暇がない」、「米の収穫から日が浅く、まだ納め終わらない。商取引も完了していない」「新暦正月は雪が多いから」などの混乱を明治政府も認識していたということです。

 「暦WIKI」によると、明治政府が新暦を断行したのは、時代が変ったことを国民に印象付ける意味もありましたが、西洋の契約社会に合わせていくためには、1年の長さが365日とほぼ一定となる新暦が必須だったと思われます。旧暦では閏月が存在し、1年の長さが変わってしまうので、近代の契約社会のためには不都合です。
 実は「暦WIKI」によると、明治政府が20日間で改暦を断行した本当の理由は、経費削減にあったということです。明治6年に閏月があり、月給制を採用した新政府は1か月余計に給料を出さねばならないはずでしたが、太陽暦を採用することでその1か月、さらに2日間だけの12月もあわせて合計2か月分の給料を節約できたことになります。

 明治政府の都合はともかくとして、人々の暮らしに根ざした暦としては、新暦は不合理的な暦といわざるをえません。このため、日本を除く東アジアでは、新暦の正月は簡単に済ませて、旧暦の正月を盛大に祝う慣習が主流になっているのはそのためだと言われています。旧暦で正月を祝う中国などでは、街中の至るところで爆竹や花火が上げられ、まさに迎春の喜びを「爆発」させます。

 日本では政府の方針で、暮らしの重要な節目である年中行事の慣習を、あっさりと季節のめぐりから切り離してしまいました。明治以降の新暦では、旧暦に基づいた行事の日程が、単純に新暦の同じ月日に置き換えられたため、行事に込められた生活感情が全く宙に浮いたものとなってしまったのです。  なんとも政治権力に従順な日本人の姿が表れています。

 このため、「新春の正月」だったはずが、現代では正月の本来持っていた意味とこころが喪われ、「立冬から大寒ごろの厳寒の正月=厳しい寒さの中で遠い春を待ち焦がれる正月」になってしまったのはその極端な事例です。
 四季の移ろいのなかで、暮らしのリズムを刻んできた伝統的な日本人の心のなかで、最も大切な正月の季節感覚を喪ってしまったことは、返す返すも残念なことと言わなければなりません。  

○本来のどんど焼きは「新春の満月の夜の火祭り」だった

 明治以前、旧暦の小正月に行われていた本来の「どんど焼き」は、その年の最初の満月の日に行われる「春夜の火の祭典」という位置づけになることは、どんど焼きの成立を考える上できわめて重要です。
 「どんど焼きの火祭り」は、神火による浄化の力で、集落の人々の1年間の災いを払う意味があります。さらに、この「火の祭典」に、神秘な力があるとされる「年初めの満月」が重なります。実際に月の力は潮の満ち引きを起こし、人間の生理にも強く影響していると言われているわけですから、人々の祈りの力、神火の浄化の力に加えて、月の神秘な力も合わされば、最強のパワーが期待できると考えられていたようです。

 また、以上の考察により、道祖神祭りと小正月のどんど焼きが合体する理由も明確になります。道祖神は集落の境界に設置され、外部からの災から集落を守る「防塞の神」として祀られています。この「道祖神」と集落の安心安全、防災、地域繁栄を祈願する小正月の「どんど焼き」が合体するのは、以上の「集落防災」の趣旨からすれば当然とも言えます。

○調査で判明した小正月行事に込められた5つの開催趣旨

 あらためて小正月行事に関する全国調査の結果により、大正月から小正月に至る集落で行われる一連の行事の意味をまとめてみますと、旧暦で人々が生活を送っていた時代には、大正月では春の到来とともに、家の前に門松を飾り、歳神や祖霊をお迎えする行事が中心となります。このため、大正月は家庭が単位で行われます。これに対して、小正月行事は、地域の集落を単位として、春を迎える準備が中心となります。

 小正月では農休みも終わり、春を迎え農作業に取り掛かる準備に取り掛かるための重要な節目となります。この節目に行う火祭り行事「どんど焼き」には、以下の5つの開催趣旨があることが全国調査から分かりました。(調査結果一覧を参照)

(1)歳神(祖霊)のお見送り。正月飾りを焚き上げる炎と煙にのせて送り火とする(正月の送り火)。(書き初めを炎にのせて送ることで書道の腕が上達することも願う地域がある)

(2)この1年の豊作(農村では五穀豊穣、漁村では大漁、街では商売繁盛)を祈願する(予祝)。このため、豊作の障害となる「害虫、害鳥駆除のまじない」が合わせて行われたり、その1年の作物の豊凶を占う年占(としうら)として筒粥占い、大綱引きが行われたりします。

(3)この1年の家族の健康や集落の防災を祈願する(悪魔払い、厄祓いの行事が火祭りの前に行われる地域がある)

(4)小正月行事が道祖神祭として行われる地域では、新婚家庭への子授け、子孫繁栄を祈願する。

(5)迎春の喜びを集落で分かち合う(迎春儀礼。春駒などの春を祝福する行事が火祭りの前に行われる地域がある)

 小正月の火祭りで、「豊作の予祝」と「防災の悪魔払い」が同時に行われるのは何故でしょうか。それは、農耕・漁労などが人々の暮らしを支えていた時代にあって、自然は豊かな恵みをもたらしてくれると同時に、天災により人々の暮らしを破壊する両面性があったからでした。自然は「神様と悪魔」「恩寵と破壊」が表裏一体のものとして、人間に関わっていました。
 特に古代から昭和初期まで日本の農業とは稲作を中心としていたことを注目しなければなりません。稲などの穀物の収穫は年に1度ですから、やり直しが出来ません。自然の恩恵が得られず、凶作となれば、食糧が無くなる飢饉となります。この飢餓の恐怖は、昭和の時代まで続いていたのです。

 現代のように治山治水、農業用水のインフラ整備、薬剤による病虫害の防除方法がなかった時代には、雨が降れば水害、日が照れば干害、風が吹けば風害、害虫、害鳥が増えれば虫鳥食害、蒙昧な旧幣」ではなく、民衆の心に根ざした現代的意義を持ち続けている実証です。

さらに台風、地震と、人々の農耕生活は1年中、気の休まる時がありません。
 しかも、いったん、これらの天災の襲来を受ければ、人々にはなす術(すべ)もなく、残されているのは集落の人々が心を合わせて祈ることだけでした。

 この「五穀豊穣の祈り」をいつ天地の神仏に捧げるのべきなのか? そのタイミングは、一年の農作業が始まる前、年の初めに春がやってくる時節でなければなりませんでした。祈りには、この1年に農作物の恵みをもたらしてくれる良い神様だけを招き入れ、暮らしの脅威となる悪魔、邪鬼や厄災は来ないでほしいという2つの切実な願いが込められているのです。具体的に、農業の害鳥や害虫を追い払う「鳥追い」「火振り」「もぐらうち」が厄祓いの行事として行われる地域もありました。

 全国調査の結果から読み取れることは、小正月行事のいちばん大事な開催趣旨とは、集落の住民が総出で寄り集まって、どんど焼きのご神火と歳神や祖霊の力を借りながら、みんなの祈りの力で、この1年の「五穀豊穣、大漁、商売繁盛、家内安全、無病息災」を招き入れ、「厄災」を追い払うことにあります。
 地域の豊かな暮らしのために祈り、そのために努力し、そのために地域のみんなが力を合わせていくことを、毎年の歳の始めの火祭り行事で確認しているのです。

○日本のどんど焼きは歳神様の送り火 

 本調査により、日本国内のどんど焼きは全国で共通して、地域の住民が青竹、藁、檜の枝などで作ったお小屋(調査結果ではドンドヤ、オカリヤとも)、やぐらを燃やして、その火で門松や注連飾りなどの正月飾り、また古神札や前年に飾った「だるま」などの縁起物を焚きあげる行事が行われています。農山村地域では、歳神様を送る「正月の送り火行事」として、集落を単位として行われています。
 参加者は燃え盛る火を「神火」として、その1年の「家内安全」「無病息災」「五穀豊穣」「商売繁盛」「大漁」「厄払い」などを祈願し、年初にあたりその1年の「生業の予祝(なりわいのよしゅく)」「厄払い」「子宝授け・子孫繁栄」などを祈る「祈年(としごい)」が全国でほぼ共通して行われています。

 地域の集落の近年の民俗学の研究によりますと、毎年家を訪ねてくる歳神とは先祖の霊が昇華したものであり、子孫の繁栄を見守りにやってくるとされます。つまり、どんど焼きでは、今を生きる住民が祖霊をお正月料理でおもてなしして、この1年の集落の豊作、豊漁、安心安全、子どもの健全育成を加護してくれるよう祈る意味が込められていると考えられます。

 日本の小正月火祭りと同様の趣旨で行われている韓国の「タルジプ焼き」では、明確に「ご先祖様の送り火」として行われています。

 このように「どんど焼き」の背景には先祖信仰の「盆の送り火」と同様の意味があります。このことは山梨県笛吹市芦川町で、旧盆の7月14日夜、道祖神祭・どんど焼きが地域の伝統行事として行われていることからも、根拠のある仮説として成立していると思われます。

○どんど焼きは「集落の持続的な発展を祈る」祭り 震災復興の祈願も

 全国調査により、大正月、小正月行事の役割分担が明確になってきました。元日の大正月が家庭を単位として、その1年の家内安全、家族の無病息災を祈願するのに対して、15日の小正月では集落を単位として、その1年の集落全体の五穀豊穣の豊作、豊漁、商売繁盛、厄払い、合わせて各家庭の「家内安全」「無病息災」「子孫繁栄」などを祈願することが、全国で共通して行われています。

 どんど焼きでは、「正月の送り火」によせて「新年の予祝・厄払い・子孫繁栄」を年毎に住民が共同で祈ることが、小正月行事の国内の共通事項となっています。火祭りで集落・地域共同体の絆を確認するという行為は、小正月行事の一大特色となっています。
 年神様や祖霊を迎えたり、家族が揃って雑煮を食べるなど個々の家庭を単位とした行事の多い大正月に対し、小正月は集落のほぼ全員が集う、年に一度の大行事となっているようです。どんど焼きの火で歳神や祖霊を送り返すとともに、集落の住民が総出で寄り集まって、この1年の豊作・豊漁祈願、商売繁盛を祈願したり、繭玉だんごをつくって養蚕の予祝を行うなど「祈年(としごい)」と言われる集落単位の行事が中心となります。

 小正月行事における具体的な祈りの事例を、2016年1月に山梨県山梨市三富川浦の湯之平集落で行われた道祖神祭で見てみますと、まず道祖神祭のオカリヤ(御仮屋)の前に飾られた一対の灯籠(とうろう)には、祭神の名前が「道祖大神」とともに「猿田彦之尊(さるたひこのみこと)」の名が記され、合わせて住民総意の祈願として「五穀豊穣」「組中安全」「湯之平繁栄」などと書き込まれています。
 さらに集落の各戸を大人や子どもたちが訪問する祝福行事のための灯籠には「五穀豊穣」「健康第一」「家庭円満」「組中安全」「経済安定」」盗難防止」などの祈願が記されています。灯籠のデザインは、道祖神祭を通じて、この一年の集落で以上の祈願が実現するように、住民が団結して暮らしていくことが決意表明として示されています。

 道祖神祭のおかりやと灯籠
 山梨県山梨市三富川浦の道祖神祭のオカリヤと灯籠(2016年1月10日)
  道祖神祭の灯籠
 山梨県山梨市三富川浦の道祖神祭の灯籠(2016年1月10日)
  道祖神祭の灯籠
 山梨県山梨市三富川浦の道祖神祭の灯籠(拡大)(2016年1月10日)

 こうした小正月行事で捧げられる住民の祈りをもとに、小正月行事の現代的意味を考察すると、「集落の持続可能な発展、持続可能な農林漁業、商売のために、災害疫病、農作物の病虫害から集落を守り、暮らしのサステナビリティの保持を祖霊神に祈る」という祭事の本質が見えてきます。
 地域集落の住民が心をひとつにして、大正月から小正月に至る一連の行事に力を合わせて取り組み、この1年の地域コミュニティの安心安全と繁栄を祈るというのが小正月行事のいちばん大事な点だと思われます。21世紀の現代にあっても、地域づくり、まちづくりにおいて、忘れてはならない大事な心のありようだと思います。

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の各県の被災地では、「震災からの地域の復興」が切実な祈願となっていて、被災した人々が祈りを共にすることで、小正月の火祭りがお互いを元気づける場となっています。これは、小正月の火祭りが「野卑で蒙昧な旧幣」ではなく、民衆の心に根ざした現代的意義を持ち続けている実証です。

 政府は少子化、高齢化による社会の衰退の中で、平成26年度に「地方創生」を国家戦略として打ち出しています。平成27年度予算では、地方創生推進のため新設する歳出項目「まち・ひと・しごと創生事業費」に1兆円の予算計上を予定すると報道されていますが、小正月行事・どんど焼きを「地方創生の一大国民キャンペーン」として、取り上げてみてはどうでしょうか。

○国連「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は、日本のどんど焼きを祝福する

 2015年9月25日〜27日、ニューヨーク国連本部において「国連持続可能な開発サミット」が開催され、193の加盟国によって「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ(Transforming Our World:2030 Agenda for Sustainable Development(注参照)」が採択されました(日本からは安倍総理大臣が出席)。この2030アジェンダは「誰一人置き去りにしない(leaving no one left behind)」ことを掲げ、国際社会が2030年までに貧困を撲滅し、持続可能な開発を実現するための重要な指針です。
 (注)外務省2030アジェンダ特集サイト  http://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/gic/page3_001387.html

 2016年は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にとって、キックオフの最初の行動の年にあたります。その記念すべき年に、国連の潘基文事務総長は、イランほか中東の春分元旦の新年行事「ノウルーズ」となる3月21日、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」最初の年に関する声明を発表し、次のようにノウルーズを祝福しました。

 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」最初の年にあたって、国連は、古代からの伝統であり、現代的な関連性がある『ノウルーズ』を祝います。ノウルーズは、よりよい未来への集団の旅に誰も置き去りにしないという国際社会の決意を強化するための機会となるものです。」

 国連の潘基文事務総長は声明の中で『すべての人々のための尊厳の生活のためのビジョン』を強調し、『私たちはノウルーズを祝うすべての人々が喜びと意味にもって祝うことができるようにしましょう。そして、世界中の人々に、ノウルーズの本質的なメッセージである希望と生命の再生を広めましょう』と語りました。
 潘事務総長が声明の中で強調した、持続可能な開発と「ノウルーズ」の現代的な関連性とは、ノウルーズのメッセージである「希望と生命の再生」という意味が、持続可能な開発の本質を示唆していることを指しています。よりよい未来への人類の旅に向けた新年の門出にあたって、ノウルーズはふさわしいものであることを強調したのです。

 国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」は、人々、地球と繁栄のための行動計画です。それはまた、より大きな自由の中で普遍的平和を強化することを目指しています。国連は、あらゆる形態および次元での貧困の撲滅が、最大のグローバルな課題であり、持続可能な開発のための必須の要件であることを認識し、アジェンダを採択しました。
  さらにアジェンダは、人々と異なるコミュニティの間で文化的多様性と友情に貢献し、世代間や家族内の平和と連帯だけでなく、地域紛争における隣人との和解を促進しようとしています。

 一方、イランなど中近東の諸国では、2016年の春分の日(vernal equinox)にあたる3月20日、イラン暦ファルヴァルディーン月1日(元日)として、春の新年を盛大に祝いました。この祝祭はノウルーズ( نوروز  Nowruz=新しい日、英語ではNew Day)と呼ばれています。古代のゾロアスター教を起源として、3000年以上の伝統を有するという祝祭を今日も祝っているのは、イランほかアフガニスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、イラク、アゼルバイジャン、トルコの国々です。
 ノウルーズは春の訪れとともに始まることから、人々は、自然と同様に、服や身の周りのものを新しくして、新年を迎えようとします。伝統的なノウルーズの風習では、人々はみんなが、喜びにあふれ、親戚に会いに行って、一緒に楽しく過ごすとされています。

 ノウルーズは人類の文化遺産としての価値も高く評価されています。国連では2009年、ノウルーズを正式にユネスコ無形文化遺産に登録しました。ユネスコは、この年にハンガリーの「ブショーヤーラーシュ」、日本の「甑島のトシドン」の2件の新年祝祭も同時に無形文化遺産に登録し、人類の「迎春」または「頌春」の新年行事に高い評価を示しました。

  さらに国連総会は、ノウルーズが宗教や国境を越えて、さまざまな民族を団結させることにより、世界における人間的な価値の拡大を促進するとして、2010年に「ノウルーズ国際デー」を正式に承認しました。「希望と生命の再生」という、ノウルーズの基本的なメッセージを世界に拡大すべきだと国連では認識されました。それは破壊と混迷の度合いを深める中東の紛争解決への願いが込められているようです。

 デジ研の2016年国際調査では、国連の潘基文事務総長による「ノウルーズ声明」を手がかりとして、国連の2030アジェンダをノウルーズと同様に日本の小正月行事に関連付けて検討する作業を行いました。この結果、伝統的に小正月行事に込められてきた深遠なメッセージが、地球規模の現代的課題として、鮮明に浮かび上がってくることが確認できたことは、驚くべきことでした。

  デジ研の小正月どんど焼き行事の全国・国際調査の平成26(2014)年度版では、小正月行事の現代的意味を考察し、次のように記述されています。

 “小正月行事の現代的意味を考察すると、『集落の持続可能な発展、持続可能な農林漁業、商売のために、災害疫病、農作物の病虫害から集落を守り、暮らしのサステナビリティの保持を祖霊神に祈る』という祭事の本質が見えてきます。
 地域集落の住民が心をひとつにして、大正月から小正月に至る一連の行事に力を合わせて取り組み、この1年の地域コミュニティの安心安全と繁栄を祈るというのが小正月行事のいちばん大事な点だと思われます。21世紀の現代にあっても、地域づくり、まちづくりにおいて、忘れてはならない大事な心のありようだと思います。”
 

 日本の小正月行事は、期間中にさまざまな関連プログラムが連続して行われています。それらのプログラムは、その1年の人々の(1)無病息災・子孫繁栄、(2)農林・漁業など地域産業の豊穣と繁栄、(3)地域の防災と安全−という3つのテーマに沿って構成されています。
 そして、一連の小正月行事の締めくくりとして最後に「どんど焼き」が行われます。地域コミュニティを構成する人々が一堂に会し、「どんど」の火を囲んで、この1年の豊穣と健康、そして防災を祈るとともに、地域の人々のきずなを確認するのです。

 国連のアジェンダにならって表現すると、古来、日本では、この小正月行事の祈りである「地域社会の持続可能な開発の実施」にあたって、子どもから若者、大人、古老まで地域コミュニティのあらゆる構成員が役割を果たすコミュニティ・パートナーシップが不可欠であると認識されてきました。

 この具体的な表れとして、山梨県の小正月行事「道祖神祭礼」では、地域の隣保組を単位として、「氏子入り」という儀式を現在も行っている地域があります。組内の家庭で子どもが誕生したり、他所から引っ越してきた家族が組内に仲間入りしたりすると、「氏子入り」という行事を通じて、「道祖神」のもとで、正式に組内の構成員として認められるという仕組みです。
 もし、道祖神が地域(集落)の祖霊の集合体であるとするならば、この氏子入りの儀式は、祖霊神たちに見守られながら、「集落の持続可能性」を維持するための、息の長い営々としたコミュニティパートナーシップの仕組みとして、非常に優れた叡智ともいえるものではないでしょうか。

 山梨市日下部地域の事例では、氏子入りした子どもや大人の名前は、江戸時代末期から継承される「道祖神祭礼帳」に年月日とともに記帳され、現在まで保存されています。この道祖神祭礼帳は、地域社会を構成する人々が、コミュニティの持続可能性と生命の再生を護持した証(あかし)となっているのです。

 さらに「希望と生命の再生」の儀礼という観点から小正月行事を観察すると、全国各地で、子供たちが中心となって、どんど焼きのやぐらや小屋を作ったり、その年の「五穀豊穣」や「家内安全」を予祝するために各戸を訪問したりしています。この行事をやり遂げることで子どもたちはコミュニティの一員として成長し、その様子を大人たちが見守る姿が全国各地で共通していることは注目すべきポイントです。小正月行事で、子どもたちが主役となる理由は「子どもたちは、地域コミュニティの希望であり、生命の再生の具体的な存在」であるからです。

 以上の調査結果を要約すると、日本人は、国民的な行事として、地域社会で守ってきた小正月行事「どんど焼き」を通じて、人類の最大のグローバルな課題である「持続可能な地域社会づくり」を、民衆の祈りとして、日常生活のなかで表現し、その達成のために住民が力を合わせてきたのです。このことは、小正月行事の現代的な意義として強調しておきたいと思います。

 日本の小正月行事、そしてどんど焼きは、「持続可能な地域社会づくり」の重要な要件として、伝統的に(1)無病息災・子孫繁栄、(2)農林・漁業など地域産業の豊穣と繁栄、(3)地域の防災と安全−を住民の力を合わせて達成することを掲げてきました。このことは、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を先取りする趣旨の先進的な行事ということができます。

 イランの新年行事「ノウルーズ」は2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、私たちは、日本の小正月行事もノウルーズと同等以上の文化性と精神性を持っていることを理解し、祝福しなければならないと思います。

 どうやら、私たちは小正月研究の成果として、ひとつの到達点を見出したようです。しかし、私たちは、まだまだ多くの研究課題を抱えたままです。今後もこの調査は継続されます。
 (出典:United Nations News Centre、国連「SUSTAINABLE DEVELOPMENT KNOWLEDGE PLATFORM」特設サイトなどによる)

(2016年5月7日更新)

○どんど焼きに先立ち、全国で子どもたちが招福の家庭訪問 

 伝統的な小正月行事は、どんど焼きなどの火祭が単独で行われることはありません。火祭りに先立って、一連の様々な招福の行事が何日もかけて行われます。
 その伝統は現在でも農村を中心に守られている地域が多いようです。一連の流れは、まず、火祭りの会場に五色の吹き流しや御幣を飾った御神木建てが行われれ、祭事の始まりを告げる地域があります。

 一連の行事の趣旨は、地域の家庭に「この1年の福を招く」ことにあります。招福の行事では、大人や子どもたちが集落の各家庭を訪問し、戸口に立って、「申せ、申せ、お祝い申せ」などの口上によって、その1年の「家内安全」「五穀豊穣」「商売繁盛」などと招福の「祝い言」(ほかいごと)を述べる「門付け」という招福行事が行われます。家の人は、訪問した子どもたちにご祝儀の金品を渡す風習が各地で行われています。ご祝儀は、年長の中学生が「親方」となって、子どもたちに分配されています。

 門付けの内容は多彩で、神や精霊に仮装して福をもたらす「七福神」「獅子舞」、「俵引き」、豊作の予祝の舞いである「春駒」、農業の害鳥や害虫を追い払い「鳥追い」「もぐらうち」、子授けや安産、子孫繁栄の祝い言を述べる「嫁つつき」「嫁祝い」などが各地で行われています。

 こうした招福、予祝、子宝授け、厄払いの一連の行事を終えたあと、小正月行事の仕上げの行事として「火祭り(どんど焼き)」が行われ、正月飾りを焚き上げることで、正月気分に終わりを告げます。そして、農作業の準備が始まるのです。

 ○繭玉だんご焼きは、どんど焼きの楽しみ 

 ご神火の炎が収まったところで、繭玉だんご、餅、あるいはみかん、漁村ではスルメ、コンブ、九州ではサツマイモなどを木の枝や竹竿に巻き付けた針金の先に刺して、真っ赤になった熾(お)き火で焼いて食べることも全国各地で、ほぼ共通し行われています。
団子花
 山梨県東八代郡石和町四日市場(現在の笛吹市) 諏訪神社境内で1月14日に行われるどんど焼きの「団子花」。ももやカリンの枝に刺した紅白の繭玉だんご(2002年)

 繭玉だんごを食べる風習は、北海道から九州までほぼ全国で共通しています。養蚕が農村の重要な現金収入の生業となっていた時代には、蚕が作る繭の形に似せて米粉で作る「繭玉だんご」をご神火で焼いて食べることでことで、その1年の養蚕が豊作になるように祈願するとともに、繭玉を食べることで蚕の生命力によせて、健康を祈願したと思われます。
 全国各地で、「どんどの火で焼いた団子を食べると虫歯にならない、風をひかない」、「どんどの火にあたると、この一年を無病息災ですごすことができる」などの言い習わしが共通しています。
 都市部、あるいは養蚕が盛んでなかった地域では、切り餅や丸餅を焼いて食べているところも見られます。小正月の日には「小豆粥(あずきがゆ)」を食べて祝う風習が残る地域も見られます。
 徳島県では地域の冬の特産品であるミカンを焼いて食べる風習があり、「どんどの火でミカンを焼いて食べると風邪をひかない」とも言って食べています。東北地方の海辺の地域ではコンブ、スルメを焼いて食べる所もあります。

   どんど焼きに先立って、「繭玉だんご」をミズキなどの木の枝に刺して、自宅で「繭玉飾り」として神棚などに飾り、その一年の豊作を祈願することも全国的に行われています。
 この飾り物は関東では「団子花」、岩手では「みずき団子」、鹿児島で「蚕舞(カーゴマー)」と呼ばれます。
 北海道札幌市周辺では、色鮮やかな繭玉飾りを注連縄とともに、正月用の縁起物として飾ることが慣習になっていて、歳末になると商店で模造の繭玉、飾りのみずきの木、千両箱や招き猫などが一緒に売りだされます。これは、年の暮れの風物詩となっています。

○「どんど焼き」と書き初め燃やし

 全国各地のどんど焼きでは、子どもたちが正月の書き初めを持ち寄って、燃え上がる「どんどの火」に投げ入れる風習が共通して行われています。その際、子どもたちは、「書き初めを神火で焼いて、高く上がると、習字が上手になる。書道の腕が上がる」と祈りを込めて、書き初めを投じます。
どんど焼きの書き初め燃やし
山梨県山梨市下井尻のどんど焼き。燃え上がる火に書き初めを投じ、習字の腕が上がるように祈る

 運良く書き初めが燃えながら空中に高く舞い上がると、周囲の人々は「今年は習字がうまくなるよ」と囃し立てます。舞い上がらずにそのまま燃えてしまうことがあるので、こどもたちは何枚も書き初めを用意して、次々に炎を目掛けて投じるなど微笑ましい光景が全国で繰り広げられます。
 秋田県美郷町六郷地区の「六郷のカマクラ」は、約700年の歴史がある重要無形民俗文化財ですが、一連の小正月行事の最初に、子どもたちの書き初めの「天筆」が行われます。子どもたちは、願い事を書いた天筆を長い青竹の先につけて戸外に立てておきます。主要行事の天筆焼きは、正月の注連飾り、神符や門松とともに天筆が焼かれる、願い事を書いた紙を一斉に燃やして、願い事の成就を祈願します。

○小正月の飾り柱 長野・山梨に共通文化圏

 デジ研の小正月行事調査によると、秋田、長野、山梨県などでは、集落ごとに幣束、和紙飾りや五色布の吹き流しなどを取り付けた青竹の竿や長い丸太の棒を「小正月飾り柱」として立てる風習が見られます。これらの竹竿や棒は、神の依代(よりしろ)として神聖な場所であることを示し、またどんど焼きの祭場標識として用いられています。また持ち歩きのできる短いサイズのものは、どんど焼きに先立つ招福の練り歩きに用いられ、集落を祓い清める祭具としても使われています。
 これらの標識、もしくは祭具の名称は、梵天(ぼんでん、秋田県横手市)、かさんぼこ(長野県伊那地方)、大文字(でえもんじ、長野県伊那地方)、ご神木おんべ飾り(長野県松本市)、梵天竿(ぼんてんさお、山梨県都留市)、ご神木(山梨県富士五湖地域)、おやなぎさん(山梨県北杜市、甲斐市)、おやま(山梨県山梨市、甲州市)などと呼ばれています。

 
 山梨県忍野村忍草の道祖神祭ご神木(2013年 梵天竿、デジ研アーカイブズより)

      
 【山梨県笛吹市春日居町の「おやま」と切り紙による「おこんぶくろ」飾り=右(2016年1月14日撮影)】

 このうち、長野県と山梨県の飾り柱は祭場である道祖神場に立てられること、さらに飾りのデザインがほぼ類似であることが共通しています。小正月行事を「道祖神祭」と呼ぶことも共通していて、両県とも周囲を連峰で囲まれ、閉鎖的な生活空間ですが、実際には共通の背景を持った“小正月文化圏”が形成されているようです。

 長野、山梨の飾り柱は、いずれも中心の柱が青竹、杉の木などの違いがあるものの、柱の先端には、青竹を割いて作った竹ひごに色紙を巻いたり、御幣や五色の切り紙の垂れ流しが飾り付けられます。長野県の「かさんぼこ」、山梨県の「おやなぎさん」では、竹ひごの飾りは柱の先端から丸く広がって、花が開いたように垂れ下がるため、その姿を指して「傘」や「柳」になぞらえて命名されたようです。(「かさんぼこ」は地元では「傘鉾」と表記するようです)
 また、長野県と山梨県の飾り柱は、どんど焼きが終わったあとに倒されて、竹ひご飾りをはずし、「火伏せ(火除け)、家内安全のお守り」として家庭に持ち帰り、1年間飾られます。1年後のどんど焼きでお焚き上げされ、役目を終わるという風習も長野、山梨で共通しています。

 飾り柱には、幸運をもたらすお守りであるマスコットとして、人形やシンボルをつり下げる地域もあります。山梨県山梨市、甲州市の「おやま」では「おこんぶくろ」をぶらさげます。各戸の主婦が心を込めて作るのが通例です。色紙やカラフルな広告チラシ、あるいは布で小さな袋を作り、中に詰め物を入れます。袋の下に五色の紙の吹き流しをぶら下げ、紙を切ったあみ飾りを被せて完成です。おこんぶくろは、どんど焼きが終わり、おやまが倒されて後、各家庭に持ち帰り「火伏せのお守り」「子孫繁栄のお守り」として1年間飾られます。

 長野県伊那市の「大文字(でえもんじ)」では、木柱の先端に青笹の竹と御幣をつけ、きんちゃく、花飾りと酒だるや「天下泰平」「五穀豊穣」「道祖神」などと書いた飾り箱などと一緒に取り付けています。きんちゃくと花飾りは各戸の神棚や玄関で家のお守りとして1年間供えられることは、他地域と共通です。

 山梨県都留市や富士五湖地域では、梵天竿、ご神木の飾りとして子宝を祈願するためのぬいぐるみ人形「ホウコ(這子)」という赤ちゃん人形、「ヒイチ」という三角形の袋状の飾りなど、色彩豊かな縁起物をつり下げています。山梨の「ヒイチ」は福井県勝山市の左義長で飾られる紅白の房がついた三角形の「ヒウチ(火打)」袋とほぼ同じ形状であり、両県で火除けのお守りとされています。
 一方、秋田県横手市の「ぼんでん」は、地元の伝承によると、江戸期に火防組が「まとい」を先頭に、旭岡山神社に無火災祈願をしたことがあり、この「まとい」の名残が、今のような大型のぼんでん奉納として受け継がれているとされています。

 山梨県北杜市明野町の「おやなぎさん」では、ホウコと似た形のマスコットである「さるぼこ」をぶら下げます。これは猿の赤ちゃん(ぼこ)とされます。山梨県富士河口湖町の「ご神木」では「さるぼぼ」をお守りとしてぶら下げます。これは岐阜県飛騨高山の「さるぼぼ」と類似の猿の赤ちゃん(ぼぼ)をかたどったもので、「不幸や難が去る」と伝えられる厄除けのお守りとなります。
 飛騨高山、富士河口湖の「さるぼぼ」は赤ちゃんが手足を大きく開いた形ですが、北杜の「さるぼこ」は手と足を縫いつけて閉じた形になっています。
 この手足を閉じた猿は庚申信仰の「くくり猿」と言われます。山梨県では「道祖神信仰」と「庚申信仰」をセットで祀られる集落が多く見られます。猿は庚申信仰では神の使いとされ、手足を縫い合わせることで、行いを慎むという戒めの意味があるようです。

 以上のように、デジ研の小正月行事全国調査からは、どんど焼きに関連する全国の飾り柱(依り代)は、共通するキーワードとして「火伏せ(火除け)」「子宝祈願」などの役割を持っていることが明らかになりました。
 (この項、本サイトの閲覧者からの問い合わせへの回答としてまとめました。2016年2月8日更新)

○小正月行事「どんど焼き」は日本・韓国・スウェーデン共通の国際的民衆行事

 26年は新たな試みとして、調査範囲を海外に拡大しました。収集したデータは、「地域、実施日、名称、場所、参加者、実施内容、趣旨」の属性別に分析し、表形式で比較しました。

 その調査結果によると、26年には新たに「どんど焼き」に関する4つのエビデンス(研究のための根拠事実)を確認しました。
【その1】
 沖縄県那覇市でどんど焼きが行われていることを確認しました。これにより、どんど焼き行事の実施状況は、最北端が北海道、最南端が沖縄県まで、日本全国の47都道府県で行われていることが明らかになりました。
【その2】
 山梨県笛吹市芦川町では、旧盆の7月14日夜、道祖神祭・どんど焼きが地域の伝統行事として行われていることを確認しました。これは正月の火祭りと盆の火祭りの背景に共通の性格があることを示すエビデンスではないかと思われます。
【その3】
 26年調査では韓国でも旧暦1月15日にテボルム(小正月)伝統行事を行い、日本のどんど焼きと同様に、藁や薪を積み重ねたやぐらを燃やし、1年の健康と豊穣を祈願する「タルジプ焼き」が行われていることを確認しました。
【その4】
 スウェーデンのヘルシンボリ・ダブラッド紙(Helsingborgs Dagblad )によると、同国では4月30日夜、村落共同体の春を迎え、悪霊を払う伝統的な火祭りとして、「Valborg(ヴァルボリ)焼き」が行われていることを確認しました。
 この行事は「メイデー」の前夜に行われるスウェーデンの祝日となっていて、集落の住民が北欧の遅い春の到来を祝い、たき火の炎で、悪魔や悪霊を祓うという春の予祝行事です。また、中欧や北欧では「ヴァルプルギスの夜」と呼ばれ、迎春の火祭り行事として4月30日または5月1日に広く行われています。
 ◆北欧のヴァルボリ焼き火祭りの画像はこちらにあり、日本のどんど焼きと同じ光景が見られます。
http://goo.gl/APNjmO

 以上の【1】により、「どんど焼き」等の火祭り行事は日本全国47都道府県で行われていると同時に、海外調査結果【3】により、日本と韓国で、集落を単位とした小正月行事に、驚くほどの共通性があることが確認でき、小正月の火祭りである「どんど焼き」は、極東アジアで国際的な広がりのある民衆の行事であることが明らかになりました。
 さらに【4】の調査によると、Valborg(ヴァルボリ)祝祭の主旨は、地域集落の迎春、悪魔払いの火祭りとして行われています。このことは、日本のどんど焼き、韓国のタルジプ焼き、スウェーデンのヴァルボリ焼きは、ほぼ同じ趣旨で行われている伝統民俗行事として関連性があると見ることができます。
 どんど焼きが日本からアジア、中欧から北欧でまで世界で広く行われていることは、驚くべき事実で、「どんど焼きは世界の民衆行事」であることが明らかになりました。

 本調査により、今後の小正月火祭りに関する民俗学研究は、東アジアから北欧までを視野に入れた、世界規模での新たなステージに移行する必要があると判定できます。

○GOOGLE画像検索による世界の「どんど焼き」の相似と共時性

◆日本の小正月どんど焼きのイメージ
日本のどんど焼き

◆韓国の小正月タルジプ焼きのイメージ(満月画像は「満月の夜の火祭り」を意味している)
韓国のタルジプ焼き

◆スウェーデンの迎春ヴァルボリ焼きのイメージ
スウェーデンのヴァルボリ焼き

○日本の来訪神行事「ナマハゲ・アマハゲ」と欧州の「クランプス」、インドネシアの「オゴオゴ」は相似の国際的民衆行事

 2015年1月3日夜、山形県遊佐町では「遊佐の小正月行事」の一つとして「アマハゲ」(国の重要無形民俗文化財)が行われました。これは鬼のような形相の仮面をかぶった男衆が、悪い子をこらしめ、子どもの怠け心を戒める「来訪神(仮面、仮装神)」行事です。同様の小正月行事は、岩手県大船渡市では「スネカ」として1月15日に行われます。このアマハゲは秋田県男鹿市では「ナマハゲ」として大晦日(おおみそか)に行われています。
 また、2015年1月7日夜、福岡県久留米市の大善寺玉垂宮(たまたれぐう)で1600年の伝統を誇る小正月の火祭り「鬼夜(おによ)」が行われました。実施時期が同じで鬼がテーマの祭礼として、高い関連性と共時性があります。

 一方、山形や秋田、岩手県とは地球の裏側にある欧州のドイツ、オーストリアなどでは2014年12月の冬至から15年1月5日のエピファニー(公現祭)にかけて、伝統的なクリスマスと新年を迎える年越し行事「クランプスの夜(12夜)」が行われました。クランプスは来訪神として鬼の姿をして、街を練り歩き、悪い子を見つけて懲らしめるという伝統行事です。

 日本のナマハゲ・アマハゲ、スネカ、そして欧州のクランプス(独:Krampus)のどれも
(1)頭に角を生やした、牙のある鬼の形相の仮面をかぶり
(2)ふさふさしたシャギーな衣装(みの)をまとって、街を練り歩き
(3)「悪い子」を見つけて戒める
(4)冬季の年末年始の伝統行事である
 という4つの点が共通していることが判明しましたので、27年版として追加します。

 日本と地球の裏側の欧州のそれぞれの伝統的な民俗行事について、主体の形態、行動の様子、行事の趣旨、実施時期の4点が、偶然に一致することは確率論的にはありえないことと思われます。
 日本「ナマハゲ」「アマハゲ」「スネカ」と欧州「クランプス」ともに、頭に角を生やし、牙を持った「鬼」であり、ふさふさした衣装を着た格好が共通していることは、たまたまというより、何か共通の起源があると思われます。しかも、日本と欧州のどちらも、鬼の性格として、人々に災いをもたらすものではなく、悪い子、怠けている子を戒める目的で、家に「見守り」として派手にやってくることが共通しています。28年版では、さらにブルガリアの新年行事「クケリ(またはバブガリ)」が同様の来訪神であることが判明したので追加します。

 ナマハゲ、アマハゲなどは神の使いとして「来訪神」とも呼ばれます。クランプスは、クリスマスに家庭にやってきて良い子にプレゼントをもたらす来訪神である「サンタクロース」の相棒の悪魔であるというのも深い意味がありそうです。
 日本と欧州を結ぶ何らかの未知のコネクション、共通の起源があると思われます。しかし、なぜこのような共通した民俗行事が行われているのか、現時点では全く不明で、謎に包まれています。

 2014年調査では、古来、日本独自の地方文化と思われていた「どんど焼き」が欧州で行われている「春を迎えるための火の祭典」と同じ形式であること、「どんど焼き」の「御神木」「梵天(ぼんてん)柱」と欧州の「メイポール(5月の柱)」の性格が相似のものであること、合わせてどんど焼きとメイポールの行事で、子どもたちが集落の各戸を訪問して予祝を行う「門付け」が共通して行われていることも判明しました。

 さらに2015年調査では、インドネシアのバリ島で3月20日、「サカ暦」の新年の元日ニュピを迎えるための伝統行事オゴオゴが行われていることを確認しました。人々はオゴオゴという悪霊(悪鬼)の姿をした人形を引き回して町中を練り歩いた後、町から悪魔や災いなどの厄を払い、清めるためにオゴオゴを寺院で燃やします。
 翌21日のニュピ(2015年では日本の春分の日に当たる)は、バリ・ヒンドゥー教徒にとって、精神修養に専念する最も重要な日で、人々は瞑想してバリ島から悪霊が去るのを待ちます。この日、島内では火や電灯が一切使われないほか、外国人観光客も含めて、人々はいかなる活動をしてはならず、レストランや商店等も一切営業が禁止されます。

 バリ島のオゴオゴは、北欧の新春を迎える悪魔払いの行事「ヴァルプルギスの夜」とも趣旨は共通しています。ヴァルプルギスの夜には、かがり火を焚いて、生者の間を歩き回るといわれる死者と無秩序な魂を追い払います。バリ島のオゴオゴは、南国なので、さすがにシャギーな衣装は身に着けておらず、腰ミノだけの裸の鬼の姿です。しかし、オゴオゴを掲げて町中を練り歩き、最後に燃やす儀式は、集落から悪魔を追い払い、集落を浄化して、人々が「サカ暦」の新年を迎える火祭りであり、日本のどんど焼き、韓国のタルジプ焼き、スウェーデンのヴァルボリ焼きと類似の行事とみることができそうです。なぜ、世界の新年の悪魔払いでは火が燃やされるのか? 本調査では謎に包まれたままです。

 以上の調査により、東北地方の雪深い地域の独自文化であると思われていた「ナマハゲ」「アマハゲ」などがヨーロッパでも行われている「新年の子ども見守り」「豊作祈願」「新年の集落の悪魔払い」のための国際的な民衆の類似行事であることが分かりました。デジ研の小正月調査は「日本文化のルーツとは何か」について、根本から再考を求める結果となっています。

◆日本の「なまはげ」のイメージ
こや 日本のなまはげ
(出典:Akira Kouchiyama / Wikipedia Commons)

◆ドイツの「クランプス」のイメージ
ドイツのクランプス
(出典:Horst A. Kandutsch / Wikipedia Commons)

◆インドネシア・バリの「オゴオゴ」のイメージ
インドネシアのオゴオゴ
(出典:Jack Merridew - An Ogoh-Ogoh and Balinese children in en:Ubud, Bali; March 7, 2008. / Wikipedia Commons)

こや

世界のどんど焼き調査結果一覧表はこちらをクリック

○小正月行事の火祭り「タルジプ焼き」は韓国の国民的行事 1年の健康と豊作を祈る満月の火祭り

 26年調査では合わせて、韓国でも旧暦1月15日に全国各地で「テボルム(小正月)伝統行事」を行い、日本のどんど焼きと同様に、満月の月の出とともに、藁や薪を積み重ねたやぐらを燃やしてご先祖様を祀り、豊作を祈る農業儀礼として「タルジプ焼き」が行われていることが確認できました。
 この日韓国では、木の実を食べてこの1年の健康を祈願するほか、厄払いの獅子舞い「サジャノリ」など、ほぼ日本と共通の行事が行われています。日本の「梵天」と似たビョッカリッテという飾りを立てることも共通しています。また、全国各地で畑や田に火をつけ、雑草や害虫などを駆除する野焼きとして行われる「チュイブルノリ」や「火振り」が行われています。日本では、東北地方で行われている小正月行事「鳥追い」「火振り」、九州で行われている「もぐらうち」など農作物を荒らす災いを追い払う行事と類似しています。
 韓国では、このテボルムの日は厄を払い、1年の豊穣を祈願する神聖な日とされます。月齢によるため毎年変動しますが、2014年は2月14日の「望の日(もちのひ)」がテボルムとなりました。

 以上の調査結果により、「どんど焼き」は、日本の国民行事であるばかりでなく、日本と韓国で共通して行われている小正月の火祭り行事であり、国際的な広がりを持った東アジアの民衆の行事であることが明らかになりました。
 日韓の両国で、小正月行事の火祭りは、
(1)集落を単位とする
(2)その1年の健康や、豊作、豊漁を祈る「祈年儀礼」「予祝儀礼」の行事である
(3)歳神、先祖崇拝の行事である
(4)集落への厄災の侵入を防ぐ「防塞」の祭である
(5)火入れをするためのやぐらは青竹を立て、わらなどを材料に円錐状に高く組み上げる
(6)祭礼の飾り柱として「梵天、ビョッカリッテなど」を立てる
-など少なくとも6つの共通点があります。これだけの共通点があれば、日本と韓国の国境を超えて、同じ背景や起源を持った小正月の同一行事と言ってよいでしょう。

 韓国では旧暦小正月の火祭りと合わせて、「満月の月見祭」が同時に行われていることも特色です。この時期の満月は月影が冴えて、清々しさを感じさせるものがあり、春の息吹とともに、人々の心に深い感動を与えるものがあります。人々は月見祭として「タルボアッター(月をみたぞー)」と叫びながらお辞儀をし、願い事をする風習になっているようです。日本の新暦による小正月行事と違って、旧暦の小正月は「迎春」「賀春」を実感させます。
 韓国では旧暦小正月は、伝統的にその年の十五夜の月が初めて浮かぶ神聖な日とされ、この日に豊作を祈願すると、大きな効果を期待できると考えられています。陰暦1月15日の「テボルム」では「農業の開始日」として、1年の豊作と集落や家族の安泰を祈り、陰暦8月15日である秋の満月の日を「チュソク(秋夕)」といって、この日に1年の収穫に感謝する日とされています。

 韓国国立民俗博物館WEBサイトの「歳時風俗」정월正月の項によると、韓国社会の伝統的な節句(節日)は、小正月(1月15日)·7月の盆(7月15日)·8月の中秋(8月15日)などがありますが、なかでも小正月は旧暦によっていた伝統的な社会において格別の意味を持っていたようです。
 古代からの農耕文化を司った陰陽思想(陰陽思想)によると、太陽は「陽」として男性に具現され、これに反して、月は「​​陰」として、女性に具現されます。したがって、月は女神 - 大地に表象され、女神は万物を生み出すジモシン(地母神)としての生産力をもたらすとされました。その年の最初の満月が上がる小正月は、豊かさの象徴的な意味として位置づけられてきたのです。
 日本でも小正月の火祭り行事は明治以前には旧暦で行われていたので、日本のどんど焼きの真実の姿は、韓国と同様に「新年で最初の満月の火祭り」または「十四夜の月の火祭り」として行われていました。
 万物を生み出すジモシン(地母神)としての月に1年の豊作と集落や家族の安泰を祈り、どんど焼きの火で、厄災を浄化しようとするのが小正月行事の本質的な趣旨ではなかったかと思われます。

 

○「日韓」と「中国」の小正月行事の違い

 日本と韓国の正月行事は、中国の「春節」が起源とされますが、デジ研の調査では、中国の正月行事と日韓の正月行事は、かなり様相をことにしています。
 中国では、旧暦の最初の月「元月」15 日の満月の日を「元宵節」または「上元節」と呼んで、春の到来を慶祝するのが一般的です。元宵節の夜は、その年の最初の満月が上がり、大地に春がよみがえる晩とされます。「元宵節」には、アン入りの丸い団子「湯圓」を食べ、飾り灯籠を家々の軒先や街頭に掲げて、龍舞、獅子舞などで春の到来を祝うのが漢朝時代からの伝統と言われます。近年では紙製の熱気球である「天灯」を空にあげて楽しむ「ランターン・フェスティバル」も盛んになっていて、観光行事となっています。この習俗は台湾でも同様です。
 しかし、日韓と中国の小正月行事とを比べると、全く別の民俗行事といってよいほど形式が違います。根本的な違いというのは、中国の「元宵節」には農耕儀礼としての「火祭り」がないことです。また、火祭りと併せて青竹や木の柱を立てることもありません。
 中国の飾り灯籠には宋の時代に始まる「猜燈謎」という謎語(なぞなぞ)を書いて、道行く人に解かせる習俗もあります。現在では、CCTV(中国中央テレビ)の「中国謎語大会」が国民的人気番組となるなど、「小正月のなぞなぞ」が中国の生活文化に溶け込んでいるようです。
 この小正月行事の中心テーマは、都市型生活のエンターテイメントというようなものであり、日本・韓国の小正月行事における、「五穀豊穣」「祖霊崇拝」「子孫繁栄」の切実な祈りが中国にもあるのかどうか、現時点でのデジ研の調査では不明です。
 小正月行事の形式的なレベルで判断すれば、日本と韓国は同じ起源を共有し、中国とは別の小正月文化を形成していると言えそうです。それが何故なのかについては、現時点の調査結果では不明です。

○迎春の火祭り行事「ヴァルボリ焼き」はスウェーデンの国民的行事 1年の豊穣と悪霊払いを大きな焚き火で祈る

 上記の項では、「小正月・どんど焼き」と「テボルム・タルジプ焼き」が日韓で共通する小正月の火祭り行事であることを確認しました。その背景については、地理的に近隣の関係にある韓国と日本の相互の文化的影響も考えられます。古代ではヤマトと朝鮮の間は、国境をさほど意識しないで、政治的、文化的交流があったことは近年の研究で明らかになっています。その背景にある「絆」についても研究の必要性があると思われます。

 しかし、26年度の本調査で、スウェーデン(中欧・北欧諸国)と日本、韓国の迎春火祭り行事との類似性と共時性(シンクロニシティ、似たような行事を、同じタイミングで行っていること)が明らかになったことは、北欧で古代からやっていたことを、古代の日本人が見聞して、「おお、いいね」と真似したのでしょうか。それとも、北欧の民衆が日本でやっていたことを真似したのでしょうか。あるいは、古代には日本が終点となっていた「シルクロード」が北欧までつながっていたのでしょうか。
 上記のデジ研調査結果からは、私たちは「迎春の火祭り」について、全く新しい観点からの研究手法を採用しなければなりません。

 「ヴァルボリ焼き」と「どんど焼き」の相似性とは、「大きな焚き火を囲んで、深夜まで酒を飲み、何か食べ物を食べて、悪魔を払い、この1年の健康と春の訪れを祝う」という悪魔払い、健康予祝、春の訪れを祝う-の3点に集約できそうです。
 現在の日本では真冬の行事となっている「どんど焼き」を明治以前の本来の旧暦小正月の行事と理解すれば、実施時期は旧暦1月14日(新暦では3月に相当)に行われ、基本的な性格は「迎春・予祝」であります。
 スウェーデンの「ヴァルボリ焼き」も4月30日に行われ、北欧の遅い春を迎える「迎春・予祝」行事であります。両者は、季節のめぐりに対する、全く同じ民衆の暮らしのこころを反映していると言えそうです。

○小正月のこども訪問神と、ドイツ「天の花嫁」は相似行事

 デジ研調査結果によると、新年新春行事の世界的な相似、類似性が多数見つかっています。
 日本では小正月行事として、歳徳神、田の神、七福神や獅子などの「神」や「精霊」による家内の安全や農作物の豊作の恩恵祈願(予祝)が行われます。全国各地で、小正月の火祭りに先立って、子どもたちが神の使いとなって、集落の家々を回って、家内安全、五穀豊穣の祝福を与え、祝い金や菓子をもらう「門付け」が行われています。これらは「小正月の訪問神」とも呼ぶことができます。
 特に「子ども訪問神」は、文化遺産としての小正月行事の本質的な精神性を担う行事であると考えられます。健やかな子どもたちの存在は、地域社会における「生命の再生」が営々として行われている証であり、今を生きる人々の日々の営みが子どもたちによって、しっかり受け継がれることにより、人々の明日への希望が生まれるのです。
 小正月行事の精神性の背景には、祖霊神信仰が根強くあります。今の生活の基盤を作ってくれた祖霊が重要であることはもちろんですが、それと同時に明日を担う子どもたちの健やかな成長は、地域の人々にとって、さらに重要です。「祖霊に子どもたちの健やかな成長を見守ってほしい」、その切実な気持ちが、オニなどに仮装した訪問神による子ども祝福となり、さらに子どもたちが祖霊神の使いとなって、集落の家々を祝福して回る「子ども訪問神」行事に昇華されていったのではないかと思われます。

   小正月行事では、数百年の伝統の上に、祖霊への感謝、子どもたちへの希望が交錯して、過去、現在、未来へと時間がゆったりと流れていきます。持続可能な地域社会づくりとは、このような心の持ちようの中から生み出されていくものであると実感できるのが小正月行事の本来のありかたのようです。
 こうした事例として、国の重要無形民俗文化財に指定されている富山県入善町の「邑町のサイノカミ」ほか長野県、山梨県の道祖神祭、岩手県住田町の「かせどり」などがあげられます。
 これらは、日本独自の伝統的な民俗文化だと思われていました。

 しかし、デジ研の26年度調査によると、韓国のタルジプ焼きでは、祖霊信仰をもとに女神、獅子などの「神」や「精霊」が家々を訪問し、家内の安全や農作物の豊作の恩恵祈願が行われていることが確認できました。さらに、ヨーロッパ各地の春を迎える行事の五月祭(the May Festival, May day)でも、精霊の守護によって農作物が育つと考えられており、その精霊は、女王や乙女のかたちで表現されていることが分かりました。

 ドイツ南西部の、バーデン=ヴュルテンベルク州ツンツィンゲンでは、メイポールという5月1日の春を迎える祝祭において、12歳くらいの少女が、五月の女王的存在の、「天の花嫁」(ウッツフェルト ブリュットリ)に扮して、案内役の女の子2人と、7、8人の少女をしたがえて集落内を練り歩き、家々を訪問しています。お伴の最後尾の少女はかごを下げ、天の花嫁の訪れを村の家々に告げ、各家でかごに乳製品や卵、果物などを受け取ります。天の花嫁は、感謝を表すと同時に、その家を祝福します。

 ドイツの「天の花嫁」では、日本のどんど焼きに先立ち、子どもたちが集落の家々を訪問する門付けと全く類似の「祝福訪問神」行事といえそうです。春の訪れが遅い欧州北部では、迎春祝祭が5月となり、カレンダーの上では、日本の実施時期とずれていますが、迎春行事としては、冬季から春季へ変わる同じタイミングで実施されています。
 日本の小正月行事における子どもの訪問神と同じ主旨の行事が、ドイツでも行われていることは、日本の伝統的な文化と思われていた民俗行事が、実はグローバルな共通の背景を持った行事だったことが分かります。

 ところが、2016年に文化庁は、日本の様々な訪問神の中でも特にオニの姿に仮装した訪問神(全国8自治体)だけを、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産候補に一括登録を申請することになりました。この文化庁の決定は、おそらくオニに仮装した訪問神の形態的な面白さに目を奪われてしまったためと思われます。
 しかし、仮装訪問神だけについて、「日本固有の行事」として文化遺産価値を強調することは、全国各地の小正月行事で共通して行われている様々な形態の「訪問神行事」の本質を見失ってしまうことになりかねません。
 この問題の背景には、これまでの民俗文化の研究が地域の個別の行事を断片的な事象としてとらえ、包括的、大局的な理解を怠ってきたためと思われます。
 デジ研の小正月行事全国調査結果一覧の公開は、この民俗文化研究の「落とし穴」を克服するうえで、非常に有用なデータとなるものです。これらのデータが物語っていることは、少なくとも世界の各地域の小正月または迎春行事に限って考察すると、世界の人々の暮らしは、各地域に孤立したものではなく、お互いに連環した無意識の背景の中で、人々は、自然に寄り添って祖霊・精霊の見守りを信じながら、平安に生きようとする祈りと暮らしを共有しているのです。この祈りは、集落を単位に小正月行事として毎年毎年継続して行われることにより、持続可能なむらづくりの原動力となっていることが明らかになってきたのです。

○「どんど焼き」は世界的視野での研究段階へ

 以上のデジ研「小正月行事「どんど焼き」の全国・世界調査の結果について、私たちは、どのように考えたらよいのでしょうか。私たちは、新たなパラダイムに直面しています。新年、新春を迎える火祭り行事について、国境を超えて、それぞれの民族が独自にやっていた伝統的な民俗行事が、たまたま実施様式、実施の趣旨、実施時期について、偶然に一致するということは確率論的にはありえないと言ってよいでしょう。

 さらに日本と韓国、北欧の火祭りでは、全国各地の広場に集落を単位に住民が広場に集まり、大きな焚き火を囲んで、深夜まで酒を飲み、食べ物を食べて、この1年の健康と春の訪れを祝っています。これは、一体どういうことを意味しているのでしょうか。

 日本のどんど焼きと韓国のタルジプ焼きは、隣国であり、古代から相互交流の歴史がありますから、同じ起源を共有していると推測できます。しかし、その行事連関が北欧まで広がっているとすると、日本の何気ない「伝統的な民衆文化や習慣」の裏側には、驚くべき世界規模の「普遍性」が潜んでいて、世界の人々の日常の生活や意識は、見えない糸で結ばれているのではないか。そうした新しいパラダイムの可能性がデジ研の調査から確認できました。

 さらに2015年の調査では、東北地方の「ナマハゲ・アマハゲ」と欧州の「クランプス」、インドネシアの「オゴオゴ」は、新年、新春を迎えるための「オニ」による「集落(や子どもたち)の浄化」「厄払い」が行われ、それぞれ相似の「来訪神 仮面・仮装の神々」行事であることが分かりました。なぜ、世界の人々は、春を迎えるためにオニの登場を必要とするのでしょうか? ここにも大きな謎が潜んでいます。

   どんど焼きから始まるデジ研の「小正月に関する民俗行事研究」は、以上の調査結果から、日本の枠から飛び出してしまい、東アジアから北欧までを視野に入れた、世界規模での新たなステージに移行する必要性が出てきたのです。

 こうした問題の解法としては、国際的な比較文化学があります。しかし、「どんど焼き」は古代から受け継ぐ伝統的な民衆文化であることから、比較文化学を超えて、ここには心理的な「共時性(シンクロニシティ)」が存在していることに着目する必要がありそうです。その解法に、スイスの心理学者カール・ユングを筆頭に、世界の神話や民族風習などには背景に心理学的なものがあるという考えがあります。

 ユングは、すべての人間は生まれながらの心理的な力(psychological force)を無意識に共有する「集合的無意識(Collective Unconscious)」があると主張し、ここから生み出される性向を「元型」(archetypes)と名づけています。これは、異文化間の神話に見られる類似性を説明する仮説でありますが、国境や民族を超えた「どんど焼き迎春予祝行事」にも適合するのではないでしょうか。民俗学研究者によるさらなる探究に期待したいと思います。
(※以上の心理学的考察については、wikipediaによる)

○どんど焼きの「梵天」、韓国のビョッカリッテ、北欧のメイポールの相似

 小正月行事「梵天祭」は秋田県で盛大に行われており、地元では「秋田固有の神事」とされています。しかし、本調査によりますと、類似の飾り柱は国内各地、また海外でも広く行われている事がわかりました。
 韓国で春を迎える小正月行事「タルジプ焼き」でも、日本の梵天飾りとほぼ同じデザインの「ピョッカリッテ」が広場に建てられ、豊作や1年の福を祈願します。そのそばでタルジプ火祭が行われます。
 北欧・中欧では、春を迎えるための「メイポール(5月の柱)」が各地で行われています。通常5月1日に,町や村の中心の広場に色紙で飾り立てた柱を立て、その周りで住民が春の到来を祝います。
 日本の小正月行事のどんど焼きでも、飾り柱を立てて、神の依り代(よりしろ)として、その年の福を祈願します。なかでも、山梨県の「ご神木」「梵天(ぼんてん)柱」、「おやなぎ」などの飾り柱は、ドイツ・ケルンのマイバウム(5月の木)とデザインが似ていることが確認されています。(下図参照)

 以上、世界の3つの民俗行事は形態が似ているばかりでなく、その行事に込められた祈りの心は、驚くほどお互いに通うものがあります。欧州のメイポールと韓国のピョッカリッテ行事では、人々は柱の回りを踊りながらくるくると円舞し、春の到来を祝います。しかし、春を迎えるために、異なる国々の人々はどうして柱を立てるのでしょうか。いったい、なぜなのか疑問が深まります。私たちは「どんど焼き」に潜む新たな謎を明らかにする時が来ているようです。

GOOGLEによる欧州のメイポールのイメージはこちらをクリック。
北欧のメイポール

GOOGLEによる韓国のピョッカリッテのイメージはこちらをクリック
韓国のピョッカリッテ

GOOGLEによる日本の小正月梵天柱飾りのイメージはこちらをクリック
小正月梵天飾り

◆ドイツ・ケルンのマイバウムは、日本・山梨県の「おやなぎ」「ぼんてん柱」「ご神木」と類似のデザイン
ドイツ・ケルンのマイバウム  
(左写真はドイツ・ケルンのマイバウム 出典Deutsch:Maibaum (Birke) des Poller Maigeloogs auf Marktplatz Koln-Poll.Date 5 May 2011.Author Koelner50, Hans Burgwinkel/WIKIPEDIA COMMONS。右写真は日本国山梨県忍野村忍草の道祖神祭ご神木(梵天竿)2013年1月13日(デジ研アーカイブズより)

 韓国の小正月行事ピョッカリッテでは、布などに稲・麦・大豆・小豆など様々な穀物を包んで竿につるして農家の庭先などに建てます。ピョッカリッテを立てる主な目的は、農業の豊作を祈願し、飲料水と農業用水を十分に確保するためなので、通常井戸や野原、農家の外庭と中庭、牛舎の隣りなどに立てるとされています。
 小正月になると、子供たちが夜明けに起きてピョッカリッテの周りをぐるぐる回って歌を歌いながら豊作を祈願するのが伝統的な風習とされます。

 日本のどんど焼きでは、小屋ややぐらのそばに飾り柱として、立てられる「梵天」「御神木」は、その年に豊作や福をもたらす神様の依り代となると考えられます。秋田では、梵天祭(ぼんでんさい)が小正月行事のメーンイベントとして行われています。観光行事としても位置づけられ、観光客誘致のイベントにもなっています。
 山梨県では、道祖神祭の飾り物として、県内各地で「梵天(ぼんてん)」「おやなぎ」「おやま」「ごしんぼく(神木)」などの名称で、青竹や木柱に御幣を付けて建てます。この梵天には、「オコンブクロ」という切り紙、「ホウコ(這子)」という赤ちゃん人形、「ヒイチ」という三角形の袋状の飾りなど、色彩豊かな縁起物をぶら下げています。
 山梨の「ヒイチ」は福井の「ヒウチ袋」と同じ形状であり、火除けのお守りとされています。
(この項、wikipedia、韓国国立博物館HPなどに基づく)

○日本と韓国では、農耕祭礼として綱引きを行う

 小正月行事の農耕祭礼として、日本国内では「綱引き」を行っている所があります。集落の住民が総出で、大綱を引き合い、勝敗により、その年のコメの豊凶を占ったり、地区対抗で勝った方が豊作になったりなどの言い習わしがされています。近年は、農耕祭礼としての綱引きが廃れる傾向にあり、学校の運動会や地域の社会人運動会、体育祭の定番競技となっています。
 デジ研の2015年調査では、秋田県大仙市字刈和野の旧暦正月行事「刈和野の大綱引き」は国の重要無形民俗文化財に指定され、陰陽思想に基づく、先端が陽(男性)の象徴である雄綱と、先端が陰(女性)の象徴である「雌綱」を連結して勝敗を競っています。また、沖縄県竹富町黒島で旧暦正月行事として行われる「黒島の旧正月大綱引き」では、仲本集落と東筋集落が豊作豊漁を願い、綱を引き合います。

 さらに、韓国では旧暦小正月の「テボルム」では、満月の月見祭をした後、陰陽思想に基いて、男女がチームに分かれてチュルタリギ(綱引き)をする風習があります。女性チームが勝つと豊作だという言い伝えや、地区対抗で行う場合は、勝った村には豊年と豊漁が訪れるだけでなく、一年間疾病にかからず無病息災になるとされています。
 村の人々は、チュルタリギをすることで、心を1つにし、新しい農耕の1年に向けての決意を新たにしました。また、チュルタリギを通じて、村の年長者たちは若者を村の共同体に馴染ませ、結束と団結により、働き手の意欲を向上させました。このように、チュルタリギは、村の人々の連携を強化させ、疎通や和合のための大きな役割を果たしました。ユネスコは2015年、稲作文化圏におけるチュルタリギの伝統文化的価値を高く評価し、人類無形文化遺産に指定しました。
 韓国慶尚南道昌寧郡霊山面の「霊山の網引き」は国の重要無形文化財26号に指定され、広州南区の「ゴサウム綱引き遊び」は国の重要無形文化財33号に指定されている小正月行事です。これらの綱引きは村を男性と女性を象徴する東軍と西軍に分かれて競い、その年の豊凶を占います。綱引きは雌綱と雄綱の丸い輪を連結して始まり、女性である西軍が勝つと豊年になると伝えられています。
 この形式は秋田県大仙市の「刈和野の大綱引き」と同様であり、韓国と秋田で、同じ起源を共有する農耕儀礼とみてよいでしょう。

○山梨県の旧盆どんど焼きと韓国の秋夕 

 山梨県笛吹市芦川町では、旧盆の7月14日夜、道祖神祭・どんど焼きが旧盆の先祖送りの行事として行われていることが分かり、これは正月の火祭りと盆の火祭りの背景に共通の性格があるのではないかいう研究テーマとなりました。仮説準備のための考察は以下の通りです。
 日本のお盆(7月15日、8月15日)は、正月と並ぶ重要な祖霊崇拝儀礼です。本年の海外調査では、韓国で行われている「秋夕」(チュソク)では陰暦の8月15日(中秋節)に祖先祭祀や墓参をはじめとする行事が行われ、小正月行事のテボルムと並ぶ重要な祭日となっていることが分かりました。
 韓国では前後3日間が祝日であり、帰省シーズンとなります。このため、日本の盆行事と秋夕を類似する関連行事になぞらえる考え方もあります。また、韓国の秋夕で行われる「迎月(月見)」などの多くの行事は陰暦1月15日の上元節テボルムで行われる「満月の月見祭」と対の行事であると考えられています。
(この項、wikipedia等による)

 ○日本の来訪神と欧州の“来訪神”の類似に関する調査結果について

 デジ研で2016年の調査によると、ヨーロッパでは、クリスマス、または立春ごろに行われる、「カーニバル(謝肉祭)」の習俗として、仮面をつけ、フサフサの毛皮に身を包んで仮装した男たちが街を練り歩くパレードが各地で行われていることを確認しました。多くはヤギやシカ、クマに仮装することが共通しています。冬を追い払い、春の到来を告げながら悪鬼を音で追い払うるベルを身につけ、1年の豊穣を祝うという「異教の訪問神」の役割を果たしています。その調査結果からは、日本の正月、小正月に現れる「仮面、仮装の来訪神」と仮面、衣装、趣旨などがほぼ類似しています。
 しかし、一神教であるキリスト教では仮装した人々を「神」と呼ぶことはなく、「精霊」あるいは日本でいう「異人、まれびと」という受け止め方がされているようです。

 カーニバルはキリスト教の「四旬節」に入る直前に祝宴(あるいはどんちゃん騒ぎ)として行われ、通常2月下旬に行われます。告解の火曜日(シュロブ・チューズデイまたはマルディグラ、パンケーキの日)を最終日とする6日間行われます。告解の火曜日の翌日が「灰色の水曜日」で、肉食などの断食や節制、ざんげなどを行う四旬節が始まるという行事日程になっています。
 カーニバルの日程は、アジアの旧暦正月行事とほぼ重なっています。これは告解火曜日が立春、春分と連動する移動祝日であるためです。2015年は2月17日、2016年は2月9日となっています。
 もともとカーニバルはキリスト教と無関係な異教の慣習に由来するといわれています。四旬節は、英語では一般的に「レント」(Lent)という語が用いられますが、この言葉はもともとゲルマン語で春を表す言葉に由来するといわれ、カーニバルがアジアの正月、小正月行事同様に“迎春の祝祭”の意味もあると思われます。
 現時点で、ヨーロッパと日本を結ぶ仮面、仮装異人の来訪行事に関するどのようなコネクションがあるのかは不明です。しかし、注目すべき伝承があります。日本の来訪神行事が多く存在する東北地方とヨーロッパを結ぶコネクションとして、「ゴルゴダの丘で十字架にかけられ刑死したはずのイエス・キリストは、実は生き延びて日本に来訪し、現在の青森県新郷村で亡くなった」という“キリストの墓”伝説があります。刑死したのはキリストの兄弟で、身代わりになったというのです、しかし、真偽の程は全く不明です。(日経電子版2014/5/2付け『キリスト』ラーメンは青森・新郷村! 住民、墓守る)。

   デジ研が確認できたヨーロッパの事例では、告解火曜日のカーニバルを中心に仮面や仮装の来訪行事が行われているのはブルガリア、ハンガリー、オーストリア、チェコ、イタリア、スロベニア、ポルトガル、スペイン、ドイツなどの各国です。
 以上の仮面の異人のうちハンガリーの「ブショー」、オーストリアの「クランプス」はユネスコの無形文化遺産に登録されています。以下に現時点での調査の概要を示します。
 (この項出典英国「国際ビジネスタイムズ(IBTimes)」WEB版、日経電子版、wikipediaなどによる。2016年3月5日更新)  (参照サイト・ibtimes.co.uk/most-bizarre-carnival-photos-around-world-shrove-tuesday-mardi-gras-1488484)

【ブルガリアの来訪異人】
◎クケリ、バブゲリ
Kukeri(クケリ)またはbabugeri(バブゲリ)は数千年前から伝わると言われるブルガリアの古いユリウス暦により、新年を迎える伝統的儀式。儀式は元旦を中心にクリスマスとエピファニーの間に行われ、人々はヤギ、クマ、悪魔などを模した怖いマスクをつけて、毛皮の衣装など仮装し、腰につけた鐘、ベルを鳴らし、町を練り歩いて悪霊を追い払い、この1年の良好な収穫、人々の健康と子宝に恵まれるよう祈願する。
 ブルガリア南西部の町シミトリで2016年開催されるクケリ祭には全国からクケリの伝統を継承する34グループの3000人以上のが参加し、大きな観光イベントとなっている。同様の祭典は南西ブルガリアのバンスコ、ラズログでも開催される。
 (この項出典wikipediaなどによる)

【ハンガリーの来訪異人】
◎ ユネスコ無形文化遺産「ブショーヤーラーシュ・カーニバル」
 ブショーヤーラーシュのカーニバル( Busójárás Carnival )は、ハンガリー南部のモハーチ(Mohács) で行われる冬を追い払い、春の到来を祝う。通常、祝祭は2月下旬のカーニバルの季節に行われ、復活祭の日曜日、告解の火曜日(またはマルディグラ)を含む6日間行われる。イベントではブショー(Busós)と呼ばれる仮面神が街を練り歩き、民俗音楽、パレードやダンスが行われる。
 ブショーは日本のオニのような恐ろしい木製マスクと大きなふさふさの毛皮マントを身に着けた男たちが練り歩く。祭典はパレードや音楽を通じて地域のアイデンティティと多民族団結の強い感覚を作成し、地域の住民に自己表現の機会を提供する意義があるとされる。2009年にブショーヤーラーシュは、ユネスコの無形文化遺産に登録された。
 (この項出典UNESCO、wikipediaなどによる)

【オーストリアの来訪異人】
◎ ユネスコ無形文化遺産「エブラルンのクランプス」
 スティリア州エブラルンのクランプス(ÖblarnerKrampusspiel)は少なくとも200年前から伝わる仮面、仮装の異人グループによる伝統文化行事。2015年にユネスコ文化遺産に登録された。12月上旬に集落の農家を訪問し、村市場の広場でも演技が行われる。登場するのは聖ニコラス(サンタクロース)、クランプス(オニの仮面とフサフサの毛皮に身を包む)スカブ(Schab、巨大な角を持つ藁人形、穀物の精霊)、ハバーガイス(Habergeisヤギの仮面と毛皮を着た精霊)、死(骸骨の仮面と黒マントに身を包む死神)、森の精霊などが登場し、農業を襲う厄災との戦いと復活、人生の勝利などを表現するという。

【イタリアの来訪異人】
◎サルディーニャの仮面カーニバル
 サルディーニャ( Sardegna)では島の各地で四旬節に先立つカーニバルに、木製の仮面や羊などのフサフサの毛皮で仮装した人々が街を練り歩く。
 人々が仮装してパレードする慣習は、1000年以上の歴史があるとされ、サルディーニャの農耕儀礼と考えられている。暗い冬に別れを告げ、新たな収穫につながる春を祝福する機嫌取りの儀式と考えられている。仮装した異人たちは、多数のカウベルを腰の回りや背中につけて、大きな音を鳴らしながら、Oblarner練り歩く。
 仮装異人たちはカーニバルで登場するほか、1月17日の聖アントニオ・アバーテ(Saint Anthony Abate)でその年の初のお披露目があり、街の広場でたかれる多数の「焚き火」を囲んで、踊る。行事として日本の小正月行事「どんど焼き」と類似である。
 マモイアーダ(Mamoiada)のカーニバルでは仮装人を「マミュソーンネ(Mamuthones)」と呼び、1月17日の聖アントニオ・アバーテ(Saint Anthony Abate)でも登場し、マモイアーダ広場でたかれる「焚き火」を囲んで、踊りながら回る。

 オッターナ(ottana)のカーニバルでは、「ボワズ、メルデュールズ(Boes、Merdules)」という2体ペアの仮装人が街に現れる。ボワズの仮面は羊や鹿などを象徴し、メルデュールズは黒い木製仮面をつけた牛飼いを象徴していると考えられる。ボワズ、メルデュールズは街の通りで戦いを演出し、動物的本能と人間の理性の間の闘争を表す古代の儀式とされる。さらに悪魔払い、したがって人生の不幸を追い払うとも考えられている。オッターナの人々にとって、来訪異人のカーニバルは年の初めの重要な行事であり、自分たちの農文化のアイデンティティを現していると考えられているという。
 アウスティスのカーニバルではソス・コロンガノス(Sos Colonganos)が登場する。シカやイノシシなどの仮面をかぶり、仮面には木の葉で飾られる。サルディーニャの他地区ではカウベルを背負うが、アウスティスでは動物の骨を肩にぶらさげ、街を練り歩くときにはガラガラと不気味な音をたてる。
(この項出典サルデーニャのマスケラサルド公式サイトmascheresarde.com、wikipediaなどによる)

【スロベニアの来訪異人】
◎スコロマチ(Skoromati)
 スロベニアは中央ヨーロッパに位置する国で、カーニバルで冬を追い払い、この1年の豊穣を祝福する「春の祭典」(The rite of spring and fertility)を祝うために、伝統的なマスクや衣装を着用した「スコロマチ(Skoromati)」または「クレント(Kurent)」が街を練り歩きます。この祝祭はKurentovanje(クレントバンエ)とも呼ばれる。スコロマチは、14世紀前半に始まったともいわれる伝統があり、木製の仮面をつけるか、顔に墨を塗り、大きな羊の毛皮やパレードで音を鳴らすために取り付けられた大きな鐘を持つチェーンを身に着けている。
 彼らはまた、赤や緑、黄などの色鮮やかなリボン飾ったそびえ立つ帽子と重いブーツを着用する。スコロマチは街の通りで女性に出会うと、彼女らの顔に墨をぬり、祝福する。
 なかでもプトゥイのカーニバルが最も有名で、2016年には、プトゥイの通りや広場の周りのパレードに9カ国から2,500名以上の仮面で仮装した人々が参加する国際的なイベントとなり、40,000人以上の観客を集めたということです。
(この項出典wikipedia、スロベニア24ur.comなどによる)
◆ブルガリアの「クケリ(バブゲリ)」のイメージ
ブルガリアのクケリ(バブゲリ)
(出典:Kukeri in the Smolyan ethnographic museum, Bulgaria.投稿者自身による作品、作者 Свилен Енев/Wikipedia Commons)
バブゲリの詳細画像はこちら https://goo.gl/wfUw1V

◆ハンガリー・モハーチの「ブショー」のイメージ
ハンガリーの「ブショー」
(出典:Some masked Busos in Mohacs town square, February 2006.Two masked "Buso" at the Busojaras Carnival in Mohacs, Hungary.Themightyquill/Wikipedia Commons)

◆スロベニアの「スコロマチ」のイメージ
スロベニアの「スコロマチ」
(出典:Fotografija posneta na gostovanju Podgrajskih Skoromatov na Matuljih februarja 2005.投稿者自身による作品、作者B4d/Wikipedia Commons)

◆イタリア・サルディーニの「マミュソーンネ」のイメージ
イタリア・サルディーニの「マミュソーンネ」
(出典: Mamuthones durante la sfilata 2014.投稿者自身による作品.作者Prc90/Wikipedia Commons)

 ○「カセイドリ」藁の精霊に化身した“訪問神” 欧州に類似行事

 文化庁が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に一括登録を申請する準備をすすめている「来訪神:仮面・仮装の神々」のうち、「見島のカセドリ」は、住民が藁蓑(ワラミノ)をまとって神の使いに仮装しています。
 このワラミノをまとう形式の仮装来訪神「カセドリ」は、山形県上山市でも小正月行事として行われている。見島のカセドリは悪霊を払い、福を呼び込む。また上山のカセドリは、五穀豊穣、商売繁盛や火伏せを祈願し、両者の訪問神としての形態、使命はほぼ同一です。
 デジ研の小正月行事世界調査によると、日本の「カセドリ」と同様の“訪問神”がオーストリアのユネスコ無形文化遺産「エブラルンのクランプス(Oblarner Krampusspiel)」にスカブという精霊として存在することが判明しています。

 エブラルンのクランプスは夏と冬の戦い、農業を襲う厄災との戦いと復活、人生の勝利などをテーマとして、毎年12月に行われる伝統的な民俗行事です。登場する“訪問神”は聖ニコラス(サンタクロース)、クランプス(オニの仮面とフサフサの毛皮に身を包む)など多数の聖者、悪魔、異人、精霊ですが、このうち、巨大な角を持つ穀物の精霊・スカブ(Schab)は、全身をわらの蓑(ミノ)で包み、木の枝の角をつけます。手には木の枝のムチを持ち、打ち鳴らして暗くて寒い冬を追放します。

 日本の「見島のカセドリ」でも、藁の仮装神が手に割った青竹をもち、訪問した家庭で打ち鳴らして、悪霊を追放します。オーストリアのスカブ、日本のカセドリは、ほぼ類似の迎春行事とみることが可能です。

◆山形県上山のカセドリ 2009年開催
山形県上山市のカセドリ
(出典:11 February 2009、Flicrk photo Strange Festival "Kasedori" 2009、作者f_a_r_e_w_e_l_l /Wikipedia Commons)

◆エブラルンのスカブ (Öblarner Schab)
エブラルンのスカブ
(出典:オーストリアの無形文化遺産KRAMPUS公式サイトhttp://www.krampus.st/)

○日本のどんど焼き、韓国のタルジプ焼きの淵源は古代ペルシャの拝火行事?! 

 デジ研の調査によると、世界には春分の日を元日として祝う文化圏が存在しています。イランでは、春分の日(vernal equinox)をイラン暦ファルヴァルディーン月1日(元日)として、春の新年を祝うノウルーズ(Nowruz=New Day)が行われています。古代のゾロアスター教を起源として、この祝祭は、3000年以上の伝統を有するといわれ、イランほかアフガニスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、イラク、アゼルバイジャン、トルコの国々で行われています。  イランなど中央アジアの2016年春分元日「ノウルーズの祝祭」(3月20日)は、3000年以上もの前の超古代からの伝統があるとされますが、実際には紀元前六世紀頃のペルシャの予言者ゾロアスター(ツァラツストラ)を開祖とする宗教・ゾロアスター教によって、重要な祝祭として定着したとされます。ゾロアスター教は、主神アフラ・マズダの名から「マズダ教」ともいい,火を神聖視するため「拝火教」とも言われます。このため、ノウルーズでは日本のどんど焼きのように「焚き火」が重要な役割を果たしています。

 イランではノウルーズの前の「赤い水曜日のイブ」(チャハールシャンベ・スーリー chahar shanbeh suri)で、家の前かみんなが集まる街の通りで焚き火が燃やされ、人々は火の上を飛び越え、「私にあなたの美しい赤をください。私の(肌の)蒼白(痛み、病気)をもっていけ」と唱えながら、新年の到来を祝い、この1年の健康を祈願します。また、チャハールシャンベ・スーリーでは、祖霊が家々に帰って来る日でもあるとされています。

 以上の事象を表面的に観察すると、古代のササーン朝ペルシャから伝承されている、新年を祝い、1年の健康を祈願する「チャハールシャンベ・スーリー」の「拝火」の慣習や祖霊信仰が、日本の「どんど焼き」、韓国の「タルジプ焼き」などの新年新春祝祭の原型となって、数千年の時を超えて、各国の国民的行事となっている可能性があります。
 日本のどんど焼きでは、新年の年頭にあたって、火の神聖な力により地域の人々の暮らしから災厄を払い、その1年の健康と豊作を祈願します。韓国の「タルジプ焼き」でもほぼ同様です。イランの「チャハールシャンベ・スーリー」でも「新年新春の拝火と1年の健康祈願」がセットになっていて、日本のどんど焼きと行事の趣旨が一致し、影響を受けているようにみえます。

 実際に古代ペルシャと日本をつなぐ特別なコネクションが存在していたことは、歴史的な事実です。それは「シルクロード」と言われ、現在でも奈良の正倉院には古代ペルシャから日本にもたらされた文物が収蔵されています。特にササーン朝ペルシャで製作されたものといわれる白瑠璃碗(はくるりのわん)など多くのペルシャの工芸品が現在まで正倉院に継承され、世界的にも貴重な文化財といわれています。
 古代日本において、ペルシャから中国を経由して、日本に至る文化、文物の交流と影響のルートが存在し、古代ペルシャのノウルーズが日本の正月行事の成立に影響を与えた可能性は排除されるべきではないと思われます。

 さらに古代ペルシャと現代の欧米のクリスマス、復活祭行事の関連性に関するデータも見つかりました。ゾロアスター教では、ササーン朝時代には春分に祝われる「ノウルーズ」と秋分に祝われる「ミフラガーン」がありました。ミフラガーンは、太陽神、英雄神として崇められた「ミフル神」(ミトラ神)を祝う祭日。その信仰はミトラス教 (Mithraism) と呼ばれる密儀宗教となって、1世紀後半から4世紀半ばまでのローマ帝政期、ローマとその属州で広く信奉され、善悪二元論と終末思想が説かれました。最大のミトラス祭儀は、冬至の後で太陽の復活を祝う12月25日の祭で、キリスト教のクリスマス(降誕祭)の原型とされているのです。

 世界のキリスト教会では、イエスの復活を記念して、基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に復活祭を祝います。2016年の復活祭はノウルーズの1週間後の3月27日となり、キリスト教において最も重要な祭礼とされています。
 キリスト教会では復活祭により、「イエスとともに歩む新しい日が始まる」という希望を示しているという解釈があります。新約聖書によると、死後、ガリラヤで復活したイエスは、恐れおののく弟子たちに「平安なんじらにあれ」と祝福のあいさつを行い、ともに食事をして、歩きます。マルコ福音書には、よみがえったイエスは「信じる者はわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語る」とあります。
 復活したイエスのメッセージは、日本の正月行事のように、人々への平安の祝福と悪霊払いに関するものです。イエスの行いは、「日本の正月の来訪神=歳神」のように人々を祝福し、ともに食事をしているようでもあり、興味深いものがあります。

 3000年前から伝承されるというペルシャの春分祝祭「ノウルーズ」と、キリスト教の春分関連祝祭「復活祭」が、「春分」という共時性のもとに「希望と再生による新しい日」というメッセージを分かち合っているようです。イエスの復活とは、いったい何を意味しているのでしょうか。
 (出典:2016年3月20日付けIRIBイランイスラム共和国国営放送・国際放送ラジオ日本語版、wikipedia英語版・日本語版「Nowruz」「復活祭」、宮内庁正倉院公式サイト、アメリカvox.comなどによる)

(2016年4月4日更新)

○どんど焼き「三毬杖(さぎちょう)起源説」は疑問が多い

 上記の全国(海外)調査の結果は、従来の「小正月行事(どんど焼き)の起源に関する諸説」について、再考を求める結果となりました。
 これまで、民俗学研究者の間で、「平安時代には行われていた正月の宮中行事である三毬杖(さぎちょう)が、小正月行事の左義長の起源であり、どんど焼きとも呼ばれる」とする定説があり、ネットのさまざまな記事で引用されています。
 しかし、デジ研の調査では、日本の「どんど焼き」と同一の趣旨、形態、実施時期の行事が、韓国で「タルジプ焼き」として行われており、根本的な疑問として、小正月の火祭りが宮中行事を起源とする日本固有の、あるいは日本独自の民俗行事であるのかどうかさえ断定できない事態となりました。

   ◎「左義長(三毬杖)起源説」の概要

   (1)「左義長(さぎちょう:三毬杖とも)」は平安時代、正月15日に行われた『吉書(きっしょ)』を焼く儀式で、打毬遊戯の道具である毬杖(きゅうじょう)を3本立てて、扇子、吉書、天皇の書き初めなどを添え、陰陽師が謡いはやしつつ焼いたことから始まる」などとされます。この説では、鎌倉時代に書かれたとされる徒然草第百八十段の『さぎちやうは、正月に打ちたる毬杖を、真言院より神泉苑へ出して、焼き上ぐるなり。「法成就の池にこそ」と囃すは、神泉苑の池をいふなり』の記述が根拠として引用されます。
   (2)別説では、三毬杖の元々の起源は、中国にあり、正月を迎えて、災いを除くために爆竹を鳴らす風習(悪魔払い)が渡来したものともいわれ、竹を3本、縄で巻いて立て、扇を吊るして焼く風習が室町時代以後始まったとされます。
 この「中国渡来説」によると、左義長の囃し言葉とされる「とうどやとうど」はまさに「唐土や唐土」と発祥地の中国を指していることになります。またどんど焼きでは、青竹のお小屋やヤグラを燃やして「ドン、ドン」と大きな音を立てることに意味があり、災いを除くために爆竹を鳴らす中国の新年の風習(悪魔払い)にならった行事と理解することができます。
 (この項、日本大百科全書、山梨県立博物館「やまなしの道祖神祭り」などによる)

 以上が「小正月火祭りは三毬杖が起源」説の概要となりますが、平安時代の吉書焼き行事について、現代の小正月火祭りで、子どもたちが「書き初め」を焼く風習の起源としては当てはまると思われます。一例では秋田県美郷町の旧正月行事「六郷のカマクラ行事」は、約700年の歴史があり、主要な行事として「天筆まつり」が行われ、この天筆は、吉書の書初めを焼くとされています。
 一方、デジ研の調査によると、韓国の小正月行事である「テボルム」では、その年最初の満月の夜に、集落ごとに藁や薪を積み重ねたタルジプ(タルチッ)と呼ばれる「月の家」に、この1年の願い事を書いた紙をつるしておき(福結び)、タルジプ焼きで一緒に燃やし、願いがかなうように祈ります。このとき、タルジプの青竹が大きな音でバーンと爆ぜると、その音で邪気が追い払われるといわれます。
 小正月行事の共時性において、日本の火祭りにおける吉書焼き、書き初め焼き、韓国の火祭りにおける伝統風習である願い紙焼きは、国際的な類似の行事と見ることもできます。青竹の爆ぜる大きな音で悪魔払いをするという伝統風習からみると、中国、韓国、日本は類似の正月行事を行っていると言えます。

○江戸前期には小正月左義長の起源は「定説なし」とされていた

 正月の焚き火行事「左義長」の起源について、角川俳句大歳事記に詳しい考証が記載されています。それによると、町方で行われる正月の焚き火行事が文献に現れるのは江戸時代前期で、「花火草」(寛永13、1636年)などに「左義長」として所出されています。
 さらに行事の内容については、江戸前期の「山の井」(正保5、1648年)に、「上古は、打ちし毬打(ぎちょう)を神泉苑にて焼き上げ、法成就の池にこそとはやしつるよしなれど、今町方のならはしは、三か日飾りし家内の楪葉も歯朶も門に立てたる松竹も、一つに集めてかのなりに作り、帯・扇など結びつけて風流をなし、十五日の朝暁、大道に立ててほこらかして、<とんどや、おほん>とはやし、吉書をもあげはべる。されば、日の本や唐土とはやすとも、あげまきやとどむとはやすなど、言ひ続けはべる。また、さぎちやうを鷺にもそへて、古く言ひなせり」とあります。
 ここで「ほこらかす」という用語は「竹などを爆(は)ぜさせながら、音を響かせて燃やす」という意味で使われているようです。江戸前期の京の町方の風俗として、小正月の早朝に正月飾りを集めて、大道に立てて青竹などが爆ぜながら燃やされた様子がうかがえます。この焚き火の炎があがると、人々は「とんどや、おほん」と囃し立てた。「とんど」とは「唐土(中国)」を指しているものと示唆されています。  さらに「吉書をあげる」として書初めを燃やして空にあげる風習が行われていたことなどがうかがえます。

   一方、日本の小正月行事について学術的な観点から、詳しく述べているのは、江戸前期に日本で初めての本格的な百科事典として編集された「日本歳事記」(貞享5、1688年)ではないかと思われます。
 同書には正月15日の記事として、「今暁、門松・注連縄等を、俗に随ひて焼くべし。ただし、家近きところにて焼けば、火災の憂へあり。爆竹の火より回禄出で来たること、近年も多し。しかれば、家近き所、または宅狭くは竈の下に焼くべし。風静かなる夜は、門外に焼くもまた可なり。{爆竹とは、竹を焚きてはしらしむることなり}わが国に今日爆竹すること定説なし。いつのころより始まりしことにや。唐土(もろこし)には、元日庭前に爆竹すれば、山■(そう)悪鬼を避くるといふこと、歳時記に見えたり。(中略)日本のさぎちやうは、僧家に言ひ伝ふるは(中略)西域仏法の義まさりて東土へ流布するといふことなりともいへり。これは沙門の書き置けることなれば、わが道を誉めたるなるべし。{林羅山の説なり}しかれば右の説はよりどころとするにたらず。また陰陽説の説には巨旦(こたん)将来を調伏の威儀なりとて、三笈杖(さぎちやう)焼きの斎会は三毒退治のことわりなるよし。清明が■■内伝に見えはべれど、これまた妄誕の説なれば、あに信ずるにたらんや。ただ唐土(もろこし)にて除夜・元旦などに爆竹することあるをまなびて、わが国には今日するならし。春の始めなれば、一年の邪気を払い散らせる意なるべし。呉の俗、十二月廿五日爆竹するよし、苑至能の説に見えはべれば、あながち除夜・元日のみすることにてもあらざるべし。およそ爆竹の声は、陰気の鬱滞せるを発散し、邪気を驚かしむるとなり」とあります。

   以上の江戸前期に編集された日本歳時記によると、小正月の焚き火行事については、「爆竹」と呼び、その起源についてはさまざまな文献調査をふまえて「定説なし」と断定しています。編者の考察として、中国で行われている除夜、元旦の爆竹の風習が、わが国に伝わり、一年の邪気を払う行事となったのではないか、としています。

   江戸時代中期に編集された「和漢三才図会」(正徳3、1713年)には、小正月の焚き火行事として「止牟止(とんど)」の記事を載せています。それによると、止牟止とは「正字未詳。俗に左義長といふ。疑ふらくは三毬杖の訛なり。止牟止と三毬杖と二物か。按ずるに、正月十五日、清涼殿の庭において青竹を焼き、もつて吉書を天に上げらる。十八日にもまた、竹を飾り摺扇(あふぎ)に結ひ付け、清涼殿の庭においてこれを燃す。唱文師大黒松太夫その徒四人、{二人は翁の形二人は嫗の形}鬼面を被(かず)き、赤熊(しゃぐま)の髪を蒙り、二嫗は太鼓を携へ、二翁は逐ひ舞ひてこれを打つ。童子二人、素面、赤熊の髪を蒙り、腰鼓を打つ。また傍らに袴・肩衣を着たる者五人、双び立ちてこれをはやすに、<止牟止也(とんどや)>と言ふ。褶袴を着たる者一人、声を和はせて<波阿(はあ)>と言ふ。いまだその来由を知らず。(中略)およそ民間には十五日の朝、毎家の飾り藁・松竹を収め取り、一処に集めてこれを焼くを、止牟止となし、児童試筆の書を天に上(たてまつ)る。禁裏の二節会をもって、ただ一度これをまねするのみ」とあります。
 和漢三才図会によると、江戸中期には小正月の焚き火が広く民間に行われ、一般には「とんど」と呼ばれ、俗に「左義長」と言われていたことがうかがえます。またとんどで子どもたちが書初めをもやす風習について、宮中の吉書上げの節会を真似したものとしています。

   さらに江戸時代後期の天明ごろ(1880年代)に編集された「閭間歳事記」によると、十四日「今日、どんどなり。(中略)昨日より町内に取り収めたる飾り藁・松竹等を集めて、高さ六尺ばかりに、鐘のやうなる形に拵へ、数条の縄を付けて引くようにしたり。上には五色紙にて小旗を多く作りて立つ。これ名づけて舎といふ。町々みな同じ。昨日より鼓吹の音、昼夜絶えず。今朝六つ半時より、かの舎を郊野へ引き出し、焼き上ぐるなり。いろいろの紙にて作りたる大小の幟を手々に持ち、前後をかこみ、太鼓打ち笛吹きてこれを送る。城下の町々、かくのごとし。(中略)鼓吹の音は四方に響き、嬰児の起舞せるさま、まことに春のしるしなり」とあります。

   この記事によると、江戸後期には、小正月の焚き火行事は、一般に「どんど」と呼ばれるようになり、人々は正月飾りなどを集めて、小屋(舎)をこしらえ、上には五色の紙で小旗を立てて、十四日早朝に町外れの野原に引き出して燃やしていること、にぎやかに太鼓や笛を打ち鳴らして囃し立てていることなどを紹介しています。つまり、現代のどんど焼きの原型は、江戸時代後期には確立していたようです。また、この頃の小正月行事は旧暦で行われていたため、どんど焼きは「春の到来のしるし」と人々に受け止められていたようです。

   さらに江戸時代の後期に編集された「年中行事大成」(文化3、1806年)によると、十五日「大坂にては、昨日より家々注連飾りを取りて、河辺にこれを焼く。みな児童の戯れとす。田舎にては、高さ二、三間の爆竹(とんど)を作り爆(ほこら)す。摂州兵庫近郊には、昨夜、産土神の社壇に一村の者および往還の旅人を引き止め、燈火を消し、男女闇中に入り乱れて一夜を明かすこと、大原の雑喉寝にひとしく、今朝大きなる爆竹を建てて、両方へ引き合ひ、引き勝ちたる方は猟よしとて大いに悦ぶこと、綱引きとひとし」とあります。
 小正月の焚き火行事は、江戸後期になると、祭事の主役は児童となり、行事の性格として「児童の戯れ行事」と受け止める風潮も出てきたことがうかがえます。また、高さ2,3間もの大きなとんど小屋が作られ、村人がふた手に別れて引き合い、その年の猟、もしくは作物の出来具合を占う行事が行われていたこと、さらに田舎では、小正月の夜に男女闇中に入り乱れて一夜を明かすことが行われ、性の解放行事となっていた様子もうかがえます。

   江戸後期の「諸国風俗問状答」によると、奥州白川(河)では「町屋・農家にては、十四日晩、暁鶴の声を合図に歳徳神の飾り物を一集めに取り、十五日に一村残らず相集まり候て、子どもなど大勢集まり、焼き払い、跡を清め申し候。これを方言にて、どんど焼きといふ。城下町にては、十五日・十六日両日にどんど焼きをすることなり。年始の鏡餅を、この時どんど焼きの所にて焼き、家内洩れざるように食ふ。これ、年中の疫を払ふまじないなりといふ」とあります。
 江戸後期になると、小正月の焚き火行事は、現在の東北地方など全国的に広まり、子どもが主役の火祭りとなっていたようです。また、どんどの火で鏡餅を焼いて、家族全員で食べることで、その年の疫を払い、健康を祈願する風習も定着していたようです。

    以上、小正月の焚き火行事について、江戸時代の古書によって起源と行事の実施内容を探った結果を要約しますと、(1)小正月の焚き火行事は、江戸前期には都市部の町方で行われるようになった (2)行事の起源については、宮中の「三毬杖」との関連性に言及されることが多いが、日本で初めての本格的な百科事典としてある程度の信頼性が高い「日本歳事記」(貞享5、1688年)では、起源について「定説なし」としている (3)焚き火行事の名称については、最初は行事の名称として「左義長」が言われていた。しかし、江戸中期には「とんど」、後期になると「どんど」とよばれるようになった。

 「とんど」の呼び名については、江戸前期に焚き火を行う際のはやし言葉として「とんどや、おほん」と言われていたことが事例としてあり、このことから小正月の焚き火行事は、唐土(とうど、中国)で正月におこなわれる爆竹行事が伝わったのではないかという説が古書に散見されます。このため、爆竹と書いて「とんど」と読ませる古書もあります。

   焚き火行事の内容は、江戸前期から正月飾りの松竹や注連飾りなどを集めて燃やしていたようです。ただし、最初の頃は燃やす、焼くとは言わず、竹が爆ぜて音を立てて激しく燃える様子から「爆(ほこら)す」と言っていたようです。また、正月の書初めを燃やすことも行われていたようですが、これは京など町方の上流階級の風習であったようです。
 時代が下がるに連れて、小正月の焚き火行事は地方の農山村部にも広がっていったようで、江戸後期になると、正月飾りを集めて高く積み上げて小屋様のやぐらを作り、14,15日に燃やし、これをどんど焼きと呼ぶようになりました。
 祭事の性格も子どもを

 主役とした予祝行事の意味合いが強くなり、その際、燃える小屋を人々が二手に分かれて引き合い、勝った方がその年が豊年となる「年占行事」も行われるようになったようです。
 (この項出典 角川俳句大歳時記電子版など)

 

○全国・国際調査結果から判明した「三毬杖起源説」への4つの疑問

 (疑問1)小正月行事の全国(国際)調査結果によると、小正月の火祭り行事は、日本と韓国で、それぞれ「どんど焼き」、「タルジプ焼き」の名称で、小正月の「農耕儀礼」として行われていることが判明いたしました。この結果、「どんど焼き」、「左義長」が日本独自の民俗行事と断言することは困難な事態となりました。さらにどんど焼きの起源を平安時代の宮中の「遊戯儀礼」としたのでは、日韓で行われている小正月火祭り行事の「農耕儀礼」としての類似性について、全く説明ができないのです。

 (疑問2)「小正月行事火祭り」が全国規模で実施されているにもかかわらず、「三毬杖」由来の名称とされる「左義長」が京都と近畿、北陸周辺に分布が限定されています。全国的には「どんど焼き」「とんど焼き」という名称が主流であることは何故なのか、三毬杖起源説だけでは説明がつきません。
 しかも京都に隣接する大阪、奈良では小正月火祭り行事を「左義長」ではなく「とんど」と呼んでいるのは何故なのか、左義長起源説だけでは説明ができません。
 小正月行事「左義長」として、起源も由緒も明確な史料が揃っている福井県の「勝山左義長」では、祭りが終わり、松飾り、櫓、短冊等の後片付けも無事すんだ事を感謝する左義長本来の神事として、御神火の焚き上げが行われますが、この重要な火祭りの神事は「どんど焼き」と呼ばれています。つまり、福井県では左義長の本義は、どんど焼きなのです。

   (疑問3)全国調査の結果から、どんど焼きが関東、甲信越地方で道祖神祭として行われている事例が多いことが判明しています。この事例も、宮中行事の三毬杖起源説では説明ができません。

 (疑問4)全国調査結果では、近畿から離れた神奈川に「左義長」の名前を使う例がありますが、これは明治の頃、地元の権力者が「セエトバレエ」「ドンドヤキ」など民衆が使う野卑な行事名を嫌って使い始めたといわれます。つまり「左義長」は仮名であり、ドンドヤキが本義なのです。

 以上の理由により、日本と韓国の小正月行事として同じ形態、同じ趣旨の火祭りが行われていることが確認された以上、「どんど焼きの三毬杖起源説」は、民衆の宮中へのあこがれの心から発した俗説であると判定することも可能です。

 本調査結果からは、小正月火祭りの「三毬杖起源説」をいったん保留し、これまでの民俗学の通説を根本から、つまり白紙に戻して、韓国「タルジブ焼き」との関連性の中で再検討することが求められております。

○では、どんど焼きの起源は何なのか? 

 全国調査の結果から、どんど焼きが各地の旧集落を単位として行われていることが明らかになりました。そして、どんど焼きが全国で広まった時期が、各集落の「どんど焼きの伝統がいつ始まったのか」に関する伝承から判定できます。それによると、全国でどんど焼きが広がっていくのは、戦国時代の終了とともに江戸時代になって世が治まり、現在の47都道府県の基盤となる幕藩体制が固まった時期、そして現在の集落の骨格ができた頃、おおむね江戸中期から後期と重なっています。

 江戸期に、現在の集落の骨格ができたことの意味は、とても重要です。その意味とは人々の集落への定住の始まりと、生業(なりわい)としての本格的な農業生産の始まりです。特に昭和時代初期までの日本の農業は稲作を主体としたものでしたので、人々は農作業ならびに関連する水利を共同作業で行わなければなりませんでした。「水稲作」は田への引水を個人が勝手にすることはできず、集落の農民全員の調整のもとに行われます。つまり、集落への定住と同時に、人々は稲作を主体とする利害共同体として生きていくこととなったのです。
 こうして、「五穀豊穣」はむらの人々にとって共通の願いとなりました。旧暦の暮らしで、国民の大部分が農民であった時代には、立春が過ぎ、正月行事を終えて、いよいよその年の農作業が始まるタイミングで、「小正月行事」を行っていました。小正月には、「新年の最初の満月の夜の火祭り」を行い、その年の「五穀豊穣」と「招福」、そして災害疫病・農作物の病虫害封じを集落の人々全員で祈願したのです。小正月行事は農耕共同体としての集落の予祝・厄除け行事として定着していったと思われます。

 そこで、上記の神奈川県における「セエトバレエ」「ドンドヤキ」の名称が、権力者によって「左義長」に言い換えられたという調査事例から類推しますと、京都や近畿周辺では、小正月の火祭り行事が社会に広まる当初に、農耕儀礼を野卑な名前で呼ぶことを嫌って、上方の由緒ある行事名として宮中の年初の吉書を焼く行事「さぎちょう」を使い始めた可能性があります。

 では、「どんど焼き」という名称はどこから来たのでしょうか。
 江戸前期の歳時記である「山の井」には、小正月の焚き火行事について、当時の町方の習わしとして、正月飾りを一つに集めて、十五日の早朝、大道に立てて竹が爆ぜる音もにぎやかに燃やし、人々は「とんどや、おほん」「日の本や唐土(とうど、中国)」などとはやしたことが記録されています。こうした祭事の様子から、唐土で除夜・元旦などに行われていた爆竹で邪気を払う風習が、日本に伝わったという説が江戸前期には有力視されていたようです。
 全国各地の小正月行事調査の事例から、中国渡来行事説を検証してみると、鳥取県鳥取市の「七草がゆと鳥追い」では「唐土(とうど)の鳥が日本の土地に渡らぬさきに 七草ナズナをそろえてホーホー」と唱える呪文があります。また、愛媛県新居浜市の「とうどおくり」では、300年以上の江戸時代中期からの歴史があるとされ、日本で小正月行事の火祭りが始まる当初の時代の伝統を引き継いでいると思われます。
 新居浜の「とうどおくり」では「蓬莱山左義長」と書かれた多くののぼりを扇型に立てて、一緒に燃やしていることなどから、行事の起源に中国伝来の「蓬莱山信仰」と「左義長」が何らかの関係を持って存在し、宮中の「三毬杖行事」と混同され、伝承されたのではないかと考察することができます。

 日本で中国を呼んだ古い名前が「唐土(とうど)」ですから、本来の小正月火祭り行事の名称は中国(あるいは大陸方面)から渡来した「とうど」焼きであり、これが「とんど焼き」、さらに神火の勢い良く“どんどん”燃える様を例えて「どんど焼き」に撥音便変化した可能性があります。

 また本調査では、韓国で、日本の小正月火祭り行事とほとんど同じ内容の「テボルム」「タルジプ焼き」が行われていることは、上記の調査結果のとおりであり、「とんど焼き」「どんど焼き」の起源が「唐土(とうど)」(朝鮮を経由して)渡来であるからとしてもおかしくないと思われます。
 日本国内の小正月の火祭りとして起源と由緒が明らかで、最も古い伝統を持っているのは、福岡県久留米市の日本三大火祭り「鬼夜(おによ)」で、1600年以上の歴史があるといわれます。日本の小正月火祭りの起源を明らかにするためには、鬼夜は、重要な行事だと思われます。
 「鬼夜」が鬼払い、悪魔払いの火祭りであるという点では、どんど焼きなど小正月火祭りの趣旨に連関があります。しかし、鬼夜が小正月火祭りの起源であると断定するには調査材料が不足しています。

 ○小正月行事、どんど焼きは経済効果の大きい地域振興イベント 長野五輪で世界の話題に

 小正月行事は、県内外から観光客を誘致するための重要な地域振興イベントとなっているところも見られます。
 秋田県では、2月が「小正月観光月間」になっており、県が全国的に観光キャンペーンを行い、観光客を誘致しています。男鹿なまはげ、湯沢犬っこ祭り、横手かまくら・ぼんでんなど、それぞれの行事に全国から20万人〜30万人の観光客が来訪し、経済効果も大きいようです。秋田では小正月行事の国際化にも取り組み、横手かまくらでは、インドネシア、フィリピン、台湾など6カ国・地域の関係者がそれぞれ専用のかまくらを構えて、観光客と交流するほか、かまくらを国内外に配達する事業にも取り組んでいます。
 長野県では、1998年2月7日行われた長野冬季オリンピック大会の開会式で、長野市大岡の芦ノ尻道祖神保存会が制作した芦ノ尻道祖神(県指定無形民俗文化財)が登場し、全世界にテレビ中継されました。これにより、一躍世界で日本の道祖神文化が注目を浴びました。

 同県野沢温泉村の道祖神火祭りは国の重要無形民俗文化財、神奈川県大磯町の左義長も国の無形民俗文化財に指定され、全国から多くの観光客を集めています。中でも野沢温泉道祖神火祭りは近年、Nozawa Onsen’s Dosojin Fire Festivalとして、来日する外国人観光客の人気を集め、2015年1月15日の祭典では、見物客の半数近くが外国人観光客で占めたと報道されました(TBS情報7daysニュースキャスター)。典型的な外国人向け1泊ツアーは道祖神火祭りと地獄谷温泉猿見学のセットで大人8800円。

 山梨県では、甲府市や富士吉田市で商店街活性化のイベントとして、道祖神祭イベントを実施しています(平成20年〜23年)。平成25年の第28回国民文化祭「富士の国やまなし国文祭」では、オープニングイベントのテーマに「道祖神とどんど焼き」が採用され、どんど焼き行事を山梨が誇る観光資源として、県外に紹介しました。

 2016年の海外調査事例によると、韓国の小正月行事では、もっと直截な形で経済効果が強調されています。京畿道・始興市とジュビリー銀行は、2016小正月ダルジプ燃き行事で、500人の始興市民と一緒に不良債権を焼却するイベントを開催しました。約3億ウォンの不良債権をダルジプに乗せて帳消しとして、生計型債務者の新しい出発を支援したということです。地域経済の浄化と招福を象徴する伝統行事ダルジプ燃きの楽しさを、さぞかし市民も実感したことでしょう。

 ○日本一古い小正月の火祭りは、福岡県久留米市の「鬼夜」

 本調査の集計結果によると、日本国内の小正月の火祭りとして起源と由緒が明らかで、最も古い伝統を持っているのは、福岡県久留米市の日本三大火祭り「鬼夜(おによ)」(国指定重要無形民俗文化財)で、1600年以上の歴史を誇ります。
 大晦日の夜から正月7日までの鬼会(オニエ)といわれる鬼払い(悪魔払い)の行事の最後に、燃え盛る巨大たいまつを担ぎ上げて練り歩き、火の粉を浴びると、1年の無病息災の御利益があると伝えられます。このたいまつは、モウソウ竹3本を芯にして、真竹で肉付けし、縄で結わえた大松明6本を燃やし、全国のどんど焼きや左義長の原型と見られます。

 「鬼夜」に関連して、九州地方では、小正月の火祭りを「鬼火」とか「鬼火焚き」「鬼の骨(オンノホネ)」などと呼んでいます。七日正月に行う所が多く、神火の力により、鬼を追い払うための行事だとされています。火を焚いて鬼を追い出すばかりでなく、やぐらに立てた青竹が「ドン」と爆ぜる音で、鬼を追い払う「鬼の目はじき」と呼ぶ。やぐらの心柱を「鬼の骨」といって、これを焼くことで「悪魔退散」を願います。鬼火焚きでは、焼杭や灰を家庭に持ち帰り、魔よけに使うことも行われています。

 鬼夜の次に古い伝統があるのが、秋田県美郷町六郷地区の「六郷のカマクラ行事」で、約700年の歴史があり、重要無形民俗文化財に指定されています。延暦21年(802年)に征夷大将軍坂上田村麻呂が創建したという、秋田諏訪宮の小正月の神事として行われています。
 その中心となるのが「天筆まつり」で、宮廷で吉書を焼く「左義長」にならって、子どもたちが吉書の書き初めである「天筆」を書いて旧暦小正月の15日に注連飾り、神符や門松とともに天筆を焼きます。
   また、国の無形民俗文化財に指定されている滋賀県近江八幡市の「左義長」は、400年の伝統があります。左義長は新藁で美しく編んだ約3メートルの三角錐のたいまつの上に数メートルの青竹を立て、細長い赤紙や薬玉、巾着、扇などで飾ります。
 隣県の福井県勝山市の左義長ではご神体の松飾りに、魔除けとして扇や紅白の房がついた三角形のヒウチ(火打)袋をつるして飾ります。
 この「ヒウチ」と同じ形状の袋は、富士山北麓の山梨県の富士吉田市から都留市にかけて「ヒイチ」という魔除けのお守りとして使われていることが調査で分かりました。小正月行事のどんど焼きでお清めを行い、その1年間、民家の玄関に吊るして飾られています。

 ○日本一高いどんど焼きやぐらは、宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町大字鞍岡

 宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町大字鞍岡のどんど焼きでは、毎年やぐらの高さでギネス記録に挑戦しており、2010年1月10日の祭礼では37.212m(町役場のK様より情報提供)を達成しました。これまでのデジ研調査では、新潟県阿賀町石間のどんど焼きやぐらが、高さ33mほどで「日本一の高さ」と誇っていました。これ以外にも正確なデータが発表されていませんが、山梨県富士吉田市、富士河口湖町、山中湖町の道祖神祭り・御神木が30m以上の高さを競っています。

 ○日本一大きいどんど焼きやぐらは徳島県美馬市美馬町

 徳島県美馬市美馬町の吉野川河川敷で行われている「どんど焼き」は2014年1月13日行われ、約2万本の竹を使い、約20m四方、高さ約13mに積み上げ、正月のしめ飾りなども載せたやぐらを作り、「日本一のどんど焼き」と宣言しました。この竹は、国土交通省徳島河川国道事務所から河畔に生えている竹の提供を受けているということです。

 ○日本一大きなどんど焼きは、奈良の若草山焼き

 奈良県奈良市、春日大社の若草山焼きは「日本一の大とんど」と地元で呼ばれています。「若草山焼き」行事の日程は近年、観光客が参加しやすいように1月第4土曜日に変更され、春日大社の大とんどの日程も、山焼きに合わせて変更されている。しかし、元々は、1月15日の小正月の行事として行われていました。奈良市では、成人式を終えた奈良の青年は、晴れ着姿で町に出て、夕方には花火と山焼きで祝ってもらうという習慣がありました。小正月に、元服式に由来する成人式を行うことにも意味があったという。
 若草山焼きは、「御神火奉載祭」で飛火野で行われた大とんどの火を採火、時代行列で若草山麓の野上神社に運ばれます。夕刻、同神社で山焼き行事の無事を祈る祭礼が営まれ、打ち上げ花火に続いて若草山各所に火が放たれる。これを送り火とみて、「若草山焼きは日本一のとんど」と言われることもあるということです。

 ○日本一のとんど祭屋台は大阪高津宮

 大阪市中央区、浪速・高津宮(高津神社)で行われる「高津宮とんど祭とたぶん(自称)日本一の屋台達」では、大阪の有名店飲食店が1日限りの屋台を出すのが名物で、「自称日本一」といっています。名店の食べ歩きが簡単にできるのが評判ということです。

 ○日本一大きいどんど焼き小屋は新潟県十日町市のバイトウ

 どんど焼きで小屋ややぐらを作るところでは、集落の路傍や田んぼ、河川敷などで地域の大人と子どもが一緒に作っています。小学校の年中行事としてどんど焼きを行う所も近年目立っています。大きな小屋を作るところでは、中に大人や子どもが入って、酒食をともにしたり、遊んだりする「おこもり(年籠り)行事」が行われる所もあります。
 おこもり小屋で日本で最大のものは、新潟県十日町市大白倉集落のバイトウ行事で、直径8m、高さ10mの小屋を作ります。どんど焼きの夜には、集落の住民が総出で、バイトウ小屋の中で小正月の宴会を行った後、火を付けて燃やします。

◎どんど焼きの意義を議会の場で質疑 愛媛県八幡浜市

 2005年12月、愛媛県八幡浜市定例市議会の一般質問で「正月飾りの処理のあり方、どんど焼きの意義」について、市当局と女性議員が討議する出来事がありました。これは、日本人の「小正月行事どんど焼きに対する生活感情がどのようなものであるかを公的な場で討議した記録として重要ですので、ここに掲載いたします。(なお、同市では、2015年も古い神札を炊き上げる鎮火祭、正月飾り縁起物を焚くどんど焼きを分けて行っているようです。)

 どんど焼き質疑に至る経過は、地方紙に、それまで市が行っていた「どんど焼き」の開催場所が確保できなくなったとの報道があり、12月の市広報に、「平成18年の新年のどんど焼きについては、一部のしめ飾りのみ神事をとり行い、(正月飾りなどの)ほとんどを八幡浜南環境センターにおいて(ゴミとして)焼却処分することになった、平成19年以降についてはどんど焼きを行わない」と市民に広報したことでした。

 この問題について、女性議員が取り上げ、次のように質疑しました。
 「しめ飾りは、新年を迎えるに当たって、1年間の平穏無事と感謝を込めてかけかえる年中行事の一つであり、伝統文化でもあります。だれしもごみと一緒に焼却することには大きな抵抗があり、気持ちの上で納得がいきません。
 質問の第1点は、広報に書かれている一部のしめ飾りのみ神事を行い、ほとんどを南環境センターで焼却処分するとはどのようなことなのか、御説明をお願いいたします。
 第2点は、どんど焼きを残す方法はないのでしょうか。
 第3点は、平成19年度以降についてはどんど焼きは行わないというが、しめ飾りはどのような方法で処分するということでしょうか。

 質問に対する市当局の回答は概略以下のとおりでした。
・取りやめに至った理由は、内港埋立計画により(会場の)出島が使用できなくなったこと。
・その対応として昨年利用をした地区では、黒煙により公害であると住民から苦情が大変多かったこと。
・3点目は、一般には野焼きを禁止をしていること。ただし、風俗慣習上または宗教上の行事についは規制の対象外ではあるけども、地域の生活環境に影響するばい煙、焼却すすの飛散などには十分配慮をする必要がある。
・4点目は、旧八幡浜市の市街地のみ(市)が行っており、周辺部では神社または地区でどんど焼きを行っている。
・結論として、市が主体的に鎮火祭、どんど焼きを行うことを断念した。
・今後は、市が主体的に実施するものではなく、各地域それから各神社、各個人において処分をしていただきたい。

◆「どんど焼き」に関する愛媛県八幡浜市定例市議会会議録
http://www.city.yawatahama.ehime.jp/docs/2014090501154/

 ○学習指導要領・郷土学習としての「小正月行事・どんど焼き」の教材化

 (この項は、教育関係者からの問い合わせにより、追加いたしました)
 新学習指導要領 第3章道徳 第2内容4(主として集団や社会との関わりに関すること)の中に、次の項目を学ぶよう示されています。(文科省サイトによる)
第1学年及び第2学年(4)郷土の文化や生活に親しみ、愛着をもつ。
第3学年及び第4学年(5)郷土の文化と伝統を大切にし、郷土を愛する心をもつ。
第5学年及び第6学年(7)郷土や我が国の文化と伝統を大切にし、先人の努力を知り、郷土や 国を愛する心をもつ。

 道徳教育の中になぜ「郷土学習」が含まれたのかは、ここではおくこととしまして、「郷土の文化と伝統を大切にし、郷土を愛する心をもつ」という学習指導要領の目指すものを包括的に含む地域教材を考えた時、「小正月行事(どんど焼き)」は最もふさわしい教材であると考えられます。

 その理由を説明しますと、以下の5つの要点が挙げられます。

 まず(1)地域の子どもたちに最も身近な伝統文化行事であること。実際に児童が参加し、自らが主体として観察・調査・研究し、そのうえ豊かな情緒体験ができることが挙げられます。何よりも小正月行事自体が、子どもたちに行事の主人公として役割を付与していることが重要なポイントです。

 (2)次に小正月行事は、地域集落を単位として、何百年も受け継がれた伝統の上に成立しており、その地域集落の独自の文化を形成しています。その伝統行事を、古老、大人と子どもたちが世代を超えた共同作業(ものづくり、芸能伝承)により、自然な形で継承されるシステムが出来上がっています。

 (3)には小正月行事が、地域集落を単位として、その1年の集落の豊かな収穫、防災、そして、人々の健康、幸福を皆で心を1つにして祈り、そのために踊り、そのために叫び、そのために神聖な火を焚き、集落の存続にかけて、皆で協働することを誓い合う場となっていることが挙げられます。それは「蒙昧な大衆の旧幣」では決してなく、むしろ21世紀の今求められているコミュニティのサステナビリティ(子どもたちを中心とした持続可能な地域形成)の理想であるということができます。

 (4)しかも、デジ研調査で明からかになったように、地域の伝統文化である小正月火祭りには、海外にも比較研究できる火祭りがあることから、地域の「独自性」の中に「普遍性」があるという「国際理解教育」も可能になります。

 (5)以上の観点からは、「小正月行事(どんど焼き)」は現在の教育現場で課題となっている「ESD(Education for Sustainable Development)」を最も具現化した地域教材ととらえることができます。
 文科省では、ESDとは、これらの現代社会の課題を自らの問題として捉え、身近なところから取り組む(think globally, act locally=国際的な観点から考えて、地域で活動する)ことにより、それらの課題の解決につながる新たな価値観や行動を生み出すこと、そしてそれによって持続可能な社会を創造していくことを目指す学習や活動であること。つまり、ESDは持続可能な社会づくりの担い手を育む教育とされていますが、これらの要件を満たす教材として、小正月行事は完全にマッチしています。

 「郷土を大切にし、郷土を愛すること」という学習指導要領の抽象的な概念を超えて、ここではESDのための学習活動としても、小正月行事の具体的な所作の一つ一つの中に、生きた教えが込められています。

 実際の学習方法について、小正月行事は「観察・見学学習」、「調査学習」、「体験学習」の3つのカテゴリーが同時に達成可能です。
 そのおり、高学年向けには、デジ研全国調査結果一覧表により、子どもたちが暮らす地域の小正月行事の独自性と、全国の小正月行事を比較することで、「我が国の文化と伝統」の姿について、身近な比較文化論として論考することが可能になります。
 また、デジ研調査では、学校行事として「どんど焼き」を実施している事例が多く見られます。(※本調査データの教育利用は自由で、許諾不要です。著作権教育の観点から、レポート末尾などに出典を明らかにしての活用をお願いします。)

   小正月行事の郷土教育における教材化プランはこちらからダウンロードできます。)PDF文書  

 【全国から提供されたどんど焼き写真記録はこちら】

あなたの町や村のどんど焼きは掲載されていますか?みんなに知らせたい自慢の行事があったら、この連絡フォームで教えてくださいませんか。この一覧に追加いたします。

このアーカイブへのお問い合わせ、質問、連絡はここから御連絡下さい。
(この調査データの引用は自由で、許諾不要です。出典を明らかにして、ご利用されるようお願いします。)

日本と世界のどんど焼き調査一覧表マップ

この調査に掲載された地域の都道府県名をクリックすると、
それぞれの県域別情報を参照することができます。
カテゴリ別 |北海道
|東北|関東|甲信越|北陸|東海|
|近畿|中国|四国|九州|沖縄|
(※このページ内の市町村の詳細情報を検索するには Ctrl+Fで検索窓を開くと便利です)
北海道
秋田 青森
欧州・米国 インド・インドネシア アルゼンチン 山形 岩手
韓国 台湾 中国 福島 宮城
山口 島根 鳥取 兵庫 京都 福井 石川 富山 新潟 群馬 栃木
佐賀 福岡 広島 岡山 大阪 奈良 滋賀 岐阜 長野 山梨 埼玉 茨城
長崎 大分 愛媛 香川 和歌山 三重 愛知 静 岡 東京 千葉
熊本 宮崎 高知 徳島 神奈川
鹿児島
沖縄


【北海道】

北海道
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
北海道札幌市、千歳市、恵庭市、江別市、石狩市 1月14日〜20日 どんど焼き(古神札焼納祭) 札幌近郊各地の神社 氏子、地域住民  北海道の「どんど焼き」は正月飾りや古神札の焼納祭として、神社の行事となっている。14日ごろから始まり、20日にかけて、正月飾りを預かり、焼納する。
 西区の西野神社では、午前9時ごろ総代が神社に集まり、神楽殿に積み上げられていた焼納物を、どんど焼きの斎場である駐車場に運んだ。10時から「古神札焼納祭」の神事を行い、納め物に神火を点火し、燃やした。
一年の無病息災を祈る
北海道札幌市周辺 歳末から年始
繭玉飾り 家庭や企業 地域住民  歳末になると、商店では模造の「繭玉飾り」組み立てセットが正月用の縁起物として販売されるが恒例となっている。紅白の繭玉、飾りのミズキの木、千両箱や招き猫などが一緒に売りだされ、市民は家庭で正月飾りとして買い求める。  
北海道釧路市 2010年1月15日 どんど焼き 鳥取神社 氏子、地域住民  神社では午前8時に焼納祭を行った後、市民が持ち寄った門松やしめ縄などの正月飾りを氏子が焼いた。市民らは火に向かって手を合わせながら無病息災を願った。 無病息災
北海道・美幌町 2008年1月15日 どんど焼き 美幌神社 氏子、地域住民 町民が持ち寄ったお飾りや門松を焚き上げる。 無病息災
北海道帯広市 2008年1月15日 どんど焼き 帯広神社 市民  神社には朝から飾り物を持った市民が訪れ、勢いよく燃える炎に投げ込んだ。同神社は環境を考え、飾り物はプラスチックの部品を外すなど、分別を呼びかけた。 お正月のしめ縄などを燃やして一年の無病息災を祈る。
北海道夕張市 1月15日
(2007年)
どんど焼き 夕張神社 地域住民    
北海道道南、函館市 2010年1月7日 どんど焼き 道南各地 地域住民  北海道のどんど焼きは15日が一般的だが、函館市や道南地域では、7日にどんど焼きを行う。正月飾りや前年の破魔矢などからプラスチックや金属部品を外して神社で焼く。 無病息災、家内安全
北海道苫小牧市高丘 2015年1月15日 どんど焼き 樽前山神社 地域住民  正月飾りや縁起物が2m以上に積み上げれた。神職がおはらいをし、清めの鈴を鳴らした後、たいまつの火により点火された。集まった参列者は、炎に向かって手を合わせ、それぞれ幸福を祈った。 一年の招福と無病息災

【東北】
 
青森
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
青森県八戸市 2015年2月17〜20日 国の重要無形民俗文化財「えんぶり」 長者山新羅神社ほか市内の各所 市民、観光客 「えんぶり」は青森県八戸地方を代表する旧暦正月の伝統行事で、毎年2月17日から4日間行われる。国の重要無形民俗文化財。青森冬の三大まつり、みちのく五大雪まつりに数えられていて、地域の一大観光行事になっている。
 えんぶりは、その年の豊作を祈願するための舞で、太夫と呼ばれる舞手が馬の頭を象った華やかな烏帽子を被り、頭を大きく振る独特の舞が大きな特徴。「えんぶり」という名は、田をならす「えぶり」という農具からきたものと伝えられている。
 えんぶりには、うたや仕草がゆっくりしており、優雅な舞である「ながえんぶり」、はうたも仕草もテンポが速く、勇壮活発な「どうさいえんぶり」の2つの種類がある。  えんぶりは組単位で行われ、「太夫」と呼ばれる舞い手が3人あるいは5人と、笛、太鼓、手平鉦(てびらがね)、歌い手など総勢20〜30人で構成されている。
 えんぶりの舞は「えんぶり摺(す)り」と呼ばれる。一連の舞は、稲作の種まきや田植えなどの動作を表現している。「摺りはじめ」「中の摺り」「摺り納め」の三演目が主な神事儀礼的な演技として行われる。
 これら三演目の合間には、子どもたちが演じる「松の舞」「えびす舞」「えんこえんこ」女性が演じる「大黒舞」などの祝福芸が行われるほか、最後に、大事な 畦(クロ)から水が漏れないようにと、呪文の言葉を唱える「畦留め(クロドメ)」で、えんぶりは終わる。

2015年の日程 【2月17日】
●奉納摺り 長者山新羅神社
●えんぶり撮影会 長者山新羅神社
●えんぶり行列・一斉摺り・参拝 八戸市中心街で32のえんぶり組が参加。沿道の市民や観光客に演技を披露。合間に子どもたちが祝福芸を披露した。
●御前えんぶり 市庁前市民広場
●えんぶり公演(有料) 八戸市公会堂
【2月18日】
●史跡根城・えんぶり撮影会(有料) 史跡根場の広場 
●えんぶり公演(有料) 八戸市公会堂
【2月19日】
●史跡根城・えんぶり撮影会(有料) 史跡根城の広場
●えんぶり一般公開 市庁前市民広場
【2月20日】
●えんぶり一般公開 市庁前市民広場
【17〜20日の毎日】 ●かがり火えんぶり 市庁前市民広場 ●お庭えんぶり(有料・要予約) 更上閣   えんぶり期間中は、市内の各施設でもえんぶりを見ることができる。
 (出典八戸市役所公式HP)
豊作祈願
青森県八戸市 2008年1月12日 小正月行事「まゆ玉作り」 八戸市立白銀公民館 地域の親子 地域の伝統行事が次第に失われていることを懸念した同館が、郷土の歴史研究家の協力で開催し、伝統行事を継承している。  
青森県五戸町 2008年1月12日 小正月の風習である「ミズキ団子」作り ひばり保育園 保育園児と祖父母  保育園では父母らが餅をつき、食紅で着色したみずき団子を作った。祖父母と園児たちは一緒に細長く切った餅をミズキの枝に次々と巻き付けながら、今年一年の無病息災や家内安全などを祈った。
地域の伝統文化に親しむ
青森県平川市猿賀 2014年2月6日 柳からみ神事 猿賀神社 住民  「柳からみ神事」は旧暦の1月7日に行われている。柳の枝を床に打ち付け、枝が折れてこぼれる具合からことしの農作物の豊凶を占う伝統行事。
 この年は、「奉仕者」と呼ばれる占い役の60歳の男性が、約4mの枝を勢いよく振り上げて13回、拝殿の床に打ち付けた。「豊作間違いなし」との結果が出た。こぼれ落ちた枝は無病息災のお守りとされる。多くの市民が参詣に訪れ、枝を拾い集めて持ち帰った。
五穀豊穣
青森県むつ市大畑町 2008年1月11日 大畑どんど焼き 大畑漁港 市民
大畑町観光協会主催
 地域の人々が持ち寄ったしめ縄などの正月飾りを燃やす。会場では、神事の後、高く積まれたしめ縄や松飾り、お札などに火が付けられる。  今年一年の無病息災や五穀豊穣(ほうじょう)、豊漁、交通安全を祈願する。
青森県下北郡東通村(ひがしどおりむら) 2013年1月15日 田植え餅つき踊り 村内の各地区 村内の女性 餅つき踊りは「女の正月」といわれる小正月を祝う門付けの民俗芸能で、青森県無形民俗文化財に指定されている。
色鮮やかな衣装を身に着けた女性たちが家々を回り、踊りを披露して五穀豊穣や家内安全を祈った。
同村目名地区では午前9時に、目名婦人会のメンバーが目名神社に集合し、神楽に続いて踊りを奉納した。2015年には、神社で舞を奉納した後、地区の約50軒の家の前でも舞った。雪が残る中、小さな(手のひらに乗るような)臼を中心に輪になって「つけたか、つけたか、こらさのさ」の掛け声と、太鼓やかねの音に合わせ、杵(きね)を振り下ろすような仕草で踊った。
 
五穀豊穣や家内安全
青森県東北町柳沢 2011年1月8日 新春大般若祈祷会(きとうえ)・どんど焼き 報效寺(ほうこうじ) 地域住民や檀家 毎年恒例の行事で、法要では参列者が般若心経を唱えたり、寺僧の法話に耳を傾けた。続く餅まきでは、寺僧と一緒に園児が餅をまいて新年を祝った。
 寺の外では、どんど焼きが行われ、参列者が持ち寄ったしめ縄やお守りなどをたきあげた。参列者は振る舞われた甘酒を味わいながら、どんど焼きの煙を頭や体で浴びた。
家内安全や無病息災
青森県下北郡佐井村牛滝地区 2014年12月15日、2015年1月15日 奇習「おこもり」 牛滝神明宮 地域住民  「おこもり」は、神社にこもってご飯や八杯汁(はちはいじる=豆腐のすまし汁)を満腹になるまで食べ続け、豊漁や家内安全を祈る神事。江戸時代から続く伝統行事で、毎年12月15日と年明けの1月15日に行われる。
 2014年12月15日には、地区の老若男女約40人が参加。社殿に白飯、豆腐とキノコのすまし汁、ゼンマイのからしあえ、たくあんの4品が載った膳が並べられ、午後9時に長老と子どもによる一番膳が始まった。食べ手がご飯や汁をかき込み、空になったわんを突き出しながら「めしー」「しるー」と絶叫する。給仕役も負けじと「食えー」「飲めー」とせき立てた。おこもりは深夜まで続けられた。
豊漁や家内安全を祈る
岩手
岩手県陸前高田市高田町の川原地区

 
2014年1月12日

 
秋葉権現川原獅子舞
 
市内の仮設住宅や仮設店舗
 
川原祭組のメンバー、住民  川原地区は東日本大震災で被災したが、小正月の伝統行事「獅子舞」は休まず続けている。川原祭組のメンバー約70人が仮設住宅や福祉施設、東日本大震災犠牲者の追悼施設がある道の駅高田松原タピック45など12カ所を巡行した。
 あでやかな衣装の女性陣と獅子舞が笛と太鼓に合わせ、舞を披露した。震災犠牲者の鎮魂と1年の安全に願いを込めた。
 踊り手として参加した高田高3年の女子生徒は「卒業後は高田を離れるが、復興が早まり、地域の絆が深まってほしい」と思いを語った。
東日本大震災犠牲者の鎮魂と早期の復興、1年の無病息災を願った
 
岩手県奥州市江刺区伊手

 
2016年1月16日夜から17日未明にかけて

 
熊野神社蘇民祭 熊野神社境内など 地元住民、観光客  蘇民祭りは「蘇民将来信仰」に基づき、400年以上の歴史を持つとされる。氷点下の厳しい寒さの中、下帯だけの裸の男たちが、火たき登りや蘇民袋の争奪戦を繰り広げ、無病息災や五穀豊穣を祈った。
 祭礼は16日夜、ご膳上げを皮切りに、祈願者が角灯を手に行列を組み供物や祭りの道具を神社へ運ぶ四角登り、境内での例大祭、餅まき、奉納舞踊などが古式にのっとって行われた。祭りの呼び物の一つは火たき登り。丸太を約3メートルの高さに井桁積みにした歳戸木(さいとぎ)は岩手県内の蘇民祭で最大級とされる。
 火たき登りでは、飛び散る火の粉や立ち上る煙を浴びて身を清めた男たちは、「ジャッソー」「ジョヤサ」と気合の入った掛け声を境内に響かせた。男たちは燃え盛る歳戸木に登り、手に持った角灯などを力強く突き上げ、燃えさしを引き出し、神社の床や柱などに力いっぱいたたき付けて飛び散る火の粉で邪気を払った。
 別当が行列を従えて神社に蘇民袋を奉納する別当・袋登りや、鬼子登りに続き、麻袋に入った小間木(護符)がまかれると、蘇民袋争奪戦に突入。男たちは蘇民袋の口前をめぐって拝殿や境内、参道などで激しくもみ合いの争奪戦を繰り広げた。
無病息災や五穀豊穣、邪気払い
 
岩手県奥州市水沢区黒石町
 
2016年1月14日深夜から15日早朝にかけて
 
黒石寺蘇民祭 黒石寺境内周辺 地元住民、全国から参加した参拝者  黒石寺の蘇民祭は、「蘇民将来伝説」に基づき、五穀豊穣や無病息災、厄よけを願う伝統行事。祭礼は14日午後10時ごろ、参加する男衆が氷点下の厳寒の中、下帯と足袋、わらじだけを身につけた「裸参り」で開始。地元ほか全国から参加登録した約140人の男衆が瑠璃壺川に入り、「ジャッソー、ジョヤサ」の掛け声とともに水をかぶる水垢離(ごり)で身を清めたあと、本堂を参拝する荒行を3回繰り返した。
 続いて午前0時頃には、火が放たれたやぐらの上で男衆が気勢を上がる「柴燈木(ひたき)登り」が行われた。
 祭りが最高潮となるのは15日午前5時過ぎの蘇民袋の争奪戦。男衆は蘇民将来の護符である小間木(こまぎ)が入った麻袋を奪おうと、体中から湯気をあげて激しくぶつかり合い、夜を徹した男衆の熱き戦いが繰り広げられた。
五穀豊穣や無病息災、厄よけ
岩手県一関市千厩町

 
2014年1月9日

 
「繭玉ならし」 奥玉保育園 園児と家族  小正月の伝統行事「繭玉ならし」は、かつての養蚕産地の一関地方の風習で、繭に見立てた団子をミズキに飾り、五穀豊穣や子どもたちの健やかな成長を願った。
 年長児ら約20人は、エプロンと三角巾姿で赤や白、黄など色とりどりの団子を作り、園児の家族が提供したミズキの枝に一つ一つ丁寧に付けていった。
東日本大震災犠牲者の鎮魂と早期の復興、1年の無病息災を願った
 
岩手県宮古市

 
2014年1月11日

 
みずき団子づくり
 
シートピアなあど
 
地元の子どもたち10人余り みずき団子作りは宮古市のシートピアなあどが体験教室の一環として企画した。子どもたちは、赤、青、黄色など色とりどりの団子を手で丸めたあと、人の背丈より大きなみずきの木の枝に飾り付けた。
シートピアなあどは津波により施設が一時休止を余儀なくされ、毎年恒例だったこのみずき団子作りも震災後初めて開催した。
今年1年の家内安全を祈る
 
岩手県石鳥谷町八重畑

 
1月13日

 
雪中田植え
 
地区の田んぼ
 
公民館の3世代交流・小正月行事 老人クラブ員がこどもを指導して、雪の積もった田に稲わらを植える。「縄ない」やもちつき、団子づくり、ミズキ団子づくりを体験して、会場に飾る。 その年の豊作を祈る。

 
岩手県盛岡市 2009年1月15日 どんと祭 盛岡八幡宮 地域住民 どんと祭は正月、家々にやってきた歳神様を送る行事とされ、古いお札やお守りが焼かれ、火にあたると心身が祓い清められ今年1年、無病息災・家内安全に過ごすことができると言われている。
 夕方からは厳しい寒さの中を伝統の裸参りが行われた。背中にしめ縄を背負い、さらしにわらじ履き姿の人たちは、「挟」と呼ばれる細長い板を左右に振り分けたり、神様に供える酒や餅、野菜などを持って鈴の音とともに練り歩いた。
 2015年には、神事で神様を天に返す祝詞が読み上げられた後、点火された。
無病息災・家内安全
岩手県盛岡市材木町 2015年1月10日 酒買地蔵尊お年越行事「成木責(なるきぜ)め」 商店街の各店や永祥院 地域住民  材木町の小正月行事「酒買地蔵尊お年越行事」では子どもたちが「成木責(なるきぜ)め」などで地元商店の繁盛や、新年の無病息災を願った。
 成木責めには、地元の材木町第一・第二子供会や中学生約20人が参加。寒風が吹く中、商店を一軒ずつ回った。子どもたちは、わらを5色の布で結んだ「成木棒」を振りながら「甲斐性(かいしょう)すれば成るか成らぬか。甲斐性者なら成ろう成ろう(まじめに働けばどうなるか。うまく繁盛するはずだ)」と元気よく唱え、厄を払った。
 行事は、材木町の冬期間の活性化や景気づけの願いを込め、約40年前にスタートした。
地元商店の繁盛や新年の無病息災を願う
岩手県大船渡市三陸町吉浜地区 1月15日 国重要無形文化財「スネカ」 地域の子供のいる家庭 地域の住民  「スネカ」は国の重要無形民俗文化財で、大船渡市三陸町吉浜に伝わる小正月行事。地域の青年や中学生が、神の使いに仮装して家々を訪ね、厄払いや家族の無病息災、豊漁を願う「来訪神」行事。同市は同様の風習が残る全国8市町と共に、2016年にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産への一括登録を目指している。
 日の暮れた午後5時半から地域の青年たちが、鬼のような面をかぶり、わらみのをまとったスネカにふんして、三陸鉄道吉浜駅に集結。スネカは、「ウォー、ウォー」とうなりながら、玄関をガタガタ揺らして子どものいる家庭に上がり込み「怠け者はいねが、泣く子はいねぇが」と声を張り上げた。恐ろしい形相の面をつけたスネカに驚き、親にしがみつく子どもは「悪いことはしません」と約束した。
 2014年は吉浜スネカ保存会と吉浜中の生徒合わせて27人がスネカに扮し、吉浜駅で出発式を行ったあと、約400世帯を訪問した。2016年には、吉浜中生を含む計20人がスネカに扮し、「言うこと聞がねぇわらすはいねがぁ」と約400世帯を巡った。
 スネカの語源は、いろりの近くにばかりいると、すねにできる火形の斑点(はんてん)を、鬼に皮ごとはぎとられてしまう「スネカワタグリ」の言い伝えからとされる。
冬場に家に閉じこもりがちな子どもたちをたしなめ、健やかな成長を願う
岩手県大船渡市猪川町 20151月11日 小正月行事のみずき団子づくり 上富岡地域公民館 地域の子どもたちと高齢者  公民館が主催し、地域の60歳以上でつくる「せせらぎ会」が協力した。地域の子どもたちや参加し、高齢者らの指導を受けながらみずき団子を完成させた。参加者はピンクや緑、黄色の団子をつくったあと、ミズキの枝に飾り付けた。最後は高齢者と一緒に全員で記念写真を撮るなどして、世代間交流を深めた。  
岩手県洋野町種市 2014年1月12日 なもみ JR種市駅前 林郷青年会と地区の親子 林郷青年会のメンバーがお面とわらみのを着て鬼に扮し、太鼓に合わせて駅前に現れた。集まった子どもたちに「悪(わり)いわらし(子ども)はいねえがぁ」と、大声を上げて、子どもたちを捕まえては「テレビばっかり見てんなよ」「友だちとケンカすんなよ」「親の言うことをよく聞くように」と戒めた。子どもたちは泣きじゃくりながら、「いい子になります」「お手伝いもちゃんとします」「親の言うことを聞きます」などと約束した。
 「なもみ」は三陸沿岸北部に伝わる小正月の伝統行事、無病息災や子どもの健やかな成長を願い、約200年の歴史があるとされる。洋野町では林郷地区の伝統行事だが、町村合併を機に種市地区でも行っている。15日夜は、依頼を受けた林郷地区などの子どものいる家を回る。
子どもたちの健全育成や無病息災
岩手県岩泉町 2013年1月11日 ミズキ団子作り 小本保育園仮設園舎 園児と祖父母 園児は祖父母と一緒に団子をこねてから、ゆであがった色とりどりの団子を背丈を超える高さのミズキに差し、園庭に飾った。
小本地区のミズキ団子は、アワビの殻でもちをかたどったり、魚を飾ったりするという。
この一年の健康を願った
岩手県遠野市土淵町 2010年1月15日 オシラ遊び 民俗伝承施設・伝承園 地域の住民  オシラ遊びは、1月16日に行う伝統行事。屋内神のオシラサマに各家庭で赤飯やお神酒などを供え、オセンダクと呼ばれる新しい着物を着せたり、米の粉で化粧をしたりする。
 伝承園では色とりどりの綿入れはんてん姿で訪れた土淵児童クラブの20人が、南部曲がり屋のいろりで、人の顔と馬の顔が彫られたオシラサマに新しい着物を着せ、おしろいを塗って遊ばせた。
子供達の健康を祈る
岩手県遠野市松崎町 2015年1月9日 小正月伝承行事・交流会「カラスよばり」 松崎地区センターなど 町高齢者クラブ連合会の高齢者と園児、小中学生ら200人  小正月伝承行事・交流会は市社会福祉協議会松崎支部が世代間交流のため開催した。餅つきをして色とりどりの団子を作り、繭玉や稲穂と共に高さ約5メートルのミズキの木に飾り付けるミズキ団子作り、稲に見立てた松の葉を雪に挿して五穀豊穣を願う「お田植え」、空に餅を投げてカラスによる食害防止を願う伝承行事「カラスよばり」などを高齢者の指導で子供たちが体験した。 五穀豊穣、子供たちの健康
岩手県釜石市平田の尾崎白浜地区 2015年1月15日 するめっこ釣り 地域の家々 地域の子どもたち  「するめっこ釣り」は漁師にふんした子どもたちが家々を回って大漁を祈願する伝統行事。2015年は東日本大震災からの復興も祈願した。
 2歳から小学6年生までの男の子15人が参加し、釣り竿を持って、被災を免れた高台の家や震災被災者の仮設住宅を訪れ、玄関先で「チューチュー」と「イカの鳴き声」をまねをしながら竿を振り、「するめっこ釣らせてけだんせ」と声をかけた。家の人から「なんぼ釣った」の問いに「満船(大漁)」と元気に返答。子どもたちは竿の節で、釣れたイカを数える。
 子どもたちはごほうびとしてお小遣いのほか、顔に墨を塗ってもらった。
一年の豊漁と無病息災
岩手県花巻市東和町北成島 2015年1月12日 「カラスの小正月」と「どんと祭」 三熊野(みくまの)神社 地域の住民の親子  「カラスの小正月」は、同神社御神紋の「二羽カラス」に由来する。地元の親子が互いの顔に墨をつけ合い、一年の無病息災を願う。地元有志が、戦前に町内で行われていた魔よけの奇祭を、同神社で30年ほど前に復活させた。無病息災や家内安全、商売繁盛を祈る小正月行事の「どんと祭」に合わせて行われている。
 神社境内には約70人が集まり、児童らが各家庭から集めた正月飾りや門松などを燃やした。その後、父母らは筆や軍手に燃やした灰を混ぜた墨汁を浸し、子どもの顔を黒く塗った。子どもたちも大人に墨を付けようと対抗した。
一年の無病息災
岩手県花巻市矢沢 2016年1月2日 胡四王蘇民祭 胡四王神社 地元住民、全国から参加する参拝者  胡四王蘇民祭は、無病息災と五穀豊穣を祈願する祭で、花巻地方に原因不明の難病が流行したことから蘇民将来の伝承説話に基づき、慶応元年(1865)から始められたと伝わる。戦後一時中断したが、昭和49年より胡四王氏子青年会の手によって復活した。平成7年に花巻市指定無形民俗文化財に胡四王蘇民祭保存会が保持団体として認定された。
 行事は1月2日朝、社務所前の餅つきに始まり、市民の無病息災、商工繁栄、家内安全と国家安穏、五穀豊穣を祈る祈年祭(としごいのまつり)を執行。このあと午前10時に「裸参り」を開始。地元のをはじめ、大阪や岡山などから約70人が下帯と足袋だけの裸姿で参加し、天狗(猿田彦命)を先頭に胡四王神楽、縁起物のこま(護符)が入った蘇民袋とともに、たいまつを手に雪の急坂を胡四王山頂まで練り歩いた。
 山頂では新年の祈祷の後、境内で男衆が待ち構える中に蘇民袋が投入されると、体を激しくぶつけ合いながらの「蘇民袋争奪戦」が繰り広げられた。大人に交じって子供たちも挑戦し、男たちの上で「ジャッソー」と気勢を上げた。
無病息災、商工繁栄、家内安全と国家安穏、五穀豊穣を祈る
岩手県住田町上有住の恵山地域 2015年1月11日 かせどり 地域内の家庭 地元の小学生  かせどり」は福の神に扮した地域の子どもたちが、各家を訪ねて、大黒舞を披露し、この1年、家々にたくさんの幸せがやって来るよう願う伝統行事。各戸を訪問して餅や菓子、祝儀などをもらい集める様子から、「稼ぎとり」が語源と伝えられている。
 恵山地域では、昭和期まで地元の青年たちが小正月の夜に行っていた。昭和50年代からは子供会と育成会を中心とした冬休みの活動として定着した。
 2015年は小中学生12人が参加し、小学生が赤い帽子とちゃんちゃんこ姿の福の神に扮した。中学生とともに2班に分かれ、地域内の40戸余りを訪ねて回った。子どもたちは玄関先で、元気に「かせどりかっこ、福の神が舞い込んだ。くださる物なら何でもいい」と口上を述べ、扇子を手に大黒舞を踊った。
家々にたくさんの幸せがやって来るよう願う
岩手県西磐井郡平泉町 2015年1月15日 「作様」 毛越寺 僧侶、住民  「作様」は農業の神様として信仰を集める常行堂の摩多羅神に今年の五穀豊穣と農作業の安全を祈る法要を行った後、毛越寺の執事長が「みくじ箱」を振って今年の作柄を占う新春の恒例行事。
 みくじ箱に入っているのは1から10までの数字が記された竹の棒で、数字が大きいほど豊作とされる。占いの結果、稲の早生で「9」が出たほか大麦や小豆、たばこでも「8」が出た。
五穀豊穣と農作業の安全を祈る
岩手県西磐井郡平泉町 2016年1月10日 「きんこならし」 達谷西光寺御供所前庭 地域の親子  「きんこならし」は豊作祈願の小正月行事。達谷西光寺の近くに住む阿部力さんの主宰で、地域の親子が参加した。クリの木の枝先に、皮を剥いて実に見立てたカツノキや、薄く削って花の形にしたコシアブラの木を飾り付けた。枝もたわわになるほどに飾り付けられた様子に参加者は「豊作に間違いない」と太鼓判を押した。
 小正月行事は、阿部さんが還暦を迎えた3年前に、子供たちに地域に伝わる習俗を体験させたいと28年ぶりに復活させた。
豊作祈願
秋田
秋田県秋田市広面 2013年1月17日 三吉梵天祭(みよしぼんでんさい) 太平山三吉神社 町内会や企業、青少年育成団体など。2013年は67団体が計76本の梵天をおさめた。  梵天祭は江戸時代頃(開始年代不詳)に始まり、地元では「秋田県固有の神事」とされている。梵天と呼ばれる依代(よりしろ)を神社に奉納する。
 奉納する際の先陣争いの激しさから、「けんか梵天」とも呼ばれている。
 古くからの村(町)梵天は、成人となる若者が発起人となり、思い思いの梵天を前年の内に製作する。完成後お神酒等を供え、祭事を行って、入魂の儀式を行う。その後、清浄な場所へおまつりして、日々拝礼を行い、奉納に備える。
 祭り当日は地元を一巡した後、村札(団体名を書いた札)をかざし、道祓いをしながら徒党を組み神社を目指す。ほら貝を轟かし、梵天唄を響き渡らせながら神社に近づくにつれて、各団体が揃い、大きな押し合いとなり、梵天に付いた三角守(強い霊力が宿るとされる)を取ろうと手を伸ばす拝観者が一体となり、押し合う。
五穀豊穣や家内安全・産業発展
秋田県秋田市仁井田地区 2015年1月15日夜 「火振りかまくら」 地区内の田圃(2015年は積雪で雪原となった) 地域の住民や見物客  「火振りかまくら」は300年ほど前から地域に伝わる小正月の伝統行事。神事をした後、参加者が稲わらの束に点火し、体のまわりを振り回し、神聖な炎でけがれを清め、1年の五穀豊穣や家内安全を祈願する。
 2015年には長さ約270センチの束縄の先に着火し、体のまわりを振り回すと、雪原に炎の輪が浮かび上がった。約500人の見物客が訪れた。。
五穀豊穣や家内安全
秋田県男鹿市 2014年10月4、5日 国文祭「全国ナマハゲの祭典」 男鹿市民文化会館 国文祭参加者  「男鹿のナマハゲ」と全国の類似行事が集い、その実演を通して、それぞれの文化的意味を再確認し、次世代に繋げる目的で、国民文化祭男鹿市実行委員会が開催した。同様の行事を受け継ぐ全国の6つの保存会が集まって解説付きの実演を披露した。
 実演は、能登のアマメハギ(石川県)、遊佐のアマハゲ(山形県)、吉浜のスネカ(岩手県)、能代のナゴメハギ、潟上市のナマハゲ、男鹿のナマハゲ(秋田県)の6行事。平成21年、ユネスコの無形文化遺産に掲載されている甑島(こしきじま)のトシドン(鹿児島県)に関する発表も行われた。
男鹿市HP http://www.city.oga.akita.jp/index.cfm/14,9842,150,html
男鹿市観光情報ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/ogasikankoujyouhou/12844400.html
観光客の誘致
秋田県男鹿市 2014年2月7〜9日 なまはげ柴灯(せど)まつり 真山神社 観光客  「なまはげ柴灯(せど)まつり」は3日間とも午後4時開場。大みそかのなまはげ行事の再現劇やなまはげ太鼓を披露するほか、クライマックスには、なまはげの行列がたいまつを掲げながら雪山を厳かに下る。男鹿市の新成人らが市内の各集落に伝わるなまはげに扮(ふん)し、境内を練り歩く場面もある。
 祭りを前に、なまはげ11匹が6日、秋田県庁を訪れ、まつりをPRした。なまはげたちは知事室や観光振興課などに乱入し、「ウオー、仕事しねーやついねが」「男鹿に予算付けてけろ」と叫び、佐竹敬久知事らを脅かした。職員には「男鹿に遊びに来てね」と声をかけた。
観光客の誘致
秋田県湯沢市 2月8,9日 小正月行事「犬っこまつり・どんど焼き」 中央公園広場 一般市民、観光客20万人以上(市と市観光協会主催)  「犬っこまつり」は、秋田藩佐竹南家の城下町で約400年続く伝統の民俗行事。湯沢駅前広場や商店街に犬っこやお堂っこの雪像が設置される。盗賊が現れないように米の粉で小さな犬っこなどを作り、旧小正月の晩に、家の入り口などに供え、願ったのが始まりとされる。
 2014年には、主会場の駅前広場には15基の大きなお堂や神社が作られた。観光客が参拝したり、子どもたちが犬の雪像にまたがったりして楽しんだ。商店街にはミニお堂っこが、別の会場にも市内の4中学校が作ったお堂があり、夜間にはろうそくが灯され、会場は幻想的な雰囲気に包まれた。
 どんど焼きは、雪上に穴を掘って松飾りなど正月飾りやお札などを燃やす。雪像を公園に陳列する犬っこまつりの関連行事。一般ゴミを投入する不心得者がいたり、近所から煙害の苦情があったため一時中止していたが、2003年に再開。
無病息災を祈願する
秋田県仙北市西木町上桧木内 2015年2月10日 小正月の伝統行事「上桧木内の紙風船上げ」 紙風船広場 地域住民、観光客  「上桧木内の紙風船上げ」は、五穀豊穣(ほうじょう)や無病息災、家内安全などを祈る小正月の伝統行事。江戸時代に秋田に滞在した平賀源内の発案した遊びだとの説もある。一時途絶えたが、有志が1974年に復活させた。この日は、雪降りしきる夜空に武者絵や美人画が描かれた巨大な紙風船が次々と夜空に打ち上げられた。
 風船は8つの集落の住民や小中学生が和紙を貼り合わせ、2015年には約100個を制作。高さは2〜12m、直径3mの円筒形。会場では午後6時以降、3回に分けて打ち上げた。風船にガスバーナーで熱気を送って膨らませ、石油を染み込ませた下部の布玉に点火すると、風船は次々に浮き上がった。
 2016年は2月10日夜に行われ、大小計約100個の紙風船が上げられた。このうち、同市の桧木内中学校と大仙市の大曲養護学校の生徒たちは自作の紙風船と、タイの祭りに使われる小型の紙風船「スカイランタン」を打ち上げた。
 上桧木内の紙風船上げの起源の考察に関連して、中国、台湾などでは、旧正月(春節)にランタンを飾り、紙風船形のランタンを空高く飛ばす伝統行事がある。台湾の旧正月天灯節では、表に願い事を書いた紙風船型ランタン(天燈)を熱気球の要領で夜空に飛ばしている。夜空いっぱい一斉に昇って行く様は、上桧木内の紙風船上げと同様。
無病息災、五穀豊穣
秋田県仙北市角館 2009年2月13、14日 火振りかまくら 2月13日(市営桜並木駐車場)、2月14日(角館町内30数ヶ所) 地域住民、観光客 約400年前から続く小正月行事。火振りは、炭俵に1メートルくらいの縄を結び、その俵に火を付けて縄の先端を持ち、自分のからだのまわりを振り回す。
炎で邪気を払い、無病息災や田んぼの厄払い、五穀豊穣を願う。近年は観光イベントとして、開催日前日の13日にも見ることができる。当日14日夕方からは、各町内のおよそ30カ所で開催される。
無病息災、五穀豊穣
秋田県大仙市花館地区 2015年2月11日 「川を渡る梵天」 雄物川と神社 地域住民、観光客  「川を渡る梵天」は、雄物川の対岸にある神社に昔ながらの渡り舟を使って、小正月行事の梵天を運び、奉納する。150年以上前から伝わる伝統事。近くに橋がなかった時代の名残といわれている。五穀豊穣や家内安全を願って、2015年は町内会や企業から15本の梵天が奉納された。 五穀豊穣や家内安全
秋田県大仙市字刈和野 2015年2月10日 刈和野の大綱引き 刈和野大町通り 地域住民、観光客  刈和野の大綱引きは、室町時代から500年以上の歴史がある旧暦小正月の伝統行事で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。上町(二日町)、下町(五日町)と町を二分し、太さ2.2mの大きさの綱を「ジョウヤサノー」の掛け声で引き合い、その年の米の相場や豊作を占う。上町が勝つと米の値段が上がり、下町が勝つと豊作になると伝えられている。
 引き合いに使われる大綱は、長さが雄綱64m(42尋)、雌綱約50m(33尋)、重さ各々10トンになり、国内の数ある小正月綱引き行事の中でも最大級を誇る。
 伝説によると、平将門の一族である長山氏が刈和野に土着し、長山氏の氏神が市場を守護する神「市神」であり、その祭事として綱引きが始められたのが由来といわれる。

   大網作りはそれぞれの町が行う。二日町が作る「雄綱」は、その先端が古代中国で生まれた思想である陰陽説の陽(男性)の象徴であり、「ケン」と呼ばれる。長さは男の厄年を表す42尋(約64m)。
 五日町の「雌綱」は、その先端が陰(女性)の象徴であり、 「サバグチ」と呼ばれる。長さは、女の厄年を表す33尋(約50m)ある。
 大綱は両町内境界の中心「ドップ」付近に飾られる。両綱とも大蛇がとぐろを巻いたように積み上げる習わしになっている。
 2015年の大綱引きは午後8時から、サバグチにケンを差し込む綱合わせを行った後、午後9時から引き合いが始まった。
 大仙市は芸能人柳葉敏郎さんの居住地で、大綱引きに住民として参加していることで知られる。
(大仙市公式HP等による)
五穀豊穣や家内安全
秋田県にかほ市象潟町上郷地区 1月11日
(平成16年)
国の重要無形民俗文化財「上郷の小正月行事」(サエの神の小屋焼き/嫁つつき) 集落内 地域住民  大森地区では、地域の小中学生がわらで作った「サエの神小屋」に火を付けて燃やした後、ご神体(木製で、直径約10cm、長さ約30cmの男根を形どったもの)を抱えて、集落を練り歩いた。子供たちは「あさどりほいほい おんどりほいほい」と唄い、地区の全37世帯を回る。
 地域で新婚夫婦がある家では、子供たちが新妻を囲んで棒で畳を突く「嫁つつき」が行われた。「嫁つつき」は新婚夫婦が誕生した時だけ行われる。平成16年には、座敷に上がり込んだ小学生6人が「初嫁出せじゃ」と叫びながら、タラの木で作った「嫁つつき棒」で畳をドンドンと突き、新婚夫婦が現れると、子供たちは新妻を取り囲み、「つつくは今だ」とはやし立て、さらに畳を激しく突いた。約5分後に新夫が「あど、やめでけれ」と懇願して、儀式は終了した。
 大森集落では平成23年には、1月15日に4年ぶりに新婚夫婦が子宝に恵まれることを願い、子どもたちが新妻を棒でつつくしぐさを繰り返す「嫁つつき」が行われた。
嫁つつきは新婚夫婦が子宝に恵まれるようにと祝う。また、無病息災や五穀豊穣(ほうじょう)、子孫繁栄を願う
秋田県にかほ市金浦地域 2012年2月4日 掛魚(かけよ)まつり 金浦山(このうらやま)神社 地域の漁師や児童、市内17事業所の代表  「たらまつり」とも呼ばれ、地域では300年以上続くとされ、立春の行事として行われる。漁師や児童、市内17事業所の代表が参加した奉納行列は、県漁業協同組合南部総括支所の荷さばき所を出発。地元に伝わる金浦(きんぽ)神楽を先導に、漁師が2人一組でタラを縄でつるした竹ざおを担ぎ、地域内を神社まで約2キロを練り歩いた。神社で37匹のタラを奉納した。神社前の勢至公園では市観光協会がタラ汁を販売した。
 漁師達は、先月下旬から続いたしけで、地元産のタラが用意できず、北海道から取り寄せた。
 2014年は地元の漁師や企業関係者ら82人が2人1組になり、41匹を奉納した。
豊漁や商売繁盛などを祈った。
秋田県横手市 2010年2月13日〜16日
横手の雪まつり/かまくら・ぼんでん 市内各地

平成24年【かまくら】主会場は横手地域局前道路公園、横手公園 他

【ぼんでんコンクール】
平成24年2月16日(木)横手地域局前おまつり広場

【ぼんでん】
平成24年2月17日(金)、横手地域局前おまつり広場〜旭岡山神社

地域住民、観光事業者、企業  小正月行事「かまくら」は横手市の約420年続く(2015年に)、水神様をまつる伝統行事。横手市観光協会公式HPによると、江戸の藩政の頃、武家の住んでいる内町では、旧暦1月14日の夜、四角い雪の壁を作り、その中に門松やしめ縄などを入れ、お神酒や餅を供えてから燃やし、災難を除き子供の無事成長を祈った左義長の「かまくら」が行われていた。
 一方、商人の住んでいる外町では、旧暦1月15日の夜、町内の井戸のそばに雪穴を作り、水神様(おしずの神さん)を祀り、良い水に恵まれるようにと祈っていた。
 当時の「かまくら」は、現在のように各家々で作るのではなく、大正の終わりごろまで、各町内ごとに行われていたという。外町では水神様を祀りましたが、武家の内町では鎌倉大明神を祀ったという。  また、当時の子どもたちの冬の遊びの中に、積もった雪に穴をあけて、その中に入って遊ぶ雪遊びがあり、これらの3つの行事が変遷を経て、現在のような水神様を祀る「かまくら」となったと考えられている。
 旧暦小正月のかまくらの夜は、満月がかまくらを照らし、月明かりに浮かぶかまくらに内部からはローソクの火が映り、情緒深いものがあった。子供たちは、月明かりに自分の影をうつして占ったり、雪下駄をきしませて歩いたものだという。  本来の「かまくら」は見るものでなく、中に入って、正面にまつられた水神様にお賽銭を上げて、家内安全・商売繁盛・五穀豊穣などを祈願するものであり、かまくらの中には、子どもたちが入っていて、「はいってたんせ(かまくらに入ってください)」「おがんでたんせ(水神様をおがんでください)」といいながら、甘酒やおもちをふるまう。
 かまくらのまつり期間中、市内には、100個ほどのかまくらが作られる。
 横手市では、2010年に初めての試みとして、4日間にわたり開かれた。2月15,16日の本番に2日間の前夜祭を加えた。同市では、昨年9月の第4回B級ご当地グルメの祭典「B1グランプリ」以来、週末の観光客が増加。約30万人の観光客が訪れる一大ページェントとなっている。土、日曜に当たる13,14日に前夜祭を開催し、受け入れ体制を万全にする狙いがある。
 「かまくら」は、市内の宿泊業者などが1999年から、「ウエルカムかまくら」という1日限りの前夜祭を開催してきたが、昨年で終了した。2010年はB1効果で観光客増加が見込まれるため、商業関係者らが継続を要望。「かまくらDEナイト」と名前を変え、横手市観光協会が主催することになった。
 13,14日の前夜祭は市内4カ所のかまくら会場のうち、横手公園と市横手地域局前の2会場に計約15基のかまくらを設営。午後6時から9時まで、かまくら内でろうそくの火をともし、観光客に甘酒などを振る舞う。
 15,16日には羽黒町(7基)と二葉町(12基)の2会場も合わせて約35基となる。企業や民家に作られるものも含めれば、市内全域で約100基のかまくらが観光客を出迎える。
 2014年にはインドネシア、フィリピン、台湾など6カ国・地域の関係者がそれぞれ専用のかまくらを構えて、観光客と交流するイベントを行うなど、地域行事の国際化を図っている。
平成24年の日程
2月11日(土)・12日(日)・14日(火) プレイベント がんばろう東北 ハッピーウェルかまくら
2月15日(水)・16日(木) 400年の伝統・かまくらまつり
2月16日(木) ぼんでんコンクール
2月17日(金) ぼんでん奉納
 
秋田県横手市 2011年10月30日 梵天サミット かまくら館 県内の梵天奉納団体関係者100人  梵天サミットは、県内各地に広く伝わる梵天(ぼんでん)奉納行事を後世に継承しようと開催され、関係者約100人が参加した。前日に9団体が参加して「秋田県梵天奉納団体連絡協議会」(打川敦代表世話人)が発足したことを受けて開催された。横手市や大仙市、秋田市の代表7人が意見交換した。
梵天奉納は少なくとも江戸中期からあったといわれ、「ジョヤサ」の掛け声とともに行うのは本県特有。県内では約100カ所で継承されており、後継者不足が共通の課題という。
 
秋田県横手市大雄 2009年2月11日 雪中田植え、どんと焼き 阿気兜台(あげかぶとだい)神社 地域住民 行事は例年、「建国記念の日」に開催される。
雪深い境内であった雪中田植えは、みの・わら靴姿の男性氏子が神事で身を清め、しめ縄で囲った神域に入って苗に見立てた稲わらと豆殻を東西南北に12束植え込んだ。
 どんと焼きでは正月の飾り物を積み上げ、住民らが勢いよく燃える火でササ竹に挿した餅をあぶった。この日食べると「病を焼く」とされる。
五穀豊穣、無病息災
秋田県横手市 2010年1月8日〜中旬

2012年1月上旬〜2月中旬

出前かまくら 神奈川県横浜市、名古屋市、兵庫県西宮市、茨城県那珂市、岩手県釜石市 横手市役所職員、かまくら職人  横手市が全国各地に出向いてかまくらを再現する「出前かまくら」の雪を積んだトラックの第1陣が7日、開催地の横浜市・八景島シーパラダイスに向けて出発した。
 雪の搬出作業は、同市赤坂の秋田ふるさと村駐車場で行われ、除雪車を使って積み込んだ。3台の10トン積みトラックに積まれた雪は八景島シーパラダイスに向け出発した。横浜では市職員とかまくら職人の計8人が、20トンの雪で横手市の本番と同じ直径3・5メートル、高さ3メートルのかまくら1基を作る。残る10トンは子どもたちが参加しての雪遊びやミニかまくら作りに利用する。
 出前かまくらは、観光PRの一環として2000年にスタート。県外の商業団体や企業などの要望に応じて、かまくらを製作している。今年は、名古屋市、西宮市などで順次開催される。
 2011年は1月8日(土)〜1月10日(月) 神奈川県横浜市 八景島シーパラダイスで「出前かまくら」が行われ、ご当地B級グルメの「横手やきそば」もかまくらと一緒に出前した。
 2015年の「出前かまくら」用の雪を積んだトラックが8日、神奈川県横浜市・八景島シーパラダイスへ出発した。2月1日まで全国計7カ所でかまくらを披露する。雪の搬出作業は横手市の秋田ふるさと村駐車場で行われた。除雪車と10トントラックが並走。除雪車がシャトル部分からトラックの荷台に雪を飛ばし、荷台を雪で満杯にした。
 
秋田県横手市 2010年1月22日から25日 海外出前かまくら 韓国ソウル市 横手市役所  今年で10年目を迎える横手市の「出前かまくら」が初めて海外へ進出、22日から3日間ソウル市に2基のかまくらが作られる。
 伝統行事の紹介だけでなく、韓国市場をターゲットに秋田県の地場産品の売り込みや観光客誘致を目指す。ソウル市の清渓(チョンゲ)広場に人工降雪機を使って作る。ベテランのかまくら職人3人を横手市から派遣、雪を積み上げたり、穴を掘ったりの作業に当たる。
 出前かまくらは「かまくらのまち横手」のPRを兼ねて1990年から始まった「出張かまくら」が前身。市が全額経費を負担していたが、出前かまくらでは開催地と共催とし経費を一部負担してもらうことにして、2001年冬に再スタートした。
 
秋田県横手市山内の南郷地区 2015年1月12日 百万遍念仏講 (旧山内村南郷)三ツ屋地区の3ヵ所 地域住民  「百万遍念仏講」は横手市山内の南郷地区などに200年以上前から伝わる小正月行事。住民が輪になって念仏を唱えながら長さ10メートルのタラノキで作った大きな数珠を回して3か所で合わせて100周させるのがならわし。
 中央の「長老役」の女性が鳴らすかねの音に合わせ「ナンマイダ、ナンマイダ」と唱えた。数珠をゆっくりと回し、1周するごとに長老役が盆の中に一文銭を1枚ずつ入れ、100枚になるまで続けた。数珠が1周すると念仏を1万回唱えたとみなして「百万遍」と呼ばれる。
1年の無病息災や地域の安全などを祈願
秋田県横手市大森町袴形 2016年1月3日 県無形民俗文化財「梵天(ぼんでん)奉納 三助稲荷神社 地域住民   同神社は「商売繁盛」「五穀豊穣」「家内安泰」の祈願で知られる。雄物川の船頭衆や農民の信仰を集めて、ぼんでん奉納は現在に引き継がれ、奉納神事の激しさから「けんか梵天」とも呼ばれる。
 後継者や参加者の減少などから梵天の奉納数は、2014年に5本まで減少していたが、今年は11本に増加。梵天奉納に先立ち行われたコンクールでは、川西地区の「松田集落」「下田集落」「二ッ森集落」が優秀賞を獲得した。当日は「梵天唄」も披露された。梵天(ぼんでん)奉納の後「えびす俵」から餅まきが行われた。
 梵天奉納は2007年から7年間、小正月行事として1月第3日曜に開催していたが、参加者の減少などを理由に2015年は1月5日に開催し、今年は1月3日となった。
「商売繁盛」「五穀豊穣」「家内安泰」
秋田県横手市平鹿町上醍醐、金屋両地区 2015年1月15日 小正月行事「たいまつ焼き」 (旧山内村南郷)三ツ屋地区の3ヵ所 地域住民  たいまつ焼きは、田んぼを挟んで隣り合う両地区で300年以上続く伝統行事。今年は両地区の男衆が稲わらで作った高さ約2・5mのたいまつ各5本が用意された。
 30戸が暮らす上醍醐地区では午後6時ごろから住民が集まり、花火の合図とともに続々とたいまつに点火した。燃え上がる炎が田んぼに積もった雪を照らした。金屋地区でも同時刻にたいまつに点火、住民らが「今年1年良い年であるように」と祈った。
五穀豊穣と無病息災を祈願
秋田県北秋田市綴子 2015年1月15日 小正月行事「雪中田植え」 大太鼓の館前広場 地域住民  「雪中田植え」は、今年の稲作の豊凶を占い、五穀豊穣を願い、JA鷹巣町青年部が引き継いでいる小正月行事。2月1日が「稲刈り」で、雪の台に植えた苗の傾きを見て豊凶作や風水害の有無を占うという。
 参加者は、水田に見立てた6尺(約1・8メートル)四方の雪の台に、田植え人の青年部員(33)がミノにすげがさ姿で上がり、稲わらと豆ガラを束ねた「苗」を4条、4列、計16束、丁寧に植えていった。
豊凶作や風水害の有無を占う
秋田県由利本荘市鳥海町 2015年1月11日 「雪中田植え」 市休養宿泊施設「鳥海荘」 由利本荘市と秋田市の年男と年女9人が参加   「雪中田植え」は、鳥海山麓地域に伝わる、今年の稲作の豊凶を占い、五穀豊穣を祈る小正月の伝統行事。参加者は近くの不動稲荷神社の神主に教わりながら、鳥海荘前の広場に設けられた3メートル四方の雪の土台に、ことしの恵方の南南東を向いて稲わらの束12本を手植えした。
 6月に72歳になる近所の畜産農家は「特産の秋田由利牛を育てている。さらなる販路の拡大を願って植えた」と語った。植えた後に降雪があり、実った稲穂のように稲わらが雪の重みで適度に傾けばその年は豊作になるという。
五穀豊穣
秋田県由利本荘市岩谷麓(ふもと)集落 2015年1月11日 ワタワタ 地区の新婚夫婦の家庭 住民と子どもたち  「ワタワタ」は地区に古くから伝わる小正月行事。住民約100人が新婚夫婦の家庭を回り、子宝や健康を願った。
 ワタワタは、火で清めた「セェワラゲ棒」と呼ばれる生木で、木臼をたたき、棒に宿る魂を新婚夫婦に注入し、子孫繁栄や無病息災を祈願する奇習。早く集落になじんでもらうための洗礼とされる。
 午後2時ごろ、子どもたちが集落の山に埋めていた24個の「サエの神石」を掘り出して広場に運び、日暮れ後、神石の上にわらを山積みして燃やした炎で棒を清めた。
 この後、集落の新婚世帯の3組の家庭を訪問し、生木で臼を激しくたたき、新婚夫婦の子宝や健康を祈願した。
新婚夫婦の子宝や健康を祈願
秋田県大館市 2014年2月8〜9日 アメッコ市 市中心部のおおまちハチ公通り 住民、観光客  「アメッコ市」は400年以上の歴史があるとされる。旧正月に農家がコメから作ったあめを枝に付け、稲穂に見立てて神前に供え、豊作祈願したのが由来。作ったあめを町で売るようになり、市になったという。「この時季にあめを食べると風邪をひかない」との言い伝えがあり、あめを買い求める市民や観光客でにぎわった。
 商店街を通行止めにした会場には、ピンクや黄色のあめをミズキの枝に飾った縁起物を中心に100以上の露店が並んだ。
この時季にあめを食べると風邪をひかない
秋田県上小阿仁村沖田面(おもて)集落 2016年2月20日深夜 小正月行事「裸参り」 友倉神社周辺 住民、観光客   「裸参り」は約300年前から伝わる小正月行事。習わしでは世帯代表の行事だったが、少子高齢化で自由参加になり、村内外の若者ら26人が荒行に挑んだ。さらし姿の男性と、白装束の女性が集落中心部の旅館に集結。気温プラス1度のなか、神社までの約1キロをわら草履で駆け抜け、清めの水ごりをした後本堂に参拝した。 五穀豊穣(ほうじょう)や無病息災を願う
秋田県羽後町 2016年1月15日 みかんまき 西馬音内盆踊り会館 住民、観光客   西馬音内の「みかんまき」は、結婚や出産、新築などの祝い事のあった家々が旧暦の1月15日、健康や五穀豊穣を祈念して「ミカン」を見物客にまく小正月行事。戦前から同地区各所で行われてきたが、2005年に同会館がオープンして以降、近隣の家庭や企業から寄せられたミカンを同会館前で共同でまくようになった。
 当日用意したミカンは56箱。会場では、近隣に住む家族連れや年配者など約70人が開始予定時刻の午後6時の30分以上前から集まり始めた。西馬音内盆踊りのおはやしも披露された。集まった人々は、ミカンと一緒にまかれた紅白の餅や菓子などを競うように拾い集め、買い物袋に入れて帰路についた。
健康や五穀豊穣
秋田県美郷町六郷地区 2014年2月11〜15日 六郷のカマクラ 町内各所 住民  「六郷のカマクラ行事」は、約700年の歴史がある重要無形民俗文化財で、豊作などを祈る「年ごい」と「悪魔払い」、吉凶を占う「年占い」が一体となった行事。延暦21年(802年)に征夷大将軍坂上田村麻呂が創建したといわれる「秋田諏訪宮」の小正月の神事として行われている。
「カマクラ行事」は、子どもたちの書き初めの「天筆」に始まる。12日は市が開かれ小正月年越しの準備の日である。この日から天筆を長い青竹の先につけて戸外に立てておく。
13日あたりから、鳥追い小屋作りが始まる。鳥追い小屋と呼ばれる雪室は、雪を40cmくらいの厚さに四角に積み上げて、天井に茅を編んで作ったむしろを載せて作る。鳥追い小屋の中に「鎌倉大明神」が祀られ、子どもたちは互いに鳥追い小屋を訪問し合い、鳥追いの歌を歌うなどしてすごす。 15日になると小正月の餅つきが始まり、柳まゆ玉を作って神棚を飾る。
 15日の竹打ちの3回目の決戦の際に、正月の注連飾り、神符や門松とともに天筆が焼かれる、天筆焼きが行われる。主要行事の天筆焼きは、願い事を書いた紙を一斉に燃やす。
最終日の15日夜、町中心部の広場で大人が北軍と南軍に分かれて、竹を振り下ろして打ち合う「竹打ち」が行われる。非常に危険な祭礼のため、男衆はヘルメットが付けて参加する。
東日本大震災をきっかけに、県外の人たちにも願い事を寄せてもらう形で参加を呼び掛けている。2014年には首都圏などから数多くの願い事が届いた。
(この項、wikipedia等も参照)
豊作などを祈る
秋田県県北部や南秋田地域 2015年1月上旬 小正月名物「ずんだ」 地域各所の商店、スーパー 住民  「ずんだ」は、秋田県・南秋田地域で小正月に食べる郷土食。青大豆を粉にしてから水で練って焼いたもので、山菜や野菜を煮込んだ「きゃのこ汁」に入れて食べる。時期になるとスーパーや商店に並ぶ。五城目町では朝市にもお目見えし、昔ながらの味を買い求める客でにぎわっている。
 県北部や南秋田地域では、正月の準備で疲れた女性たちのため、きゃのこ汁を作り置きし、小正月に数日がかりで食べる習慣がある。ずんだは一口大に切り、一緒に煮込む。同町の朝市では、焦げ目が付いたうぐいす色のずんだが店頭に並んだ。一緒に煮込むワラビやフキを扱う店もあった。
正月の準備で疲れた女性たちのため
山形
山形県酒田市

 
2014年1月11日

 
餅つきや「なし団子」作り
平田保育園
園児ら50人

 
 同園は、園児たちに伝統行事への理解を深めてもらおうと初めて開催。地元の伝統文化に詳しい元平田町中央公民館長が協力した。
「なし団子」は、1月の「小正月」に五穀豊穣を祈願し、「水不足にならないように」という願いを込めたミズキの木の枝に紅白の餅を飾り付ける。
この日は全園児を前に、公民館長が「お米がいっぱい採れるように稲の穂に見立てた枝に餅を付ける」「お年玉は昔、お金ではなく餅だった」と話をした後、年長児25人がきねと臼で餅つきを体験した。年長―年中児約計50人がつき上がったばかりの餅を団子状に丸めた。「願い事をしながら、しっかりと付けること」と指導を受けながら、園児たちは紅白の餅を枝に飾り付けていった。
五穀豊穣を祈願
山形県遊佐町吹浦 2014年1月1日または3日、6日。2015年も同じ日程 奇習「アマハゲ」(国の重要無形民俗文化財) 市内の神社 集落の各家  アマハゲは吹浦地区の女鹿(めが)・滝ノ浦・鳥崎の3集落に残る新年行事。子供たちの怠け心を戒め、お年寄りの長寿を願う風習で、1984年に「遊佐の小正月行事」の一つとして国の重要無形民俗文化財に指定された。実施日は集落により異なる。
 女鹿集落では、3日夕から夜半にかけ、若衆8人が鬼のような形相の面をかぶり、「ケンダン」と呼ばれるワラの「みの」を幾重にもまとった姿で神の化身である「アマハゲ」に扮する。仮面は赤鬼、青鬼、赤じんじ、黒じんじ、がんぐつ―と呼ばれる漆塗りの面を交代で着けてアマハゲになる。集落の神社で祈祷を済ませ、夕方から各戸を回る。
 太鼓の音を合図に奇声を上げながらアマハゲが家の中に入ると、小さい子供を抱き上げて脅したり、玄関に放り投げたりして暴れる。子供たちは泣き叫んだり、両親や祖父母らにしがみついていた。
 2014年には、海よりの強風にあおられた雨がたたき付ける中、アマハゲたちは4時間余で集落内の30戸ほどを回った。
子供たちの怠け心を戒め、お年寄りの長寿を願う
山形県上山市 毎年2月11日 加勢鳥(カセドリ) 市内各地 住民、観光客、上山市民俗行事加勢鳥保存会  カセドリは、山形県上山市で毎年2月11日に開催される旧暦小正月の伝統行事。名称は「稼ぎ鳥」または「火勢鳥」に由来しているともいわれている。祭りでは五穀豊穣、商売繁盛や火伏せを祈願する。上山地方では寛永年間からこの祭りが行われており、1896年(明治29年)以降は途絶えていたものの、上山市でこの行事を復活させようと活動が始まり、1959年(昭和34年)に再現され、1986年(昭和61年)には上山市民俗行事加勢鳥保存会が結成され、現在に至っている。
 祭りでは、若者たちが「ケンダイ」とよばれるわらで作った蓑(ミノ)を身にまとい、神の化身である「カセ鳥」に仮装する。2014年には29人の「カセ鳥」が上山城をスタートし、太鼓に合わせて、「五穀豊穣、商売繁盛、火の用心、カッカッカーのカッカッカー」と歌い、跳びはねながら市内を練り歩いた。
 沿道の住民たちや観光客は、カセ鳥めがけて、ひしゃくやバケツで勢いよく冷水を浴びせた。観光客から「寒そう」「頑張れー」と声が上がっていた。 この時期の上山市は厳寒期で、カセ鳥に浴びせた水が凍りつくこともあるという。踊り終えたカセ鳥たちは、住民たちから酒や祝儀を振舞われる。頭に手拭をくくりつけられることもあるが、これは商売繁盛の呪い(まじない)とされる。
 地元の人たちの言い伝えでは、そのケンダイから抜け落ちたワラ一本一本に神が宿ると考えられており、縁起物とされています。また、加勢鳥のワラで女児の髪を結うと、黒髪の豊かな美人になるという。
(この項出典:上山市観光物産協会、wikipedia日本語版、スポニチなどによる)
五穀豊穣、商売繁盛、火の用心
山形県米沢市

 
2010年1月15日〜

 
かまくら村


 
小野川温泉・児童公園

 
小野川温泉観光協議会

 
 小野川温泉観光協議会が旅館宿泊客や観光客向けにかまくら5基の村を開設した。
 協議会は、宿泊客らに小野川の冬と雪を楽しんでもらおうと、2001年から毎年「かまくら」を作っている。今年は近くのほたる公園から雪約24トンを運び、重機も使って10日ほどかけて作った。例年は3基ほどだが、好評のため2010年は5基に増やした。
 かまくらは高さ3.3メートル、直径4メートルほど。内部は高さ2.5メートル、奥行き2メートルの広さ。テーブルといすを置き、4人が楽に座ることができる。見学は無料。温泉旅館14軒が、かまくら体験とラーメン出前、小野川名物の豆モヤシを使ったすき焼きを提供する宿泊プランを用意した。携帯電話による注文で、近くの食堂2軒から米沢ラーメンが1杯600円で届く。
 



 
山形県鶴岡市

 
1月15日

 
どんど焼き


 
荘内神社

 
地域住民

 
古いお札や門松などの松飾りやだるまなどを燃やす。竹を燃し木とする。スルメや昆布をあぶって食べると、1年間、無病息災でいられると言われ、参加者は長い竹ざおの先に付けたスルメなどを炎にかざして焼く。 家内安全や祈願成就を祈る


 
山形県尾花沢市北郷地区

 
2016年1月11日

 
地蔵ころがし


 
荘内神社

 
地域の小学生と住民

 
 「地蔵ころがし」は、200年以上前から伝わる、家内安全や無病息災を祈願する小正月の伝統行事。
 地元の小学生5人が30センチほどの木彫りの地蔵に綱をつけ、道を引きずって地区の全世帯およそ60軒を回り、地蔵についた雪を落として1年の無事を願う。ことしは暖冬の影響で雪が少なく、子どもたちはお地蔵さまに雪をまぶしたあと、玄関先にたたきつけ、雪を落としていた。
 落ちた雪が多いほどその家庭に幸せが訪れると伝えられ、地区の住民は落とされた雪に手を合わせ、地蔵さまの頭をなでて、家内安全や無病息災を祈願した。
家内安全や無病息災


 
山形県長井市・置賜(おきたま)地域

 
1月15日

 
ヤハハイロ


 
地区の広場

 
地区住民、観光客

 
「ヤハハイロ」とは「弥栄えろ(いやさかえろ)」の意味で、無病息災や五穀豊穣を願って正月飾りや古いお札を藁でつくった斎塔とともに燃やす神事。長井市をはじめ西置賜地方での新しい年の火祭りの名称をヤハハイロ、サイト焼き、オサイトなどと呼ぶという。
 地域の風習では、ちり紙、ティッシュなどの紙で体の悪いところを拭いた後、燃え盛る神火で燃やし、火に向かって「ヤハハイロー、目くそ鼻くそ飛んで行けー」、「ビンボー神を持っていけ 福を持って来い ヤハハ〜イロ〜」など大声で囃したてて厄払いとした。
五穀豊穣と無病息災を祈る


 
山形県西川町大井沢

 
2015年1月12日

 
ゆきんこ祭り


 
伝承館

 
 地元の住民

 
 同町の12日の積雪は、平年よりも1m多い2m27cm前後もあった。伝承館では、その豪雪に負けず、小正月を楽しく過ごしてもらおうと8年前から住民とともに毎年開催している。
 ゆきんこ祭を訪れた人たちは、五穀豊穣や無病息災を祈願する縁起物「だんご木」を飾ったり、月山和紙の絵付け体験などを楽しんだ。会場ではうるち米の粉に砂糖水を混ぜて作る大井沢の伝統菓子「しろもち」作りも行われた。子どもたちは、手作りの輪ゴム鉄砲を使った射的コーナーなども楽しんだ。
 会場では、餅やおでんなども振る舞われた。
五穀豊穣と無病息災を祈る


 
山形県大蔵村

 
2015年1月7日

 
「さんげさんげ」


 
肘折温泉

 
山伏と行者姿の一行

 
 欲を清め新年を迎える行事で、旧暦に合わせ毎年1月7日に行われている。白装束の山伏と行者姿の一行は、積雪2m以上になる温泉街の中を、「さんげー。さんげー。ろっこんざいしょー(六根罪障)」と唱えながら、ほら貝を吹いて練り歩いた。天気は雪で、一行は頭に雪を積もらせながら歩いた。 五穀豊穣と無病息災を祈る


 
宮城
宮城県

 
1月14日
 
どんと祭
 
県内各地の神社など
 
一般参拝客5万人以上

 
 どんと祭は14日、宮城県内の神社などで行われる。熱心な参拝者は白装束やさらしを体に巻いた姿で「裸参り」をするのが恒例となっている。
 仙台市青葉区の大崎八幡宮では松飾りやしめ縄などの正月飾り、お札などを燃やして正月に迎えた神々を送り出す送り火の神事を行う。午後4時半に火入れを行い、参拝客が御神火に正月飾りを投げ込み、火にあたる。体にさらしを巻いただけの「裸まいり」を行うグループ(100団体、約3000人)もあり、御神火を回って商売繁盛などを祈願する。東北最大規模を誇る。
1年の無病息災、家内安全、商売繁盛

 
宮城県仙台市青葉区八幡 毎年1月14日夜 どんと祭「松焚祭」 大崎八幡宮 参拝者、観光客  松焚(まつたき)祭は三百年の歴史があり、正月送りの行事として、地元では全国で最大級の行事と言われている。境内の一角に近郷近在の家庭より、持ち寄られた門松・注連縄・松飾りが積み上げられ、日没の頃「忌火」により点火され焚き上げられる。なお、神社側では、「御神火にはダイオキシン発生の元となるビニール等を入れぬようお願いします」と参拝者に注意を呼びかけている。
 この火は、正月の間に各家庭に訪れていた神々を送る「御神火」として、あたると心身が清められ、一年間無病息災・家内安全の加護を得るという言い伝えがあるという。
 2013年の松焚祭では、高さ約3メートルに積み上げられた飾りに点火されると大きな「御神火」の炎が上がった。東日本大震災で知人の親類が犠牲になったという仙台市の男性(60)は「二度とああいうことは起こらないでほしい」と願っていた。
 境内には大雪の中、「裸参り」をする人たちの行列ができた。裸参りは、江戸時代中期から行われているという伝統行事。白鉢巻き・白さらしを巻き、口には私語を慎む為に「含み紙」と呼ばれる紙をくわえ、右手には鐘、左手に提灯を持ち、市内各所より数千人が参拝する。杜の都・仙台の冬の風物詩として知られる。
 2015年の裸参りには御神火を目指して白装束姿の121団体の男女約3800人が参加。東日本大震災で被災した宮城県女川町のカキ養殖漁師3人は「芳漁丸」と書かれた旗を掲げて参拝した。「カキ処理場を復旧して昨秋、無事に出荷できた。復興支援に感謝の気持ちを示した」と語った。
御神火にあたると心身が清められ、一年間無病息災・家内安全の加護を得るといわれる。
宮城県仙台市泉区 2015年1月10日 チャセゴ 松陵地区の民家や商店 「松陵YOSAKOI隊」と子供たち  チャセゴは県内各地に伝わる小正月行事で、子どもたちが七福神の格好で地区内を練り歩いて踊る。新興の住宅地域にも根付かせようと、地元のよさこい踊り団体「松陵YOSAKOI隊」が始めた。2015年で13回目。
 4歳から11歳までの12人が参加した。「明けの方からチャセゴに来ました」と掛け声を上げながら民家や商店を回り「福が訪れますように」「(震災から)復興が進みますように」と口上を述べ、おはやしに合わせて大黒舞を踊った。
東日本大震災で被災した地域の復興やみんなの幸せ
宮城県仙台市
 
1月14日
 
もち花づくり 仙台市の家庭 地域住民
 
子どもたちがキャラメルぐらいの大きさの紅白もちを高さ約2mのミズキの枝に刺し飾りつける もちを木に飾って家をにぎやかにする
宮城県仙台市青葉区北根 2015年1月 どんと祭が消える 北根妙見神社    北根妙見神社では、御神火をたいていた広場が、ことしから使えなくなったため、どんと祭が取りやめとなった。道路の拡張工事に伴って約30年前、地元企業によって現在の場所に移されたが、昨年3月末、企業と町内会との無償貸借契約が終了。どんと祭が行われていた約100平方メートルの広場や社務所の建つ土地を企業側に返還したためという。
 神社のどんと祭には毎年約800人の地元住民が訪れ、甘酒やめざしの瓦焼きが振る舞われた。正月飾りは泉区の二柱神社などへ焼納するよう立て看板などで案内している。
 仙台市によると、市内のどんと祭開催場所は2005年が157カ所、10年が148カ所、ことしは143カ所と減少傾向にあるという。
 
宮城県気仙沼市弁天町 2014年1月14日 どんと祭 一景島神社 参拝者(震災前の住民)  東日本大震災で被災した一景島神社のどんと祭では、参拝客が豊漁などを祈願した。
 神社周辺は津波で壊滅的被害を受け、かさ上げ工事が進められている。街灯の復旧が進んでいないことなどから、安全を考慮し、昨年に続き、どんとの火入れは震災前より3時間早い正午に始められた。
 住民らは遠方の仮設住宅などから車で訪れ、御神火に縁起物を投げ入れ、手を合わせていた。同市幸町にあった自宅が流失した69歳の人は、移住先の宮城県登米市中田町から参拝に訪れた。「子どものころから親しんでいた神社なので愛着があった。顔なじみの人と会えてうれしい」と話していた。
東日本大震災で被災した地域の復興や豊漁、無病息災など
宮城県気仙沼市唐桑町の鮪立地区 2015年01月15日 伝統芸能の「鮪立大漁唄込」   震災前の住民  「鮪立大漁唄込(シビタチタイリョウウタイコミ)」は小正月に合わせ、340年前から続くとされる伝統芸能で、市の無形民俗文化財に指定されている。江戸時代の1675年、現在の和歌山県新宮市からカツオを追って北上してきた漁師が伝えたとされる作業歌だと言い伝えられている。カツオ漁の大漁を祝う意味もあり「看絆(かんばん)」と呼ばれる色鮮やかな衣装をまとい、旧暦のお盆には神社へ奉納されている。
 15日には地元の保存会メンバー30人ほどが大漁旗を掲げながら「ヘンヨーエス」という独特のおはやしをにぎやかに唱和し、東日本大震災の津波で被災した鮪立地区の復興とこの1年の幸福を祈った。
東日本大震災で被災した地域の復興や豊漁、無病息災など
宮城県気仙沼市浪板 2014年1月19日 「浪板虎舞(なみいたとらまい)」の初舞奉納 飯綱神社 「浪板虎舞保存会」のメンバーら約50人  「浪板虎舞」は300年の歴史を誇る郷土芸能で、市の無形民俗文化財に指定されている。「虎は千里往って千里還る」の故事にならい海洋に出漁している家人の無事寄港と大漁祈願を願って踊られる。本来は太神楽の獅子舞が虎に代わったもので、浪板虎舞は、三陸沿岸に多く伝承されている虎舞と同系統で、虎は三人がふんし、打ち囃子に合わせて、あやし手の虎バカシがつき演舞する芸態に特色がある。
 初舞奉納では、「浪板虎舞保存会」のメンバーらが、笛と太鼓の勇壮な音を奏でると、トラバカシが囃子に誘われた虎が神社の階段を上る様子を演じて、勇壮な舞を奉納。東日本大震災で大きな被害が出た地区の復興を祈願した。
 虎は子どもたちの健やかな成長を祈り、踊りながら一人一人の頭をかんで回った。
 震災前、保存会には地元の全約210世帯が加入していたが、津波で多くの家屋が全壊したため、現在は約150世帯に減った。この日は移住先の一関市や、遠方の仮設住宅などから駆け付けた会員もいた。
東日本大震災で被災した地域の復興や豊漁、無病息災など
宮城県石巻市 2014年1月7日 どんと祭と裸参り 市内の神社 地域住民  石巻市では30年以上前から「正月気分を早く抜け出そう」という新生活運動を受け、多くの神社が他の地域より早く、7日にどんと祭を催している。
 恒例の裸参りには「石巻裸参りの会」の呼び掛けで集まった男女40人が参加。寒空の下、さらしや白装束を身にまとい、市中心部を練り歩き、二つの神社を参拝した。羽黒山鳥屋神社ではおはらいを受けた後、御神火の周りを歩いた。代表の40代男性は「仮設住宅で暮らす住民が一日も早く安心できる生活を取り戻せるよう願った」と話した。
 2016年1月7日夕方には、旧北上川沿いの大島神社で、堤防に設置された「たき上げ場」に市民らが次々と正月飾りが入った袋を持ち寄り、燃え上がる炎に手を合わせた。
東日本大震災で被災した地域の復興や無病息災など
宮城県山元町高瀬笠野 2014年1月14日夜 どんと祭 八重垣神社 地域住民  東日本大震災の津波で社殿などが流失した八重垣神社で、小正月の伝統行事「どんと祭」が3年ぶりに復活した。
 震災後、地域を離れた住民らがしめ縄などを抱えて集まった。午後6時、正月飾りに地元の消防団員が火を付けると、炎が震災で周辺が荒野となった境内を照らした。
 地元の笠野行政区の区長(66)は「震災後にたまった正月飾りを、ようやく地元の神社に納めることができた」と喜んだ。同神社は、損壊したみこしや鳥居を再建するなど、少しずつ再生の道を歩む。藤波宮司は「何かをすることで、かつての住民が再び集まってくれればいい」と思いを語った。
東日本大震災で被災した地域の復興や無病息災など
宮城県角田市 2014年1月14日夜 どんと祭裸参り 市内の神社 地域住民  下帯にしめ縄を着けた男女の約80人の一行が市内の各神社を巡り、商売繁盛や無病息災を祈った。市商工会青年部の企画で始まり、ことしで27回目。市内の企業や飲食店などを中心に、近隣市町の希望者も含めた男女が参加した。
 一行は午後6時半に出発し、市中心部の天神社や八幡神社、市南西の斗蔵山の斗蔵神社などを約2時間半かけて参拝した。参拝時には口に紙をくわえて、無駄口を言わないようにする習わし。
 参加者は鳥追い棒で地面をたたき「ヨー、ホイホイ」と大声を上げながら市内を練り歩いた。各神社には御神火や竹灯籠がともされ、住民らが振る舞い酒でもてなした。
東日本大震災で被災した地域の復興や無病息災など
宮城県東松島市宮戸の月浜地区 2014年1月14日夜 国の重要無形民俗文化財「えんずのわり」の中心行事「鳥追い」 東日本大震災で被災した地区の各戸 地元の小中学生4人  「えんずのわり」は集落繁栄を祈願する小正月行事で、江戸時代から続く。地元の男子が五十鈴神社参道脇の岩屋で約1週間、共同生活する。2013年、日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」に選ばれた。「鳥追い」はその中心行事。
 地元の小中学生4人が、仮設住宅や民宿などを訪れ、玄関先で長さ約2メートルの松の棒で地面を突きながら「えんずのわーり、とーりょーば(意地の悪い鳥を追えば)」と独特の節回しで歌った。住民は祈とうが終わると、コメやご祝儀などを子どもたちに贈った。
 大将を務めた鳴瀬未来中1年の男子は「みんながけがをすることなく、安全に暮らせるように祈った」と話した。
 2016年は、宮戸、野蒜両小と鳴瀬未来中の小学2〜中学3年の男子5人が、1月11〜16日、神社境内の「岩屋」で共同生活を営んだ。5人は、岩屋で自分たちで食事を作り、一緒に食べる。かつては岩屋で寝食を共にしたが、今は近くの防災集団移転団地の集会所に寝泊まりする。毎日午前3時に起床。いろりで暖を取るため、まき集めをする。肉を口にしてはならない。子どもたちにとって厳しい規律の日々が続く。
 えんずのわりのメーン行事「鳥追い」が1月14日夜行われた。5人は午後7時すぎ、岩屋にろうそくをともし、神社を出発。住宅の軒先で松の棒を地面に打ち付けながら祝いの歌を歌う。「えんずのわーりー、とーりょーば」、「じいちゃん長生きするように」、「商売繁盛するように」。家々の暮らしに応じて願いを唱える。祝いの歌は「丘は満作、海は大漁…」と締めくくられる。
東日本大震災で被災した地域の復興、豊漁や住民の健康、無病息災など
宮城県南三陸町歌津の寄木地区 2014年1月15日 町無形民俗文化財「ささよ」 東日本大震災で被災した地区の各戸 地元の小中学生4人  小正月行事「ささよ」は、地区全ての男子小中学生が参加する習わしで、2014年は4人が参加した。法被姿の男子が漁船名や屋号を染めた大漁旗を先頭に「おらが寄木浜 あらよう 漁のある浜だ」「魚、授けたまえなー」「ササヨー、ヨイトコーラ」と海上安全と大漁を祈願する歌を歌いながら、漁港と仮設住宅の各戸を練り歩いた。年長の子が「大将」となって、家々の玄関で受け取った祝儀や菓子を異議のないように分ける。船頭が漁の成果を分配するまね事とされ、子どもたちは浜の習慣を身に付けていくという。
 寄木浜は四十数戸の集落。東日本大震災の津波で約8割の家が流された。それでも、「ささよは地区のまとまりの象徴」だとして、ささよは中断されなかった。「ささよ」は漁港を出発し全戸を訪れるのが伝統だが、家が流失したたため、震災後は寄木漁港と仮設住宅にとどめている。
 2014年には、仮設住宅で一行を待ち、用意していた旗の「さお」にお神酒を掛けてもらった漁師の男性は「来てくれてうれしい。大漁をお願いした」と話した。子どもたちのまとめ役を務めた中学生(15)は「早い復興と漁師の皆さんを応援するため、しっかり歌った」と語った。
 2015年は15日午後3時ごろ、男子4人が参加して、寄木漁港周辺で行われる。
東日本大震災で被災した地域の復興、大漁や海上安全を祈願
宮城県登米市東和町米川の五日町地区 2016年2月6日 「米川水かぶり」と「来訪神行事・東北寒(サミ)ット」 地区内の各戸、大慈寺山門広場、米川公民館 地域住民   米川の水かぶりは、東和町米川の五日町地区に江戸時代中期ごろから伝わるとされる火伏せ(防火)の行事。2000年に国の重要無形民族文化財に指定され、毎年2月初午(はつうま)の日に行われる。来訪神行事として、男鹿市の「なまはげ」などと一緒に2017年のユネスコ無形文化遺産登録を目指している。
この日早朝、米川五日町の12〜63歳の男衆30人が代々、水かぶり宿を務める菅原家に集まり水かぶりの支度をした。男衆は裸になって、腰と肩にわらで作った「しめなわ」を巻き、「あたま」と「わっか」を頭から被り、足にわらじを履く。あたまの形は各自が工夫を凝らして作る。。水かぶり装束を身につけた男衆は、顔にかまどの煤(すす)を塗ることにより、神様の使いに化身し、来訪神となるという。
水かぶりの男たちは、「ホーホー」と奇声を発しながら、家々の軒先に用意された木おけの水を勢いよく掛けて歩いた。男衆が身に着けた藁(わら)は防火のお守りになるとされ、地元の子どもたちなどが手を伸ばして引き抜いていた。藁は家の屋根に上げて火伏せのお守りにされる。沿道には多くの観光客も訪れ、あたたかい豚汁が振る舞われたほか、水かぶり絵画コンテストと水かぶり写真展示、秋葉大権現火伏せお守り・水かぶり特製グッズが頒布された。
この日は特別催事として、ユネスコ無形文化遺産申請準備の来訪神行事と交流を図る「来訪神行事・東北寒(サミ)ット」が大慈寺を会場として開かれ、秋田県男鹿のナマハゲと山形県遊佐町小正月行事アマハゲの継承団体が参加し、それぞれの演技を披露した。
この1年の集落内の防火など
宮城県登米市 2014年1月14日夜 佐沼どんと祭 津島神社と佐沼大通り商店街 裸参り参加者と住民  みやぎ登米農協の職員や金融機関の従業員ら市内11団体の計約180人が参加した。腹にさらしを巻き、たいまつを掲げた若者の裸参りの一行が行列をつくり、商店などが並ぶ約500メートルを練り歩いた。終着点となった津島神社で、境内に積み上げた正月飾りなどに参加者が一斉にたいまつを投入。炎が燃え上がる中、餅まきなどが行われた。
 登米中央商工会青年部の主催で36回目。宮城県沖地震からの復興を願い、地震翌年の1979年から毎年1月14日に行われている。
東日本大震災で被災した地域の復興や無病息災など
宮城県登米市豊里町の二ツ屋地区 2014年1月16日 「けの汁」(カユの汁) 地区の各家庭の食卓 家族  「けの汁」は江戸時代後期に地区に移り住んだ盛岡藩の領民が始めたとされる固有の食習慣。小正月の風習として今に受け継がれている。
 「けの汁」は肉や魚を使わない精進料理。似た材料を使う同名の汁物が青森県の郷土料理として知られている。地区では「カユの汁」とも呼ばれ、大根、ジャガイモに加え、タケノコや焼き豆腐、油揚げ、ワラビ、インゲン豆など十数種類の材料を使う。味付けは家庭によって異なり、みそ味としょうゆ味がある。
 地区で暮らす農業佐藤さん方では同日朝、大鍋で煮込んだみそ味のけの汁が振る舞われた。同家では「この時期に欠かせない料理。これを食べると、本格的に年が明けたと実感する。先祖の供養にもなる」と話す。
 習慣が伝わるのは豊里町でも、約200世帯が暮らす同地区が中心。大量に作って数日間食べ続け、来客に振る舞うこともある。小正月の時期以外は作らないという。
 主な具材は各家庭でこの日のために前年から保存し、足りないものを住民同士が譲り合う。同日に墓参りをし、小分けにしたけの汁の具を墓前に供える家庭も多い。
 住民らによると、1830年代の天保の大飢饉(ききん)による飢えをしのぐため、数百人の盛岡藩領民がひそかに地区に移り住んだとされ、「当時の辛苦を忘れぬため米飯をやめ、正月16日だけカユと汁を食べ昔の苦をしのぶ所が今に残った」という。
先祖の供養、飢饉の辛苦を忘れぬため
宮城県白石市福岡長袋 2013年1月9日 だんご刺し 市北保育園 園児と沖自治会のお年寄りたち だんご刺しは小正月の伝統行事。
3歳以上の園児が、自治会のお年寄りたちと一緒に昔ながらの臼ときねを使って「ヨイショ ヨイショ」と掛け声を上げながら約4キロの餅をつきあげた。続いて、餅に赤緑黄の3色の食紅を混ぜ、小さなだんご状に丸めた後、宝船や米俵、タイなど縁起物と一緒に約2〜3mのミズキの枝に飾り付ける「だんご刺し」を行った。
1年の健康を願う
宮城県蔵王町小村崎地区

 
2014年12月

 
「小村崎春駒」


 
小村崎コミュニティセンター

 
小村崎伝承芸能保存会

 
 「小村崎春駒」は江戸末期、養蚕の豊作を願い、村娘が小正月から彼岸にかけ踊ったのが始まりという。春駒は養蚕が盛んな時代に、蚕の守り神と信じられていたことから生まれたとされる。現在は地区に住む小中学生11人が引き継ぎ、町の産業まつり、敬老会など年5回ほど披露する。県内で春駒が今に伝わるのは小村崎だけとみられる。全国的には新潟県佐渡市、山梨県甲州市の一之瀬高橋地区の春駒が知られている。
 小村崎春駒は、かれんな法被や花笠を身をまとった女子が横一列に並び、馬の頭などの造形した「春駒」に乗り、歌に合わせて鈴を振り、舞い踊る。担い手の確保が課題となっているという。
豊作を願う


 
宮城県蔵王町宮 2013年01月08日、14日 「暁祭り」(百貫しめ縄、どんと祭) 刈田嶺神社 氏子役員や地元住民  2013年には刈田嶺神社で14日夜行われる小正月行事「暁祭り」を前に、8日、町立宮中学校体育館で地域住民らが「百貫しめ縄」と呼ばれる大しめ縄を作った。
 百貫しめ縄は長さ約10メートル、太い部分で直径約30センチ、重さは約375キロ(1貫=3・75キロ)とされる。氏子役員ら地元住民はもち米の稲わらで、まず直径約25センチのしめ縄3本を編んだ後、白いさらしを巻き上げて1本に寄り合わせ、約3時間かけて百貫しめ縄を仕上げた。
 2015年1月14日夜の「暁祭り」では、今年で数え42歳の厄年を迎えた男衆30人が担いで、町内の商店街を練り歩いた後、境内の樹齢500年余とされるご神木「夫婦杉」に奉納した。どんと祭や神楽の奉納もあり、多くの住民でにぎわった。
厄払いや無病息災など祈願する
加美郡加美町(旧宮崎町)の柳沢集落 2014年1月12日(2015年は1月11日) 県指定無形民俗文化財「柳沢の焼け八幡」 八幡神社 地域住民 「柳沢の焼け八幡」は、この地域に600年前から伝わる、豊作と火伏せを祈願する伝統の小正月行事。午前4時。さらし姿の男衆が、町を練り歩く。男衆は家々を回り、お神酒を振る舞いながら家内安全を祈願する。本来、新婚の女性の顔に、かまど墨を塗り、火伏せや家内安全などの神の加護を願うのが習わしだが、2014年はいないため、家族で実家に戻ってきた女性が選ばれた。
 2015年は11日早朝に行い、夜明け前に若者講と呼ばれる男性約18人が集会所で酒を酌み交わした後、下帯姿で地元の八幡神社を参拝。雪が降り続き、凍える寒さの中「ヨイサー、ヨイサー」と掛け声を上げながら、集落の約40戸を訪問し、木おけに入れたお神酒を振る舞った。
 八幡神社では午前6時ごろ、竹とわらで作った「御小屋」(おゆや)に火を付け、燃え盛る炎に五穀豊穣(ほうじょう)を祈願した。また、炎の勢いで今年の作柄を占い、豊作を祈った。
 前日の10日には、同神社で月数を示す12束のわらで作った灯籠(とうろう)を焼き、わらの燃え方からことしのコメの作柄を占った。若者長が「豊作に間違いなく、米価も少し上がる。最後の束が残ったので、昨年と同様、雪が降るのが早いと思う」と話した。
豊作と火伏せや家内安全など祈願する
宮城県加美町宮崎地区の切込集落 2016年2月20日夜 小正月行事「切込の裸カセドリ」 集落の各家庭 地元住民  「切込の裸カセドリ」は火伏せと厄払いを祈願する伝統行事。カセドリは「火勢を取る」という意味で200年以上続いているとされ、県の無形民俗文化財に指定されている。
 下帯だけの裸姿の男衆約10人が「へそび」と呼ばれる釜のすすを顔に塗り、水をかけられて出発。「ホー、ホー」と奇声を発しながら集落の各戸を回った。男衆は訪れた家で「ご祝儀、ご祝儀」と言って家の人たちの顔にすすを塗り付け、料理や酒でもてなされた。1歳8カ月と生後2カ月の子ども2人とすすを塗られた会社員は「子どもたちの元気な成長と、家族が無事健康でことし1年を過ごせるよう願った」と話した。  
火伏せ、厄払いや無病息災など祈願する
福島
福島県会津若松市城東町 2014年1月30〜3月27日 東北の伝承切り紙(きりこ)―千葉惣次コレクションを中心にして― 福島県立博物館 来館者  切り紙・網飾りは、東北地方の神社で神主が、何枚も重ねた紙を小刀で縁起物などの形に切って作る正月飾り。岩手、宮城両県の三陸沿岸、内陸の北上、栗駒では「オカザリ」とも呼ばれる。これらの切り紙は、新年に近所の神社でいただき、翌年の正月まで家の神棚や居間に飾り、どんど焼きで燃やされる。そして、また新しい切り紙をいただいて帰る。
 切り紙展では伝承切り紙の美しさに心ひかれ、岩手、宮城、福島などの東北各地をめぐり集めた千葉惣次さんのコレクションを中心に展示している。
 東日本大震災で、各地の神社や神社の関係者が被害を受け、型紙が流出したため、切り紙文化は大きな打撃を受けたという。
無病息災など様々な祈り
福島県会津若松市 2015年1月14日 団子さし 市内の幼稚園 會津復古會と子どもたち  だんごさしは、ミズキの枝を「稲」に、団子を「稲の花」に見立て、五穀豊穣や無病息災、家内安全を願う小正月の伝統行事。
 市内の老舗の商店などでつくる會津復古會は、伝統行事の意味を知り、理解を深めてもらおうと、団子さしを行っている。幼稚園児が色とりどりの団子をミズキの枝先に挿していった。
 五穀豊穣や無病息災、家内安全を願う
福島県本宮市白岩字塩ノ崎の通称・八ツ田内(やっとうち)地区 2013年1月7日 「八ツ田内七福神舞」 地区の各戸 地区の10戸でつくる七福神保存会が主催し、地域住民が参加  「八ツ田内七福神舞」は市無形文化財。地区の10戸でつくる七福神保存会が毎年3戸ずつで行っている。このうち石橋さん方では、三味線や笛の音色が響く中、会員が面と色鮮やかな衣装をまとい、七福神に扮してにぎやかに舞った。白岩小1年から4年の子どもたちが大黒天、弁財天、布袋、寿老人、福禄寿を演じた。  
福島県福島市上名倉 2009年1月12日 団子さし 福島市民家園 同市教委が主催し、地域住民が参加 伝統行事を再現するボランティア団体「民家園のつどい」の協力で、同市教委が毎年開催している。参加者は松飾りやしめ縄などを燃やし、正月に来た神様を送り出す「どんど焼き」を見学。ミズキの枝に紅白の団子をつけ稲穂に見立て豊作を祈願する「団子さし」も体験した。  
福島県福島市佐原 2012年1月9日 「どんど焼き」、「団子さし」 民家園 地域住民 「どんど焼き」では、参加者が各家庭から持ち寄ったしめ縄や松飾り、お札や書き初めなどをたき上げた。子どもたちは、火の周りで餅を焼き、あつあつの餅をおいしそうに頬張っていた。 一年の無病息災や家内安全、習字の上達
福島県福島市宮町


 
1月12〜15日 だんご市(どんど焼き)

 
福島稲荷神社


 
地域住民


 
 神社境内に正月飾りが山のように納められるが、環境保護のため最近ではどんど焼きを中止した。
 小正月恒例の「団子刺し(だんごさし)」を売るだんご市は12日から15日まで行われた。
 境内に露店が並び、ヤナギやミズキの木にもち米で作っただんご、小判、えびす様、宝船などをつけた縁起物が飾り、販売した。2000―3000円ぐらいのものが人気を集めたという。
1年の家内安全や無病息災、五穀豊穣などの願いを込め、縁起物を買う。
福島県三春町西方地区


 
2014年1月1日 「西方水かけまつり」
(別名泥かけまつり)
新婚の家や地区の田んぼ


 
西方若連会


 
 婚姻の儀式も兼ねて400年近く行われている伝統行事で、町指定無形民俗文化財。地元の西方若連会の主催。
2014年は会員2人が昨年結婚したことから、数年ぶりに、結婚した人の家を酒を酌み交わす「宿」にして実施した。結婚した2人を含め、数え年35歳以下の若連会員6人が参加した。
 一行は、宿となった千葉洸さん方で酒を飲み体を温めた後、近くの大滝根川で身を清め、塩釜神社に参拝した。その後、水を張った田んぼに入り、威勢よく田んぼからバケツにくんだ泥水を互いに掛け合った。参加者は泥だらけになって水しぶきを上げた。
五穀豊穣(ほうじょう)や子孫繁栄、震災からの復興などを祈願
福島県三島町


 
2014年1月15日夜 国指定重要無形民俗文化財「サイノカミ」
町内町内11地区でそれぞれ行われた


 
地域住民


 
 サイノカミの起源は1803年(享和3年)に遡り、以来、五穀豊穣、無病息災、商売繁盛を祈願するお祀りとして平成20年、国の重要無形民俗文化財に指定された。1月15日に町内各所でこの伝統行事が行われる。
 サイノカミ行事の前夜の14日には、年中行事「鳥追い」が行われる区もある(2011年桧原地区と滝谷地区)。桧原地区では午後7時に地区集会所に地区の小学生や大人たちが集まり、「今日はどこの鳥追いだ 長者さまの鳥追いだ ホヤー ホヤー」と鳥追いの歌を歌いながら、集落を歩いて回る。厄年の家族がいる家では、「歳祝い」と呼ばれる祝い金をもらうのが習わしとなっている。
 サイノカミ当日は、朝から恵方の方角に出かけて、男性だけで切り出したスギなどをご神木として立ち上げ、サイノカミとしててっぺんに「おんぺい(御幣)」を取り付け、幹にわらを巻きつけて飾り付けを行う。回りには古くなったお札や正月飾りなどを積み重ねた。
 夕刻から「サイノカミ」の火祭が始まる。地域の住民が総出で、燃える火にこの年の五穀豊穣・無病息災・厄落としを祈願した。
 2015年には、川井地区で、地区内から切り出した高さ約12メートルのスギにわらを巻いて神木として立てた。回りには古くなったお札や正月飾りなどを積み重ねた。午後7時に町長らがたいまつで神木に火をともした。
五穀豊穣(ほうじょう)や子孫繁栄、震災からの復興などを祈願

【甲信越】
 
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
新潟
新潟県新潟市西蒲区 2013年1月9日 まゆ玉飾り講習会 市中之口農業体験公園管理棟 幼児を含む市民13人が参加  まゆ玉飾りは、小正月の伝統行事。養蚕地の繭の豊作を祈願して江戸時代から小正月に飾られたと伝えられている。
 養蚕業の衰退とともに本来の行事は廃れたが、小正月の縁起物として団子や餅、せんべいなどに食用着色し、家庭の玄関や座敷に飾るようになった。
 講習会では恵比寿、大黒、ダルマ、大判、小判、宝船などを「まゆ玉」に見立て、水木の枝につるした。
 
新潟県新潟市西区 2013年1月5日 どんど焼き「さいの神」作り 市立笠木小学校 児童ら 「さいの神」作りは小正月行事。児童20人が、地域のお年寄りと一緒に伝統的な農業の技術「とば編み」でわらを編み、高さ約6メートルのさいの神を作った。
「さいの神」を焼く行事はどんど焼きなどとも呼ばれ、竹などで作った土台にわらを巻き、正月に飾ったしめ縄などを一緒に燃やし、地域の無病息災や豊作を祈る。
この日は、笠木地区の人たちがさいの神作りに協力。集まった児童ら参加者は、最後は棒の先に付けたするめを炎であぶった。
「とば編み」は、1本の縄にわらを編み込みながら束ねていく。かつては収穫した稲穂などを雨から守るためにかぶせるなどして使われていたという。
無病息災や豊作を祈る
新潟県十日町市大白倉 1月14日 バイトウ 大白倉公民館前の雪原 大白倉集落住民の総出  形状は「木の幹と藁で作られたほんやらどう」。前日に祭場となる雪原を除雪しておく。秋のうちに地元の山から切りだし保存しておいた木の幹(ケヤキ)や枝を骨組みに、米の収穫時に保存していた稲藁で周りを囲む。バイトウの形は円錐形で直径8mから12mにもなる巨大なもので、数十人が内部に座れる。
 完成すると内部の囲炉裏に火を入れ、午後5時から集落の住民や遠方からの参加者などに、お酒、甘酒、ジュースや豚汁などが振る舞われ宴会が行われる。
宴会が盛り上がった午後8時頃、魚沼地方でお祝いの席に欠かせない「天神囃子」が唄われ、午後8時30分頃に宴会が終了し、全員が外に出るのを確認すると、周りの稲藁に火を付け「バイトウ」を燃やす。この時の「バイトウ」の燃え上がる炎の形で、その年の稲作の出来具合を占う。
(新潟県庁十日町地域振興局のホームページ2008年1月時)
その年の五穀豊穣を願う
新潟県十日町市松之山地区 1月15日 むこ投げ・すみ塗り 松之山温泉の薬師堂 地域の男性と新婿  略奪結婚の名残からきた小正月の伝統行事。約300年前から続き、よその男に集落の娘をとられた男たちの腹いせが、形を変えたものといわれる。  前年に結婚した婿を男たちが、薬師堂から約5メートル下の雪の中へ放り投げる。
 2013年は、東京都大田区の会社員・夫(31)と会社員・妻(24)ら2組の夫婦。妻は松之山出身で昨年1月に結婚した。2人の婿は高台の薬師堂から投げられ、雪まみれになりながら嫁の元にたどり着くと、大勢の見物客に祝福された。
夫は「投げられて、とても気分が良かった」、妻は「地元の伝統を守れてうれしい」と記者に語った。
 また、午後に「すみ塗り」が行われる。賽の神(どんど焼き)を燃やした灰と雪を混ぜ、「おめでとう」と言いながら互いの顔に塗りあう。
よその男に集落の娘をとられた男たちの腹いせ
新潟県十日町市川治 1月11日夜 鳥追い 集落内 地域の大人と子供  地域住民や子供たち約60人が「鳥追いの歌」を歌いながら町内を練り歩く。
 同地区下町の有志でつくる下町倶楽部が主催し、2004年が7回目。「農村の伝統行事を子供たちに引き継ぎたい」との思いから鳥追いを復活させた。
1年の豊作を祈願する。
新潟県上越市の西横山地区 1月14日夜 鳥追い 地区内 地域の大人と子供 子どもたちが「コーリャどこの鳥追いだ」というかけ声と大きな太鼓の音をたてて、地区内を練り歩いた。 農民たちの豊作祈願と、鳥を追い払う農耕儀礼
新潟県上越市西横山地区 2015年1月15日夜 市無形民俗文化財「さいの神オーマラ」 地区内の田んぼ 地域の大人と子供  さいの神「オーマラ」は450年以上の歴史があるとされる小正月行事。市の無形民俗文化財に指定され、地元の保存会が守り伝えている。オーマラは男性のシンボルを意味する。住民は火の付いたたいまつを振って周囲を照らし、子孫繁栄や五穀豊穣を願う。
 子どもたちが昼間、集落の家々を訪ねて、わらなど材料を集め、住民が雪に覆われた田んぼに高さ5メートルほどに積み上げて準備した。
 午後8時ごろ、麻のたいまつを手にした約20人の男衆が「オーマラ」と大声を上げ、互いにヘルメットの上からたたき合った。勢いよく燃えるたいまつが振り回されると、暗闇に幻想的な光景が広がった。積み上げられたわらに火が付けられ、住民は餅やするめを焼いて味わった。
子孫繁栄や五穀豊穣
新潟県上越市 1月12日 横畑の古民家を活用した交流施設「ゆったりの家」 地域住民  「馬」は小正月に、若者と子どもがそれぞれ大馬と子馬にふんし、横畑集落の家々を訪れてぴょんぴょんと跳びはねる行事。5年前に地元有志らが中心になって復活させた。

1年の豊作を祈る
新潟県阿賀町 2015年1月 西川小学校 小学校の児童  「団子さし」は新潟県東蒲原郡など各地に伝わる小正月行事で、1年の豊作などを祈る。「祝い木」と呼ばれるミズキの枝に団子を刺し、タイやヒョウタンといった縁起物の飾りをつるす。西川小学校のある上川地域では養蚕が盛んだったことから繭玉も飾る。
 団子さしは、昔は各家庭で行っていたが、最近は飾る家が少なくなってきた。西川小では地域の伝統行事に親しむ機会をつくろうと、1、2年生を対象に「団子さし」作りを体験授業を毎年行っている。
 2015年には1、2年生12人が、講師の地元住民に教わりながら、団子を丸め、ゆでて冷ました後、ミズキの枝に飾り付けた。
 
新潟県阿賀町石間 1月14日午後2時半過ぎ(2007年) どんど焼き 石間道の駅 道の駅を運営する第3セクター株式会社「阿賀の里」  140本の材木と260本の竹でやぐらを組み、神事のあと、火がともされる。3000人を超す観客が見守った。
 やぐらは高さ33mになり、建設会社の職人が8人がかりで製作した。主催者の調べでは日本一の高さだという。今回のどんど焼きをギネスブックに登録申請する方針だという。
 
新潟県糸魚川市大字青海 2013年1月15日 青海の竹のからかい
(国重要無形民俗文化財の小正月行事)
糸魚川市青海の本町通り 地域住民  周辺の町内が東西に分かれ、顔に隈(くま)取りと呼ばれる化粧を施し、腰にしめ縄を巻いた法被姿の地元の若衆が勇壮に、長さ約15mの2本の青竹を引き合う。豊年豊漁や無病息災を祈願する行事。江戸時代から続くとされる。
 若衆は東西の陣営ごとに「チョウチョウ、サギノチョウ、菜の葉にとまれ」と恒例の「サギチョウ」の歌で気勢を上げ、青竹を頭上で交差させた後、「イチ、ニ、サン」と声をそろえて、お互いの竹を脇に抱いて、引き合いを繰り広げた。
豊年豊漁や無病息災を祈願する
新潟県長岡市川口和南津地区 2013年1月12日 小正月の伝統行事「鳥追い」 地区内の各家庭 住民組織「わくわく和南美」とPTA、子供たち50人  鳥追いは害鳥から農作物を守り、豊作を祈願する行事。日が暮れた雪深い集落を、すげぼうしをまとった子供たちが集落の家々を巡る。
 地区の子どもが少なくなり、長く途絶えていたが、住民組織「わくわく和南美」とPTAの協力で昨年復活した。ことしは行事再開を祝し、地元川口地域の住民がすげぼうしを手作りし、実施した。
 子どもたちは、お年寄りから鳥追い歌を教わり、道中を「鳥追いだー、鳥追いだー」と大合唱。約80軒の集落に拍子木の甲高い音と元気な声を響かせた。子どもたちの声を聞きつけた住民は「福の神が来てくれた」と家を飛び出し、笑顔で歓迎した。
害鳥から農作物を守り、豊作を祈願する
新潟県長岡市関原地区 2013年1月13日 サイノカミ 県立歴史博物館 地域住民  サイノカミは、ことしで13回目。同地区の県立歴史博物館が主催し、住民による「関原サイノカミ有志会」が秋から材料の竹とわらを集めて作った。今年のサイノカミは、高さ約18メートル。
 雪原に建てた巨大なサイノカミに子どもたちが点火。住民たちの「良い年になりますように」との願いを込めたかのように、真っ赤な炎が天高く燃えさかった。
 回りにはスルメをつるした竹竿を手にした人々が連なり、燃える炎を見上げた。参加者はスルメを焼いて食べるのが楽しみという。
五穀豊穣(ほうじょう)や無病息災などを願う
新潟県長岡市山古志東竹沢の木籠地区 2010年1月10日 塞(さい)の神   地域住民  旧山古志村の小正月・伝統行事「塞(さい)の神」が10日に行われた。中越地震で人口減少や高齢化に拍車がかかる同地区では、住民は「大勢の人に参加してほしい」と新聞の取材に応えて、呼びかけた。
 午前10時から、地区の14戸約30人がカヤやワラを高さ約5メートルの円すい形に積み上げる。つきたての餅を食べた後、午後2時に点火する。火にあたると、体が丈夫になるなどといわれ、正月に使ったしめ縄や古札、子どもたちの書初めなども一緒に燃やされる。
 同地区の人口は震災前の25戸約70人から半数以下になった。塞の神もかつては15日に行っていたが、最近は人が集まりやすい休日に行っている。
五穀豊穣(ほうじょう)と無病息災
新潟県燕市粟生津地区 2015年1月12日午前11時半〜 塞(さい)の神 粟生津保育園西側の広場 地区のコミュニティー組織「親栄会」と住民数百人  地域で行われていた塞の神を1995年ごろから親栄会が引き継いで行っている。青竹で組んだ塞の神は、住宅が近いこともあり、火が大きくならないように高さは約6メートルと小さめに作った。
 参加住民のため、豚汁やあげぱん、鶏肉のレモン和えを販売するテントも並んだ。地元のよさこいソーランチーム「風雅」の小学生がダンスや歌を披露し、来場者にふるまう餅を木の臼ときねでついた後、子どもたち10人ほどが先端に火を着けた竹の棒で塞の神に点火した。
 塞の神では、参加者が持ち寄った書き損じた書き初めや正月飾りを一緒に燃やした。火勢が衰えると竹竿の先につるしたスルメを塞の神の火で焼いて食べた。
五穀豊穣(ほうじょう)と無病息災
新潟県燕市国上 2016年1月11日 さいの神 道の駅「国上」 市民約800人  さいの神は地元NPOが主催し2016年で11回目。当日は、雪が降る中、竹と稲わらで作った高さ約10mの「さいの神」を燃やし、参加した市民は、無病息災や五穀豊穣を祈った。さいの神の火で焼いた物を食べると健康でいられるとされ、竹ざおにスルメイカをつり下げ、焼いて食べる市民も多くいた。 無病息災や五穀豊穣
新潟県三条市 2015年1月14日夜 献灯祭 八幡宮 地域住民  献灯祭は江戸末期の安政年間に始まったといわれ、翌朝まで夜通し大ろうそくの火をともし、揺らめく炎に商売繁盛や家内安全を祈願する小正月の伝統行事。
 2015年には、前年と同じ重さ8貫目(30キロ)のろうそく2本を最大に、5貫目30本、3貫目1本の計33本が奉納され、台に載せて拝殿に並べられた。午後7時から大ろうそくの献納者が列席して藤崎宮司が神事を行った。国定勇人市長を皮切りにろうそくの献納者は、世話方から火打ち石を打ってもらってから、点火用のろうそくを受け取り、それぞれの大ろうそくに火を移して点火した。1時間ほどでほぼすべてのろうそくに火がともった。午後7時半から境内奥の金山神社でも同様に神事と650匁(約2.4キロ)のろうそく約90本の点火が行われた。
 点火が始まると、参拝者は拝殿に上がり、鈴を鳴らし、さい銭を投げ入れ、手を合わせて商売繁盛や家内安全を祈願した。境内では、正月飾りのお焚き上げが行われ、スルメを焼いたり、飾り終えた正月飾りを次々に火の中に投げ入れた。
商売繁盛や家内安全
新潟県佐渡市岩首集落 2016年1月6日 鳥追い 集落内の各家庭 地域の男の子  「旗振り」は、男の子が中心になって行う小正月の伝統行事。旗のついた竹ざおを持って集落の家々を回り、玄関口で歌をうたい、ことしの豊作と大漁を祈願した。家の人たちはお礼にコメやお菓子などを渡す。集落の少子化により、ことしは2人の男の子が参加した。集まったコメは、1月10日に行われる「西の神の火祭り」で、甘酒にして振る舞われる。 豊作と大漁
新潟県佐渡市岩首集落 2015年1月16日早朝 鳥追い 集落内の田畑など 地域の子どもたち  「鳥追い」は田畑を荒らす鳥や害虫を追い払い、豊作を願う小正月の伝統行事。岩首集落では100年以上の歴史がある。
 16日は夜明け前の午前4時半から、小学1年生から中学3年生までの7人が1時間半かけて、鳥追い唄を歌って集落を3周した。早朝に行うのは、鳥がねぐらから飛び立つ前に追い払いたいという昔の人の思いが込められているからだという。
豊作と無病息災を祈る
新潟県小千谷市 2015年2月14日 山谷・坪野ほんやら洞まつり 県道山谷片貝線脇山谷〜坪野間の雪原 地域住民、観光客  新潟県中越地方では、秋田県の旧正月行事「かまくら」と同様の雪洞や行事のことを「ほんやら洞」という。「山谷・坪野ほんやら洞まつり」は冬期間休眠する畑地と豪雪を活かしたイベントとして、1992年から始まった。
 山谷・坪野地区の住民が総出で、大量の雪の積もった雪原に、大小のほんやら洞(かまくら)をつくり、日暮れ時からろうそくを灯す。雪原に幻想的な光景が繰り広げられる。
 ほんやら洞つくりは、午後2時に住民が集合して始まる。ほんやら洞完成次第、ろうそくに点火される。午後7時半から花火の打ち上げも行われ、多くの観光客でにぎわう。
 (この項出典小千谷市役所公式HPなど)
 観光客の誘致
新潟県小千谷市 2015年2月28日(土曜日)〜3月1日(日曜日) 「おぢや風船一揆」 市内雪原 地域住民、観光客  「おぢや風船一揆」は旧暦正月に行われる熱気球と花火と雪灯篭の観光イベント。2015年で第39回となった。
 期間中には紙熱気球「ぼこ」イベントが行われる。「ぼこ「蚕(かいこ)」を意味する。養蚕が盛んな時代には蚕を「ぼこさま」と呼び、形が似ていることなどが語源とされている。
 この項出典小千谷市役所公式HPなど
 観光客の誘致
長野
長野県下高井郡野沢温泉村
 
1月15日
(13日ご神木引き、14,15日社殿つくり)

 
日本三大火祭り「道祖神火祭り」(国の重要無形民俗文化財)

 
 会場は温泉街外れの「馬場の原」
 
地域住民、観光客  日本三大火祭りのひとつ(三大には諸説ある)。男の厄年を迎える42歳・41歳・40歳の3つの年代が「三夜講」と呼ぶ組織を編成し、この同じ仲間で3年間行事を行う。25歳の男の厄年が毎年加り、また、42歳にあたる者が幹事役を勤める。
 毎年、13日にご神木引きを行う。14,15日の2日間をかけて、高さ20mのブナ御神木を柱とする巨大な社殿つくりを行う。社殿には厄年が乗る部分を作り、高さは10数m、広さは8平方mある。15日夜、社殿の前で火付けの攻防戦を行う。
 火付けの攻防戦は、午後9時から始まり、社殿を守る25歳と42歳の厄年の男衆と、社殿に火をつけようと松明(たいまつ)を振りかざして攻めてくる村人が攻防する。約1時間の攻防の後、手締めを行い、厄年の男衆が陣取っていた神殿を降り、社殿に火が入れられる。ここで、厄年の男衆は地域に伝承する「道祖神の唄」を歌う。
 焼け落ちた社殿は翌日まで燃えていて、翌朝餅などを焼いて食べる人が多い。ここで餅を焼いて食べると風邪を引かずに1年間健康で暮らせると言われている。
 前年に長男が誕生した家では、子供の成長を祈って初灯籠を作り、火祭りに奉納する。灯籠作りは、灯籠棟梁の指揮に従って親戚や友人たちが集まって作られる。灯籠の高さは5間(約9m)、中心柱は下段がミズナラ、上段が杉を使い、最上部にオンべ(御幣)、その下に傘、この傘の周囲に赤色の垂れ幕を巡らし家紋を付ける。傘の下には風鈴に、丸灯籠、白扇、ようらくを吊す。次に絵を描いた菱灯籠。そして竹ひごを柳の枝のように垂らし、中央に万灯籠を付ける。一番下には竹の輪を二重に吊し、親戚や友人たちから寄せられた書き初めを下げる。11日から火祭りまで自宅前に飾り、火祭りの晩に会場に移動し、燃やす。
 2015年には、外国人観光客の見物が多いことがテレビ報道された。「Nozawa Onsen’s Dosojin Fire Festival」として、来日する外国人観光客の人気を集め、2015年1月15日の祭典では、見物客の半数近くが外国人観光客で占めたと報道された。
 (※欄外に「道祖神の唄」)
五穀豊穣、家内安全、無病息災、良縁安産、商売繁盛などを祈願する。

 
長野県栄村箕作 2014年1月15日 「箕作の道陸神祭り」県無形民俗文化財 豊高島神社前の道陸神場 地域住民、中学生以下の子ども  箕作の道陸神祭りは小正月の2日間にわたって行われ、箕作道祖神研究委員会が継承している。「オンベ」と「どんど焼き」の2つの祭事を行う。中学生以下の子どもが主役で、最年長の子は「おやかた」と呼ばれ、祭りの世話役をする。「オンベ」は木の棒に紙垂をつけた「御幣」のこと。
 子どもたちは、14日深夜から未明にかけて、オンベを持って集落内の全戸を一軒一軒訪ねて練り歩く。おやかたの「はじめ」の号令とともに全員が玄関で「道陸神の勧進用意(どーろくじんのかんじんようい)」と叫び、続いて「出せ出せ」と大声でくり返しながら、家の壁や床をオンベでドンドンと突く。これは祝い金を出せという意味と「災いを追い出せ」という二つの意味があると考えられている。
 オンベの一行は、前年に結婚した新婚夫婦のいる家や、初孫の生まれた家では、特別行事を行う。嫁を迎えた家では、嫁の背中に布団をかけて、その上からオンベで突く。婿は、箕作地区の男衆が胴上げし、雪の中へ投げ込む。初孫のある家では、祖母がオンベで突かれる。道陸神による子宝授けや子孫繁栄を祈る意味があると考えられる。
 15日朝になると、豊高島神社の前の道陸神に正月の松飾りを持って集まり、ここで松飾りやオンベを焼く。このどんど焼きの火にあたると風邪をひかない、この火で焼いた餅を食べると、夏やせをせずにすむともいわれる。また、厄年の人は、ミカンやお菓子をまき、集まった人たちが拾い合う。
(長野県の芸術・文化情報センターなどによる)
家内安全、無病息災、安産、子孫繁栄 
長野県長野市大岡の芦ノ尻地区 1月7日 芦ノ尻道祖神祭り(県無形民俗文化財) 地区の道祖神場 地域住民で作る道祖神祭保存会  正月のしめ縄や松飾りを持ち寄り、無病息災を祈念して、道祖神の人面の神様を祀るお祭り。神面は、高さ2mほど。悪霊を追い払うとされ、石造りの道祖神に1年間飾る。1998年の長野冬季オリンピック開会式に登場し、世界中にアピールをしたことで有名。
 平成23年1月7日には、地元住民でつくる保存会の会員が地区の約35戸から集めた正月飾りのしめ縄を鼻や目に見立てて、石造りの道祖神に飾り付け、神面を形作った。近くの大岡小学校、大岡中学校の子どもたちも作業を手伝い、装いを新たにした道祖神に一年間の無病息災を祈った。
 作り手は毎年変わり、平成25年1月7日には40〜70代の男性5人が担当した。「目元が鋭過ぎるなあ」「堂々とした面構えになってきたぞ」などと言いながら、同集落の約35世帯から持ち寄ったしめ縄で目や口、鼻、ひげを作って組み合わせ、約1時間半で新たな神面を完成させた。
豊作や無病息災を祈る
長野県長野市栗田 2012年1月9日 どんど焼き 栗田公園 地域住民100人以上 高さ3mほどのやぐらを四つ並べ、どんど焼きが行われた。午後5時ごろ、住民らは無病息災を願いながら、正月飾りやだるま、書き初めなどを燃やした。燃え始めると、竹のはぜる音が鳴り響き、子どもたちが歓声を上げた。火勢が収まると餅をアルミホイルに包んだり、網の上に乗せたりして焼いた。 無病息災
長野県木曽郡上松町 1月15日 賽の神行列 町内 地域住民  1年間の無病息災や家内安全を祈る。子供たちが武将の名前などを書いた幟旗を手に、町内を練り歩く。
無病息災、家内安全を祈る
長野県松本市 1月10日 三九郎 市内の田畑や河原 地域の大人や子供  三九郎は、PTAや育成会が地区ごとに角材や竹を組み、子どもたちが集めたしめ飾りや破魔矢、だるま、松の枝などを積み上げて作る。松本市中心部、縄手通り裏手を流れる女鳥羽川の河原では、午後5時半に高さ約2mの三九郎に点火。勢いよく炎が上がると、子どもたちは「こんなすごい炎を見るのは三九郎の時だけ」と興奮していた。火が弱まると、米粉で作った「繭玉」を柳の枝の先に刺してあぶって食べた。
 三九郎の火で焼いて食べると風邪を引かないといわれる。2004年は10、11日に燃やす所が多かった。
 2014年には、教育委員会のまとめによると、1月11日に松本市内の河川敷や公園など245カ所、12日に183カ所で行われた。同市の浅間温泉第6町会は女鳥羽川の河川敷に、やぐらを設置。子どもたちが午前中に各家庭や旅館を回って、正月飾りやだるまを集め、河川敷に三角すい状に積み上げた。午後5時すぎに住民約70人が集まり点火した。米粉の繭玉を枝に付けて、焼いて食べた。
 
長野県松本市内田地区 2013年1月14日 市重要無形民俗文化財の伝統行事「おんべ祭り」 北花見(きたけみ)集落の公民館第5分館 地域住民  色紙のおんべ(御弊)を飾った御柱を道祖神の隣に建て、無病息災や五穀豊穣を願う伝統行事。
 住民は公民館第5分館で、青竹を割り、色紙を切っておんべと稲穂を模した飾り「ソバ」を31本ずつ作った。床の間に飾って祈願した後、近くの県道沿いにある道祖神の脇に移動。高さ約12mのご神木におんべなどを結びつけ、協力して御柱を建て、根元にソバを差し込んだ。
 同集落では27世帯で祭りを守り、毎年1月14日に御柱を建てている。住民は持ち回りで必要な物品などをそろえる当番の「当家(とうや)」を務める。
 内田地区のおんべ祭りは3集落で行われ、荒井、横山は既に御柱を建てた。20日に御柱を倒し、おんべ飾りを魔よけとして各戸に配る。
無病息災や五穀豊穣
長野県安曇野市豊科 2015年1月12日 市無形民俗文化財の「福俵曳(び)き」 市役所本庁舎 地域住民と新田、成相の両区の若衆  市無形民俗文化財の「福俵曳き」は小正月の伝統行事。例年は新田、成相の両区の若衆がそれぞれの区内を俵を引いて回り、祝い事のあった家や店に納めるが、今年は新田区に市役所新本庁舎が今月完成するのを祝い、初めて両区合同で市役所に納めた。
 俵は長さ1メートル弱で、重さ数十キロ。綱を付けて水路で清めた後、若衆が「わっしょい」という掛け声で、俵を引きながら区内を練り歩いた。市民約200人が待ち構えた新本庁舎前では、習わしに従い、俵を引き込もうとする市職員らと、簡単に納めさせないとする若衆らが、綱引きのように俵を引っ張り合った。俵を囲むように4段の人間ピラミッドを作って盛り上げる場面もあった
福を引き込む
長野県小諸市御影新田 毎年1月7日 御影道祖神祭り(県指定の無形民俗文化財) 地区内 地区住民、小学生  小学生が乗った上宿と下宿の2台の山車を集落の中央で互いに激しくぶつけ合う勇壮な祭り。350年ほど続いていると云われる新春の伝統行事。
 御影地区は江戸時代に江戸幕府の直轄地(天領)とされていたが、陣屋の役人を慰めるために山車祭りが始まったといわれている。
 山車は日暮れから両地区を出発。道中でミカンなどをまきながら進み、中間地点では「御影天領太鼓」の演奏が行われるなか、激しいぶつかり合う。
(平成24年1月7日の様子)
 日中の神事が済んだ午後7時過ぎ、2台の山車が上宿と下宿の道祖神を出発した。松や竹、ちょうちん、紅白の幕で飾られた高さ約5mの山車が、勢いをつけ「ガチーン」「ズシーン」と激突すると、沿道の観衆から大きな歓声が上がった。激突は約40分にわたり繰り返された。
五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄、家内安全
長野県小諸市萩区 1月15日
 
どんど焼き 地区内
 
地域住民
 
 正月飾りを焼き、その火で繭玉団子を焼いて食べる
 

 
長野県原村

 
1月14日夜

 
どんど焼き

 
まるやち湖畔
 
ペンションビレッジ住民やペンションのお客
 
 湖畔にモミや杉をつかった大きなどんど焼きのやぐらがペンションオーナー達の協力によって組まれ、正月飾りや、役目を終えたダルマが飾り付けられる。14日夜、ペンションの客やオーナー家族らが厄除けの繭玉のつけられた柳の枝を手に集合。
 どんど焼きに火がつき、樽酒や甘酒が振る舞われる。どんど焼きの火で繭玉を焼いて食べる。
厄払いのために厄年の男女がお金やお菓子を投げる。
一年間の無病息災
長野県佐久市臼田 2012年1月9日 東信随一のどんど焼き 千曲川河川敷 地域住民  臼田町商工会青年部が開催。だるまなど縁起物を積み上げた高さ約10mの大きなやぐらを燃やし、繭玉を焼いて食べ、一年の健康を願った。
 青年部によると、やぐらの大きさは「東信随一」で、40年以上前から続いている。ことしは地域の「臼田弓道会」の4人が火の付いた矢を放って点火に挑戦した。
一年の健康
長野県南佐久郡川上村居倉 毎年1月13日 おんべきり 集落内 集落住民 川上村居倉集落特有のまつりで、道祖神まつりの一つ。上地区・下地区に別れ女性(上)・男性(下)に見立てた、大と小一つずつのおんべを作る。完成したおんべを担ぎ、太鼓の音頭とともに「道祖神の御年始、かみのかみのきりかんじ」と叫び、各戸をたずねまわり、無病息災、家内安全を祈る。
 クライマックスは、上・下のおんべが午前零時頃に地区の境で落ち合い、重さ60キロ以上にも及ぶおんべを回しながら、ぶつかるように勇壮な舞いを披露する。
この舞は悪いものを払い、子孫繁栄を願う意が込められている。
無病息災、家内安全、子孫繁栄、悪魔払い
長野県南佐久郡川上村原集落 毎年1月14日 お方ぶち 過去1年で集落に嫁入りのあった家 小学生と住民  おかたぶち(お方椽)は、原集落で行われる道祖神まつりの一つで、長野県の県指定無形民俗文化財。毎年1月14日に行われる嫁祝いの儀礼習俗。「お方」とは嫁に対する最高の敬称で、「おかたぶち」は、嫁の座を指す言葉に由来するという。おかたぶちの対象となるのは、1月14日までの過去1年間に嫁入りまたは婿入りのあった家。
 行事に参加するのは、地元の小学生で、6年生が親方、5年生以下が家来と呼ばれる。子供たちと住民は、1月14日夕までに各戸から注連縄や松飾りを集め、お仮屋をつくりあげる。14日夕方、子どもたちはお仮屋前へ整列したあと、地元では「おんべ」と呼ぶ御幣を持った親方を先頭に新嫁の家へ向かう。家では新嫁と付添い人の女性が一行を迎え、子どもたちは家の玄関で、太鼓を打ち「おかたぶち」と大声で言う。親方は各々御幣を持って座敷に上がり、嫁に黙礼して御幣を振りながら嫁のまわりを3周歩いてお払いをする。この御幣は、嫁を多産にする呪力をもつとされる。
(この項出典川上村役場、公益財団法人八十二財団公式サイトなど)
無病息災、子孫繁栄を祈る
長野県南佐久郡川上村大字御所平字坂下 昭和40年代(報告者の小学生時代)には、小正月の1月15日 かんがりや(かんがり)、どんど(どんどん)焼き、道祖神のご年始(獅子舞) 道祖神の祠が祭られていた大字御所平地区の公民館の広場。 小学生の男子。地域住民。  -「佐久の柵に桜咲く」さんブログ提供情報-2010年1月8日
 (※佐久の柵に桜咲くさんのブログに連絡先が見あたらないため、この欄でお礼を申し上げます)
 全国的にも珍しい「かんがり、かんがりや」という呼び名の行事を報告いたします。
どんど焼きの「火祭り」は小正月の1月15日の夜に小字の住民が集まって行われました。

 地域の小学生の6年生が「親方」となり、それ以下の小学生男子が「子方」となって年末に大人に助けてもらって近所の山から枯れ木や木の株などをリヤカーで積み下ろし、正月の初めから広場の真ん中で太鼓を叩きながら焚き火を続け(夜は近所の大人が燠(おき)を持ち帰った?)、正月休みが終わると近所の大人が火の番を行いました。子どもたちは学校が始まってからも夕方になると広場に集まり、火の番を行いました。15日の朝、地域の各戸の戸口に出された松飾を子どもたちが集めてから、改めて獅子舞の道具を公民館の倉庫から取り出し「道祖神の御年始」と唱和しながら地域の全戸を廻り、獅子舞を披露し、獅子の口で住民の頭を噛み、無病息災を祈りました。そのお礼に子どもたちが共同でお年玉を受け、それを後日子どもたちで学年順に多寡をつけて分けました。
 15日は夕方から大人たちが山から集めてきた杉の葉と集めてあった松飾で「神社」型の「神殿」を作り、夕方6時頃にそれを焚き火の上に載せ「どんど焼き」を行いました。この「神殿」のことを「かんがりや」(神上がり屋、かんがりや?、隣村の南相木村ではこの行事を「かあがり」とも言うそうです)と呼んだように思います。
 母や祖母は、上新粉そのものと、それに食紅や緑の色素を混ぜ、白、紅、うす緑の「おまいだま(御繭玉)」という団子の一種を作り、木の枝に挿して稲の穂のようにして、神棚に祭ったものを、子どもたちがどんどん焼きに持ち寄り、炙って食べました。正月の切り餅を持ち寄ることもありましたし、また書初めを燃やしその燃えカスが天に昇れば昇るほど書が上達する、どんどん焼きの火に当たると風邪を引かないなどとと言い習わしました。

趣旨:現在はどのように行われているかはわかりませんが、厳寒の中、年末から小正月まで続く子どもたち(男子)が主体となって行う祭礼で、春秋の村社の祭礼と並んで盛大なものでした。小字単位で同時に行われたため、他の地区の祭礼の様子は互いにほとんど知らないままです。

 この祭礼自体道祖神の祠のそばで行われ、獅子舞を「道祖神の御年始」と唱えて各戸を回ったように道祖神のお祭りであり、「かんがり」と呼んだのは恐らく「歳神様」を天に「神上がり」していただくことに由来するものだと思います。川上村の「かんがり」「かんがりや」、南相木村、北相木村の「かあがり」については全国的にも類似の呼称はないようで、小正月行事の呼称としては珍しいものではないかと思います。このように道祖神、獅子舞、火祭りなど様々な信仰、習俗が習合したものだったように思います。
無病息災
長野県南佐久郡南相木村 毎年1月14・15日 かあがり(どんどんやき) 村内の各地区 子ども、地区住民  各地区で開催。子供たちが山から切り出した木やわらと一緒に正月の松かざりを集め火をもしつける。  
長野県伊那市
 
1月14日〜19日

 
どんど焼き、「せえの神」、ホンダレ様

 
農業公園「みはらしファーム」

 
農業公園主催
一般住民が参加
 
 ホンダレさまはかつて各家庭で行われた小正月の伝統行事。高さ約3mの木を木束で支え、枝にまゆ玉のほか、わらに細かく切ったもちを付けた「稲穂」、長さ30cmのトウフノキ(コシアブラ)の枝の皮をむいた「あわ穂」「ひえ穂」を取り付けた飾り。14日に飾り付ける。ホンダレさまやしめ飾りは19日午後2時から、公園東側牧草地で開くどんど焼き「せえの神」でたき上げ、まゆ玉を焼いて食べる。 五穀豊穣
 
長野県飯田市千代の法全寺区 2014年1月13日
 
どんど焼き

 
区の谷沢川沿いのどんど焼き会場1カ所

 
住民50人  山間部に位置する同区は少子高齢化が進み、昨年まで4カ所に設けていたどんど焼きのやぐらを今年は1カ所に統合した。やぐらの数は減らしても、高さが約13mにも及ぶ大型のどんど焼きを守り、継承していくという。
 この日は午前10時すぎ、住民約50人が集まり、区内を流れる谷沢川沿いに竹やしめ飾りを使って設けたやぐらに点火した。火が小さくなったところで、住民たちは竹に挟むなどした餅を焼いた。この餅をご飯と一緒に炊いて食べると、今年1年を健康に過ごせるとして、多くの住民が大切に持ち帰った。
 昨年までは区内の別の場所でどんど焼きをしていた男性(62)は「これまではライバル意識もあったが、一つにまとまることで継承していきたい」と話していた。
ことし1年の健康
 
長野県飯田市座光寺 2015年1月8日
 
「七草だるままつり」

 
元善光寺  住民、参拝客  山門近くの矢場に掘った穴に地元住民、参拝客から預かっただるまを積み上げ、本多住職らの般若心経に続いて弓の先で点火した。続く読経で家内安全や無病息災、商売繁盛を祈願した。住民から預かった古い熊手やおみくじ、正月飾りも供養してから燃やされた。
 寺では地域のどんど焼き(ほんやり、おんべ)が少なくなってきたことから、三十数年前から現在のような形になったという。
ことし1年の健康
 
長野県箕輪町中曽根 2013年1月8日 ホンダレ様 地区公民館 地区住民有志 ホンダレ様は、米や穀物、繭の豊作を願い、小正月に農家で飾られていた。中曽根でも、昭和30年代までは、多くの家庭で飾られていたという。4年前から区住民有志が、ほんだれ様を後世に伝えていこうと毎年、公民館前に飾りつけている。
 地区住民が、地区の山から切ってきたヒノキを束ね、土台を作ると、そこに、サクラとタマツバキを差し固定した。高さ、およそ2メートルのサクラの木に、稲穂に見立て半分だけ皮を削ったクルミの木を飾り付けた。
 かつて養蚕が盛んだった地区という事もあり、米粉で作った繭玉を飾るのが、中曽根の特徴だという。
五穀豊穣
長野県南箕輪村大泉地区 2015年1月15日 「ほっぽんや」とホンダレ様 西部保育園 園児と地域のお年寄り  「ほっぽんや」は地域の正月の伝統行事で、稲穂を食べ荒らす鳥を追い払うために農民たちが始めたとされていて、戦前まで各家庭で行っていたという。上伊那地方で「ほっぽんや」の伝統があるのは南箕輪村の大泉と辰野町の旭地区、小横川地区だけだという。現在は、西部保育園で毎年行われている。
 この日は、大泉高齢者クラブの会員が保育園を訪れ、ほっぽんやを園児と行った。皮を剥ぎ模様をつけた長さ30センチ程の木を持ち、カチカチと音を鳴らしながら歩く。この日は雪が降ったため、園児およそ90人がほっぽんやの歌を歌いながら保育園の廊下を歩いた。
 この日は他に、ほんだれ様とまゆ玉の飾りつけも行った。
五穀豊穣
長野県箕輪町北小河内区 2015年1月11日 大文字建て 漆戸常会の広場 地区住民  大文字建ては漆戸常会に伝わる小正月の伝統行事。天竜川の水害に悩まされていた住民が、氾濫を鎮めるため始められたといわれていて、町の無形民俗文化財に指定されている。
朝8時に漆戸常会35戸の住民が集まり、長さ10メートルほどの木柱に榊や松、縁起物の飾りを取り付け、大文字を建てた。住民は地区内の安泰や五穀豊穣を祈願した。
 大文字は1週間建てられ18日に下ろす。その時に太陽や稲穂を表す飾りものを住民が各家庭に持ち帰り、玄関に飾るのが習わしとなっている。
地区内の安泰や五穀豊穣
長野県伊那市西箕輪羽広 2015年1月18日 「せいの神」 はびろ農業公園「みはらしファーム」 地域住民  「せいの神」は、長野では一般的にどんど焼き、三九郎などと呼ばれる小正月の行事。西箕輪地区では正月飾りなどを意味する「歳神様」がなまり、せいの神になったとされる。同公園では2000年から行い、燃やされるやぐらの大きさは県内最大規模を誇る。
 2015年は地元の子どもたちが各家庭から持ち寄ったしめ飾りをはじめ、公園内に飾っていた縁起物「ほんだれさま」や西暦と同じ2015本の「〆の子」、門松、だるま、青竹などで高さ18メートル、直径7メートルの円すい形に組み上げた。
 施設関係者や区役員、地元児童代表らが点火し、地元住民らが手を合わせて1年間の無事を祈っていた。
 点火前には地元の羽広獅子舞保存会が会場で獅子舞を披露した。
五穀豊穣や家内安全を願う
長野県伊那市西箕輪羽広 2014年1月12日夜 羽広の獅子舞(市無形民俗文化財) 仲仙寺本堂 羽広獅子舞保存会、地域住民  401年の歴史を持つとされる五穀豊穣や家内安全を願い、悪魔を追い払う伝統行事。雌雄2頭による舞い合わせを行い、それぞれ所作やお囃子(はやし)が異なる、口を閉じた「雄獅子」と口を開けた「雌獅子」が舞い合わせるのが特徴。1613(慶長18)年に仲仙寺の再興を祝って始まったという。
 地元の羽広獅子舞保存会の会員約50人が参加。笛や太鼓のお囃子に合わせ、「阿吽(あうん)の舞」と呼ばれる「肇国の舞」や剣を手に悪魔を切りはらう「剣の舞」「浄(きよめ)の舞」など五つの舞を繰り広げた。写真愛好家や地域住民らが静と動の舞を堪能し、15分ほどで終わった。
 奉納後は雄獅子と雌獅子が南北に分かれて区内の計45戸を回り、舞を行った。
五穀豊穣や家内安全を願う
長野県伊那市西箕輪上戸(あがっと)地区 2015年1月14日早朝 小正月の伝統行事「でえもんじ」とどんど焼き 地区の道祖神場 地域住民  「でえもんじ」は厄よけと家内安全を願う小正月の伝統行事。「でえもんじ」とは「大文字」の意味で、願いごとを大文字で書いたことからきている。上戸区実行部の約70人が参加し、飾りの付いた長さ約12mの木柱を集落中心部の男女双体道祖神脇に立てた。
 2015年は1月14日夜明け前、触れ太鼓を打ち鳴らす中、地区住民がもみ殻を詰めた約180個の色紙袋「きんちゃく袋」や、細く切った色紙を竹ひごに巻き付けた約140本の「色紙花」の飾りを持ち寄った。木柱の先端に青笹の竹と御幣をつけ、きんちゃく、花飾りと酒だるや「天下泰平」「五穀豊穣」「道祖神」などと書いた飾り箱などと一緒に取り付けた。「せーの」の掛け声で柱を起こし、さすまたも使って一気に立てた。
 柱は20日早朝の「でえもんじ下ろし」で片付け、きんちゃくと花は各戸の神棚や玄関で1年間供えられる。古いきんちゃくと花は正月飾りとともに、20日近くの日曜日の日中に子どもたちがどんど焼きを行い、焚き上げる。(この項、科学映像館公開映像も参照した)
厄よけと家内安全
長野県上伊那郡南部から下伊那郡の一帯 1月14日夜 ホンヤリ 上伊那郡南部の飯島町、中川村あたりから下伊那郡にかけて小正月の火祭りをホンヤリと呼んでいる。 地域住民  各地の広場に山から切ってきた木を建てて、やぐらを組み、その回りに円錐状に正月の松や山から切ってきた木を積む。芯木の先にはダルマがいくつもつけられる。
 ホンヤリを焼いた火で餅をあぶって食べると健康になるという。
 燃え残りの木を家に持ち帰り、屋根にほおりあげておくと火事にならないとかいう。
無病息災
長野県阿南町

 
1月13日
 
早稲田人形神送り、ホンヤリ(どんど焼き)
 
西条地区内
 
地域住民

 
 早稲田神社神事。江戸時代に大阪方面から伝わったといわれる「早稲田人形芝居」(国選択無形民俗文化財)と地域の神事「事の神送り」が結びついて、三百年ほど前から始まった。
 神送りに使われる人形とみこしは、神社でおはらいを受けた後、笛や太鼓と行列を組んで、神社を出発。地区住民約20人が、幣束(へいそく)を持った人形「三番叟(さんばそう)」や、みこしを担ぐ人形など五体を操り、地区内を練り歩く。住民は道端で待ち構え、次々と供え物をみこしに献じた。地区の境まで来ると、供え物が下ろされ、厄を地区の外へと追い払う。
 その後、正月飾りを燃やす「ホンヤリ」(どんど焼き)を行い、住民らは一年の健康を祈る。 
疫病神を地区の外に送り出して、一年の無病息災と安全を願う
長野県波田町 1月10日早朝 鳥追い 十二区(中波田) 地区の大人と子供 江戸時代から伝わる小正月行事。昔は松本平の各地で行われていたが、今も伝えている地区は珍しい。
 まだ暗い午前五時半。十二区分館前に、フライパンや鍋など思い思いの鳴り物を持った波田小の児童17人と大人5人が集結。子どもたちは、「今日は誰の鳥追いだ、次郎太郎の鳥追いだ、おれもちっと追ってやろ、ホンガラホーイ、ホンガラホーイ」。歌いながら鳴り物をたたき、約2キロ歩いて分館に戻る。
 PTA役員が付き添い、「厳寒の朝の伝統行事を大人になっても覚えていてほしい」と語った。
 波田町教育委員会によると、鳥追いは昭和40年代まではどの地区も、15日早朝に行なっていた。
 
長野県茅野市本町区 2014年1月13日 「子どもお神楽」「悪魔払い(あくまっぱらい) 区内各所 永明小学校児童、住民  本町子ども会育成会が継承する伝統行事。地元の永明小学校児童ら100人近くによる6基の獅子舞が丁目ごとに繰り出し、個人宅や事業所など600戸以上で無病息災や五穀豊穣を祈った。
 子どもたちは朝から本町公民館に集まり、代々伝わるお面を着け、楽器などを持って出発。各戸の玄関先でおかめの面を着けた児童が「悪魔払い、おかめ様のご年頭」と唱え、他の児童が鈴や太鼓を鳴らしながら「お祝いなして、お祝いなして―」とはやしたて、6年生が操る獅子が舞った。健康を願って、獅子に体をかんでもらう区民もいる。どの家でも子どもたちにご祝儀を渡す。
 
長野県茅野市泉野下槻木 2015年1月11日 小正月の伝統行事「炭売り」 地区の各家庭 地元の児童  地元の小学生たちが、前夜のどんど焼きで出来た炭や、燃え残ったまきを縁起物として集め、「炭はいりませんか、まきもあります」と大きな声を出して、地域の人たちに売り歩いた。炭は肥料袋に詰め1袋300円、まきは1束500円で売る。児童15人が2班に分かれて準備し、保護者の軽トラックに乗せて約50戸を回った。売り上げは道祖神に上げてから、子どもたちのお年玉として配分された。
 熾き火の掘りごたつを使う家庭は減ったが、畑の融雪用に炭を買う家もあった。まきは、ストーブの燃料などに喜ばれた。
 
長野県原村中新田 2014年1月12日 どんど焼き「きんちゃく落とし」 区内の農村公園 地域住民  「きんちゃく落とし」は、どんど焼きで厄年の区民らが奉納した「きんちゃく」を集まった地域住民が取り合って、厄落としを行う伝統行事。地域住民で厄を分け合って一年の無病息災を願う。
 どんど焼きは区内の農村公園で行い、2014年には、タオルなどの生活用品が入ったきんちゃくが2本のロープに約300個つるされた。ロープを結んだクレーンを操作して、手の届く位置まで下げると、集まった区民が一斉に手を伸ばして、きんちゃくをもぎとった。
 このほか、25歳と42歳の男性の厄投げもトラックの荷台からにぎやかに行われた。
無病息災を祈る
長野県辰野町沢底地区 2013年1月7日 繭玉の飾り付けと伝統食の凍りもちづくり 地区の入村ふれあいセンター 「さわそこ里山資源を活用する会」の20人 米粉を使って繭玉を作った。高さ1メートルほどに切ったミズブサの枝の先に70〜80個ほどの繭玉を刺した繭玉飾りは小正月まで同センターに飾り、13日のどんど焼きで焼いて食べる。
凍りもち作りでは、25キロのもち米をふかして餅をつき、切った餅を和紙にくるんでワラで編み上げた。この後、3日間、水にさらし、1週間ほど屋外で凍らせる工程を2度繰り返すと出来上がるといい、2月末の地区の祭り「福寿草祭り」で販売する。
 
長野県下諏訪町 2010年1月14日夜から15日早朝 筒粥(つつがゆ)神事 諏訪大社下社春宮筒粥殿 神社の神職 束にしたヨシの茎44本を小豆入りの米と炊き、一本ずつの茎に入ったかゆの状態で稲、野菜など43種類の農作物と世相を占う。春宮境内にある筒粥殿で行われ、車座になった神職が炉を囲み、大はらいの言葉を唱えながら夜を徹して炊きあげた。
世相を占う「世の中」は五分満点の「三分四厘」。「過去10年で最低」とされた昨年の「三分五厘」をさらに下回った。
 
長野県上高井郡高山村奥山田天神原 2009年1月11日 どんど焼き   地域住民 以前は1月15日頃に行われたが、近年は休日に行われるようになった。午前8時ごろ準備開始し、午後7時点火された。

※地元にお住まいのKさんがメールで写真情報を提供していただきました。感謝です。
 
長野県木曽町三岳 2011年1月10日 どんど焼きまゆ玉飾りを作る講習会 地区の農産物加工施設「みたけグルメ工房」 地区の親子を対象  伝統の行事や技を見直してもらおうと同工房が初めて開催。1歳から11歳までの子どもたちが、保護者と一緒にバランスを考えながら紅白の団子を木の枝に付けた。
 まゆ玉は旧正月に合わせて作られ、家に飾ったり、地域のどんど焼きで焼いて食べたりする。 40年ほど前まで三岳地区のほとんどの家で作ったが、現在は作る家庭はごくわずか。講習会は来年以降も継続する考えという。
 
長野県上伊那郡飯島町日曽利 2016年1月10日夜 どんど焼き「かさんぼこ」 日曽利集会所前 地区住民、耕地育成会  「かさんぼこ(傘鉾)」は、日曽利地区に伝わる、竹傘を飾りつけた昔ながらのどんど焼き行事。44戸の小集落で守る伝統行事で、集まった地域住民らが焼け落ちた青竹の先から「かさんぼこ」の花飾りを拾い、1年間の無病息災を願った。
 集会所前では同日朝、正月飾りやだるま、魔よけとして家の軒先に祭ってあった昨年の花飾りが積み上げられ、中央には「かさんぼこ」を飾った高さ8mの青竹が立てられた。「かさんぼこ」の上には2.5mの花飾りが50本。正月飾りに火がつけられると、かさんぼこは10分ほどで竹は倒れ、住民らは先端についていた花飾りや、竹傘の燃えかすを取り、魔よけのお守りとして持ち帰った。炭になった燃え残りを家に持ち帰り、屋根にあげておけば火事にならないと言い伝えられているという。
 「かさんぼこ」は、行事を支えていた青年団の衰退とともに一時期消滅したが、公民館活動の中で1988年に復活。その後は地元の耕地育成会が中心となって継承しているという。
1年間の無病息災
山梨
山梨県全市町村 2013年1月12日〜11月10日 富士の国やまなし国文祭(第28回国民文化祭) 市町村の会場 全国からの参加者  「第28回国民文化祭・やまなし2013」(愛称「富士の国やまなし国文祭」)は、統一テーマ 「文化の風とあそぶ 〜みつめる・こえる・つなげる」のもとに山梨県で初めて、年間を通じて全市町村で開催された。
 1月の開幕イベントに当たる<冬のステージ>(平成25年1月から3月)では、山梨県に残る「道祖神信仰」をキーワードに、人々の静かな祈りをテーマに開幕した。
 (1)キャッチフレーズ 「ふるさとの祈り、息づく。」やまなし国文祭第一弾『道祖神祭り・・』
 (2)オープニングイベント
●開幕式典・総合舞台 県芸術文化協会による創作舞台「かぐや姫2013〜悠久の愛〜」
日時 2013年1月12日14時から
会場 甲府・コラニー文化ホール
内容 式典と県芸術文化協会による創作舞台「かぐや姫2013〜悠久の愛〜」
●甲州市道祖神祭り<田野十二神楽>
日時 2013年1月12日18時00分頃から
会場 山梨県甲州市大和町田野 田野集会場
事業内容 道祖神祭りの前に、専門家による講演会開催。「田野十二神楽」の見学会開催
●甲州市道祖神祭り<藤木の太鼓乗り>
日時 2013年1月14日19時00分頃から
会場 山梨県甲州市塩山藤木 高橋山放光寺駐車場
事業内容 祭りの内容について、専門家による講演会、「藤木道祖神太鼓乗り」の見学会開催
●やまなし発見フォーラム「山梨から考える日本の道祖神〜盛りあがる行事にみる人々の願い〜」
日時 1月13日午後1時〜5時
会場 甲府・山梨学院大
●道祖神幕絵展示
日時 1月10日〜31日まで、終日展示
会場 JR甲府駅北口ペデストリアンデッキ
 
山梨県甲府市酒折町 2013年1月13日 「第28回国民文化祭・やまなし2013」やまなし発見フォーラム「山梨から考える日本の道祖神〜盛りあがる行事にみる人々の願い〜」 山梨学院大 県内外から約450人が参加 1月14日を中心に行われる道祖神祭りについて専門家らが意見を交わし、全国屈指の多様性を持つという県内各地の祭りの姿を紹介した。
 県立博物館の平川南館長が基調講演し、道祖神信仰を古代朝鮮半島までさかのぼって解説した後、パネル討論では、日本大教授の高山茂さん(甲府市出身)、同志社女子大嘱託講師の浅野久枝さんのほか、民俗学を研究している山梨県立博物館の堀内真さん、丸尾依子さんが参加。国立歴史民俗博物館名誉教授の福田アジオさんが司会を務めた。
 
山梨県のほぼ全域

 
2010年
1月16日、山梨日日新聞が報道記事
 
小正月行事
 
     山梨日日新聞が「小正月行事が第2の存続の危機 県内保存会復活の担い手が高齢化」と報道。
 山梨県内各地で披露された小正月の民俗芸能は300以上あるといわれる。人口が都市部に流出した高度経済成長期の1950〜60年代を中心に、山間部で民俗芸能の担い手が少なくなり、保存会が生まれた。しかし現在では「第1の危機」を救ったメンバーの高齢化が深刻になっていて、「第2の存続危機」を迎えている。。子どもがほとんどいない地域では「このままでは途絶えてしまう」という声が聞こえてくる。専門家は「長年の慣習にとらわれず、継承の在り方を見直すことが必要」と指摘している。
 その実例として、芸能伝承のため、地域外で公演活動を行う甲州市・一之瀬高橋春駒保存会を挙げている。(下欄参照)
 
山梨県のほぼ全域

 
1月14日
 
道祖神どんど焼き
 
各地の道祖神場など数百カ所  地域住民   集落の道祖神場に竹、わら、杉の葉などで作ったお小屋、おかりや等を作り、正月飾り、書き初めとともに焼く。書き初めは火勢により空中高く舞い上がると、習字が上手になるという。繭玉だんごを焼いて、その場で食べる。
 地域によっては、道祖神場に「おやなぎ」「おやま」など竹の枝に切った色紙をはさんだ飾り付けを行う。
家内安全、五穀豊穣、商売繁盛を祈念する。
どんど焼きで焼いた繭玉だんごを食べると虫歯にならない、病気にならないという。 
山梨県甲州市大和村田野地区 1月14日夜
(2013年から1月14日に近い休日に変更)
田野の十二神楽 田野地区公民館
(2013年は大和ふるさと会館)
地区の神楽保存会と地域住民  田野十二神楽保存会が江戸時代、伊勢国から伝承したと言われる神楽を十二の演目にわたって奉納した。保存会の会員は笛や太鼓の音の合わせて獅子や剣、種まきなどの舞を奉納した。
 十二神楽の呼び名は神楽の舞が十二段構成になっていることから名付けられた。
 地区の人口減少に伴い、神楽の存続を図るため、舞手を旧家の長男に限っていた風習を撤廃、家族が亡くなり服喪のため出演しない期間を1年から1週間程度に短縮。会社勤めの住民が多いことから、1月14日に定めていた小正月の奉納を、休日に変更した。
 2013年は第28回国民文化祭のオープニングイベントとして実施した。2013年の保存会長は平山甲子雄さん。
 
山梨県甲州市塩山藤木地区 1月14日夜 藤木の太鼓乗り(市無形民俗文化財) 同地区の放光寺駐車場 地区住民。県内外の観光客、アマチュアカメラマンも多数参加  江戸時代から伝わる。毎年藤木道祖神祭り保存会の役員が、地区からその年の役者を選ぶ。地区から選ばれた役者は、藤木道祖神近くの放光寺を会場として、大太鼓の上に乗って、歌舞伎の名場面を演じる。
 「太鼓乗り」は昔は「ちゃり狂言」と呼ばれたという。地域で起こった出来事や結婚、出産した家庭を報告したり、時には悪さを働いた人の見せしめも含めて地域に報告していた。それが歌舞伎を演じる現在の太鼓乗りの形になったという。
 2011年の祭では、役者に選ばれたのは5人。保存会の練習は1月4日からほぼ毎日行われ、祭りまで毎日2時間程度練習を行う。11日から本格的な演技指導を行い、直径1メートル弱ほどもある大太鼓の上で練習を行った。会員らが鐘と太鼓を打ち鳴らした後、向かい合った大太鼓に乗った役者が抑揚の効いた声でせりふを読み上げ、言い回しや所作などについて、会員が指導した。
 役者は11月中に歌舞伎の台本を渡され、読み込んできたという。
 2011年の演目は「勧進帳」と「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」。平成20年には「安達ヶ原三段目」「鈴ヶ森」のさわりを演じた。また、2014年には「鈴ケ森」「安達原三段目」の一場面を披露した。
 毎年、会場には「えと飾り」が設置される。2014年には体長約2.5mのわらや廃材などで形作り、茶色の木の皮やスプレーでたてがみも表現した「午」が奉納された。
 2011年にはダイドー祭りドットコム2011に祭典に選定され、1月14日には同祭軍団座長を務める早稲田大学吉村作治名誉教授が会場を訪問し、祭典の様子をレポートした。この模様は地元YBSテレビで放映された。
無病息災、五穀豊穣を祈る。
山梨県甲州市塩山上於曽 2009年1月11日
2014年1月12日
一之瀬高橋の春駒(県指定無形民俗文化財) 甘草屋敷 一之瀬高橋の出身者で30歳〜70歳代の約70人で作る「一之瀬高橋春駒保存会」  春駒は道祖神に感謝し、小正月の夜に無病息災を祈る行事。1976年に県の無形民俗文化財に指定されたが、過疎化の影響で92年以降、地元集落での行事は途絶えていた。
 平成21(2009)年に地区出身者らでつくる一之瀬高橋春駒保存会が、芸能伝承と市民に見てもらおうと、地元集落の道祖神場から会場をJR塩山駅前の甘草屋敷に移し、上演を復活した。白馬の飾りを付けた馬役と、馬子の格好をした「露払い」が組みとなって、あでやかな衣装で舞い踊る。会場には500人の市民などが詰めかけた。
 2014年には1月12日に行われ、甘草屋敷から塩山駅近くにある道祖神場まで「ドウソウジン」と掛け声を挙げながら練り歩き、道祖神場のどんど焼き会場で「馬踊り」を奉納した。
 平成23年1月15日には、「子ども春駒」が同屋敷で披露され、市内の小学生2人が馬役の「駒」と「露払い」(馬子)に扮し、おはやしと掛け声に合わせて勇壮かつ繊細な掛け合いで踊りを披露した。
無病息災
山梨県甲州市(旧塩山市地域) 2010年1月 道祖神祭のキッカンジ(木勧進)とおこや作り 旧塩山市の各集落 住民 【キッカンジ】
 キッカンジ(木勧進)は、子どもたちが集落内の各家を回り、新年の祝福の言葉を述べて、ご祝儀をもらう小正月行事。キッカンジは、旧塩山市内の各集落を単位に正月の7日に行なわれているが。以前は11日におこわなれていたという。
 このうち、神金地区でキッカンジを行っているのは(2010年当時)、中子沢、藤原木、踊石、下小田原、一之瀬高橋のみであるが、以前はほとんどの集落で行われていた。中子沢集落のキッカンジは夕刻に子供たちが道祖神場に集まり道祖神、籠馬(カゴウマ)、棒振り(ボウフリ)などの役を決める。道祖神役は御幣(ゴヘイ)の御神体を持ち、カゴウマ役は竹の枠組に紙を貼った馬に乗り、ボウフリ役はその馬方となる。各家ではまず、御幣の御神体が「ドーソジンサン、ゴネンシ」と玄関に入り、その後皆で掛け声「商売繁盛、ハッコミショ、ハッコミショ、お蚕ドッサリオオアタリ」を唱えながら、家人から御祝儀をもらう。ハッコミショとは福を掃き込む意味であるという。大人も太鼓と双盤をならし、祝福を述べて回る。
 以前は、婚礼のあった家には、土足で座敷に上がり込んで、祝福するのが習わしであったという。子供が生まれた家では、新婚の家同様御祝儀をはずむ風習があるという。

     下切集落では、先の敗戦を境に一部を除き消滅してしまったが、戦前までは、各組ごとに十三日を中心に行われていたという。まず十一日の朝、集落内の中老・青年・子どもが、新別当の家に集まる。ここで中老たちによってご祝儀額の割当が決められる。この一年間、お祝い事があった家からははずんだ御祝儀が出され、一般の家からはオブッコミ(お打込み)料として、一定額を割当て、徴収する。家ごとの額が決まるごとに、シャン、シャン、シャンとお手打ちを勇ましく行う。集まったご祝儀は、道祖神祭の費用を差し引き、子どもたちに配分されるという。
 子供たちは集落内の各家を回り、檀紙、藁などの祭礼に使う物品を集め回る。この夜から、青年たちによるキッカンジの準備が始まる。籠馬、千俵、棒振り、灯篭、道祖神の御神体作りと忙しい。十三日に作るお小屋、お山立てに使う飾り物等の製作にも取り掛からねばならなかった。
 十三日の夕刻からキッカンジが始まる。別当の道祖神役になる者が、大御幣の付いた御神体をもって先頭に立つ。大灯籠をもった者がそれに続き、その後が太鼓である。太鼓はその年に嫁取りを行った新郎が背負う。さらに鉦、子供の籠馬、千俵、棒振り、と続き、そのあとに普通の灯籠をもった人たちが同伴した。この行列が、組内の各戸を回る。特に新婚の家ではドンドヤセという打ち方で景気よく叩き、はやし立てた。各戸で御酒が振舞われ、賑やかな光景は十時過ぎまで続いた。

 上条集落のキッカンジでは、正月の七日に行う。その日の朝、子供がゴヘイを振り歩き、その後を女物の襦袢などを着た青年が、鉦・太鼓を叩きながら集落の各家を回る。祭り当番であるヤドの者が「道祖神」の札を配る。その折に、各戸では御祝儀を出した。小豆粥を振舞う家もあった。道祖神場には、御神酒やヤドで作られた御馳走が供えられ、人々には甘酒、蜜柑、お菓子などが振舞われる。ヤドは各戸を順次に回る仕組みになっていた。

【どんど焼きのオコヤ作り】
 オコヤとは、道祖神祭のどんど焼きで燃やす青竹、杉、檜の枝、藁などで「道祖神場」に作られた小屋のことをいう。お小屋作りは、旧塩山市の集落では一般に十三日の早朝から始まる。道祖神場に集落の人たち(以前は青年)が集まり、道祖神の丸石を安置した土台石の全体を囲うようにしてお小屋が作られ、周囲は杉の葉で葺くところが多い。
 神金地区上条集落のお小屋作りは1月7日に行われる。早朝、まず山に行って杉の枝打ちを始める。お小屋を葺くための材料として、道祖神場に運ばれてくる。丸太で柱を立て、細木で枠組を作り、杉の枝葉で周りを葺き神殿(お小屋)ができあがる。神殿は氏神である金井加里神社を模したもので、大きさは一間四方。屋根に反りをもたせ、杉の枝葉で葺いた四方の壁も丁重に刈り込み、神殿の脇には隠居部屋を作る。完成すると周りに注連縄をはり、御幣を吊るす。
 松里地区では、オコヤの上部に長い棒を差し、棒の先端にヒノキの枝を付けるものが多く見られる。この棒は「象の鼻」などともいわれ、男性器を表しているという。道祖神の男神・猿田彦命を象徴しているとされる。
 玉宮地区ではオコヤではなく、オヤマという青竹の飾りが多くみられる。オヤマは青竹に色紙や新聞に折り込まれてくる色刷りのチラシなどで作ったキンチャクやオコンブクロなどの飾りを吊るし、道祖神の近くに立てる。玉宮地区には15箇所の道祖神場があり、冬空にオヤマがたなびく様子は季節の風物詩となっている。
 この項の出典甲州市教育委員会「上条報告」第8号(平成22年1月)、第57号(平成26年2月)
商売繁盛、養蚕大当たり
山梨県山梨市牧丘町 1月14日
(昭和62年の様子)
どんどん焼き 西保地区道祖神場 地域住民  道祖神場にオカリヤを作る。上部に男根を模した棒状に束ねた藁を突き立てる。男根と女陰を併せて祀るところもある。赤芝のどんどん焼きでは、火の周りで獅子舞、剣の舞を奉納する。火祭りの最後にオカリヤを火に投じて盛大に燃やす。
 火祭りの後、村内祝いに移り、笛、太鼓、獅子方の列に子供の提灯行列が集落内の新婚夫婦の家に繰り出す。「オカッサン(奥さん)は内にか、ゴテーサン(ご亭主)は外にか・・・オユエもうす・・・」「きっかんじ(木勧進)、きっかんじ、おかたはどこだ、納戸の隅でなにしてござる、ベベの毛をそろした、いく本かそろした33本そろした、まだ1本たりんぞ、おゆえもうせ」と囃しながら、歩く。
家内安全、五穀豊穣、商売繁盛
山梨県甲斐市下福沢地区(旧敷島町) 1月12日夜、13日昼(2004年)
2014年1月11日
道祖神祭り/「どんど焼き」、「七福神のねりこみ」、「氏子めぐり」(悪魔払い)を2日間かけて順次行う。 地区内全戸 地区住民  道祖神祭りは、地区青年部が行う。祭事の日程は毎年1月2日の初寄りで決める。道祖神祭りは「どんど焼き」と「七福神のねりこみ」、「氏子めぐり」(悪魔払い)が行われる。特に江戸時代から継承される「七福神のねりこみ」は有名で、七福神の諸役割と、行列の役割は次の通り決められている。
 神官(青年長)1名、恵比寿、大黒天、福禄寿、寿老人、弁財天、毘沙門天、布袋の各1名、御神輿2名、練御輿4名、神楽獅子1名、笛1名、太古1名、御供1名、田楽2名。
 1日目はどんど焼きを行い、このあと青年部が神官・七福神に扮して練り込みを行う。厄歳42歳と直前1年間の新婚家庭を訪れ、厄払い、おかた祝いとして、神楽獅子舞を行う。
 2日目は氏子参り・悪魔払いとして、青年部が神官、おかめ、ひょっとこ、獅子舞にふんして、地区の全戸(約20戸)を回り、「正一位道祖神」の札と「火の用心」の張り紙を配って歩く。各家庭では、繭玉だんごを木の枝に刺しただんご花を玄関や神棚に飾る。
 2014年は1月11日「七福神のねりこみ」が、8年ぶりに同地区で行われた。過疎化などの影響でねりこみの対象となる家が少なくなり途絶えていたが、今年は2軒あり、復活した。神官や大黒天などの七福神に扮した高校生から42歳までの男性でつくる青年会のメンバーが、数え年42歳の厄年を迎えた男性がいる家や跡取りが結婚した家、新築した家を訪ね、厄よけや家内安全などを祈願する。神楽も披露した。
 練り込みは、2011年に敷島公民館のイベントで披露したことはあったが、該当する家がないため2006年を最後に地元で行われることはなかった。「敷島公民館で披露した時とは違ったうれしさがある。やはり地元でできるのは格別な思い」と青年会長が語った。
家内安全、火の用心、悪魔払い
山梨県北杜市高根町箕輪海道地区 2014年1月13日 道祖神祭 地区内 地域住民 男性たちが道祖神をわらで覆った「オカリヤ(御仮屋)」(高さ約2.5メートル)を担ぎ地区内を練り歩いた。新築や新婚の家に出向き威勢良い声を上げながら庭の中で回った。 家内安全や無病息災
山梨県北杜市白州町下教来石 2013年1月13日 下教来石獅子舞道祖神祭 地区内 下教来石獅子舞道祖神祭保存会  保存会の会員が、地区内を回り、300年以上も前から伝承されてきた獅子舞を奉納した。
 笛や太鼓の音色に合わせて、「幕の内」や剣を持って悪魔を払う「剣の舞」を披露。家内安全や無病息災などを祈願した。
家内安全や無病息災
山梨県北杜市長坂町長坂上条 1月14日夜 お獅子とおかめ 地区の世帯 地区の小中学生  太鼓の音に合わせて「お獅子とおかめが舞い込んだ」とはやしながら、はやしながら、家内安全や無病息災を祈り、居間などを練り歩いた。 家内安全、無病息災
山梨県北杜市明野町小笠原の厚芝地区 2016年1月10日 小正月行事「お柳さんのさるぼこ」飾り作り 厚芝公民館 主婦ら地区住民   北杜市明野町では、小正月行事「道祖神祭り」で「お柳さん」の飾り付けが行われる。お柳さんは、木の柱に柳のようにしならせた小割の竹を取り付け、色紙やチラシの紙などを切って色とりどりに道祖神場に飾る。無病息災や家内安全を願う伝統行事で、道祖神祭りが終わったあと、1月17日に解体されて、飾り竹は各家庭に配られる。家内安全の厄除けのお守りとなる。
 厚芝地区では、子孫繁栄などを祈って作っていた小さな赤ん坊の人形「さるぼこ」が約60年ぶりに復活し、お柳さんに飾りつけた。今回は、同所の主婦の発案で、作り手がいなくなったことで飾られなくなった人形「さるぼこ」を復活させることにした。「さるぼこ」とはサルの赤ちゃんの意味。岐阜県では「さるぼぼ」と呼ばれ、伝統工芸となっている。さるぼこは、体を屈曲させ、手と足をつけたデザインで、地区の女性が協力し、約40個を作った。お柳さんの製作作業は、地区住民が厚芝公民館で行い、7mのヒノキに52本の色紙で飾った小割り竹を取り付け、その竹の先に「さるぼこ」を糸でくくりつけた。お柳さんが道祖神前に立てられた。
家内安全、子孫繁栄
山梨県北杜市須玉町中小倉地区 1月14日午後から15日朝にかけて 筒粥 穂見諏訪十五所神社 地区住民  鍋に玄米とすだれ状の葦(よし)の筒を入れて炊き、筒に入った米粒の数で今年の作柄や景気など69項目を占なった。
山梨県甲府市丸の内地区 平成20年1月12日〜2月14日 甲府道祖神祭り 幕絵コンテスト

道祖神祭り古典芸能鑑賞会
銀座通り商店街 一般  甲府商工会議所は、江戸時代の甲府で盛んに行われた「道祖神祭の幕絵」を平成20年の小正月行事として復活させた。同会議所は、甲府商店街の活性化を願って、幕絵コンテストを実施し、県内外の社会人や主婦、中学、高校の美術部などから10点の応募があった。
 幕絵は江戸時代、甲府道祖神祭のおりに、商家が軒先に幕絵を飾り、風流の趣向を競った。復活した幕絵コンテストでは、当時と同じ大きさの縦1.63m、横10.6mの幕に油彩などで色鮮やかに描かれている。
 コンテストの応募作品展示は、銀座通りの商店の軒先に掲げられ、1月12日から24日まで人気投票を受け付け、グランプリ作品を決定する。展示は2月14日まで行われた。

 甲府市中央の芝居小屋「桜座」では2月2日、落語などの古典芸能の鑑賞会が行われた。江戸時代の道祖神祭りでは落語家や歌舞伎役者が招かれていたことにちなんで、甲府商工会議所が主催した。
 会場では落語家の林家正雀さんが身延山参りの旅人が主人公で、現在の鰍沢町周辺を舞台とする落語「鰍沢」を語り、甲府市出身の太神楽師、鏡味仙三(かがみせんざ)さんが傘を回して玉を転がす曲芸などを披露した。
商店街の活性化
山梨県甲府市中心街 平成23年1月15日 広重の「甲府道祖神祭り幕絵」を鑑賞し、街を歩く会 甲府市丸の内、中央、相生 一般県民50人  山梨県立博物館、NPO法人「つなぐ」が開催。甲府市社会教育センター集合、午後3時30分スタート・午後5時30分終了
 旧柳町散策+甲府商工会議所でミニ講座+幕絵鑑賞。参加費/500円。約50人が参加。

 甲府市内で、江戸時代の甲府城下町で行われた道祖神祭りを再現するイベント。甲府城下町の道祖神祭りは、各商家の軒先に歌川広重らが描いた幕絵約100枚がつるされ、町を包んだ。幕絵は夜、ちょうちんの明かりで照らされ、昼夜を通じてお祭りムードに包まれたという。
 イベントでは、甲府商工会議所の前に飾った広重の「甲府道祖神祭り幕絵(複製)」を、江戸時代の飾り付けを想定して、後ろから提灯の明かりで照らし、幕絵を浮かび上がらせる幻想的な演出を行い、参加者が往時の光景に思いをはせた。参加者は、かつて実際に幕絵が飾られていたという甲府市社会教育センターから甲府商工会議所までの通りを歩いた。
 同会議所駐車場には、広重の実物とほぼ同じサイズ(横10メートル、縦1・5メートル)の広重の複製幕絵を設置。参加者は闇夜に浮かび上がる壮麗な幕絵を鑑賞した。
 
山梨県甲府市丸の内 平成23年12月25日〜平成24年1月17日
道祖神幕絵飾り JR甲府駅ペデストリアンデッキ 第28回国民文化祭実行委員会  JR甲府駅北口と武田通りを結ぶペデストリアンデッキの通路に巨大な道祖神幕絵(縦1.63メートル、横10.6メートル)10枚がずらりと飾られた。
 2013年に県内で開かれる第28回国民文化祭の開幕1年前を記念し、同実行委が企画。甲府商工会議所が2007〜10年に行った幕絵コンテストの作品を展示している。
 にぎわう商店街や祭り、山梨を象徴する富士山や桃、ブドウなどを、高校生の自由な発想で描いた色鮮やかな幕絵が並ぶ。
 駅北口の山梨県立図書館には、江戸末期の浮世絵師・歌川広重が描いた甲府道祖神祭礼幕絵「東都名所 目黒不動之瀧」の複製が飾られている。
 
山梨県甲府市 2013年1月10日〜1月31日 国民文化祭・高校生幕絵甲子園 JR甲府駅ペデストリアンデッキ 第28回国民文化祭実行委員会主催、山梨県高等学校文化連盟共催  江戸時代、甲府城下町で道祖神祭りに飾られた「幕絵」を、高校生が制作することにより、協力して作品を作りあげる喜びを味わうとともに、文化活動の活性化を図り、山梨の幕絵を古くて新しい山梨の文化として全国に発信する。
 平成24年8月18日(土)午前9時〜午後2時に舞鶴城公園で行った制作競技会の入賞作品を展示。
文化活動の活性化を図り、山梨の幕絵を古くて新しい山梨の文化として全国に発信する。
山梨県甲府市草鹿沢町 2008年1月13日 道祖神祭り 集落内 地区住民と出身者で作る「ふる里の会」  ふる里の会は国際的な舞踏家である田中泯氏(甲斐市在住)とともに山村の景観保全と伝統芸能の復活に取り組み、40年ぶりに道祖神祭を復活した。
 祭りでは、同会や甲斐市の篠笛グループ「瑠璃の会」が参加、日暮れとともに、オヤナギ、コヤナギで飾り付けた道祖神前で神の舞を奉納し、この後太鼓と笛の音に合わせ、会員や住民が集落内を神輿を練り歩いた。
 同地区では山間の過疎化で30軒あった集落が現在は3軒になってしまった。
無病息災、家内安全を祈願
山梨県甲府市飯田 2008年1月12日 どんど焼き 地域の道祖神と空き地 飯田西部自治会  地域住民200人が参加し、子年生まれの子供2人と自治会長が道祖神で起こした神火をもって、空き地に竹などで作った高さ7mのやぐらに点火した。火勢が一段落すると、竹竿につけた繭玉だんごを焼いて食べた。 住民の平穏な1年を祈願
山梨県甲府市古府中町 平成24年1月13日 小正月行事体験学習 相川小学校 同小児童  地元に伝わる小正月行事である「獅子舞」、「どんど焼き」を体験し、児童らは小正月について学んだ成果を発表した。
 同小体育館に全校児童420人、地域住民らが集まった。3-6年生の代表がそれぞれ「繭玉」「獅子舞」などを研究した成果を発表した。また地元保存会が獅子舞を実演した。この後、伝統の「柳飾り」が設置された校庭で、児童らが作った繭玉だんごを焼いて食べた。
地域の伝統行事を学ぶ
山梨県南アルプス市 2008年1月14日 稲穂(いねぼう)さん 地元の道祖神 地域住民  中野区第4町内会では、住民が山から伐りだしたクヌギやナラの枝で稲穂を模した「いねぼうさん」を作り、道祖神に奉納した。 この1年の米の豊作。五穀豊穣。
山梨県南アルプス市下市之瀬 2010年1月14日
2013年1月12日(土)
獅子舞(県指定無形民俗文化財) 地域内 下市之瀬獅子舞保存会  約300年の歴史がある伝統芸能。保存会の約20人が区内の厄年を迎えた人や新生児がいる家を回り、笛や太鼓の音色に合わせて「幕の舞」と「梵天(ぼんてん)舞」を披露した。
 2013年には、夜に地区の新成人を前に、近松門左衛門の「梅川忠兵衛」などの女獅子を舞って、新たな門出を祝った。
家内安全や無病息災を祈願
山梨県南アルプス市芦安地区 2014年1月14、15日
2013年1月12日(土)
どんど焼き観光ツアー 地域内 南アルプス市観光協会、首都圏の住民 南アルプス市観光協会は、都会では味わう機会が少ない冬の小正月行事を楽しんでもらおうと初めて企画した。参加者は東京都や神奈川県など都市部の住民。同地区の温泉旅館に宿泊し、市内に2日間滞在した。どんど焼きに参加するのは初日の夜。事前に行事で使う団子「繭玉」を自らの手で作り、実際に焼いて味わった。
 観光協会は「どんど焼きは田舎ならではの文化。都会では知らない子どもも多い」と語った。定員は20人で、参加費は宿泊費込みで1万円。
 
中央市 2013年12月〜2014年2月9日 企画展「中央市田富・玉穂地区の道祖神祭り」 市立豊富郷土資料館 来館者 企画展では、市歴史文化ボランティアの会のメンバーらが撮影した両地区にある全ての道祖神の写真計108枚を展示している。丸石などの道祖神に加え、祭りに登場する獅子、どんど焼きの際にわらや竹で作ったご神体を覆うオカリヤ(御仮屋)などを紹介している。
平成に入り、団地などが新たに建設されるのに伴い設けられた2人の子どもが彫られたかわいらしい道祖神など旧田富町誌に載っていない道祖神の写真もある。また、祭りで燃やして出た灰を自宅の周りにまく風習など、道祖神にまつわる各地区の特徴を伝えている。
 同資料館の末木健館長によると、田富、玉穂両地区には計67基の道祖神が祭られている。田富地区では道祖神に幕やちょうちん、のぼりなどを派手に飾る。玉穂地区には昭和期の道祖神が多く、明治時代の廃仏棄釈で、神社などに数基の道祖神が集められているなど、地区によって特色がある。今年1月に開かれた豊富地区の道祖神祭りの展示に続いての開催。
家内安全や無病息災を祈願
山梨県昭和町西条2区 2014年1月11日 どんど焼き「繭玉作り」 公会堂 社会福祉協議会担当者、地元の幼児と小学生約30人  社会福祉協議会など4団体の担当者が、地元の慣習を受け継いでもらいたいと、小正月行事に合わせて初めて企画した。子どもたちは大人の指導を受け、米粉を丸めて白とピンク色の繭玉を作ったり、丸めた繭玉をヤナギの木の枝に突き刺したりして、どんど焼きで焼いて食べる繭玉の作り方を学んだ。 家内安全、五穀豊穣
山梨県富士川町 2014年1月14日/2013年も1月14日夜 どんど焼き 戸川河川敷 地区住民  河川敷には地区住民が組み立てた高さ約6メートルのやぐらが10基以上並んだ。住民は持ち寄った正月飾りを燃やし、一年間の無病息災を祈願。燃え盛るやぐらは20メートル以上の高さまで火柱を上げた。 一年間の無病息災を祈願
山梨県富士川町大久保 2011年1月13日 3世代道祖神「だんご花作り」 大久保公民館 地域の親子、祖父母の3世代  同地区では小正月の前にカシの木の枝に団子を刺した「だんご花」を作るのが習わし。だんご花は家に飾り、竹の先に付けて用意した団子は、14日の「どんど焼き」の際に火であぶって食べる。
 この日は同地区の高齢者らが紅白の団子約2千個や、カシの木と竹を100セット用意。会場の公民館には次々に家族が訪れ、カシの木などに団子を刺して、「団子花」を作った。
 
山梨県中央市高部地区 2014年1月12日 「百万遍」 地域内 地域住民22人 地域住民が長さ10メートルほどの数珠を輪になって回し、太鼓やかねの音に合わせて念仏を唱えた。 家内安全や無病息災を祈願
山梨県身延町北川の長塩地区 2011年1月15日
2014年1月13日
長塩の獅子舞 地域内 長塩の獅子舞保存会  保存会のメンバー約20人が、地区内を獅子舞で練り歩き、地区内の4カ所の道祖神場で、笛や太鼓の演奏に合わせて獅子舞を奉納する。毎年、町外から大勢のカメラマンが参加し、行事の内容を記録している。
 長塩の獅子舞は、約230年前から伝わる伝統行事。1977年に地区全戸で保存会を立ち上げ、後継者育成と保存活動に努めている。
 
山梨県市川三郷町落居 2011年1月15日
2013年は1月12日(土)に実施
七福神 網倉公民館 地区住民、網倉七福神保存会 網倉七福神保存会が小正月を祝う七福神を行った。会員が大黒天、弁財天、毘沙門(びしゃもん)天などの七福神や道祖神に扮した。道祖神役が住民代表に家内安全や交通安全を祈願するご神体を手渡した。また、七福神役が打ち出の小槌や三味線など神様にちなんだ宝物が授けられた。
七福神の行事には、決まったセリフや動きがないため、演者はアドリブや愉快な動きで住民を笑わせている。2014年には120人が参加し、メンバーの愉快な動きを見て、子どもたちは楽しそうにしていた。
家内安全や交通安全、地域の幸せと安泰
山梨県笛吹市御坂町成田 2010年12月15日(水曜)から2011年1月31日(月曜) シンボル展 甲府道祖神祭り―江戸時代の甲府城下活性化プロジェクト 山梨県立博物館 来館者  町全体を浮世絵の幕で包みこむ-江戸時代の甲府城下町では、全国でも珍しいお祭りを毎年正月過ぎ頃に開いていた。こうした行事がいつ頃?なぜ?行われるようになったのか、そのナゾについて展示をとおして紹介した。
 現在わずか数枚しか確認されていない江戸時代の道祖神祭礼幕絵。そのうちの1枚は東海道五十三次でおなじみの歌川広重が描いた貴重なもので、展示と目玉となった。
 主な展示作品
歌川広重筆 甲府道祖神祭礼幕絵目黒不動之瀧(江戸時代,県立博物館蔵,山梨県指定文化財)
二代歌川広重筆 甲府道祖神祭礼幕絵 洲崎潮干狩(江戸時代,県立博物館蔵,山梨県指定文化財)


シンボル展甲府道祖神祭のイメージ

 
山梨県笛吹市春日居町熊野堂下区 2010年1月14日 道祖神祭/木勧進(きっかんじょ)とお祝い申せ 地域の各世帯を巡回する 地域住民、子供たち  顔を白く塗った子どもたちが「キッカンジョ、キカンジョ、オイワイモーセ」と唱えながら、地区の各世帯を回り、家の玄関で祝儀をもらう。お金をもらうと「家内安全、商売繁盛」、「農業大当たり」などのお祝いの口上を述べる。
 「キッカンジョ オイワイモーセ」とは「木勧進 お祝い申せ」の意味で、もともとはどんど焼きで燃やす焚き木を集めて回ることを指しているという。春日居町に隣接する山梨市や甲州市などでも「キッカンジョ オイワイモーセ」を行い、子どもたちがどんど焼きに先立って各家庭を回り、祝儀をもらって歩く。
家内安全、商売繁盛、農業繁盛
山梨県笛吹市石和町市部仲町 2008年1月14日 道祖神祭「オブネ   地域住民、子供たち  全長約6mの舟型の台に松やヒノキの枝で飾り、先頭にその年の干支を飾り、地区内を引き回す。  
山梨県笛吹市石和町川中島地区 2008年1月14日 道祖神祭「福亀」 地域内 地域住民、子供クラブの小中学生  地域の子供たちが、わらや松の枝で亀をかたどった「福亀」と呼ばれる台車を作製。夜になると台車に提灯灯籠をともして、「申せ、申せ、お祝い申せ」と掛け声を上げながら台車を引き練り歩いた
家内安全、五穀豊穣
山梨県笛吹市芦川町 2014年7月14日 夏の道祖神祭どんど焼き 上芦川地区と中芦川地区の道祖神場 地域住民、子供たちなどおよそ40人 旧盆の7月14日夜、先祖送りの行事としてどんど焼きを行った。午後7時30分ごろ、「モミ」や「シラビソ」の枝を2mほどに積み上げられたものに火がつけられ「どんど焼き」が始まった。近隣住民らが集まり、燃え盛る炎に「無病息災」や「家内安全」を祈願した。
 農業や養蚕が盛んだった30年ほど前は住民らが「麦わら」や「桑の枝」を持ち寄り、どんど焼きは今の4倍ほどの規模で行われ、150人ほどが集まったという。また、どんど焼きの後の灰は翌朝、厄除けとして家の前に置かれた。
「無病息災」や「家内安全」、どんど焼きの灰を家の前に置くと厄除けになる。
山梨県富士吉田市下吉田 2010年1月14日 筒粥(つつがゆ)神事 小室浅間神社 氏子  年間の農作物の出来具合を占う行事。米とアワを煮る大釜のなかに、ヨシで作った24本の粥柱を入れ、中に入り込んだ粥の染みこみ具合で、この一年の作柄を占う。今年の稲は豊作の見通し。 五穀豊穣。
山梨県富士吉田市下吉田 2008年1月14日(2010年は1月13日) どんど焼きナイトフィーバー 月江寺商店街子(ね)の神通り どんど焼き祭典の参拝客など  道祖神をまつる子の神神社で行われるどんど焼き祭典を、「本町大好きおかみさん会」が「冬場に人が集うイベントがあれば」とリニューアルして毎年開催している。
 通りには「吉田うどん」や焼き鳥、おでんなどの露店が並び、参拝客でにぎわう。来場者には無料でつきたての餅がふるまわれた。
 2011年には150メートルの小路に25軒ほどの出店が並び、ポップコーンやお汁粉、吉田のうどんなど飲食物を販売。古本市や占い、フリーマーケットなどのコーナーもあり、ちょうちんやたき火の明かりで照らし出される中、多くの人が行き交っていた。
商店街の活性化
山梨県富士吉田市小明見向原(むかいばら)地区 1月14日夜(2010年)
2013、14年は1月13日
道祖神祭り・おかたぶち講 地区内の新婚家庭 地区の大人と子供  地区では祭日に、「ご神木」を立ち上げる。てっぺんは笹を飾り付け、中間に「ほうご、ほうこ(這子)」と呼ばれる子宝を祈願するためのぬいぐるみ人形数体をくくりつけて、立ち上げる。ほうごは、地区の婦人達が制作し、道祖神祭りが終わった後、子宝を願う夫婦に配られる。2014年には13日に行い、市内外の6組の夫婦の願いが、昨年中にかなったことを報告した。
 14日夜の「おかたぶち講」では、引率の大人と共に、中学生が天狗やおかめの面をつけ、道祖神の使いとなって、新婚夫婦の家庭を訪れ、祝儀をもらい、御幣でお祓いをする。
 子供達は祝儀をもらう際に、「ご祝儀が少ない」とヒノキの枝を畳にたたき付けながら家の人と値上げの交渉を面白おかしく行う。
夫婦円満や家内安全を祈願する。
山梨県富士河口湖町船津、河口、浅川、大石地区 2015年1月13日 御神木立て 各地区の里山 地域住民  御神木立ては、湖畔の各地区にある道祖神祭の神事で、御神木は「どんど焼き」で神様が降り立つ目印ともなるといわれ、道祖神場に立てられる。船津地区では、本厄を迎える42歳の人からなるグループが3日に富士山世界遺産の構成資産の「船津胎内」周辺から高さ約20メートルのヒノキを切り出し、どんど焼きの会場に引き出していく。御神木は飾り付けを行い、立てられる。  道祖神祭の準備
山梨県富士河口湖町小立乳ケ崎地区 2010年1月14日 おんべいわたし(御幣渡し) 地域の家庭 地域住民  400年前から伝わる伝統行事。氏子総代の住民が顔に墨でひげやまゆを描いて道祖神と神官に扮し、地域の新婚夫婦の家を訪問し、知り合ったきっかけなど、様々な珍問奇問をして答えられればオンベイ(御幣)を渡し、地区の金山神社の氏子として迎えられる(氏子入りという)。また、夫婦は道祖神の要求に応じて踊りや歌などの芸を披露する。2014年も同様に行われた。 新婚夫婦の和合、子宝安産を祈願
山梨県富士河口湖町大石地区(旧南都留郡河口湖町) 1月14日 十四日祭礼(どんど焼き)と「ご祝い申そう」 地区内 地域住民  13日、山から引いてきた高さ30mほどの御神木(杉)の飾り付けを行う。男根の象徴、籠、その年の干支を描いた紙などを飾り、女33歳の厄年一同がぬいぐるみの夫婦猿、男42歳の厄年一同が干支を描いた絵馬を飾る。飾り付けが終わると御神木立てを行う。
 14日夕刻から始まったどんど焼きのあと、午後6時ごろからお子供たちの「お練り」が始まる。その年の厄年の人と11歳から15歳の男児、厄年42歳の大人が太鼓役で参加し、「ご祝い申そう、ご祝い申そう」の掛け声で練り歩き、地区内の新婚、厄払いの家庭を訪れ、「火の用心」「家内安全」の祝言を門付けする。
 参加者は子供も大人も全員が、日の丸と「十四日祭礼」と染め抜いた鉢巻きを締める。子供たちは六尺ほどの竹にオンベと日の丸扇を付けた道祖神の「神体」神体や灯籠を掲げて、お練りを行う。450軒の地区内を練り歩くのは2時間ほどかかる。神体は祭りが終わった後、家に持ち帰り、1年間神棚に飾る。
火の用心、家内安全、子宝祈願
山梨県富士河口湖町船津 平成24年1月13日午後4時ごろ 道祖神祭り・御神木立て 船津小学校校庭 地域住民  小正月行事の道祖神祭りの準備のため、午後2時45分から校庭南東側で、地域住民が御神木を立ち上げ始め、午後4時に立ち上がった。
 それと同時に、地区住民から依頼を受けた花火業者が、御神木が立ち上がったことを地域に知らせるため、音を出す花火6発を校庭で打ち上げた。
 ところが、そのうち1発が不発となり、会場に居合わせた観客の近くに落ちて破裂した。このため、観客2人が鼓膜を損傷したり、転倒したことによる腕の軽傷を負った。当時、会場には約150人の来場者がいた。
 富士吉田警察署が安全管理に問題がなかったか、花火業者に事情を聴いた。
 
山梨県富士河口湖町船津 2012年1月14日、15日(2月19日までの土、日開催) 冬花火・湖上の舞 大池公園特設会場 冬花火・湖上の舞実行委員会 町内の道祖神祭りの開催に合わせて、花火の打ち上げを行う。大池公園の特設会場ではキャンドルイルミネーションを行い、ろうそくの炎で幻想的な光の演出を行う。  
山梨県富士河口湖町河口 2015年1月5日〜14日 道祖神祭御神木立(ごしんぼくだて) 地区の山、道祖神場 河口の上、中、下の三町区の住民で構成する道祖神保存会 富士河口湖町では記録が残る江戸時代から小正月の1月14日に道祖神場などに御神木を建立(こんりゅう)する習わしがある。
 河口地区の住民で構成する道祖神保存会のおよそ80人は1月5日、地区の山で御神木の切り出しを行い、平成27年の道祖神祭の一連の行事が始まった。27年は樹齢65年・高さ30mを超える杉の大木を御神木として選び、河口浅間神社(あさまじんじゃ)の神職による神事を行った後、斧だけを使って手作業で切り出した。杉の大木には大綱をかけて、御神木立を行う道祖神場までの約1kmを80人の会員が引き出した。
 御神木立ては14日朝に枠建て(建立の支えとなる枠を建てる)、大木に御神木飾りを行う。五色の吹き流し、赤や紫の布で「不幸や難が去る」と伝えられる猿のぬいぐるみ「さるぼぼ」、三角形をした魔除けのお守りである「ヒイチ」、書き初めなどを飾った。この後、御神木を建立では、一本の綱で結ばれた長さ30mのスギの木を、引っ張る側と支える側の二手に分かれ、厄年を迎える団長の掛け声の下、立てていった。
 道祖神祭は14日夜に行われ、20日の御神木倒しで一連の行事が終わる。御神木を倒し、飾った御注連から各戸配布の花を作る。
厄除けや無病息災を願う
山梨県忍野村 2013年1月14,15日 道祖神祭「どんど焼き」/ヒイチ 地区の道祖神場10箇所 地域住民  忍草地区の御神木は青竹を束ねて使い、色とりどりの折り紙を飾付ける。夜になるとライトアップされる御神木観光客にも喜ばれている。
 内野地区では杉の大木を切り出して御神木とする。
 地域で出産・結婚・新築などおめでたい事があった家からは、ヒイチという三角形の座布団様袋に色鮮やかな房をつけたの縁起物を御神木に付けて奉納する。
 現在はヒイチを作ることができる人も少なくなったため、作り方を知る人や役員が製作を担当することも多い。
 ヒイチは正方形の布からできているが、布の大きさや素材に特に決まりはない。底部分には芯となる竹ひごを通し、重みのためにもみ殻を入れる。このヒイチは、富士山北麓地域で広く飾るが、形と名称が福井県の勝山左義長祭りで火災予防の縁起物として飾る「ヒウチ(火打ち)袋」と同様で、北陸、近畿方面より伝来したものとみることができる。
 忍野では、ヒイチは道祖神祭が終わると、縁起物として16日に子供達が各家を訪ね売り歩き、子供達のお小遣いとなる。子供達から買ったヒイチを魔除けや災難除けとして門口や玄関などに飾る事が習慣になっている。
 1年間飾ったヒイチはお正月飾りとともに小正月の「どんど焼き」で正月飾りなどとともに焚きあげる。(写真上はお神木と富士山、下はヒイチ)


家内安全、商売繁盛、無病息災
山梨県山中湖村平野地区 2010年1月14日夕 どんど焼き/御神木祭り 地区の道祖神場 地域住民  村内各区でどんど焼きが行われ、平野地区では区の小学生から消防団まで住民総出で高さ約30mのカラマツの木を御神木として「アラヨイサー」のかけ声で立てる。御神木には子どもたちが書いた書き初めや「家内安全」「商売繁盛」と書かれた「御神幣」を飾り付ける。道祖神場では米粉で繭型や小判型に作った紅白の団子を火で焼いて食べる。
御神木は19日まで飾られる。山中湖交流プラザ・きららには団子を木の枝に刺した「団子バラ」が飾られた。
家内安全、商売繁盛
山梨県西桂町下暮地 2014年1月8日 どんど焼き「だんごばら」作り 西桂保育所 町をきれいにする会、園児 だんごばらは、絹織物が盛んだった同町周辺地域で、良い繭が生産できるよう願いを込めて繭玉に見立てた団子を飾る風習。14日のどんど焼きで繭玉団子を焼いて食べると風邪をひかないと言い伝えられている。
 園児はヤマボウシの木の枝に、同町をきれいにする会のメンバーが作った紅白の団子約250個やミカンを刺し、花を咲かせるように飾り付けた。
養蚕の豊作祈願
山梨県都留市 1月9日、14日 どんど焼き、だんごさし 市役所 市職員と保育園児 都留市と都留織物産地振興協議会が、子どもたちの無病息災と都留織物の復活を願って平成15年初めて催した。
「だんごさし」は小正月行事として1月9日に行った(平成15年)。うるち米でつくった紅白のだんごを「だんごばら」と呼ばれる飾り木に刺し、14日の小正月の「どんど焼き」で焼いて食べるのが昔の習わしだった。
市役所ロビーには高さ約5メートルのヤマボウシの飾り木が立てられ、園児たちが繭玉の形にだんごをつくり、枝に刺して飾り付けを行った。
無病息災と都留織物の復活を願う。
山梨県都留市法能宮原地区 2011年1月13日 道祖神祭りの梵天竿(ぼんてんざお)の飾り付け 地区の道祖神場 地域住民や都留文科大学生  今年1年の無病息災や子孫繁栄などを願う小正月の伝統行事で、地域では「宮原の梵天」として親しまれている。この日は祭りの保存に取り組む宮原祭り同好会のメンバーや三吉保育園の園児、都留文科大生ら約40人が参加。高さ8.5mの木柱に、柳と呼ばれる12本の竹飾りや7色の幣束などを飾り付け、立ち上げた。 年長組の園児は「色紙で作った飾りが風で揺れてきれい」と、うれしそうに見上げていた。 今年1年の無病息災や子孫繁栄などを願う
山梨県都留市十日市場 2008年1月14日 道祖神祭「ヒイチ」 地域内 地域住民  自治会の人々は1月13日、「ヒイチ」と呼ばれる三角形の袋やバケツ、ロープなどで飾ったスギの木を立て、厄よけなどを願った。ヒイチや飾りつけは17日以降に各家庭に配られ、玄関などで1年間飾られる。
厄よけ
山梨県都留市田野倉 2014年1月14日夜 どんど焼き梵天竿(ぼんてんざお) 地区の道祖神場 地域住民  14日夜、どんど焼きの炎を火事と見間違えた住民が119番し、消防車が出動する騒ぎがあった。田野倉地区では昨年のどんど焼きでも同様の誤報があった。
 都留市消防本部によると、同日午後7時ごろ、地区住民から「火事ではないか」と通報が入り、消防車や救急車など緊急車両が次々と出動。「現場」を調べたところ、どんど焼きの真っ最中で、ほかに火の気や通報がなかったことなどから誤報と判断した。同本部の担当者は「移住者など地域の行事を知らない人が、どんど焼きの炎を見間違えるケースが考えられる」と説明。同地区内での誤報は2年連続。緊急車両の到着で「現場」は一時騒然となった。
 
山梨県都留市鹿留地区 2014年1月14日 どんど焼き梵天竿(ぼんてんざお) 地区の道祖神場 地域住民 鹿留の梵天竿は高さ約10mあり、14日のどんど焼き後、17日まで立てておく。倒した後は、さおに飾られていた布でできた三角の縁起物である「ひいち」を地区の各戸に配る。 豊作祈願と厄除け
大月市賑岡町強瀬 2011年1月15日 小正月飾りの「門道神」や「俵神」の飾り付け 同地区の奈良さん宅    奈良さん宅では、上野原市西原地区などに伝わる小正月飾りの「門道神」や「俵神」を制作して、玄関に飾り付けている。
 西原地区出身の奈良さんが毎年手作りしている「門道神」は、高さ約50センチのヌルデの木に墨で顔を描き、玄関の両脇に男女1対で飾るもの。竹で作ったくわや鎌が差し込まれ、細い枝を使って模したヒエやアワの稲穂を首からさげている。
 このほか、太さ5センチほどのヌルデの幹を積み上げた「俵神」も作った。
 奈良さんによると、もともと豊作を願い、毎年1月11日のくわ入れに合わせ各家庭で作り厄よけの意味もあった。同地区では昭和40年ごろまでは残っていた伝統だが、現在ではほとんど見られなくなったという。

豊作祈願と厄除け
山梨県上野原市鶴島駒門地区 1月14日
2013年は1月12日、14年は1月11日
俵転がし 地区内の各家庭 地区の大人と子供  「俵転がし」は江戸時代から続くとされる伝統行事。駒門地区育成会の小中学生が地区内の各戸を回り、「千俵(せんたーら)万俵(まんたーら)七福神が舞い込んだ」と歌いながら、地区の家々約100軒(2014年は約60軒)を回り、紅白のひもが付いた俵を玄関から家の中に向けて転がした。家に福を呼び込むためという。同地区の農業上條通さん(88)は「ずっと続いている行事に子どもたちが参加してくれるのはうれしい。病気やけががなく、いい1年を過ごせそう」と話した。 無病息災、商売繁盛
山梨県南都留郡道志村 2009年1月12日 第2回道志どんど焼き(団子さし) 道志体験農園広場 地域住民  道志村の郷土史を語る会が道志村の伝統行事である「どんど焼き・だんごさし」を復活させ、後世に伝承しようと実施した。
 広場には、村内及び観光客等およそ200人が集まり、だんごさしのいわれ等の説明の後、用意したヤマッカ(やまぼうし)の木の枝に紅白のだんごを3組に分かれて刺した。きれいにさしあがると、みんなで五穀豊穣・家内安全を祈願しました。
 どんど焼きに移り、高く積み上げられたしめ飾りの山に点火、すこし火勢が落ち着いた頃、カツンボ(ヌルデ)の三又にさした「だんご」を焼いた。
 黒く焼きあがっただんごを食べると虫歯にならない丈夫な歯を作ると伝えられている。
 昔は、団子刺しはヤマボウシの小枝の先に紅白の団子をつけ、正月のお飾りとし、また、焼けた小石を奪い合って遊んだという。
(道志村の郷土史を語る会)
五穀豊穣・家内安全
山梨県北都留郡丹波山村 2013年1月7日 お松引き 村内各所 地域住民  正月を締めくくる伝統行事。各家庭から集めた松飾りを木製のそり「修羅」に積み上げて村内を進み、新年の無病息災、五穀豊穣を祈願する。江戸時代から300年以上続いている。
 平成25年1月7日は、新年の「えと」にちなんだ蛇をあしらった。高さ約5メートル、重さ約2トン。参加した村民や観光客約500人が「えいさ、おいさ」と声を合わせ、出発地から道祖神まで、約700メートルにわたって綱を引いた。
 25年の村人口は約640人。高齢化率により、祭り存続も一時危ぶまれたが、若手や観光客の参加でここ数年は人口に匹敵する人出で、行事の賑わいを取り戻した。
 27年のお松引きは1月7日、村内4カ所で行われ、このうち重さ2トンにもなる修羅が作られた宿地区では、住民や観光客が協力しながら大きな掛け声とともにそりを引いた。道祖神に集められた門松は14日の小正月行事、どんど焼きで焚き上げられる。
新年の無病息災、家内安全、五穀豊穣

【関東】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
群馬
群馬県みどり市   市の重要無形民俗文化財「小夜戸地区小正月飾り」 東町小夜戸(星野勝由区長)の集会場 地域住民、小正月飾りの会(松島薫代表)  小正月飾りは、小正月の恒例行事。会場には、ヌルデの木で作った打ち出の小づちや大刀、小刀、粥掻(かゆかき)棒のほか、1本の木に12段の削り花を付けた十二神将(じんしょう)などを飾り付けた。
 繭玉飾りでは、早朝から集まった地区の女性が米粉をこね、ピンクや黄色などにした繭玉や小判型に成型し、トネリコの木の枝に差した。
 また、1年の無事を祈った小豆がゆも振る舞われ、集まった住民がおいしそうに食べていた。
 参加した子供たちは「小づちを振ってお金持ちになるよう願った」と笑顔。
五穀豊穣(ほうじょう)と無病息災を願う
群馬県高崎市棟高町 2013年1月14日 道祖神「おたきあげ」と世代間交流 観音寺東区区民センター 子ども育成会、長寿会、区役員と地域住民  観音寺東区は宅地開発に伴う人口増で観音寺区から独立した。住民が交流する機会を設けようと、子ども育成会、長寿会、区役員のメンバーが1998年から毎年「おたきあげ」を開催している。
 周囲を住宅地に囲まれているため、道祖神小屋でなく、特設のおたきあげ所を設けた。
 2013年は降りしきる雪のなか、住民が各家庭から持ち寄った正月飾りを炎の中にくべたほか、商品券や日帰り温泉入浴券が当たるくじ引きを楽しんだ。
住民相互、世代間の交流
群馬県前橋市 2013年1月13日 小正月まんぞく教室繭玉飾り 県青少年会館 県内の親子27人  参加者は米粉の入った容器に熱湯を入れ、「熱い熱い」と言いながら、いろいろな形の団子を作った。白とピンク色の団子を蒸した後、ヤマボウシの枝先に刺して完成させた。
 60年以上繭玉飾りを作っている養蚕農家の平方のぶさん(84)=渋川市=らが、繭玉飾りの手順やこつを指導した。「団子の大きさをそろえると、蒸し時間にずれがありません」と助言した。
親子や参加者同士の交流を深める
群馬県桐生市 2013年1月15日〜19日 手作りの繭玉飾り展示 菱公民館 菱町風習地唄保存会  地区の恒例行事で、ことしは会員18人が参加し、米粉13キロと湯を練り上げて、繭の形に整えた繭玉だんごを、ふかし上げた。できた繭玉を高さ3メートルほどのヤマボウシの木に飾り付ける。
 
群馬県安中市

 
1月12日

 
「道祖神どんどん焼き」と「鳥追い」

 
市内50カ所

 
地域住民が参加する。子どもたちに伝統行事の体験をさせようと各地区の子ども育成会などが開く。  竹、杉の葉、わらなどを使い建てられた道祖神小屋とともに正月飾りや古いだるま、お札などを燃やす。早朝から、米の粉で作った繭玉飾りや松飾り、古いお札などを持った家族連れなどが集合。無病息災、厄よけなどを願 て道祖神小屋を燃やす。
 参加者は残り火で繭玉だんごを焼いて食べる。育成会の父母らが甘酒やけんちん汁を作ってふるまう。
 2014年1月11日夜には、安中市原市地区で、隔年で開かれる小正月行事「鳥追い祭り」が行われ、華やかに装飾された四町の山車が各町内を練り歩いた。祭りは、県重要文化財の旧組合製糸「碓氷社」敷地内にある蚕の神様「絹笠神社」にも由来する。かつて盛んだった養蚕にちなみ、養蚕具や色紙で作った花を山車に飾り付けるのが特徴だった。いまはダルマなどの縁起物や日用品を飾り、それを市民に振る舞っている。
 12日午前は、子どもたちのおはやしとともに各町内を巡回。午後は上町、末広町、中町、下町の合同巡行があり、午後3時から碓氷病院駐車場でそろい打ちが行われた。
無病息災、厄よけなどを祈願する。

 
群馬県東吾妻町 2013年1月13日 伝統行事「古谷福の神」 地区の各家庭 古谷福の神保存会と住民  「古谷福の神」は江戸時代末期から続くとされる。養蚕や麻の不作に加えて疫病が流行し、困窮した住民が始めたとされる。2頭の獅子を先頭に、大人と子ども約20人が各戸を回って悪魔払いをした。
 かつては子どもの行事だったが、少子化で存続が難しくなったため、2002年に古谷福の神保存会が発足。地区全体で伝統を守っている。
 全32戸のうち不幸のあった家などを除く23戸を巡回。保存会の関芳男会長の合図で「あくまっぱれー(悪魔払い)」と叫んだ後、太鼓に合わせて「福の神はらいこめ、貧乏神はらい出せ」などと威勢良く声をそろえた。
 厄年の人や、結婚・出産などの祝い事があった家ではミカンや菓子が投げられた。
住民は「福の神が来ると病気にならないし、にぎやか。毎年楽しみにしている」と語る
群馬県吾妻町小泉地区
 
1月14日早朝(6時半) どんど焼き
 
日の出地区
 
約40戸の集落の住民
 
まゆ玉団子を焼く。厄年を迎えた人は、そこでミカンを配り厄落としをする。
 
厄落とし

 
栃木
栃木県那須塩原市 2014年1月14日 どんど焼き   地域住民 東京電力福島第1原発事故の発生以来、県内の8市町のうち、同市だけが放射性物質の拡散を防ぐため、各自治会に「どんど焼き」の自粛を要請してきた。しかし、2014年には放射性物質による空間放射線量率が低下してきたことから、市民の要望を受けて(1)地域住民の十分な理解を得る(2)材料はことしの稲わらなどを使う(3)灰は市クリーンセンターに持ち込み処理する(4)実施前後で空間放射線量率を測定し、周囲に影響がないことを確認する-の4項目を条件に3年ぶりにどんど焼きの再開を認めた。
14日は、黒磯地区9カ所、西那須野地区2カ所、塩原地区5カ所の計16カ所で「どんど焼き」を実施した。那須塩原のどんど焼きは、竹とわらなどで、通称「トリゴヤ(トリノス)」と呼ばれるやぐらを高さ10m以上に組み立てる。
西那須野地区の太夫塚では、竹などで組んだやぐらに、古いお札やしめ飾り、だるまなどを入れて点火。炎が舞い上がると、集まった住民らは無病息災を願った。
 太夫塚どんど焼き保存会の小西行夫会長は「子供たちに地域の伝統行事を受け継いでもらうためにも再開できて本当に良かった」と話していた。
東日本大震災から復興と1年間の無病息災
栃木県高萩市秋山山手地区 2014年1月12日 どんど焼き 地区の田んぼ 地域住民  伝統文化を次世代に継承しようと、地域の有志が鳥追い祭り実行委員会が組織され、初めて企画した。
 竹やカヤで高さ約6mの円すい形の小屋を作製。中は6畳ほどの広さで、さい銭箱を置き野菜や果物などを供えた。夕暮れ近くになって、中学1年と小学6年生の2人が点火役を務め、小屋に点火。参加者たちは健康と豊作を祈った。
 実行委員会の委員長は「日本の文化だから若い人たちに継承してもらえれば」と話した。
1年間の無病息災
栃木県宇都宮市 2013年1月15日 春渡祭 馬場通り1丁目の二荒山神社 地域住民 「春渡祭」は、12月15日の「冬渡祭」と対をなし、平安時代末期から続く伝統行事。正月飾りやだるまなどを焚き上げ、その煙に当たると1年間無病息災であるといわれている。
 2013年は、残雪の影響で出足は例年に比べてやや鈍かったが、午前11時ごろには境内東側の焚き上げ所に、長い列ができた。
 参拝者たちは、正月の縁起物などを係員に手渡した後、火の周りを歩き、健康を祈願した。
1年間の無病息災
栃木県宇都宮市 2010年1月15日 どんど焼きと繭玉団子つくり 雀宮東小 全校児童  同校では総合的学習の一環としてどんど焼きを行っている。15日昼に体育館で繭玉作り、夜校庭でどんど焼きを行った。
 児童たちは保護者らと協力して、自らが学校農園で収穫したもち米240キロを使ってもちをついた。保護者がつきたてのもちを赤や青に着色して小さく丸めると、色鮮やかなもちをミズキの枝先に一つずつ刺していった。
 どんど焼きと繭玉作りは同校PTA主催で、児童の健全育成と無病息災を願い1975年から続く恒例行事。どんど焼きのやぐらの高さは約13メートルで、PTAが近くの神社のヒノキのご神木を軸に、竹を立て掛けて作った。
児童の健全育成と無病息災
栃木県日光市朝日町 2008年1月14日 どんど焼き 東武下今市駅の北側会場。朝日町自治会育成会 地域住民  三十年間続けてきた場所で、最後のどんど焼きを行った。今市中心部の自治会は宅地化が進み、代替地が見つからないため。
 市消防本部によると旧今市市内では12-14日の三日間で、54カ所のどんど焼き開催の届け出があった。
 
栃木県鹿沼市樅山町 2013年1月13日 市指定無形民俗文化財の「日の出祭り」 樅山町の生子神社 氏子と子どもたち  氏子と子どもたちが神事の「献饌祭」や「弓取り式」を行い、魔よけや豊作を祈願した。
献饌祭は、1580(天正8)年、天然痘で愛児を亡くした氏子が42種の供え物を神前に供えて蘇生を願ったという故事に始まると伝えられている。
弓取り式は、破魔弓の神事にならい、大蛇の目に見立てた金銀の紙を貼った的に向けて、7歳の男子3人が矢を放ち、5歳の男子2人が矢を引き抜いた。
魔よけや豊作を祈願
栃木県足利市 2013年1月14日 神事「御筒粥」(市指定民俗文化財) 福富町の御厨神社(小堀俊夫宮司) 氏子  御筒粥は、江戸時代から300年以上続くとされる。氏子たちが大釜に、神前に供えた米、小豆を一升ずつと、農作物に見立てたヨシの筒31本を入れ、住民が持ち寄った正月飾りを燃やして炊く。筒の中に入った米と小豆の分量で収穫を占う。
 約1時間半後に粥が炊き上がると、占いの結果、米は「豊作」、トマトやキュウリなどの野菜は「例年並み」、タマネギなどの根菜類は「あまり良くない」などと出た。 
 
栃木県真岡市 
 
どんど焼き 市内の田圃
 
わらや正月飾りを焼く  厄よけ
 
茨城
茨城県城里町孫根 2014年1月15日 「ワーホイ」 町立桂小 全校児童約150人  「ワーホイ」は、小正月を祝う伝統行事で、竹とわらで作ったやぐらとともに正月飾りを燃やし、無病息災などを祈る火祭り。門松、しめ縄、書き初めなど正月の飾り物をやぐらに掛けて燃やし、1年間の健康や学力向上を願う。旧岩船小で長く行われ、2011年に圷、岩船、北方3小の統合で誕生した桂小が引き継いだ。
この日は、同町の高齢者団体「錫高野(すずこうや)いきいきクラブ」の協力で、校庭に高さ約6mのやぐらを設置。やぐらの周りで各学年ごとに「ワーホイ、ワーホイ」と掛け声を上げた後、点火前に各学年の代表者が新年の目標を力強く宣言した。
 児童は勢いよく舞い上がる炎にそれぞれ願いを込め、最後はやぐらの残り火で、竹竿の先に付けた餅を焼いて味わった。
1年間の健康や学力向上を願う
茨城県日立市相賀町 2013年1月16日 浜の炊きあげ祭 会瀬海水浴場 地域住民  「浜の炊きあげ祭」は、会瀬学区コミュニティ推進会(柴田和彦会長)が主催し、地域住民が新年を祝う行事。
 会瀬小(川崎恭子校長)の児童を中心に発足したばかりの「会瀬浜太鼓同好会」の太鼓演奏が響く中、参加者は積み上げた門松やしめ飾りなどを燃やして無病息災を願った。
無病息災
茨城県水戸市 2013年1月14日 はねつき・破魔弓神事 水戸市八幡町の水戸八幡宮 新成人の代表、神社の関係者、水戸市弓道連盟有志  稲の豊凶を占う羽根突きや古式礼射などを行う。
 神事は、宮司が邪気払いの矢を放った後、新成人代表と水戸の梅大使によって、日立市在住で洋画家、菊池元男さんが揮毫した大羽子板が奉納された。
 女性神職や巫女(みこ)による年占羽根突きで今年の稲の豊凶が占われ、「全体的に見てやや良」との結果が出た。
 弓道連盟有志による古式礼射が行われた。
今年1年の除災招福を祈願
茨城県取手市 2013年1月12日 どんど焼き 利根川河川敷 住民  竹で組み上げられた高さ約十五メートルのやぐらに、各家庭から集めた門松などの正月飾りや縁起物を積み上げて燃やす。
 火勢がおさまると、シノダケの先に刺した紅白の餅を焼いて食べた。
無病息災。残り火で焼いた餅を食べると、その年は風邪をひかない
茨城県取手市ほか県南地域 平成21年1月14日 あわの酉(とり)、ならせモチ 取手市 市内の各戸  毎年1月14日にモチをついて、ツバキの木の枝に刺していき、完成した枝を家の大黒柱に縛り付けて19日まで飾っておく。同日の夜には、近くの水田で正月の飾り物などを燃やす「あわの酉(とり)」という行事が行われた。
 ここで「ならせモチ」用についたモチを焼いて食べると一年間病気にならないと言い伝える。
無病息災
茨城県ひたちなか市 平成19年1月7日〜14日 ワーホイ、鳥追い、三木長 市内の各地 地域住民  「ワーホイ」は,昭和30年代まで正月14日の晩に友だちの家に集まった子どもたちが,餅や雑煮,みそコンニャクを食べながら夜明かしをする行事。明け方になると家の門口で,正月飾り,書初めなどをナスがら,菊がらとともに燃やして「ワーホイ」と唱えたものと言われている。
 また、田畑では、竹で組みワラで囲んだ鳥追い小屋(三木長)の中で一晩を過ごし、明け方に燃やしたことから『鳥追い』と呼ばれている。
 また「繭玉餅」は「木綿玉」とも呼ばれる。養蚕や綿花を作る地方によって呼び名が異なる。楢の木の枝に刺して飾る。
 これらの行事は現在、お年寄りによる伝統行事の伝承活動や三代交流活動として復活し、自治会などを中心に行われている。

 

五穀豊穣、無病息災
茨城県龍ケ崎市 2013年1月14日 小正月の行事「ならせ餅」 川原代コミュニティセンター 市立川原代小学校区の住民組織「川原代コミュニティ活動推進協議会と住民  ならせ餅は、昭和中期まで各家庭で行われていた行事。最近は飾る家庭が激減したことからが、二〇〇八年に市立川原代小学校区の住民組織「川原代コミュニティ活動推進協議会」が学校区の行事として復活させた。 
 子供たちが、地区と学校に飾る高さ約五メートルのツバキの木二本に紅白の餅を飾り付け、「餅の花」を完成させた。用意された直径約六センチの紅白の餅は千個。枝に一個一個刺した。
五穀豊穣や無病息災を願う
茨城県土浦市 2013年1月12日 どんど焼き 土浦市佐野子の桜川河川敷 市民約600人  地元では、どんど焼きは「火にあたると風邪をひかない」という言い伝えを持つ新年行事。
 土浦市では高度経済成長の時代と前後して、どんど焼きが次第に行われなくなった。地域の伝統文化継承のため、市郷土資料館が1980年ごろ、どんど焼きを復活した。現在、市立博物館が毎年1月に実施している。
 市民らは、杉の葉を積み上げた竹製の円すい状のやぐらに、持ち寄ったしめ縄や門松などの正月飾り、だるまを集めて点火。炎の勢いが小さくなると、子どもたちがだるまを次々と投げ込んだ。さらに参加者が竹ざおの先に餅を付け、残り火で焼いて食べた。
 
1年間の無病息災
茨城県守谷市 2015年1月17,18日 あわんとり 大井沢地区、西板戸井地区 地区住民  「あわんとり」は、地区自治会の住民交流行事として行われ、地域交流、世代間交流を円滑にしてくれていた地域行事の重要性を再認識し、もう一度復活させることが目的としている。
西板戸井地区では17日、広場に竹、木、わらなどで高く円錐形に作ったご神木やぐらを囲んで行事が行われ、市長、議会代表、衆院議員などが来賓として祝辞を述べるなど、自治会の公式行事としての性格をうかがわせた。この日は強風のため、ご神木の点火を見送り、参加した住民はじゃんけん大会や豚汁ふるまいを楽しんで解散。その後も強風が続いたため、24日に消防団が燃やした。
大井沢地区では18日昼に広場に竹、木、わらなどで円錐形に作ったご神木やぐらを囲み、市長、議会代表による祝辞のあと、市長がやぐらに点火した。やぐら倒壊までの時間予想クイズが行われ、当てた人に賞品が贈られた。火がおさまると住民らは竹竿の先に丸餅をさして、お餅焼きを楽しみ、日暮れととともに散会した。
1年間の無病息災
茨城県土浦市卸町

 
1月14日

 
ナラセモチ
 
土浦公設地方卸売市場
 
市場の出荷組合員
 
 高さ6メートル、太さ20センチのナラの木の枝に700個の紅白のもちを刺して飾る。各農家で続けられていた伝統行事だが、最近は飾る農家が激減しており、消えゆく伝統行事を惜しむ組合員らが卸売市場を会場に始めた。  14日に付けた紅白のもちを19日に外して食べ、五穀豊穣と無病息災を願う。 
神奈川
神奈川県横浜市中区山下町 2015年2月19日〜3月5日 「春節(しゅんせつ)」 横浜中華街 地域住民と観光客  横浜中華街発展会協同組合は、中国で盛大に祝う旧暦の正月「春節(中国語: 春节・チュンチエ)」を横浜中華街でも中国同様に楽しめるよう1986年より「春節」として開催している。爆竹やシンバル、太鼓、銅鑼(どら)の音、獅子舞や龍舞、皇帝衣装のパレード等中国の伝統文化を紹介する「春節」は横浜の観光を代表する行事となり、冬の風物詩となっている。
◎カウントダウン
「春節」を迎える2月19日の前夜、横浜中華街關帝廟と横浜媽祖廟の両廟でカウントダウンが行われる。
◎採青(ツァイチン)
中華街全域では2月19日午後3時から同8時まで、「春節」伝統の獅子舞「採青」が爆竹や太鼓の音が鳴り響く中で行われる。白や黄色などに彩色された5頭の獅子が5コースに分かれ、各店舗の商売繁盛や五穀豊穣を祈って獅子舞を披露する。  獅子は銅鑼や太鼓に合わせて踊り、最後に後ろ足で立って伸び上がり、店先につるされた祝儀袋の「紅包(ほんぱお)」をくわえ取ると爆竹が鳴り響く。
◎春節娯楽表演(ごらくひょうえん)
 2月21日(土)、22日(日)、3月1日(日)には「娯楽表演」が中華街内の山下町公園で行われ、獅子舞・舞踊・中国雑技などの中国伝統芸能を披露する。春節の顔となっている勇壮な龍舞や躍動的な獅子舞に加え、中国舞踊、中国雑技など、「春節」ならではの華やか演技が楽しめる。
◎祝舞遊行(しゅくまいゆうこう)
 2月28日(土)午後4時から、春節祝賀のパレード「祝舞遊行」が行われる。華やかな皇帝衣装隊に加え、人気者の獅子や龍が中華街を練り歩く。
◎元宵節燈籠祭(げんしょうせつとうろうさい)
 3月5日(木)午後5時半から、春節の最後を飾る「元宵節燈籠祭」が横濱媽祖廟で行われる。メッセージ燈籠に書き込まれた人々の願いが天に届くように奉納獅子舞を披露する。
(この項出典、横浜中華街公式サイト)
各店舗の商売繁盛や五穀豊穣を祈る
神奈川県三浦市三崎 毎年1月15日 チャッキラコ(ユネスコ無形文化遺産、国指定重要無形民俗文化財) 海南神社 氏子や地域住民  チャッキラコは、約250年前の江戸中期に始まったとされ、豊作・大漁祈願、豊作・大漁祝いを含めた祝福芸として始まった。小正月の行事として伝承され、大人の女性の唄に合わせて少女達が優雅に舞を披露する。国の重要無形民俗文化財の第1回指定を受け、2009年(平成21年)にはユネスコの無形文化遺産の第1回登録が認定された。
 舞扇と「チャッキラコ」と称する綾竹の両端に五色の短冊と鈴を付けた20cmほどの道具を使い分けて踊る。踊りには「はついせ」「チャッキラコ」「二本踊り」「よささ節」「鎌倉節」「お伊勢参り」の6通りの舞がある。「ちゃっきらこ保存会」(昭和39年結成)により継承され、三浦の伝統文化として子ども達が受け継いでいる。
 当日、午前10時頃本宮の祠前で踊りを奉納、午前10時30分頃海南神社境内の社殿前で踊りを奉納する。午後からは仲崎・花暮両地区の「竜神様」と呼ばれる祠前で踊りを奉納し、旧家や老舗商店等を祝福して回る。2015年には白化粧に紅を引いた年中園児から小学6年の少女約25人が、朱色の着物と橙(だいだい)色の帯の晴れ着姿で踊りを奉納した。  
豊作・大漁祈願、豊作・大漁祝い
神奈川県伊勢原市神戸地区 毎年1月14日 どんど焼きと若者火中投げ入れ行事 鈴川の土手 地域住民  地区青年会は、毎年1月14日に各家庭の正月のお飾りや門松などで家の形をした「御仮屋(おかりや)」を作る。高さは約1・7メートルから2メートル。広さは3・3平方メートルほど。青年会のメンバーは地区内を練り歩いた後、午後8時ごろ、御仮屋を鈴川の土手に運んで燃やし、団子などを焼く。
 火勢が弱まったころ、青年会員が、仲間を担ぎ火の中に投げ入れる。対象者はこの1年に結婚したり子どもが生まれたりと祝い事のあった人のほか、新入会員や36歳になり退会する人など。
 手ぬぐいで頭を守り、燃えにくい洋服を着せる。そろいの法被を着たメンバーが背中や足を抱え、「ソーレ」や「あぶれ」の声とともに、2メートルほどの高さの炎に一気に投げ入れるので、大きな火の粉が飛び散る。毎年多少のやけどはあるが、投げ入れられた人は「熱かったなー」ともらす程度で済んでいる。
 投げられる人はたすきを掛ける。つかんで引き出す人も決めており、すぐ引っ張り出す。嫌だという人には無理強いはしないことになっているという。
どんど焼きの火に当たると丈夫になる。
神奈川県秦野市菖蒲 2010年1月上旬 どんど焼き飾り展示 市上公民館ロビー 地域住民  どんど焼き展示では、高さ約4メートルの竹にだるまなどを飾り付けた「オンベ竹」と、白や赤、緑などピンポン大の色とりどりの団子約200個がクヌギの枝に刺された「団子飾り」。地域のお年寄りたちが、伝統行事を伝えようと子どもたちと一緒に飾り付けをし、展示した。
 だるまや正月の松飾りなどで飾られたものをオンベ竹といい、小正月のどんど焼きの際には中央に置かれる。同公民館のオンベ竹は14日午後に燃やされる
 
神奈川県秦野市横野地区 2013年1月12日 伝統行事「子ども獅子舞」 地区の200軒の家庭 地元の小学4年生から中学生まで18人と地域住民  子ども獅子舞は江戸時代から続くとされ、一時途絶えていたものを昭和40年代に子ども会が復活させ、毎年行っている。
 地元の小学4年生から中学生まで18人が参加。鈴や太鼓を鳴らしながら、約200軒を回った。各家に着くと「舞い込め、舞い込め」と大声で唱え、獅子頭をかぶった子が玄関先や室内で、福が舞い込むよう口を動かして清めた。
 体の一部をかんでもらうと風邪をひかないとされる
子どもたちが家々を回り、福を呼び込み、無病息災、家内安全を祈る。
神奈川県秦野市菖蒲地区 2013年1月13日 道祖神行事「あくまっぱらい」 地区の家庭 子供たちと住民  無病息災と家内安全を祈る行事で、約200年続くと伝えられている。市内の数地区で継承されているという。
 菖蒲地区では、地元の小学1年生から中学3年生までの男子12人が参加。最年長の「大将」の指示で道祖神の石を清掃した後、獅子頭やひょっとこのお面をかぶって約200軒近くの家々を巡回した。
 玄関先や居間で「あくまっぱらい、あくまっぱらい」と大きな声で唱え、手作りの札を配った。
 大将を務めた中学3年生はいずれも小学1年生からの参加。「地域のつながりが深まる伝統行事なので今後も続けていってほしい」と話していた。
無病息災と家内安全を祈る
神奈川県秦野市菖蒲の上地区 2015年1月9〜14日 道祖神行事「オンベ竹とまゆ玉飾り」 上地区公民館 子供たちと住民  上地区に伝わる昔ながらの小正月の伝統行事「オンベ竹とまゆ玉飾り」が1階ロビーに再現された。初日の9日には、市立上幼稚園園児18人が同館を訪れた、子どもたちは、郷土史研究家の前場芳雄さんから「役目が終わったダルマや正月の松飾りなどで舟形に飾りつけられたものがオンベ竹」などと説明をうけ、その後ピンクや黄色、黄緑など色とりどりの団子をコナラの枝に飾り、オンベ竹の仕上げをした。
   団子は、あらかじめ、この日のために地域住民、公民館関係者が朝から用意したもの。子どもたちは、台に上り高い位置にも団子を飾りつけた。飾りは、上地区で14日に行われたどんど焼きで焼かれ、無病息災や家内安全などを祈願した。
無病息災と家内安全を祈る
神奈川県秦野市西大竹地区 2015年1月8日 道祖神行事「石売り」 地区内の各戸 子供たちと住民  「石売り」は子どもたちが道祖神の石やお札を売って歩く小正月の伝統行事。明治時代中頃に始まったとされる。石を買った家では子どもに病気や災いが起きないとされており、毎年どんど焼きが行われる14日を前に行われている。
子どもたちは、年長の「大将」が引率して、地域の道祖神が彫られた石をリヤカーに載せ、家を一軒一軒を「こんにちは。石を売りに来ました」と訪ね歩く。石や手作りのお札を買ってくれた家には、お礼として小豆飯が入った「おひねり」を渡していく。同時にどんど焼きで焼く正月飾りの回収も行う。石は家に供えられた後、どんど焼きが終わるとまた子どもが取りに行き、元の場所に戻す。
 地域住民によると、村人を疫病から守るとされる道祖神の石を一時的に預かることで、その家の無病息災がかなえられるという。
無病息災と家内安全
神奈川県小田原市矢作(やはぎ)
 
1月10日
どんど焼き 矢作道祖神場 地域住民

 会場中央に積み上げられた正月飾りや門松、しめ縄、だるまなどに点火してどんど焼きを行う。祭りばやし保存会の小学生による太鼓が打ち鳴らされる中、書き初めを火に投げ入れて習字の上達を願ったり、家から持ち寄った色とりどりの米団子を残り火で焼いて1年間の健康を祈願した。
 地元の住民が作った道祖神の名入り小田原ちょうちん(高さ1・2メートル、直径約50センチ)も飾られ、行事を盛り上げた。

無病息災
神奈川県横浜市栄区田谷町
 
1月14日



 
どんど焼き


 
道祖神場



 
地元農家の子供たち。最近では参加者が減少している。  門松やしめ縄などの正月飾りを燃やした後、残り火を使って大人や子供たちが木の枝の先に付けた紅白と緑の三色の団子を焼いて食べる。子供たちが書き初めを焼いたり、大人には御神酒が振る舞われる。   
神奈川県横浜市栄区
 
2014年1月9日



 
繭玉飾り


 
本郷ふじやま公園の古民家



 
来園者  繭玉飾りは、その年の養蚕や豊作を願って小正月に各地で行われている行事。繭を模して丸めた餅を枝に付けるのが一般的だ。同園では開園以来、子どもたちの健やかな成長を願って、ウサギなどをかたどった「つるし雛」とともに、布で作った繭玉を飾り付けている。 養蚕や豊作を願う
神奈川県横浜市都筑区見花山

 
平成15年1月12日


 
2003どんど焼き IN MIHANAYAMA かりん公園


 
地域住民



 
 町内から持ちこまれた正月飾りや書初めを勢い良く燃やす。その後もちつきをしてお雑煮、あんころ餅、きなこ餅、からみ餅、甘酒等をふるまい、子供達は独楽回しなどの古来のゲームや射的、紙飛行機などを楽しむ。 町内の幸福と発展を祈願


 
神奈川県横浜市 平成15年1月11日 どんど焼き 海の公園 地域住民  住民が正月飾りを持ち寄り、焚きあげる。高さ6-7mほどの青竹を柱にした3基の山を焼く。  
神奈川県中郡大磯町
1月14日夜 大磯の左義長(国の無形民俗文化財) 大磯海岸 地域住民  大磯の左義長はセエノカミサン(塞の神・道祖神)の火祭り。「左義長」の名は、明治時代後期に大磯に居を構えた伊藤博文の側近によって使われ始めたといわれる。地元(港周辺)では「左義長」ではなく、「セエトバレエ」「ドンドヤキ」「ダンゴヤキ」などの呼び名が一般的だという。
 祭事は、町内の「下町」に七つある道祖神の小正月の祝祭。前年12月8日に子どもたちが地域の各戸を回り、子孫繁栄を祈る「一番息子」という行事から始まる。正月11日の早朝に松買いをし、13日までオカリコ(御仮籠)といって子供たちがオカリヤ(御仮屋)に籠もる。この間、人々はナナトコマイリ(七所詣り)といって、七カ所の塞の神(セエノカミ)を拝んで回る。14日夜、サイト(セエト)に火が付けられ、裸の男衆が綱を引き合う「ヤンナゴッコ」までの一連の行事を「左義長」という。
 14日の朝、大磯北浜海岸には地域の人たちが「斎灯(サイト/セエト)」と呼ばれる竹やわらでできた高さ約8メートルほどのやぐら9基を設置し、町民らが持ち寄った正月飾りや書き初め、だるまなどの縁起物が結わえ付けられた。午後7時、サイトに一斉に添加された。サイトが燃え上がったころ、海に入った青年たちと陸側の子供たちとの間で、豊漁を祈念する「ヤンナゴッコ」という綱引きが行われる。
 2014年には1月12日に行われ、祭りに先立ち12月9日〜11日、地元の人たちは大磯の下町7カ所の「セエノカミサン」に参り、さい銭をあげて一年の健康を祈る「ナナトコマイリ」を行った。その3日間に行われる行事で、下町町内の子どもたちが歌い踊りながら家々を訪問して商売繁盛を願う行事「オカリコ」なども同時に行われた。
 しかし、新聞報道によると、2014年5月、地域住民の話し合いにより、祭事の規模縮小と観光客への大々的な告知をしないことを決めた。原因は地域住民の高齢化と世帯数の減少で、労力的にも財政的にも大掛かりなサイトを立てるのが困難になったためという。毎年サイトの材料費などに約200万円かかり、県や町の補助金約40万円を受けても、各戸から1千〜6千円を徴収しなければ足りないという。2014年には、大磯左義長保存会が大磯限定のお酒「大磯左義長」を販売したが、左義長のための収益金は10万円にとどまったという。
無病息災。左義長の火で焼いた団子を食べると風邪を引かないといわれる。
神奈川県鎌倉市 1月15日早朝 左義長神事 鶴岡八幡宮 宮司、参拝客  神事の後、注連飾りを積み上げたやぐら2基を燃やす。参拝客は団子を焼いて食べる。  
神奈川県相模原市田名 1月 どんどん焼き 上田名幼稚園広場 半在家自治会の主催、地域住民  しめ飾りなど正月飾り、だるまなどを広場の中央に積み上げて、燃やす。火勢が弱くなると、参加者は木の枝や竹ざおの先につけたもちを焼いて、食べた。
 自治会婦人部が作ったとん汁も振る舞われ、参加者らは伝統行事を通じて交流を深めた。
今年一年の健康を願う
神奈川県足柄上郡山北町山北 2013年1月13日 道祖神祭どんど焼き 山北地区 山北連合自治会の主催。「庭」と呼ばれる地縁組織の住民総勢約400人が参加する。  山北の道祖神祭は、花車6台、みこし3基が町内各地を巡るという県西地域でも珍しい伝統行事。
 山北連合自治会によると、大正初期から続く子どもの成長や無病息災を祈る行事で、成人式に合わせて開催されている。
 山北町には、「庭」という地縁を中心とした組織があり、全10庭のうち9庭が花車やみこしを出す。主に大人が担ぎ手などになり、それに乗った小学生らが町指定無形文化財の「川村ばやし」を演奏する。
 12日の前夜祭でどんど焼きが行われる。
 2013年は花車6台、みこし3基が、それぞれの庭を回った後、午後1時にJR山北駅に集結。室生神社、樋口橋、萩原地蔵尊の順で同駅に戻る約5キロの「東ルート」を約5時間かけて回った。
 それぞれの花車には、赤や白、黄、青などの色とりどりの花飾りが取り付けられている。
 夕暮れ時には花ぐるまには約100個のちょうちんがつるされた飾りに付け替え、宵闇にちょうちんが浮かぶ光景が見どころ。
伝統文化を通して地域の人が交流し、子どもの成長や無病息災を祈る
神奈川県 南足柄市和田河原地区 1月14日 どんど焼き 大芝原道祖神前の駐車場 氏子一同(100軒)  このどんど焼きはクヌギの木の枝にだるまを飾り、燃やすのが特徴。少子化や学校時間の関係で行事は大人が先行して行うようになってきたが、昭和30年代頃までは子どもが中心の行事だったという。
 昔のやり方では、大将になった子どもが、暮れの大掃除で使った煤払いの竹で、道祖神の頭を叩き大人から頼まれた願いごとなどを祈願した。また、『まいこんだ、まいこんだ、福の神がまいこんだ』と歌を歌いながら、氏子の家々を回りお賽銭などをもらったという。
 
神奈川県葉山町 1月9〜14日 葉山のどんど焼き 町内各地 地域住民  葉山のどんど焼きは、新年の門松、お飾りや古いお札を焼いて1年の無病息災を祈る習わし。1月9日から14日にかけて、午前中に海岸の砂浜で行われる。
1月9日9:00〜 三ヶ浦町内会どんど焼き 場所:三ヶ浦海岸
9日9:00〜  諏訪町どんど焼き 場所:諏訪町下海岸
10日9:00〜11:00 一色海岸どんど焼き 場所:一色海岸
10日10:00点火〜11:30頃まで 鐙摺どんど焼き 場所:鐙摺小浜海岸(あぶずりこばまかいがん)
10日 長者ヶ崎どんど焼き 場所:長者ヶ崎海岸
1月11日9:00〜 10:30   御霊神社どんど焼き 場所:長柄 御霊神社
1月14日8:00〜 森戸神社 左義長神事 場所:森戸神社境内
(この項NPO法人葉山まちづくり協会)
 
東京
東京都羽村市、福生市、狛江市、大田区 1月14日
(2007年)
多摩川のどんど焼き 多摩川河川敷の宮の下運動公園、かに坂公園、多摩川緑地グラウンド、矢口の多摩川大橋 地域住民  ワラや竹でつくったやぐらのもとに、松飾り・しめ縄・書き初めなどを持ち寄って燃やす。その火で焼いた餅をや団子を食べる。
 書き初めを焼いたとき、高く上がると字が上手になるという。
無病息災を祈る
東京都狛江市 2015年1月11日
(2007年)
多摩川のどんど焼き 多摩川緑地公園グラウンド脇 地域住民約千人  松飾りやしめ縄、正月飾り、書き初めの紙などを持ち寄り、カヤで作った円すい形の小屋(どんど)に積み上げて燃やし、今年一年の無病息災を願う。どんどの大きさは幅約5メートル、高さ約8メートル。
 1986(昭和61)年にボーイスカウト狛江第1団が小足立児童グラウンドで野営行事を兼ねてどんど焼きを行ったのをきっかけに、ボーイスカウト狛江1団、3団、5団により構成される「狛江ボーイスカウト連絡協議会」の主催で開催するようになった。どんどに使うカヤは前年12月までにボーイスカウト所属の子どもたちが多摩川河川敷から刈り取り、束ねて縄で縛り乾燥させておく。祭り前日には竹で作った骨組みの上にカヤをかぶせ、完成後は空洞となっているどんどの中で鍋を食べながら一晩を過ごす。
 どんど焼き当日は午前10時に点火する。残り火で、各自持ち寄った餅やスルメなどを焼いて楽しむこともできる。
無病息災を祈る
東京都北区赤羽西5丁目
 
2014年1月11日  どんど焼き「繭玉団子飾り」 北区ふるさと農家体験館
 
小学3年生から6年生までの子ども7名と保護者ら6名
 
 「繭玉団子」は、繭の形に丸めた団子を柳の枝に飾り付け、農作物・養蚕の豊作や無病息災を願う縁起物。ふるさと農家体験館では、子どもたちに日本の伝統や地域の歴史・文化を学んでもらおうと、かつて浮間地区で行われていた年中行事の体験教室を実施している。
 子どもたちは、上新粉にぬるま湯を加えてこねつけ、生地を耳たぶくらいの硬さにした後、せいろで蒸し、さらにこねてから食紅で色を付けていった。生地を小さくちぎって丸め、赤・緑・白の3色の団子が出来上がると、次は飾り付け。団子を繭の形にかたどり、古民家の大黒柱に結び付けた柳の枝に飾り付けた。
 子どもたちは「お花が咲いたみたい」と嬉しそうな歓声をあげながら作業をすすめ、最後に枝の先にキンカンを刺して繭玉団子飾りが完成した。
養蚕の豊作や無病息災を願う
東京都羽村市

 
1月15日
午前8時神事、午前8時半おたきあげ

 
どんど焼き 宮ノ下グランド子ども広場
 
地域住民と子ども。主催は羽村市青少年対策西地区委員会

 
 広場に男塚、女塚、子供塚の計4基を父親と男子が一緒に作る。塚は竹の骨組に杉の葉、つげの葉、竹の葉で飾り付ける。塚とは別に竹で「おんべ」を作る。
 母親と女子は同じ日に紅白の「まゆ玉」作りを行う。併せてまゆ玉を樫の木の枝に刺した「まゆ玉飾り」を作る。これはどんど焼きの当日200円以上で縁起物として販売される。
 
東京都日野市高幡地区 1月14日(2007年) どんど焼き 浅川河川敷 市立潤�小学校の児童が参加する「浅川潤徳水辺の楽校(がっこう)」  竹の先につけた餅を焼いて伝統行事を楽しんだ。楽校の活動の一環として、40年ぶりに地域の行事を復活した。中断していたのは、どんど焼きができる田畑がなくなったため。会場を河川敷に変えて復活した。  
東京都あきる野市雨間 2011年1月15日 どんど焼き 市立南秋留小学校わきの田んぼ 地区住民と同小学校児童  正月のしめ飾りやだるま、書き初めなどを焼くどんど焼きが行われた。PTAや地元有志らが実行委員会を組織し、30年以上続く行事。
 校庭西わきの田んぼには高さ約10mのやぐら3基が設けられ、正月のしめ飾りやだるま、書き初めなどを積み上げた。約2000人が見守る中、いっせいに点火された。その後、おき火で焼いた手作りの団子や汁粉などを楽しんだ。

 

 
東京都町田市

 
1月10日
(2010年)
 
だんご焼き 熊野神社境内
 
地域住民(町内会主催)

 
 午後3時ごろから神社境内にて長い竹ざおの先に鉄製の三叉に分かれた金具のついたものに団子を差し、住民の持ち寄った正月飾りなどを燃やす火の上で焼く。団子は婦人会によって用意され、境内の一角には繭玉飾りが飾られる。繭玉飾りは団子とみかんを差したもの。団子といっしょにお神酒や豚汁もふるまわれ、大勢の人でにぎわう。
 『高ヶ坂第一町内会60周年記念 誌』によると、もともとは14日の行事だったようで、戦前ま では豊繭を祈る行事であったと記されている。
 (地元のFさんから情報と写真提供がありました。感謝です。)
 
東京都世田谷区鎌田

 
2010年1月17日午前10時半〜

 
どんど焼き 多摩川河川敷(二子玉川緑地運動場ピクニック広場)
 
鎌田南睦会 どんど焼き実行委員会

 
 広場では中心に「オンベラ棒」と呼ばれる三間半(約6.3m)から四間(約7.2m)ほどの太い竹を立て、上方の九尺(約2.7m)をぎっしりと縄で縛り下方を裂いて円すい形に広げて丸太の杭で固定する。竹の周りをわら、笹などで葺(ふ)いて、小屋がけする。棒の先にだるま・熊手・お札等を結び付け完成する。
 地域住民は繭玉団子や餅を持参して、どんど焼きの火で焼いて食べる。
 2011年には1月16日開催され、竹や河川敷のカヤで高さ約10mものやぐらを組み、家族連れらが持ち込んだ門松やしめ縄などの正月飾りを燃やした。地元町会の親子連れら約1200人がどんど焼きの残り火でもちを焼いて食べ、今年一年の無病息災を祈った。
 餅を焼く竹ざおと餅は主催者が無料配布している。子どもたちは長さ約4mの竹ざおの先にもちをつるし、残り火で焼いて味わった。
 以前は地域ごとに畑などで燃やしていたが、20余年前から世田谷区鎌田1〜2丁目、3丁目と宇奈根1丁目の住民らで構成される自治会「鎌田南睦(みなみむつみ)会」が河川敷で催している。
 
東京都台東区浅草 2010年1月8日 鳥越神社とんど焼き 鳥越神社 地域住民、観光客  七種粥のお祝いとともに正月行事をすませた家々では、お正月飾りを取り払う習わしになっている。鳥越神社では、江戸の風習にしたがって、この七草あけの8日に〆飾り、古いお札等を焼く、トンド焼きを行う。とんど焼きの火によってお正月様(歳神様)をお送りする新春のめでたい行事。
 この火で書初めの清書を燃やして高くあがれば、字が上手になるとか、餅を焼いて食べると、一年中疫除の呪(まじない)になるとされる。
 お焚き上げの火や煙には、歳神様の力によって、1年間の様々な災厄を祓い清める力があるとする。
 2010年には朝から氏子たちが約2000本ののしめ縄を持ち寄った。近所の子どもらが、竹ざおの先にもちをつるして焼き、今年1年の無病息災を祈った。
その一年中無病息災を祈る
千葉
千葉県栄町 1月14日 どんど焼き  栄町竜角寺の体験博物館、県立房総のむら 事前予約した外国人を含む参加者  どんど焼きは、千葉県内の地域によって大火焚(た)き、お飾り焚き、上り正月など、さまざまな呼び名がある。
 どんど焼きは、「房総のむら」の人気演目。しめ縄や松飾りなどの正月飾りを中心に4m以上に積み上げ点火、勢い良く燃え上がり竹のはぜる音が会場に響いた。その後、参加者は、房総のむらでついたもちを竹ざおに刺し、おき火にかざし、焼きたてを食べた。
 
千葉県香取市 2013年1月16日 神事「星鎮祭」 香取神宮 神職役の烏帽子に直垂(ひたたれ)姿の射手4人  星鎮祭は同神宮の祭神、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)が国を治めた際、最後まで抵抗した星の神を名乗る天香々背男(あめのかがせお)を討伐した言い伝えに由来。
 経津主大神の功績をたたえるとともに、星の神の霊を鎮めるために毎年同日に行っている。
 神職役の烏帽子に直垂(ひたたれ)姿の射手4人が2人1組となり、大的を目掛けて矢を放ち、砂で作った星塚の四方に竹串を刺して星の神の霊を鎮めた。
経津主大神の功績をたたえるとともに、星の神の霊を鎮める
千葉県船橋市


 
1月13日


 
どんど焼き

 
古和釜中学校校庭

 
松が丘連合町会主催、地域住民
 
 骨組みは竹を使い、スポーツ健康大学OBや体育指導員たちの手で朝から作る。。そこに、住民が持参するしめ縄やお飾り、だるまなどが積み上げられ、5mほどの高さになる。中学校の校庭で行われた松が丘地区のどんど焼きは2015年を最後に中止されたという。  
 
千葉県館山市茂名地区
 
2016年2月20日
国の重要無形民俗文化財「茂名の里芋祭り」

 
茂名地区の持ち回り当番宅、十二所神社

 
神社氏子、地域住民
 
 里芋祭りは、春先に一年の豊作や無病息災を祈願する旧小正月行事で、里芋を用いて作られる全国でも珍しい神饌(しんせん)が奉納される。国の重要無形民俗文化財に指定されている。19日夕、今年の当番宅に、各戸からふかした里芋を持ち寄り、ハギの枝に刺して30センチほどの高さまでかごに積み上げて、神饌に仕立てた。
 20日は午前10時半ごろから、里芋を入れた2つのかごを担いだ住民は、小雨の中、神官を先頭に山腹の神社まで運び上げ、おはらいの後、里芋は各家庭に配分された。21日に「オコモリ」と呼ばれる主婦の慰労会が開かれ、祭りは幕を閉じた。
一年の豊作や無病息災を祈願する
千葉県柏市船戸  1月20日直前の日曜日
 
市指定無形文化財「船戸のおびしゃ」  船戸会館
 
氏子、住民
 
 「おびしゃ」は関東地方、特に千葉県に多く、もとは弓を射て的に当てることで、その年の豊穣を祈る行事。船戸のおびしゃは、元和年中(1620年頃)から始まったとされ、天保7年(1836年)から毎年1月20日に行われるようになったという。「船戸のおびしゃ」では、現在は的射は行われていないが古い形態を持つ踊りとして貴重な存在とされる。
 かつては「天満宮」で神事を行い、その後4区域の旧家4軒で踊りと酒宴が行われていたが、大正7年(1918)からは、「医王寺」で神事・踊り・酒宴が行われるようになり、平成6年からは 「船戸会館」で行われるようになった。おびしゃの神事でお祓いと祝詞奏上が終了すると、余興として最初に行われるのが「三助踊り」です。次に「三番叟」が舞われ、最後に「おかめ踊り」が登場する。おびしゃは、新年に当番を交代し、氏子当番の人たちが準備に当たっている。(この項千葉県柏市ホームページなどによる)
 
 
千葉県船橋市


 
1月7日


 
田喜野井、三山のオビシャ

 
田喜野井の子神社、三山の二宮神社

 
氏子、住民
 
 オビシャは年頭に行う弓射ち、または輪番のヤドによる神の受け渡しの行 事が中心で、「お歩射」「お奉謝」「お備社」などの字を当てる。弓射りを行う船橋市のオビシャは市内では三山、田喜野井、古和釜、八木が谷の4ヶ所。的の中央には“鬼”“虫”などの文字を記す。“鬼”は悪疫・悪魔など邪悪 なもの、“虫”は田畑の害虫などを指し、的を射抜くことでムラの平和と作物の豊作を祈願する。
 
 
埼玉
埼玉県東秩父村 2015年1月15日 「削り花」作り講習会 東秩父村の「ふるさと館」 地域住民7人  「削り花」は小正月の時期に神棚などに飾る縁起物。伝統文化を絶やさないようにと村の公民館が主催した。
 削り花の講習ではニワトコの木を材料に、木の表面を一定間隔で鎌で薄く削って花のように仕上げる。豊作などの願いを込め、県内では主に養蚕が盛んな地域で飾られている。
豊作、養蚕の繁盛
埼玉県児玉郡児玉町児玉 1月12日 どんど焼き、道祖神祭り 小山川河川敷 地域住民や新成人。地元の大久保青年会が主催し、町観光協会や商工会などが協力  どんど焼きに使うやぐらは、高さが約12m。中心にアカシアの木を立て、12本の竹を円すい形に組み、松の枝と葉、ヒバなどでふいた。
 午後3時すぎ、八幡神社の宮司が祈とうを行って祭事がスタート。祈とう後、やぐらの周りから火が付けられ、勢いよく燃え上がった。しめ縄や松飾り、古くなっただるまなどが持ち寄られ、祈とうの後に燃やされた。
 大久保青年会会長は「どんど焼きは昔ながらの伝承に基づいて行っている。繭玉飾りやニワトコの木で作った花かきもみんなで持ち寄った。年々祭事が盛況で見学者も多くなっているのがうれしい」と話していた。会場には消防車が待機し、豚汁や甘酒、焼き芋のサービスも行われた。
 参加者には家内安全、悪疫退散、交通安全と書かれた「道祖神御守護」が配られた。
家内安全、悪疫退散、交通安全
埼玉県小鹿野町藤倉馬上(もうえ)地区 2010年1月14,15日 クダゲエ(筒粥神事) 諏訪神社 氏子  地区の30戸程の氏子たちが守り、伝承している小正月の行事。14日夜、約10cmに切りそろえた篠竹45本を楮(こうぞ)の細縄ですだれ状に編み、米と水を入れた大鍋に入れ、囲炉裏で炊き上げ、木のわんに入れて神前に供えた。15日午前8時過ぎ、拝殿に日が当たり始めたのを合図に、長老らが篠竹の束をほぐし、1本ずつ割って内側の湿り具合を調べ、12カ月の天候と30種の農作物、雨、風、大世(おおよ)の吉凶を占った。本年の農作物の作柄はよいと出たが、社会情勢の大世は、あまり良くないと出た。
五穀豊穣
埼玉県日高市 1月9日 繭玉を飾る催し 市立高麗川公民館 高麗川地区老人クラブ連絡協議会会員と市立高麗川保育所の年長園児  老人クラブの会員が園児に繭玉作りを教えた。繭玉は団子を木の枝に刺して作る。日高周辺では養蚕農家が激減し、繭玉を伝える機会も少なくなっている。
 園児は紅白の米の粉を丸めて直径約二センチの団子にし、アドバイスを受けながら高さ約2.5mのコナラの枝に飾った。老人クラブ会長は、「繭玉は後世に伝えなければ自然消滅するかもしれない。孫に昔の風習を教える感覚で続けたい」と語った。
繭の豊作を願う

【東海】
旧暦の年中行事が多く残るので9日、地域独特の小正月のお飾り「削り花」の製作体験講座が開かれた。   小塩さんは「削り花を見ないと正月になった感じがしない。多くの人に作ってもらいたい」と話した。  
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
静岡
静岡県静岡市 2014年1月12日 どんど焼き 市内の各所 地域住民  どんど焼きはこの日、市内の各所で行われた。駿河区の大谷海岸では、大谷町内会が実施。近隣の住民約500人が参加。無病息災と地域の安全を祈った。
 竹や和紙、新聞紙などで作った高さ10mの円錐の塔「おんべら」を海岸に設置。持ち寄った正月飾りを周りに積み上げ、一斉に点火した。竹竿に鏡餅やミカンを付けて、残り火で焼いて食べた。
無病息災と地域の安全を祈った
静岡県伊豆の国市 2013年1月21日〜3月10日 イベント「まゆ玉の里」 伊豆長岡温泉 観光業者、観光客  会場となる同市のホテルサンバレー伊豆長岡では、地域の女性でつくる「まゆ玉の会」のメンバーや市観光協会の職員らが、蚕の繭をかたどった白い玉や色とりどりの人形をつけた竹約25本を次々と運び込んだ。
 同協会によると、温泉周辺ではかつて養蚕が盛んに行われていて、豊作の願いを込めてまゆ玉を飾る風習があったという。
 伊豆長岡温泉ではおもてなしという言葉を中心にすえ、基本に立ち返った観光キャンペーンを行うことになり、住民が自ら観光客の皆様におもてなしという言葉をどう伝えるのか、そんなことを考えたとき、まゆ玉飾りを復活させることになった。
 近年は観光協会が旅館のおかみや芸妓衆から着物の提供を受け、まゆ玉を製作している。会場では、「まゆ玉飾りの展示」のほか、「まゆ玉販売」や、「まゆ玉作り体験」も行う。
 展示は21日から3月10日まで。入場無料。
 
静岡県富士市・沼津市周辺  1月14日
 
どんどん焼き
 
 
 

 

  
 
 
静岡県御殿場市 1月14日
 
さいと焼き(さぎちょうともいう)
 

 

 
御殿場在住のK様から、さいと焼きで燃やすやぐらのことを地元では「おんべ」と呼んでいることを情報提供してくださいました。メール連絡ができませんので、この欄で御礼申し上げます。
 
 
 
静岡県御殿場市 2014年1月8日
 
小正月の風習「お宝の木」づくり
 

市立高根小

2年生の児童
児童が養蚕が盛んな時代の小正月に作られた宝の木づくりを体験した。
 
豊作を願う
 
静岡県伊東市 2015年1月6日 どんど焼き
伊東オレンジビーチ

地元住民と子ども
伊東オレンジビーチには地元の住民が正月飾りやだるまを持ち寄り、子どもたちが飾りの山に点火して燃やした。どんどの火で、子どもたちは書き初めの半紙などを丸めて作った「おんべ玉」を燃やした。子どもたちは浴びると願いがかなうと言われる「おんべ玉」の灰を体に浴びたり、竹竿に付けて焼いたお餅を食べたりして健康を祈った。
 
ことし1年の無病息災や学業成就を祈願する
静岡県掛川市
 
1月13日
 
どんどん焼き
 
上西郷の美人ケ谷公民館
 
地域興しグループ主催、地域の子供や高齢者   門松や正月飾りを持ち寄りドラム缶で燃やす。子供たちは用意されたもちを竹くしに刺して焼き、食べる。
 
ことし一年の無病息災を祈る。
 
静岡県浜松市天竜区水窪町 2016年1月9日
 
小正月のお飾り「削り花」製作体験講座
 

交流施設「田楽の里」

2年生の児童
 削り花は直径1.5cm前後のコメやクルミの枝を小刀でそいで幾重にもひだを作り、花弁のように広げて花の形に整えた地域独特の小正月のお飾り。1月半ばから約1カ月、五穀豊穣などを願って家の中に飾られる。
 講座では同町の小塩勉さん(84)が講師となって、地元住民約30人が参加。枝に対して刃をななめに入れてひだを反らせ、花びらの自然な動きを表現するなどの技を学んだ。今では、小正月に削り花を飾る家は町内で4、5軒ほど。70代中心の講座参加者でも初めて作るという人がほとんどだった。
五穀豊穣を願う
 
静岡県森町 2013年1月11日 どんど焼き 三倉小学校 全校児童14人  園児7人も加わって正月飾りや書き初めを持ち寄り、住民の協力で組み立てられたまきに向かって放り込んだ。
 みんなで手をつないで火を囲み、1年間の健康も祈願した。最後は餅を焼いて食べた。
1年間の健康
静岡県森町一宮 2011年1月16日 どんど焼き祭 小国神社 地区住民  正月飾りやお札など正月飾りなどを持ち寄った参加者は、長さ3メートルほどの竹の先に餅をつけて焼いて食べた。無病息災を祈った。
無病息災
静岡県富士宮市上井出
 
1月13日
 
どんど焼き
 
富士ミルクランド
 
地域住民、観光客  日本に残る風習を後世に伝えようと同ランドが初めて企画した。職員や住民らが持ち寄った門松やしめ飾り、お札、だるまなどを積み上げ、燃やした。火がおさまると、竹の先に付けたもちを火にかざし、「一年間、健康にすごせますように」との願いを込めて焼き、その場で食べた。 無病息災
 
愛知
愛知県名古屋市西区稲生町 2016年1月10日 左義長 伊奴神社 地域住民、参拝客  左義長(どんど焼き)は、参拝客がしめ縄、古い神札や御守を神社に持参し、焚き上げる。焼納の浄火で焼いた餅を食べると、一年間無病息災で暮らせると言い伝えられている。 1年の無病息災
愛知県大府市横根町 1月12日朝 左義長      高さ6〜7mの青竹を約30本束ねて立て、周囲にわらを積み上げた。しめ縄や門松飾り、お札などを置き、午前6時ごろに火が付けられると、火柱が高く上がり、夜明け前の空を染めた。
 火勢が衰えた後は、餅焼きを行い、「この1年健康に」という願いを込めて鏡餅などを焼いた。
この1年健康を祈願
愛知県大府市長草町 2016年2月21日 「どぶろくまつり」 長草天神社境内 氏子、参拝客  「どぶろくまつり」は、500年以上前から続くと言われる。どぶろくは長草地区の6組の氏子が、毎年交代で酒元となり仕込む。今年は前屋敷組が担当し、1月中旬から仕込みを始めて、約650リットルを造った。このどぶろくを飲むと、1年間無病息災で暮らせるという言い伝えがある。
 この日は、外国人も交えて、大勢の参拝客が訪れ、杯にどぶろくを注いでもらい、1年の健康を祈願しながら飲み干した。境内には赤い顔をした想像上の動物「猩々(しょうじょう)」も登場し、子どもたちの頭を竹刀でたたいて「福」と「徳」を授けた。
この1年間の無病息災
愛知県豊田市武節町 2016年1月11日 どんど焼き どんぐりの湯 東側田んぼ    豊田市稲武地区の小正月伝統行事。お正月に飾った門松・しめ縄・破魔矢や書き初めを持ち寄って「どんど焼き」をします。その火にあたったり、お餅を焼いて食べると『一年の無病息災』が叶うと伝えられている。 1年の無病息災
愛知県稲沢市 2016年2月20、21日 国府宮はだか祭 尾張大国霊(おおくにたま)神社(国府宮)    国府宮はだか祭は、正式には同神社の「儺追神事(なおいしんじ)」といい、毎年旧暦正月13日に行われる。2016年は2月20日にあたる。起源は、神護景雲元年(767年)に悪疫退散の祈祷を行うよう全国に勅令が出された際に、尾張国司が同神社で祈願したことが始まりと伝えられている。祭礼では、祈祷と神籤によって選ばれた神男(しんおとこ)に触って厄落としをしようと下帯だけの裸姿の男たちがもみ合う。
 はだか祭の20日には、8千人の裸男たちと8万人の参拝者が訪れた。神社発表によると、あいにくの雨のため、参拝者は昨年より12万人少なかったという。この日は裸男たちが儺追笹(なおいざさ)を奉納。午後5時すぎ、神男が参道に現れるという合図で、凍えるような雨の中を待ち構えていた裸男たちのもみ合いが始まった。今年の神男・池谷悟さんは喚声を上げる裸男たちに、揉まれ触れられ、人々の厄災を一身に受けて、1時間ほどで儺追殿にたどり着き、男たちの万歳と参拝者の歓声が境内にこだました。
 裸男たちが持つ「儺追布(なおいぎれ)」は厄払いのお守りとされ、参拝者がもらいうけて持ち帰った。
 はだか祭が終わって、翌21日午前3時に庁舎(ちょうや)で夜儺追神事(よなおいしんじ)が行われる。儺負人(なおいにん)となった神男に、天下の厄災を搗き込んだとされる土餅を背負わせ、御神宝の大鳴鈴(おおなるすず)や桃と柳の小枝で作られた礫(つぶて)にて追い立てて、境外へ追い出す。追い出された神男は、家路につく途中土餅を捨て、この土餅を神職の手により埋める事で、世の罪穢悪鬼を土中に還し、国土の平穏をもたらすとされる。
1年の無病息災、世の罪穢悪鬼を払う
岐阜
岐阜県岐阜市伊奈波通1丁目 1月17日昼
(2007年)
左義長神事 伊奈波神社境内 神社への参拝者  古いお札やお守り、しめ縄などの正月飾りを燃やす。昨年末から寄せられたお札などは5トントラックで2台ほどになった。一度では燃やせないため、3m四方を板で囲った場所で少しずつ燃した。
 最近は遺影や粗大ゴミなど神事とは関係ないものが持ち込まれ、神社側は困っている。
新年を無事迎えられたことを感謝する。
岐阜県海津町 1月12日 どんど焼き 駒ケ江地区の駒ケ江神社 自治会主催、地域住民  自治会が「どんど焼きで世代を超えた交流を」と企画。平成15年、40年ぶりに復活した。お年寄りらが二日がかりで組んだ竹高さ約6m、直径約5mを、正月飾りや書き初めと一緒に燃やした。
 主婦たちはぜんざいを作り、炎で焼いたもちを入れて皆で味わい、無病息災を祈った。熱かんのお神酒を竹筒に入 れてふるまった。
1年間の無病息災
岐阜県下呂市野尻地区 2011年1月12日 どんど焼き 地区の広場 地区住民  どんど焼きでは正月の門松やしめ飾り、古いお札などを焼く。子どもたちが、祭壇に供えられた餅を細長い竹の先に挿して焼いて食べ、家族の健康を祈った。

 

無病息災、五穀豊穣
岐阜県海津郡平田町今尾 2月11日 今尾の左義長、県重要無形文化財、400年前から継承 秋葉神社 地域内  青竹みこしを若者が町内を練りかつぎ、そこに火をつける。轟々と燃え上がる炎、その中を法被に白たび姿の若者が駆けめぐり乱舞する。 豊作と家内安全などを祈る。
三重
三重県四日市市東富田町 1月14日夜
(2007年)
どんど祭り 国道23号沿いの空き地 地域住民  100年以上前に大漁祈願の送り火として始まった。住民は祭事に先立ち1週間前からどんど作りを行った。竹15本とわら480束を円錐形に積み上げ、高さ9mのどんど15基を製作した。
 午後6時過ぎ、住民の代表が次々にどんどに点火した。火勢が弱まると、住民は持ってきた鏡もちを火に入れて焼き、食べた。
1年間の無病息災、大漁を祈る。
三重県伊勢市 12月31日 年越しのどんど火 伊勢神宮外宮、内宮、別宮 参拝客  伊勢神宮の外宮、内宮、別宮では、大晦日になると年越し参りの人々を迎えるため、かがり火が焚かれる。地元では、年越しの「どんど火」と呼び、人々は餅と焼き網を持参してお参りし、どんど火で焼いた餅を食べる。神宮では一般の参拝客にも「年越餅」が振る舞われる。どんど火で焼いた餅を食べると一年無病息災に過ごせるといわれている。
 神宮では、年越餅の由来について、古くから除夜、伊勢神宮の神苑大篝火で焼いて食べるお餅は、無病息災の奇瑞ありと伝承され、“年越餅”と呼ばれているという。
無病息災
三重県尾鷲市北浦町 2008年1月15日 どんど焼き 尾鷲神社 地域住民  市内外から正月のしめ縄を中心にお札や門松、鏡もちなどが持ち込まれ、境内で燃やされる。どんど焼きの煙に当たり、鏡もちを食べるとその1年は健康に過ごすことができるといわれる。  
三重県名張市美旗中村 2010年1月10,11日 どんど焼き 美旗中村農村公園 地域住民、美旗中村どんど保存会  伝統行事「どんど焼き」では、竹でつくった骨組みにわらを巻き付けた「どんど」を燃やし、その火にあたったり、正月飾りや餅などを焼くことで、健康や豊作を願う。
 美旗地区では地域住民が毎年、高さ約17m、10mの2本のどんどをつくっている。10年は9日に設置し、10日の午後7〜10時、小さい方のどんどを燃やす「宵どんど」を実施。甘酒や豚汁などが無料で振る舞われる。大きいどんどは11日の午前7時に点火する。
 美旗中村地区のどんど焼きは江戸時代に始まったとされる。少子高齢化で2005年に結成した「どんど保存会」が中心となり、大きいどんどは、竹12本を束ねて土台を作り、中心に長さ17メートルの竹を人の力で約7時間かけて立てたという。
 残り火で焼いた餅を食べると1年を健康に過ごせると言われ、参加者は長さ2mの竹に餅を刺し、家族分の枚数を焼いた。美旗中村どんど保存会では「家族の分だけ餅を焼いて食べると、1年間無病息災を期待できる」と新聞社の取材に話していた。
健康や豊作を願う

【北陸】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
富山
富山県宇奈月町下立地区 1月14日 左義長「おんづろこんづろ」
下立神社 地区住民  竹で高さ約7mの骨組みが作られ、わらをかぶせた中に、こどもたちの書き初めや地元住民が持ち寄ったしめ縄などの正月飾りを入れて、燃やす。
 火勢が収まると、もちとバターをアルミはくに包み、竹竿に針金でつるして焼いて食べる。「おんづろこんづろ」の名は、書き初めが舞い上がる様子を大ヅル、小ヅルに例え、それがなまったことが由来とされる。
無病息災や五穀豊穣。左義長の火で焼いた餅をたべると風をひかないという。
富山県利賀村 1月12日、14日 初午(はつうま)国の無形民俗文化財 利賀村上村地区 地区の大人と子供  初午は約180年前、当時の村の中心産業として栄えた養蚕の増収と豊作を祈願する小正月行事として始まった。児童数の減少などで衰退し、現在では上村だけに伝承されている。
 12日には小学生9人がわらで作った馬の踊りなどを地区の27戸で披露した。
 子供たちは住宅に入り、神主役の女子小学生が祝詞(のりと)を読み上げた後、「乗り込んだ 乗り込んだ お馬が乗り込んだ」という元気な歌と太鼓に合わせ、馬役の二人がわらの馬を操りながら軽妙に踊った。最後に、小学生が福俵を重そうに転がしたり、縄で引き寄せたりし、豊作を祈った。
 初午は14日も行われ、役場や事業所を回った。
五穀豊じょうや招福を祈願
富山県入善町上野地区(旧邑町) 2011年1月9日 国重要無形民俗文化財「塞の神まつり」
地区の境に立つ塞の神石碑前の田んぼ 地区住民や子どもたち  同地区の旧地区名から名付けられた「邑(むら)町のサイノカミ」として2010年3月に国重要無形民俗文化財に指定された。
 同地区では、塞の神まつりは、地区の境で村を守護する神様とされる道祖神の「塞の神」の祭りと、しめ飾りなどを小正月に燃やす「左義長」の両方が合わさった祭りと考えられている。
 塞の神まつりでは、地区の小学生が二人一組で二手に分かれ、最年長の児童が「オヤカタ」となって、墨で男神、女神の絵が描かれた拍子木を兼ねた一対の木製の人形「木偶(でく)さま」を胸に掲げ持って「さいのかみじゃ、おおかみじゃ」などと塞の神の唄を歌いながら、集落内の約120軒の家々を一軒ずつ訪問する。かつては男子児童だけで家々を回っていたが、少子化で近年は四年生以上の女子児童も参加している。
 各家庭の玄関先で木偶を打ち鳴らして訪問を知らせ、家の人が正月飾りと米や大豆、お金を手渡すと、子どもたちはサイノカミの唄を歌い、家内安全を祈願する。
 子どもたちが家々を回っている間、大人たちは地区の境に立つ「塞の神石碑」前の田んぼに青竹や藁で高く組まれた作り物を組み上げる。子どもたちは各家庭を回って集めたしめ飾りや書き初めと「でくさま」を、作り物の火で、灰になるまで燃やして、災厄を焼き払った。
 サイノカミは毎年1月の第2日曜日に実施する申し合わせとなっている。2015年は1月11日に行われた。 参考【塞の神の歌】(入善町公式HPによる)
さいのかみじゃ おおかみじゃ
じいにも かあにも ぼくぼくじゃ
らいねんもきゃ じゅうさんじゃ
にょうぼう うんだら しょうぶした
おとこうんだら そ そ そだて
 
石川
石川県金沢市 2014年1月13日、15日 左義長 市内の神社 参拝者  左義長は、1月15日の小正月に行われていた宮中行事で、正月飾りなどを焼くことで、1年間の無病息災を願う。最近は参拝客が訪れやすいように直前の日曜日や祝日に行う神社も増えている。
 金沢市の尾山神社では、時折、雪が降る中しめ飾りや古いお札、書き初めなどを持った人が訪れ、無病息災や字の上達などを願って火の中に投げ込んだ。尾山神社では小正月の15日にも午前7時から左義長を行った。
1年間の無病息災を願う
石川県かほく市瀬戸町 2014年1月13日 「柿の木いため」 町内の畑 地域の小学生13人  「柿の木いため」は、特産の紋平柿(もんべいがき)の豊作を願う奇習。傷を付けた木に餅を付け、ぜんざいの汁を塗り込むなどし、豊作を願った。
 同所の農業��さん(75)が「(柿が)なるか、ならぬか。ならねば切って燃やすぞ」と脅かすように木に語り掛け、なたで幹の皮を削り取った。木の精に成り代わった児童が、燃やされては大変と「なります、なります」と叫びなが ら木の周囲を駆け足で回った後、6年生の女子が木をいたわるように傷口に餅を付け、ぜんざいの汁を塗り込んだ。
特産の紋平柿の豊作を願う
石川県河内村 1月20日 左義長 小学校 全校児童、地元住民 竹やわらと書き初めを燃やす。もちや芋を竹や針金にさして焼いて食べる。  
石川県鶴来町 1月15日 左義長祭 白山比�神社 地域住民  左義長祭ははじめに拝殿で、神官がヒノキの台木にビワの棒をこすって忌火(いみび)をおこす神事が行われた。同町鶴来、北辰中の二年生九人が忌火を移したたいまつを手に持ち、北参道駐車場に青竹で組み上げられた高さ約十メートルの「どんど」に点火した。
 「どんど」は参拝者らが家庭から持ち寄った正月のしめ飾りや旧年の縁起物、書き初めの書が積み上げられたもの。
今年一年の無病息災や書の上達を祈った
福井
福井県内各地 1月15日(2015年は1月11日に実施) 左義長 県内各地 地域住民 左義長は小正月の火祭で、住民が正月飾りを持ち寄り、燃やす伝統行事。 一年間の無病息災を祈る
福井県小浜市小浜塩竈(しおがま) 2014年1月13日 どんど焼き 海岸 地域住民  塩竈のどんど焼きは、市内旧町の7区でつくる地域振興組織、小浜地区東部振興会が主催し、22回目。地域の住民が正月のしめ縄飾りや神社のお札などを持ち寄り、青竹や杉葉で作られた3m四方の井型でたき上げた。 一年の無病息災
福井県福井市下江守町 2011年1月16日(2015年は1月11日) 左義長まつり 同町内 左義長まつり奉賛会のメンバー  2011年には1月9日、小雨が降る中、左義長まつり奉賛会のメンバーら約60人が集まり、しめ縄や正月の縁起物などを焼く巨大な「飾り」を作り上げた。竹を組み、わらと縄で囲った飾りは高さ約8.5m、直径約5mのジャンボな円すい形。同町内の稲荷神社の宮司が神事を行い、無病息災を祈願した。
 2011年の左義長まつりは、左義長まつりは16日午前8時から行われ、点火式の後、お汁粉、甘酒なども振る舞われた。
   2015年には1月11日に行われた。町内の水田では住民ら100人が、持ち寄った正月飾りを燃やした。地元自治会員らでつくる奉賛会の主催で19回目。50人が青竹やスギの葉などであらかじめ作った円すい形の飾りに点火した。
無病息災
福井県勝山市 2月の最終土・日 勝山左義長祭り      勝山左義長の始まりは、勝山三町(袋田町・郡町・後町)が成立した17世紀はじめか、勝山町が町として発展をはじめる時期か、小笠原貞信が藩主として元禄4年(1691年)に勝山に入封し、城下町として成立する時期か、などの見方がある。
 勝山左義長では、各町内に御幣、松飾り(ご神体)が建てられる。また各家々の軒下から町中の通りに色短冊、絵行燈を吊るして、街中を色彩豊かに飾り立てられる。松飾りには、扇や紅白の房がついた三角形のヒウチ(火打)袋をつるす。ヒウチ袋はドンド焼きの前に外されて、区長と年番が持ち帰り、魔除けとして門口や玄関などに翌年まで飾られる。
 土曜日には、左義長ばやしが行われる。やぐらの上で三味線・鉦・笛、太鼓による「おはやし」では、女物の長襦袢を着た若者が「左義長太鼓」を打ち鳴らす。派手な衣装の男衆は、お囃子に合わせ、ひょうきんな踊りを繰り広げる。
 一連の左義長行事が終わり、松飾り、櫓、短冊等の後片付けも無事すんだ事を感謝する左義長本来の締めくくりの神事として「どんど焼き」が行われる。日曜日の夜、九頭竜川の堤防で、注連縄・門松・御札などを御神体の松飾りに取り付けて焚き上げる。燃え盛る「ドンド」の炎で家内安全・五穀豊穣の祈願をし、春を迎える。
家内安全・五穀豊穣
【近畿】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
滋賀
滋賀県高島市津町日置前 2014年1月10日昼
(2007年)
左義長 今津北小 全校児童112人と父母  1956年から58年続く小学校伝統の小正月行事。
 この日の天気は雪で、雪原となった校庭に組み上げた左義長は高さ約10m。青竹やヨシ、わらなどで作られ、授業での習作や書き初めなどがたくさんくくりつけられた。学年ごとの代表児童が全児童の前で「苦手の算数を頑張る」「人の話が聞けるように」「字を丁寧に書く」などと大声で新年の誓いを披露した。
 トーチで火が付けられると、児童たちは「大竹、小竹に松飾り どんどと燃えろ左義長。天まで上がれ、左義長」と唱和した。
 2015年は1月15日に行われ、各学年の代表2人がマイクを握って「今年の目標」を披露。続いて、竹や葦(よし)で組まれた高さ8メートルほどのやぐらに、火を入れた。竹には、「もち」「春の光」「光る海」など習字作品が結わえられ、火の粉と一緒に舞い上がるのをはやし立てた。この後、5年生が収穫したもち米で餅つきも行われた。 
1年の勉学などの誓いの達成
滋賀県近江八幡市江頭町、十王町 1月14日昼 (2007年)2014年1月11日 子供左義長 町内 幼稚園児から中学生まで約100人  毎年3月日牟礼八幡宮一帯で開かれる「左義長まつり」の子ども版。山車は9つの町内会ごとに作られる。冬やすみを利用して、子どもたちは青竹や赤色の紙で山車8基(2007年)を製作した。2011年には山車は9基造ったが、少子化の波で巡行は7基にとどまった。
 江頭町の町内では2本の竹で心棒を作った後、わら束や杉玉を取り付けた山車に、子どもたちが中心になって、赤や黄の長さ約1メートルの色紙で飾り付ける。
 祭事では、江頭町の日枝神社から十王町公民館までの1.4キロを「サギヤレ、チョウヤレ」のかけ声を上げて練り歩いた。
 2014年には、少子化の影響で山車をひく子供の数が年々減少。子供がいないため、大人だけで山車をひいた奉納町もあり、また8基のうち3基は地元町内を巡行しただけで、十王町まで巡行したのは5基だった。関係者らは「年々寂しくなるが、やめたら伝統行事が絶える。何とか対策を」と頭を悩ませている。
 
滋賀県近江八幡市宮内町 3月中旬の土日 国の無形民俗文化財「左義長まつり」 日牟礼八幡宮 氏子、地域住民、観光客  400年余りの歴史を持つ「左義長まつり」は湖国に春を呼ぶ奇祭として知られる。近江八幡では、豊臣秀次が八幡山城を築いて城下町を開いたのと同時に、氏神八幡宮の祭礼として定着したといわれる。近江八幡の左義長は、藁を1束ごとに揃えた約3mの三角錐の山車が胴体で、その上に数mの青竹に細長い赤紙や薬玉、巾着、扇などの飾りが付けられる。頭の上には「火のぼり」という御幣を付ける。
 左義長の中心には、「だし」と呼ばれる毎年の干支にちなんだ飾りものを付ける。「だし」は海産物や穀物等の食物で作り上げられ、コンクールで出来栄えを競う。
 土曜の午後、藁や杉などで作った高さ6mの左義長10数基が神社を出発する。揃いの踊り半纒を着て化粧した若者が、拍子木を持って赤い下駄を履いて「チョウヤレ」「チョウサヤレヤレ」「マッセ、マッセ」の掛け声をあげて、町内を御渡りする。翌日の日曜は、朝から各町内を練り歩き、午後8時頃から境内で順次奉火される。
===
平成21年の日程
3月14日(土)
13:00 左義長宮入り(13基勢揃い)
左義長だしコンクール審査
14:00 左義長渡御出発
(旧市内を練り歩く)
17:30 左義長渡御還行 日牟禮八幡宮帰着
だしコンクール審査発表、表彰式
18:00〜19:50 だし飾り(各町内 左義長宿)

3月15日(日)
10:30〜 左義長自由げい歩
14:00〜17:00 お祭り広場(日牟禮八幡宮一帯)に左義長集合
20:00〜22:40 左義長奉火(日牟禮八幡宮)
(5基一斉奉火後、順次奉火)火祭りはクライマックスとなる。
 
滋賀県彦根市戸賀町 1月14日 とんど焼き 八坂神社 氏子、地域住民  竹にわらをまきつけた高さ約三メートルの柱に火を付け、お札やしめ縄を一緒に燃やす。その後、小さく切った鏡もちに燃えるわらをかぶせて焼く。かゆやぜんざいに入れて食べる。350年前から受け継ぐ。 一年の無病息災を願う
滋賀県石部町 1月11日 鬼ばしり 長寿寺 地域の大人や子供  赤や青の鬼の面をつけた子供3人が、本堂の中を走りまわった後、やりや太刀を振りまわした。集まった約100人の住民は子どもに手を合わせ、厄払いを祈願した。
 奈良時代に始まったといわれる伝統行事。かつては数え15歳の少年が鬼の役を務め、成人式の役割も果たした。最近は子どもが減り、15歳に満たない子が鬼になる。
子どもが厄払いを祈願
京都
京都府京都市 1月15日 左義長神事(とんど) 市内の神社 地域住民  正月に飾った門松や書き初めをたきあげて、1年間の無病息災を祈願する。東山区の新熊野神社では、境内に長さ5mの笹竹を3本立て、しめ縄を巻き付けて左義長を作り、神火で炊きあげた。
 平岡八幡宮では境内で左義長や正月飾りを神火で炊き上げ、午前8時〜午後1時ごろまで神前の鏡餅を焼いて、「左義長餅」として授与した。
 京都府京都市山科区には「西野左義長町」という地名がある。
 市内の各神社では、「古神札・しめ縄焼納祭」として正月飾りをたきあげた。
無病息災を祈る
京都府亀岡市余部町 2014年1月13日 とんど焼き 走田神社 氏子と地域住民  神社の境内では、氏子や近くの住民が持ち寄った正月飾りや同神社の絵馬、書き初めなどが積み上げられた。宮司によるおはらいの後、点火された。書き初めは燃え残りの紙が高く舞い上がるほど書道の腕が上達するとされることから、書道作品を手にした子どもたちの姿も目立った。参拝者にはイモ煮の振る舞われた。 無病息災を祈る
京都府京都市上京区大宮通一条上ル
1月15日 どんと焼きと小豆粥  冨田屋(とんだや)。
国の登録有形文化財として西陣独特の京町屋の様式を残している。
予約客

 京都西陣では、正月の松のとれる15日に「どんと焼き」を行い、小豆粥をいただく行事が行われる。
 宮廷行事に始まったどんと焼きは、お正月の飾りを焼いて無病息災を祈る行事として庶民に定着したといわれる。14日の夜にはずした正月のお飾りを、翌15日の朝、庭で燃やして、その火で小豆粥を炊き、お餅を焼いて食べる。
 この餅を下げたもので、十二に割って食べることから十二の餅と呼ばれている。これをさらに家族の数だけにちぎって食べる。(以上は西陣くらしの美術館冨田屋ホームページの説明による。平成23年閲覧)
 冨田屋では、小豆粥と歳徳さんの御餅を召し上がっていただく体験プランを予約客に提供している。
 平成23年の体験プランは、「町家見学」+「しきたりのお話」+「小豆粥と御餅のお食事」。8,400円。

無病息災
京都府京都市東山区 1月12日 七福神巡り 泉涌寺 寺の参拝客  泉涌寺の七福神巡りは、全国の七福神巡りのルーツとされる。境内には布袋(ほてい)など七福神に加え、愛染明王、楊貴妃をまつる計9つの塔頭(たっちゅう)があり、福ザサに宝船やくま手など吉兆品を用意した。
 「ようおまいりやす」の掛け声が響く中、早朝から家族連れらが各塔頭寺院を訪れ、参拝する。
商売繁盛や家庭円満など開運招福を願う
京都府京都市右京区 2015年1月15日 小豆粥(がゆ)行事「初春を祝う会」 妙心寺塔頭(たっちゅう)、東林院 寺の参拝客  小豆粥は小正月に食べると邪気を払い万病を除くと伝えられ、1月7日の七草粥と同様、平安時代から続く新春の風習とされる。東林院では、無病息災を祈る「小豆粥(がゆ)で初春を祝う会」として31日まで行っている。
 初日は僧侶らが参加者に取り分けた粥を少しずつ集め、庭園の木々に供える「散飯(さんはん)式」が営まれた。読経の声が響く中、参加者約20人は小豆粥を振る舞われ、自分の食事を少し分かち、衆生に施す禅の作法「さば」(生飯、施食)にのっとり少量を戻すと、ゆっくりと味わった。
邪気を払い万病を除く
京都府京都市左京区 2016年2月23日 「五大力尊法要」 聖護院門跡山内にある積善院凖提堂 参拝客  五大力尊法要は平安時代に国家の安泰を祈るため行われ、その後、家内安全を祈る民間信仰としても広まった。境内では、聖護院の僧侶や山伏らが大般若経転読法要のあと山伏による柱源護摩供養、おふだやき、粕汁接待などが行われた、参拝者らは手を合わせ家内安全や無病息災を祈った。 国家の安泰、家内安全や無病息災
京都府京都市伏見区 2016年2月23日 「餅上げ力奉納」 世界遺産・醍醐寺 参拝客   餅上げ力奉納は不動明王をはじめとする五大明王に力を奉納して無病息災などの御利益を授かる「五大力尊仁王会(ごたいりきそんにんのうえ)」の行事の一つ。男女の部で、巨大な紅白の鏡餅を持ち上げ続ける時間を競う。餅の重さは男子の部約150キロ、女子の部約90キロ。18〜68歳までの力自慢の男女52人が参加し、巨大な鏡餅に挑んだ。
 男子の部は大津市の公務員(49)が4分25秒で、女子の部は京都市山科区の主婦(40)が5分48秒でそれぞれ優勝した。
この1年の無病息災を授かる
京都府大山崎町円明寺 1月11日 鬼よけの弓神事 小倉神社 長岡京市友岡地区に住む氏子  同神社は、長岡京や平安京の裏鬼門にあたることから、古くから都の厄除けを担ってきたといい、弓神事は、江戸時代初期から始まったとされる。
 氏子の宮年寄たちは、神前に参拝した後、編んだばかりの「こも」の上に足袋はだしで立ち、各人1本の竹の矢に「いい年になりますように」との願いを込め、5mほど先の的を狙って順番に弓を引いた。的は「鬼」と書いた紙を裏側につるした直径約1mのもの。矢が次々に的に当たると「今年は豊作や」と、にぎやかな声が挙がった。
新しい年の豊作や厄よけを祈願
京都府舞鶴市小倉 2013年1月15日 どんど焼き 志楽小学校 全校児童383人  児童は、地域住民の指導で作ったしめ縄や自宅から持ってきた正月飾りを、校庭の隅に作られた高さ約1mの台に置いた。
 炎が燃え上がり、教員が束ねた書き初めを竹ざおの先に付けて入れると、手を合わせて「字がうまくなりますように」などと願っていた。
 2015年には、15日に実施する予定だったが、雨天のため延期となり、天候が回復した21日午後に開催した。
 児童らは生活科の授業として、どんど焼きを体験している。教室でどんど焼きについて学習した後、全校児童が家庭から持ち寄ったしめ縄や冬休みの宿題の書き初めなどを持って、校庭に組まれた薪の周囲に集まった。
 教師が火をつけた薪に、児童の代表が長い棒につるした書き初めなどを近づけると大きな炎が上がり、周囲を取り囲んだ児童から歓声が上がった。児童は手を合わせて、「字がうまくなりますように」と祈る姿も見られた。
字の上達や一年間の健康を祈願
京都府南丹市園部町城南町 2011年1月15日

 

南丹そのべとんどまつり 園部公園スポーツ広場 市商工会園部支所が主催する恒例行事。市民約500人  広場では、市民がしめ縄や書き初めを持ち寄った。神事の後、竹や木で組んだ高さ約7mのやぐらに点火されると、「パン、パン」と竹が割れる音とともに炎が勢いよく燃え上がった。市民は、空高く燃え上がる炎や書き初めを見ながら、今年1年の無病息災を願った。
 会場では、ぜんざいや甘酒などが振る舞われた。
書道が上手になるように、また1年の無病息災。
大阪
大阪府各地 2015年1月15日
2013年は1月14日
小正月恒例の火祭り「とんど祭」 大阪各地の神社境内 地域住民  「とんど祭」は、神社で行われる小正月の行事。参拝者がしめ縄や松飾り、お札などを持って境内を訪れ、焚き上げる。燃え上がる炎に平穏な一年を願う。 平穏な一年を願う
大阪府吹田市 2014年1月12日
2013年は1月14日
「大とんど焼と焼きいも大会」 万博記念公園 家族連れなど観光客  正月らしい気分を味わってもらおうという恒例イベント「万博公園ニューイヤーフェスタ」(日本万国博覧会記念機構、産経新聞社主催)が開催された。
「大とんど焼と焼きいも大会」では、公園のシンボルの太陽の塔の前の広場で、竹で組んだ高さ約11メートルのとんどに点火された。その火で焼かれたイモが抽選で250人に振る舞われた。
お正月気分を味わう
大阪府箕面市 2014年1月15日
2013年は1月14日
「とんど祭」 瀬川神社 地域住民  「とんど祭」は、お正月に飾った注連縄や書き初めを燃やして、歳神様を炎と共にお見送りする「とんど」の行事。
 本殿で祝詞を挙げた後、人形(ひとがた)に立てられたやぐらに着火した。一通り火が回ったのを見計らって、やぐらが今年の恵方「東北東」の方向に倒された。
 竹筒に入れられたお神酒も、やぐらのすぐそばで温められ、今年1年の無病息災を祈って参拝者に振る舞われた。
1年の無病息災
大阪市中央区高津 2010年1月10日
2013年は1月14日
「高津宮とんど祭とたぶん日本一の屋台達」 高津宮 関西の料理人、落語家、地域住民、観光客2万〜3万人
 とんど祭は正月飾りなどを神社境内でたき上げる。同宮では恒例のとんど祭に加え、2005年から寄席や音楽などのイベントも実施している。
 「たぶん日本一の屋台」という個性豊かな屋台も多数出店する。屋台は、大阪の有名なレストランなどの名店が、朝から境内に1日限りで開設する。だんじり囃子(ばやし)やお好み焼きの大食い大会も行われている。
 2013年は、ホテルニューオータニ大阪のフランス料理店「サクラ」やミシュランに掲載されている大阪市中央区上町の居酒屋「ながほり」など高級店や人気店17店舗が参加。各店が自慢の逸品を300円から2000円の特別価格で提供。
 落語は午後1時半開演。桂文太さん、桂雀三郎さん、笑福亭仁智さんらが出演。席料は当日2800円。このほか「憂歌団」の木村充揮さんの青空ライブ。
1年の無病息災
大阪市天王寺区 2015年1月15日 「とんど祭」 生国魂神社(いくたまさん) 地域住民  神社では午前6時半から左義長神事を斎行。火入れ式では神職が拝殿で御神火を採火し、境内に高く積まれた縁起物に火を移してたき上げた。参拝した地元の女性(81)は「年明けに母親の百日法要を終えたばかりなので、身内に不幸がない一年となるよう祈願した」と話した。
 境内のテント内では邪気を払うとされる小豆がゆが振る舞われた。
1年の無病息災
大阪府能勢町天王地区 2015年1月12日 「きつねがえり」 生国魂神社(いくたまさん) 地域住民  神社では午前6時半から左義長神事を斎行。火入れ式では神職が拝殿で御神火を採火し、境内に高く積まれた縁起物に火を移してたき上げた。参拝した地元の女性(81)は「年明けに母親の百日法要を終えたばかりなので、身内に不幸がない一年となるよう祈願した」と話した。
 境内のテント内では邪気を払うとされる小豆がゆが振る舞われた。
1年の無病息災
奈良
奈良県奈良市 2015年1月24日 「大とんど」と「若草山焼き」 春日大社境内の飛火野、若草山 参拝者約500人  「大とんど」は古いお札やお守り、しめ飾りをはじめ正月飾りなどの縁起物を焼き上げ、1年の無病息災を祈る行事。春日大社の「大とんど」の火が「若草山焼き」の種火となる。
 旧来、「大とんど」は、1月15日の小正月の行事として行われていた。奈良市では、成人式を終えた奈良の青年は、晴れ着姿で町に出て、夕方には花火と山焼きで祝ってもらうという習慣があった。小正月に、元服式に由来する成人式を行うことにも意味があったという。
 しかし、祝日法の改正などで小正月と成人式が分離され、「若草山焼き」行事の日程が、観光客が参加しやすいように1月第4土曜日に変更されたため、春日の大とんどの日程も、山焼きに合わせて変更された。
 2015年の大とんどは飛火野で午後1時から始まり、禰宜(ねぎ)の祝詞(のりと)奏上のあと、5メートル四方に組んだ火炉(かろ)に高く積まれた縁起物に、神職が火をつけた。参拝者らは燃え盛る火炉の周りを回った後、炎で温めたふるまい酒を楽しんだ。火炉での正月飾りの焚き上げは夕方まで受け付けた。ビニール類はボランティアが取り除いた。
 その後、「御神火奉載祭」(午後4時45分)で大とんどの火を採火、時代行列で若草山麓の野上神社に運ぶ。午後5時45分から同神社で山焼き行事の無事を祈る祭礼が営まれ、同6時15分からの打ち上げ花火に続いて若草山各所に火が放たれた。これを送り火とみて、「若草山焼きは日本一のとんど」と言われることもある。
1年の無病息災
奈良県御所市茅原 2015年1月14日夜 「茅原(ちはら)の大とんど」(県無形民俗文化財) 吉祥草寺(きっしょうそうじ) 住民や参拝客約5000人  茅原(ちはら)の大とんど」(県無形民俗文化財)は、1300年以上前から続く小正月の伝統行事。修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が建立したとされる吉祥草寺で左義長法要として行われる。吉祥草寺のとんど行事の起源には「天智天皇の御代に、役の小角(えんのおづぬ)が天下太平、四海静謐、五穀豊穣などを祈願して始めた」という説など、さまざまな説がある。
 大とんどは、近くの玉手、茅原両区の住民約200人が竹やわらなどを組み上げて作る。14日午前7時ごろから、玉手区が雄のトンド、茅原区が雌のトンドと分担して作る。夕方には御幣を飾り完成する。
 午後7時頃、吉祥草寺がある茅原区の住民がが玉手区を迎えに行き、午後8時頃、新賀橋で手打ち式、吉祥草寺参道にて手打ち、大トンド前で手打ちと、3度の手打ちを行う独特の風習がある。午後8時半ごろ、本堂で祈祷を行い、恵方より点火する。
参拝者ら約5000人が、高さ約6メートルの雌雄2基の大たいまつを焚き上げると、この1年の家内安全などを祈った。トンドの火が燃えている間,山伏装束の修験者が、法螺貝を吹き、お経を唱え、祈願する。
(この項、御所市教育委員会、毎日新聞による)
家内安全、無病息災
奈良県桜井市三輪 2016年1月15日 「大とんど」 大神(おおみわ)神社 地域住民、参拝客  大とんどは、しめ飾りや旧年のお札を焼く大神神社の伝統神事。神職がご神火をたいまつに移して祈祷殿前庭に運び、おはらいに続き、高さ1メートルほどに積み上げられた正月飾りなどに点火した。参拝者は竹ざおの先につるした網に餅を乗せ、燃え盛る炎にかざして焼き、煙にあたって無病息災を願った。。とんどの火で焼いた餅を食べると、1年間を健康に過ごせるとされている。 山の保全を祈る
奈良県川上村神之谷 2014年1月11日 山の神まつり 水源地の森の入り口に祭られた三之公山の神    山を守る人々の民俗行事「山の神祭り」が再現で公開された。県内外の計17人が参加し、玉串をささげた。その後、参拝者は、新年会を開き、雑煮などを食べて交流した。
 吉野川の源流で村が保全する約740ヘクタールの水源地の森の入り口に祭られた三之公山の神は、日本の山の神の総元締と言われる。1月、6月、11月の7日は川上村では山の神の日。
山の保全を祈る
奈良県五條市大津町 1月14日夜 陀々堂の鬼はしり(国指定重要無形民俗文化財) 念仏寺 地域住民、観光客  古い面には文明18(1486)年の銘が残されており、2014年で529回目という室町時代から続く伝統行事。午後9時、茅葺きの本堂から僧侶の読経、阿弥陀さんの肩たたきと呼ばれる板壁を棒打する音、大太鼓、ほら貝などが響き渡り、鬼の面を着けた地域の男性3人の行者が入堂。たいまつの炎で「水」の字を描く「火伏の行」の後、鬼のたいまつに火がつけられる。
 太鼓や板壁が打ち鳴らされる中、高さ1.2メートル、重さ約60キロの大きなたいまつが真っ赤に燃え上がり、たいまつを左手に掲げた3匹の鬼が堂内を3周する。
 夕方には「子ども鬼はしり」があり、地域の小中学生が伝承している。
鬼のたいまつの炎で災厄を払い、新年の幸福を祈る
奈良県吉野郡黒滝村 1月14日夜(2010年) とんど焼き 寺戸区の河川敷 地域住民  『とんど』は神事の一つの火祭りで、地域では旧年のお札や正月飾り、注連縄等をお焚きあげする民間伝統行事として行われている。
 最初にお勤めをして、点火のための火をいただく。下で待つ人たちは焚き火を起こして暖をとっている。御神酒が振る舞われ、点火までしばらく談笑して待っている。お勤めで頂いた『御神灯』を藁に移して、高さ7mほどのとんどに点火。燃え上がった後、地方によっては、その年の『恵方』で倒す方向を決めている。
 (NPO法人和のK様より情報提供していただきました。)
http://www.npo-nagomi.com/
奈良県川上村東川 1月9日 祈年(としごい)行事の「弓祝式」 烏川神社と運川(うんせん)寺 地域住民  「弓祝式」の由来は、1100年余り前の延喜4(904)年が起源といわれる。この行事は神と仏が一つにまとまった神仏混淆(こんこう)・習合の形態を現在に残しており、古い祭の形を現代に伝えていることが評価され、平成12年に村の民俗無形文化財に指定された。
 昔、諸国に悪魔、怪物がはびこり、疫病が流行したとき、この山里で弓の名人・東弥惣(ひがしそうや)が神力を借りて、諸悪の根元であった悪魔の化身を見出し、弓矢で見事これを退治した、という伝説により、この日を「悪魔払いの祝いの日」と定め、祝いと供養を行うようになったという。
 祭事の初めは烏川神社で出立(しゅったつ)式を行う。社務所に射手を上座に迎えて、関係者が集い、宮守(神主)から悪魔祓いの祈祷を受け、運川寺へ向けて出発する。運川寺に到着すると、住職が射手に弓祝式のいわれを読み上げ、儀式について説明する。次に3人の射手が境内で東弥惣にならい約40m先の的めがけ、矢を放つ。途中で射手の一番年少者が薬師堂の前で祈祷を行う。砂の上に東西南北に三本線を入れ、その上に梅の箸を置き、洗い米と小豆を混ぜてばらまき、東と西に祈祷して再開する。
 射手による弓打ちの後、白装束の宮守が桑の弓、よもぎの矢で東西南北天地、最後に的を射る。次にもう一人の宮守が鬼に見立てた的を相手に小刀で格闘。さも戦っているように攻めたり引いたりする一人芝居の「千破美の踊り」を行う。最後に住職により悪魔の供養が行われ、弓祝式は終了する。神仏混淆の形態を守る伝統行事は全国的に少ないという。(川上村役場広報誌)
和歌山
和歌山県橋本市隅田町垂井 2015年1月15日 「小豆粥占い神事」 隅田八幡神社 地域の氏子や住民  「小豆粥占い神事」は毎年、小正月の15日に行われ、竹筒を小豆粥につけ、中に入った米や小豆の具合で今年の稲の豊凶を占う。地域で300年続くとされる伝統行事。
 神社では前日に、正月飾りやお札などを燃やす「とんど」が行われ、その火を使って15日午前5時すぎから、神前に供えた米と小豆で粥を作る。煮えたぎる粥の中へ、「早稲(わせ)」「中稲(なかて)」「晩稲(おくて)」を表す長さ20センチ、太さ2・5センチの3本の竹が入れられる。数分後に引き上げたのち神前で二つに割られ、参拝者が、米のつまり具合などで今年の稲の品種に何を選ぶか決める参考にする。
 2015年の粥占いでは、神社の宮司ら神職により小豆粥が炊かれ、約1時間後に竹筒が釜のなかに入れられた。竹筒の米は、「早稲」の入りがやや少なく、「中稲」「晩稲」はほどほどの入り。小豆は3本とも同じ程度の入り具合だった。
今年の稲の豊凶を占う
和歌山県白浜町 2012年1月14日 さぎっちょ 中の大浜 地域の子供や住民等60人  住民有志でつくる「中さぎっちょクラブ」が、どんど焼き「さぎっちょ」が2011年に小正月行事として55年ぶりに復活した。
 午後1時、地区の子供や大人が、竹組みの山車(高さ約5メートル)に門松やしめ縄、願い事を書いた短冊を入れ、地元の南白浜小学校4〜6年生が歌う「さぎっちょの歌」のテープを流しながら中大浜前の道路を1キロほど引いた。
 「さぎっちょ さぎっちょ」と声を掛け、太鼓やほら貝の音も加わった。 強風の中、山車を浜辺まで引き出し、火をつけて一気に燃やした。
 火がおさまると正月に供えた餅を焼いて食べた。餅まきもあり、写真愛好者や地域住民ら約100人が集まった。
一年の無病息災
和歌山県上富田町生馬 1月15日 どんど焼き 富田川河川敷 ボランティアグループ「三兵衛虫の会」が毎年開催。地域住民が参加。 12日から青竹や木材で高さ約6メートル、底辺約4メートルの井げたが組まれ、しめ縄などの正月飾りを納める。訪れた人は、正月の神が来るという方角に向け、竹のササでつくられた「トンネル」をくぐり、正月飾りを納める。
 
和歌山県田辺市芳養町境地区 1月12日夜 どんど焼き 境地区の子ども会の7人と境町内会の人  高さ約2mに積み上げた竹や梅の枝に、家々から持ってきたしめ縄や正月のお飾りを入れ、御神酒と赤飯を備えた。子どもらが、今年の恵方である甲(東北東)の方角から火を付け、今年1年の健康を祈った。 今年一年の無病息災を祈願
兵庫
兵庫県神戸市北区山田町 2014/1/13 とんど焼き 森林植物園 地域住民  同園や地元自治会など約20団体でつくる実行委が主催し、10回目。開催の趣旨は、阪神・淡路と東日本大震災の犠牲者を追悼し、1年の無病息災を祈るため。  高さ約18mの巨大とんどは、竹や間伐材で作られ、住民らが持ち寄った正月飾りや書き初めも入れられた。震災犠牲者に1分間の黙とうをささげた後、同園名誉園長の女優真野響子さんがトーチで火を入れた。三宮・東遊園地の「1・17希望の灯り」から分灯された。このトーチは、三宮・東遊園地の「1・17希望の灯り」から分灯された。燃え上がる火を住民ら約3500人が見守った。 阪神・淡路と東日本大震災の犠牲者を追悼し、1年の無病息災を祈る
兵庫県赤穂市尾崎 1月15日 とんど焼き 赤穂八幡宮 地域住民 正月のしめ縄や書き初めを焼く  
兵庫県日高町田ノ口 1月12日 賽(さい)の神 地区の林道入り口にあるサエノカミの祠 地域の住民 住民ら約三十人が昨年秋に刈り取った稲わらをお堂に持ち寄り、はさみで形を整えながら編んだ。約3時間で長さ約一・四メートル、幅約一メートル、重さ約三十キロの巨大なわらじとぞうりを作りあげた。近くの林道入り口にあるサエノカミのほこらまで運び、二本の杉の木に結びつけ、神事を行った。 旅の安全と村の加護を祈るため、邪霊を防ぐ足の神「サエノカミ」にぞうりなどを奉納したのが始まりとされる。
兵庫県豊岡市 1月18日昼
(2007年)
どんど焼き 豊岡小学校校庭 児童たち 正月の飾り物や書き初めを焼いた。 今年の目標や誓いの成就
兵庫県豊岡市日高町田ノ口地区 1月14日 「賽(さい)の神」大わらじと草履奉納   地域住民  賽の神は、同地区の自然の石などをご神体として祭っている。奉納の起源はわかっていないが、足の病気の治癒を願い、神の履き物として奉納するとされている。現在は、地区の安全や住民の健康を願い、受け継がれている。
 当日は、住民が集落内の観音堂に集合。持ち寄ったわらで縄をない、約三時間をかけて全長約1.5メートルのわらじと草履を一足ずつ編み上げた。完成後、約300メートル離れた二本の杉に結わえた。

 

 
兵庫県丹波市山南町応地 2008年1月14日 小正月の伝統行事「蛇(じゃ)ない」 大歳神社周辺の地域 大人や子供  江戸時代から伝わるとされる行事。近くの加古川がはんらんした際、取り残された子どもを大蛇が助けたという言い伝えがあり、天災を鎮める意味もある。
当日の朝、保存会のメンバーが神社境内で、新しいわらを一本の綱状にない上げ、頭や胴体に仕上げていった。子どもたちも小ぶりな蛇を作った。
 続いて蛇を担ぎ、神社周辺の民家四十一軒を回った。玄関で蛇の頭をこすりつけ、御利益があるというわらを落としていった。
五穀豊穣などを祈願
兵庫県三木市志染町四合谷 2015年1月13日 とんど焼き集会 自由が丘東小学校 学校区の住民や児童、自由が丘東幼稚園の園児ら  とんど集会は学校の恒例行事として行われている。PTAを中心に準備を進め、11日に青竹を切り、12日に高さ約5メートルの円すい形にやぐら組んだ。13日の集会では、児童や隣接する自由が丘東幼稚園の園児ら約340人が見守る中、代表の児童が火を付けた。児童らが持ってきた正月飾りや書き初めをたきあげた。  1年を健康で過ごせるよう祈る
兵庫県篠山市西野々 2015年2月14日夜 「雪花火」 地区内の空き地 地域住民ら   「雪花火」は、 中国や台湾などで上げる習慣があるという「フライングキャンドル」と呼ばれる不燃紙製の灯籠を夜空に浮かべ、花火を打ち上げるイベント。同市の福住地区まちづくり協議会が2年前から始めた。  フライングキャンドルは、色鮮やかな紙製の灯籠を、ろうそくの熱で空に浮かび上がらせる。イベントでは、約100基が夜空にゆらゆらと浮かび上がった。会場には地域住民による豚汁や中華がゆ、おでんなどの出店が並び、多くの人でにぎわった。
 イベントの当時はバレンタインデーだったため、会場では公募による「愛の告白」も行われた。応募してきた女性2人が、思いを寄せる男性にステージで告白。2組とも男性が思いを受け止め、大きな拍手を浴びた。
 愛の告白
兵庫県港町 1月12日 左義長(とんど) 地区の広場 明石浦漁協職員と市民  張り子のタイなどでにぎやかに飾りつけた青竹を、広場で約十三メートルの高さに組み上げ、住民らが正月飾りを持ち寄って周囲に積み上げた。
 神事に続いて午前八時半ごろ、漁協職員らがわらを使って点火。火は一気に全体に広がり、炎と猛煙が天高く舞い上がった。残った灰は家の周囲にまくと厄よけになると伝えられており、持ち帰る人の姿も見られた。お神酒なども振る舞われた。
海上の安全と豊漁を祈願
兵庫県神崎郡福崎町南田原 1月14日から15日の早朝にかけて かくしほちょじ(とんど焼き) 鍛治屋地区 全戸が参加して行う 「とう」「とうの親」「とうの親の親」等の役割が決められ「ほちょじづくり」「案内廻り」「酒宴と夕食」「ほちょじかくし」「諸神事」「狐追い」「ほちょじ焼き」等の諸行事が行われる。
笹のついた竹を束にして立てた「とんど」を燃やす火で正月お飾りを焼き、また青竹の先にはさんだ餅を焼いて食べる。とんど焼きとも言っている。火中に丸石を投じるのが、この地域の「とんど」の特徴。
家内安全、五穀豊穣

【中国】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
岡山
岡山県岡山市上中野 2016年1月11日 どんど祭 宗忠神社 地域住民  「どんど祭」は、明治18年(1885)の宗忠神社鎮座当時から続く神事。正月の松飾りやしめ縄、お守りなどを燃やして一年の無病息災を祈願する。1991年に神社が地元住民と「どんど祭」として一般公開されるようになってからは毎年約1万人が訪れるという。
 廃材を用い、高さ約3m、幅約1.5mのやぐらを組み、式典が午前10時に始まると、宮司が祝詞を奏上した後、着火した。次々に訪れる住民や子供たちが、門松やしめ飾り、書き初めなどを投げ込んだ。
 約1万個の丸餅が用意され、訪れた人は餅を長さ約2・5メートルの竹ざおの先にはさんで「どんどの火」であぶり、ぜんざいに入れて味わった。お神酒、豚汁やぜんざいがふるまわれる。
1年の無病息災
岡山県総社市 1月14日 どんど焼き 東公民館 地域住民  各家庭から持ち寄った正月のしめ飾りを焼く。書き初めや、竹にはさんだもち、ミカンを焼いて食べる。 一年の無病息災
岡山県湯原町湯本 1月13日 温泉とんど祭り 旭川河川敷 地元住民、ホテルや旅館の宿泊客   家内安全、無病息災を祈る
広島
広島県県福山市沼隈町能登原 2014年1月12日 能登原とんど(市無形民俗文化財) 地元6地区の各所 住民  高さ約10mの巨大とんど6基が勇壮なぶつかり合いを繰り広げる伝統行事。
 とんどは地元6地区の住民が昨年末から製作。竹やわらで組んだ土台に、地名の由来となった平家の弓の名手・能登守教経(のとのかみのりつね)にちなんだ弓の的をはじめ、華やかなウメやボタンの花を飾り付けており、重さは約300キロ。
 朝から台車に載せられて各地区を引き回され、午後2時ごろに能登原小学校グラウンドに集結。「ほりゃ、とんどじゃよい」の掛け声で法被姿の男衆が担ぎ上げ、子どもたちが打つ太鼓に合わせて、激しくぶつかり合う。集まった住民らから大きな歓声が上がった。その後、各地区に持ち帰り、正月飾りなどと一緒に燃やした。
1年の無病息災や五穀豊穣
広島県県北地域 1月9日 とんど祭り 県北の各地 県民  15日の左義長を前に、広島県県北各地で9日、子どもたちの健やかな成長と1年間の無病息災を願う「とんど焼き」が行われた。
 三次市十日市南4の高台でも、各家庭が持ち寄ったしめ飾り、門松などと共に、高さ約10mの青竹、杉の枝に点火。「字が上達するように」との願いを込めた習字作品や、正月の縁起物などが次々と焼かれ、炎が高く上がるたびに歓声が上がった。
 火が収まると餅焼きが行われ、。参加者たちは竹に挟んだ餅を残り火にかざしたり、金網の上で焼いて食べ、家内安全などを祈った。2014年には1月12日に行われた。
子どもたちの健やかな成長と1年間の無病息災
広島県広島市内 1月11日 とんど祭り 市内の各地 市民  中区鶴見町の竹屋小では、とんど祭りに合わせて、竹屋地区社会福祉協議会などが「三世代交流のつどい」を開いた。親子連れ約300人が参加。体育館で児童たちがお年寄りや父母から、はねつきやめんこ、おはじきを習い、一緒に遊んだ。
 最後に校庭でとんどに点火し、親子でもちを焼いたりして楽しんだ。
 西区観音本町の観音小のとんど祭りには、約500人が参加した。中区の平和記念公園の「平和の灯」を採火して同小の児童十人が校庭まで約2キロを走り継ぎ、高さ11mのとんど一基に点火した。
広島県沼隈町 1月11日 能登原とんど 能登原小 地区の大人と子供  とんどは竹、わら、松などをやぐら状に組んで造花などで装飾。今年は六基作られた。大人や子どもたちはとんどを担いで町内を練り歩いた後、同小運動場に集結した。男たちが「ほりゃ、とんどじゃよい」と威勢良く掛け声を発しながら、とんどをぶつけ合うと、約四百人の観衆から拍手と声援がわいた。 無病息災を祈願。この祭りは江戸時代から始まったとされ、同町無形民俗文化財に指定されている。
鳥取
鳥取県鳥取市気高町酒津 2015年1月10日 国の重要無形民俗文化財「酒津(さけのつ)のトンドウ」 酒津港周辺 地元住民、男子小中学生  「酒津のトンドウ」は、江戸時代後期の約130年前に始まったと伝えられる小正月の火祭り。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 トンドウは松の柱を中心に竹でつくった骨組みに稲わらで覆い、縄で巻いて、円錐型に整えた高さ4・5メートルの小屋。地区の各家庭から持ち寄った正月飾りを周囲に取り付けて
 10日午後に「コリトリ」と呼ばれる集落の各家庭を清める儀式が始まる。小学1年から中学2年までの集落の男児17人が、上半身裸ではだしとなって「ワッショイ、ワッショイ」の掛け声と共に海藻を振り回しながら、トンドウの周囲を時計回りに3周。続いて3、4人の班に分かれて集落の約170戸を回り、数軒の玄関先で「払いたまえ清めたまえ」と唱えては、各戸をお清めして、再びトンドウに戻る所作を繰り返した。
 男児たちは集落内の自治会館で一夜を過ごし、11日午前5時ごろ「頭」を務める男子が火入れ役となってトンドウを燃やす。
1年間の無病息災を祈った
鳥取県鳥取市河原町渡一木 2014年1月7日 「七草がゆと鳥追い」 河原歴史民俗資料館 地元の小学生ら約20人  若い世代に伝統行事を伝承しようと河原町民俗行事を語る会と町中央公民館が毎年行っている。「鳥追い」は、農作物を食い荒らす害鳥獣を追い払い、五穀豊穣を祈る意味があるという。
 語る会の会員が行事の由来などを説明した後、「鳥追い」を実演した。まな板の上にセリやナズナなどの七草をそろえ、すりこぎと包丁を持ち、まな板を打ちながら「唐土(とうど)の鳥が 日本の土地に 渡らぬさきに 七草 ナズナ をそろえて ホーホー」と3回唱え、児童も体験した。
 最後は全員で温かい七草がゆを食べて一年の健康を祈願した。
1年の五穀豊穣、健康を祈る
鳥取県河原町下佐貫地区 1月12日 とんど焼き 千代川河川敷 地域住民約150人  高さ県内一をうたう竹で組んだ高さ11メートル、幅5メートルのやぐらに、地区内の各家庭の書き初めやしめ飾りをひとまとめにし、年々高くしてきたという。
 2004年は、あいにくの風で、当初予定した高さ20メートルの火柱とはいかなかった。子どもたちは、竹ざおの先につけた鏡餅を火で焼き、その場で食べた。
1年の無病息災を祈る
島根
島根県各地 1月14日 とんど焼き   地域住民  吉賀町朝倉では、青竹で組み立てた高さ15mのやぐらの下に木箱を置き、各家庭から持ち寄った古いお札、しめ飾りを納めて、燃やす。
 火勢が弱まると、長い竹竿の先端に餅をつけてあぶり、女性たちがぜんざいにして参加者に「これを食べると病気にならない」と言って、サービスした。平成8年から地区のイベントとして続けている。
 島根県では地域によっては、するめやおもちをアルミ箔で包み、ご神火で焼いたものを皆で分け合って食べながらお神酒をいただくところもある。
無病息災を祈る
島根県島根県出雲市 2014年1月13日 「亀山とんど祭」 出雲大社の北島国造館出雲教 氏子ら  高齢化や野焼きの禁止でとんど行事ができなくなる町内もあるなか、出雲教と古代出雲歴史博物館など4団体が「民俗行事を継承しよう」と、実行委ををつくって開催している。今年で5回目になる。
 御神殿で北島建孝国造が祝詞を読み上げたあと、馬場同志会が小雪が舞う中、「しゃぎり太鼓」を披露しながら広場まで行列。神職が12日夕に「火きり臼」でとった御神火で、うずたかく積まれたしめ縄や古い絵馬、お札などに点火した。
 とんどの火で焼いたモチやサツマイモが氏子に振る舞われた。
1年間の家内安全や無病息災を祈った
島根県松江市八雲町東岩坂 2014年1月13日 「おおもっつぁん」 星上山頂の星上寺と那富乃夜(なふのや)神社(458m) 地域住民  古くから旧正月に行われる行事。地元の人たちが2本の竹にしめ縄でくくった直径1メートル近い大餅4枚と、小ぶりな天神餅2枚を、星上寺と那富乃夜神社に奉納する。この日は雪の降る中を地元住民が10キロの大きな餅を担いで参道を登り、山頂の寺社まで運んだ。
 隊列を組んだ約40人は午前8時半すぎ、山の麓を出発。祝い歌に声を合わせ、雪が深まる参道を登った。雪が積もった山頂で、大餅をぶつけ合い登頂を喜んだ。その後、餅は各寺社に奉納された。
大餅を担いだ安部さんは「餅をしっかり運べて良かった。高齢化が進む地区だが、これからも地元の伝統行事を継承したい」と話した。
五穀豊穣と無病息災を祈願
島根県出雲市大社町 2013年1月3日 吉兆さん 町内各地 地域住民  「吉兆さん」は大社町の正月行事。3日の朝、各町内会では小太鼓、笛のはやしで氏神の前に錦の赤いのぼり旗「吉兆幡(ばん)」を立て、続いて出雲大社、旧家を廻ってから地元に帰り、新年を祝う。
 「吉兆幡(ばん)」とは「歳徳神」と大きく縫いとりをした高さ10m、幅1mほどの大幟のことで、これを持って笛や鼕(どう)の囃子と共に練り歩き、出雲大社本殿の前では神謡を詠う。(現在は平成の大遷宮中のため御仮殿の前)
 吉兆さんが町内を練り歩いているときに、「番内」という白や赤の大きな鬼の面をかぶり神楽衣装を身に着けた42歳の厄男が、家々を回り、玄関先でササラになった青竹を持って地面を叩きふりかざしながら、「悪魔祓い(アクマンバライ)」と大声をあげて厄祓いをする。
 昔は「左吉兆」と呼ばれていたこともあるという。
今年1年の無病息災や五穀豊穣
島根県大田市五十猛町大浦地区 2013年1月11〜15日 五十猛(いそだけ)のグロ 五十猛漁港の広場 地元住民  「グロ」は国の重要無形民俗文化財で約300年の歴史がある伝統行事。グロは竹や笹、木などで造った円すい形の大きな仮屋。かつては同町の複数の地区で浜辺に作っていたが、現在は大浦地区のみが伝統を継承している。行事では歳徳神を迎え、その年の豊漁や無病息災を祈願し、最後に正月飾りとともに仮屋を焼き払う。
 11日は、地元の漁業者らが五十猛漁港の広場に集まり、高さ約25メートルの青竹の支柱を立て、周りを竹やササで囲い、天井にござを張るなど2時間程度かけて直径10メートルほどの円すい形の仮屋を設けた。完成すると地元の子どもや高齢者らが早速中に入り、三つあるいろりで餅や干物などを焼いて味わっていた。
 15日に解体して燃やすまで、住民たちがいろりを囲み深夜まで歓談、1年の豊漁と無病息災を祈る。
 グロは15日、正月飾りと一緒に焼かれる。
1年の豊漁と無病息災
島根県松江市美保関町片江地区 2013年1月6日 墨付けとんど 地区内 地域住民   墨付けとんどは松江市美保関町片江地区で毎年行われている伝統行事で、約250年前から続けられている。威勢のいいみこしとともに、墨を持った女性たちが地区内を練り歩き、沿道に集まった地区の人々の顔に手当たり次第に墨を塗っていく。
 みこしは町内を一回りした後、海辺へと向かい、去年結婚した人らが海に放り投げられた。沿道に集まった人々は、顔に墨を付けてもらって、今年一年の無病息災を祈った。
一年の無病息災
島根県江津市桜江町川越 2016年1月11日 とんど祭り 川越地域コミュニティ交流センター 地区住民ら約100人   川越地区青少年育成協議会が主催した。しめ縄や書き初めなどを持ち寄り、神事の後、子どもたちが火入れをして無病息災や家内安全を願った。参加者は、餅つきをして、ぜんざいを食べながら親睦を深めた。 一年の無病息災や家内安全
島根県邑南町高見 2013年1月14日 とんど 高原公民館 地域住民  町の瑞穂、羽須美両地域では、20年以上前から地元産のウラジロや稲わらなどを使ってしめ縄(長さ40センチ、幅30センチ)を製作。JA島根おおちを通じて、広島市や周辺に4トン出荷している。
 とんどは、スーパーの店頭で回収した3トンのしめ縄のうち1トンを燃やした。
 地元住民もしめ飾りや書き初めなどを持ち寄って焼き、一年の無病息災を願った。
一年の無病息災
島根県隠岐郡隠岐の島町 1月15日(毎年) 今津のとんど焼き 今津漁港 地域住民  前日に山から根が付いた竹を切り出し、御神木として漁港の岸壁に組み立てる。各家では「宝袋(さいふ)」と呼ばれる紙袋にしめ縄など正月飾りや古いお札やお守りをいれて、表に願い事や絵を書き入れ、高さ20mほどの御神木のやぐらにつるす。
とんど焼きは15日午前8時ごろから火入れが行われ、やぐらが燃え上がるまで太鼓が打ち鳴らされる。御神木が燃え上がり海に倒れこむと、「トンド切り」と呼ばれる下帯姿の男衆が、厳寒の海に飛び込み、神木(根竹)を奪い合う。引き上げた神木は祝い事があった家へ運ばれる。
(2012年1月15日、NHKニュース報道など)
無病息災
山口
山口県周南市 2014年1月13日 どんど焼き 岐山小 地域住民  岐山地区コミュニティ推進協議会などが毎年開催している。運動場に積み上げられたしめ飾りや破魔矢、書き初めなどに、年男、年女の小学生らがたいまつで点火し、住民らが見守る中、焚き上げた。会場では、ぜんざいも振る舞われた。 無病息災
山口県岩国市 2011年1月17日 錦帯橋とんど祭り 錦帯橋近くの河川敷 地域住民  祭りは、錦帯橋近郊の自治会や消防団、子供会などで作る「西和会」が主催する恒例行事。会場には竹で作ったやぐら(縦、横各約7m、高さ約4m)が設けられ、神事を行った後、西和会長や岩国市長らがたいまつで火入れをした。
 約3000人の住民らが、しめ縄などの正月飾りを炎の中に投げ入れ、無病息災などを祈願した。
 燃え上がるやぐらの近くで、干支(えと)のウサギが浮かび上がる仕掛け花火や打ち上げ花火も行われた。
無病息災
山口県山口市阿東地福 2013年1月14日 国の重要無形民俗文化財「地福のトイトイ」 地域の家々や店舗先 集落ごとの小中学生  「といとい」は、江戸時代中期から伝わり、毎年1月14日に行われる伝統行事。子供たちが家や店舗などの前に、縁起物のわら馬をざるに入れて玄関先に置き、「とい、とーい」と叫び、物陰に隠れる。
 家人は、ざるからわら馬を取り、代わりに菓子などを置き、家の中に戻る。子どもたちは家人に見つからないよう、そっと出てきて菓子などを持ち去る。見つかって、家人から水を浴びせられると、一年間つきがなくなるとも伝えられている。家々では、五穀豊穣や家内安全、無病息災など福が舞い込むように願って、もらったわら馬を縁起物として神棚や床の間などに1年間まつる。
一年間の福
山口県山口市湯田地区 2010年1月9日 どんど焼き 市児童文化センター 地域住民

新年恒例行事の「三世代交流どんど焼きと七草がゆ」が9日、山口市湯田温泉の市児童文化センターで行われた。湯田地区の住民約150人が集まって、しめ飾りや門松などを焼く火を囲み、1年間の無病息災を願った。また、どんど焼きの煙に当たると良いとされている。
 湯田地区青少年健全育成連絡協議会のメンバーらが、各家庭から持ち寄った飾りなどで高さ2メートルほどの山を作り点火した。続いて住民に七草がゆが振る舞われた。

 
山口県下関市中之町 2011年1月15日 どんど焼き 亀山八幡宮 地区住民  新年の輪飾りや書き初めのほか昨年のお守り、お札などを持ち寄って焼く新春の行事。節分(2月3日)にも催す。
 亀山八幡宮の青年会が、供えられた餅を火で焼いて参拝者に振る舞った。
 どんど焼きの燃えかすは毎年2トントラックいっぱいになるという。
この1年の無病息災
山口県長門市青海島 2013年1月13日 どんど焼き 大日比地区 地域住民  どんど焼きは、約200年前から続くとされる地区の伝統行事。住民ら約100人が1年間の無病息災や家内安全、豊漁、豊作を祈った。
 どんど焼きのやぐらは、直径10センチほどの丸太で土台を作り、青竹を格子状に組んで内部にシダやワラを詰めて踏み固めた。その上から正月用のしめ飾りや書き初めの半紙、お札などを取り付けた。
 同地区では、やぐらが海側に倒れるとその年は豊漁、山側に倒れると豊作になると言われている。
 参加者がお神酒でやぐらを清め、西円寺の徳弘昌嗣上人が念仏と回向を行った。今年の年男や年女がたいまつで火を付けると、やぐらは激しい音を立てて燃え上がり、海側に倒れた。
無病息災や家内安全、豊漁、豊作
山口県山陽町 1月 どんど焼き 津布田会館 地域住民 高く積み上げられた竹と、各家庭から持ち寄った正月飾りを一緒に燃やす。  

【四国】
 
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
徳島
徳島県美馬市美馬町 2014年1月13日 「日本一のどんど焼き」 吉野川河川敷 神職、地域住民  地元の総合型地域スポーツクラブ「AMEMBO」が2011年から毎年、国土交通省徳島河川国道事務所から河畔に生えている竹の提供を受けて開いている。4回目の今年は昨年より約5千本多い過去最多の約2万本を使用。約20m四方、高さ約13mに積み上げ、正月のしめ飾りなどを載せた。やぐらの大きさで「日本一」としている。
 神事の後、クラブの代表は「年々増やしてきた竹の量は2万5千本が限界と思うが、伝承行事は継続ができてはじめて地域に根付く。これからも続けたい」とあいさつ。牧田久市長らが点火すると勢いよく燃え上がった。
 2016年は1月11日に行われ、約9000本の竹を積み上げて燃やした。約1600人の市民が集まり、今年1年の無病息災などを祈った。
1年間の無病息災や家内安全、五穀豊穣
徳島県御浜町 1月15日早朝(2007年) 左義長 大浜海岸 神職、山伏、僧侶 高く積み上げられた門松やしめ縄、書き初めを焚き上げる。 今年一年の無病息災を祈る。
徳島県鳴門市撫養町 1月13日 どんど焼き 岡崎海岸 東浜子ども会と市国際交流協会が主催し、留学生も参加。  高さ約5mの竹3本を砂浜に組み、中心に持ち寄った正月飾りや書き初めなどを積み上げて焼く。参加者は願いごとを書いた「吉書」を投げ入れたり、竹竿に刺したミカンを焼いて食べる。どんどの火で焼いたものを食べると、一年間健康で過ごせると言われている。甘酒も振る舞われる。
 平成23年には1月9日に行われた。会場には、市内外の約500人が持ち寄ったしめ縄や破魔矢、子どもたちの書き初めなどが積まれ、卯年生まれの小学生ら11人が点火した。書き初めを燃やすと字がうまくなるといういわれから、会場には書道コーナーも設けられた。

無病息災、諸願成就
徳島県徳島市庄町 2012年1月15日 どんど焼き 加茂名小学校 同小や加茂名南小の児童、地域住民ら約450人  児童は短冊に願い事を書き、門松やしめ飾りなどと一緒に積み上げた。どんど焼きの火で焼いた食べ物などを食べると1年間病気にならないといわれており、参加者はミカンをあぶったり、サツマイモを焼いたりして食べた。
 どんど焼きは加茂名まちづくり協議会が、地域の交流の場にし、子どもたちに昔からの習わしを教えようと初めて実施した。
1年間の無病
徳島県牟岐町西浦地区 2012年1月15日 左義長(町無形民俗文化財) 牟岐浦の西浦海岸 地域住民 しめ飾りの番をする「ぼたもち大将」と呼ばれる牟岐小・中学生の7人が、「左義長に火をかけ満天しよう」と大声を出して地区内を巡回。前日に約500戸から集め、午前6時に高さ約5メートルに積み上げたしめ飾りや門松に点火した。 無病息災
徳島県美波町日和佐浦 2016年1月15日 どんど焼き 大浜海岸 地域住民  県南地域では左義長(さぎっちょ)ともいう伝統行事。日の出前の午前7時すぎ、住民が持ち寄ったしめ飾りや門松を、スギで組んだ高さ2メートルのやぐらに入れて点火した。海岸近くの日和佐八幡神社の宮司ら4人が祈祷した。日和佐地区では神仏混交で行われるのが慣わしで、神職の傍らでは僧侶が般若心経を唱えた。太陽が海面に映り二つにつながったように見える「だるま朝日」も姿を現し、海岸に集まった住民は手を合わせて、この1年の無病息災、家内安全などを祈った。燃やした残りの灰は、家の四隅にまくと魔よけになるといわれている。 家内安全、無病息災
徳島県上勝町旭 2016年1月11日 どんど焼き 宿泊交流施設・山の楽校(がっこう) 町内外の家族連れ  上勝町の「どんど焼き」は、しめ縄などの正月飾りを燃やして無病息災などを願う伝統行事。間伐材を高さ1.5mに積み上げて作ったやぐらに、家庭で使ったしめ縄やお札などを入れて火を付け燃やした。どんど焼きの火で焼いた餅やミカンを食べると風邪をひかないとされている。子どもたちは長さ約3メートルの竹の先端に刺したミカンをつけて、火であぶり、熱々の実を食べた。 一年の無病息災を祈る
香川
香川県観音寺市粟井町粟井神社 2015年1月15日 とんど焼き行事「とうどうばやし」または「とうどばやし」 粟井神社 地元住民と子どもたち  とうどうはやしは、「古くからの小正月行事を次世代に伝えよう」と、粟井地区青少年育成会が自治会や消防団などとともに毎年、地元の小学生や保育園児を招いて実施している。地元住民と子どもたちが、「とんど焼き」の炎で、正月のしめ飾りや書き初めなどを燃やして、今年一年の健康と書の上達を祈る。
 この日は、粟井小の3年生12人と粟井保育所の5歳児11人が参加。神事子どもたちは大人に助けてもらいながら、「正月」「月日」「ひつじ」などと書いた書き初めやミカンを炎にかざした。
 燃えた書き初めが灰になって空高く舞うほど、字が上手になると言い伝えられている。子どもたちは高く舞い上がるたびに大きな歓声を上げ、熱々のミカンを頬張っていた。
今年一年の健康と書の上達を祈る
香川県高松市一宮町 2011年1月15日 どんど焼き 田村神社境内 地区住民  参拝者らが持ち寄ったしめ縄などの正月飾りや古いお札、熊手などをくべて、1年の無病息災などを願った。
 境内には、正月飾りが高さ約2メートルに積まれ、神事に続いて、氏子が門松の竹で火入れ。火は5メートルほどの高さまで燃え上がり、訪れた人たちはおはらいを受けた後、火に向かって手を合わせた。

 

無病息災
香川県内海町田浦 1月12日 とんど焼き 汐江海岸 地域住民、観光客  田浦自治会と映画村が毎年実施。前日、同地区内外の家庭から持ち込まれた門松やしめ縄など正月飾りを高く積み上げて、燃やす。高さ約六メートル、直径約五メートルほどになる。残り火で焼いたもちも振る舞われる。 一年の無病息災を祈願する
高知
高知県南国市十市 1月15日昼 どんど焼き 新宮神社近く 地域住民、近所の幼稚園児200人  2mほどの高さに組み上げた竹とわらに、住民らが持ち寄った門松や、しめ縄などを積み上げた。神社の宮司が神事をしたあと、点火された。
 参加者は手を合わせて家族らの健康を願ったり、煙を手繰り寄せたりした。また、どんどの火を用意したコンロに移し、餅を焼いてぜんざいに仕立てて味わった。
 2014年は1月14日に行われ、地元の幼稚園児や住民ら約130人が参加し、立ち上る煙を体に浴びて1年の無病息災を祈願した。
健康を願った
高知県安芸郡田野町 2011年1月16日 どんど焼き 二十三士公園 地域住民  どんど焼きは、同町の上地、日野地区の住民が1984年から続けており、今年で28回目。竹を積み上げて燃やす。


今年1年の無病息災を願う。
愛媛
愛媛県四国中央市土居町津根 2014年1月12日
どんど焼き 市立長津小学校グランド 地域住民と小学生
 各家庭から持ち寄られた正月のしめ飾りや昨年のお守りなどを集めて作った「どんど」が燃やした。無病息災を祈願した。 今年の無病息災を祈願
愛媛県今治市野間 2014年1月12日
「大根だき」 野間寺 市内外から訪れた参拝客
 「大根だき」は、家内安全や無病息災などを願う新春恒例の行事。地元特産の野間大根で地域を盛り上げようと、同寺が2000年から毎年実施している。今年は檀家が大根約300本を奉納。11日から昆布やしょうゆ、砂糖などを加えて大鍋で炊き上げ、約1200食分を用意し、参拝客に振る舞った。 今年の無病息災を願った
愛媛県西予市宇和町明間地区 2014年1月7日
どんど焼き 明間公民館裏の広場 地域住民約70人   明間地区のどんど焼きは「お注連(しめ)焼き」と呼ばれて親しまれている。かつては集落ごとに行っていたが、現在は少子化のため地区全体で実施している。時期も一般的な1月15日ではなく、子どもたちが参加しやすい冬休み中に繰り上げている。
 7日は、子どもたちが集めた約100戸分の正月飾りを約3mの高さに積み上げ、神事の後に火を付けた。
 明間小学校の児童や明間保育園の園児、住民ら計約50人が勢いよく燃えるやぐらを囲んだ。
新しい年の健康と平穏
愛媛県内子町内子の八日市護国地区 2014年1月13日
2008年は1月14日早朝。
どんど焼き 清正広場
海岸で
地域住民
 同地区町並保存会主催の伝統行事。同地区は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。祭場には高さ3mのどんどが組まれ、住民がしめ縄や門松などを持ち寄った。おはらいの後、参集者の最高齢、87歳の男性が点火した。家族連れらは竹の枝に挿した餅を焼き、ぜんざいに入れて味わった。 今年の無病息災を願った
愛媛県新居浜市大島 2009年1月12日早朝
2008年は1月14日早朝。
とうどおくり
市無形民俗文化財
同市離島の大島海岸 地域住民や観光客
 大島の「とうどおくり」は、300年以上の歴史があるとされる市無形文化財。とうどは、竹で作った土台にササやしめ飾りを積んで縄でしばった小屋に、無病息災を願って名前を書いたのぼりを扇状に飾って燃やす。
 とうどは高さ約10m。「蓬莱山左義長」と書かれたのぼり約50本を扇形に飾り、正月の注連(しめ)飾りやささ竹を積み上げて作る。
 まだ暗い午前6時から5基のとうどに次々と火がつけられた。とうどの中はワラを敷き詰めて部屋を作り、子供たちが入って遊ぶ。
 2008年は市内の子供たちが作ったとうどもあり、旧別子山村(2003年年4月に合併)の別子小学校の児童たちも油をしみこませた布を竹の棒の先に付けて、とうどに火をつけた。2015年は1月13日午前6時に点火された。火災除けに燃え残りの竹を持ち帰る人もいた。
今年の無病息災を願う
愛媛県八幡浜市矢野神山 2015年1月15日
鎮火祭 八幡神社 氏子
 鎮火祭は小正月の15日に毎年執り行われ、厄よけのお札などをたきあげる。宮司が人命や財産を奪う大火から市民を守る祝詞を奏上した後、焚き上げる。氏子らは境内で持ち寄ったしめ縄やお札を積み上げ、かがり火で燃やした。最期は宮司が清めの「ご神水」をかけて火を消した。 火事の起こらない安全で平穏な一年を願う

【九州】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
福岡
福岡県福岡市中央区 2015年1月10日から18日の午前 どんど焼き 市内各学校区の小中学校校庭や神社境内 地元住民  中央区では学校区を単位に家庭にある使い終わったしめ縄やお飾りなどを持ち寄って燃やし、1年の健康を願う行事としてどんど焼きを行っている。市では広報や市ホームページなどで市民に周知している。また、持ち寄る際に金属・ビニール・プラスチック・陶器類やみかんなどは外すよう呼びかけている。
無病息災
福岡県福岡市城南区東油山 2015年2月1日 かゆ開き 寺院「油山観音」 寺の住職と住民  「かゆ開き」は、今年の農作物の豊凶をご飯についたかびの具合などで占う、江戸時代から続く伝統行事。小正月(新暦1月15日)に炊いた小豆入りご飯を盛った三つの器を、納めていた本堂から、かみしも姿の世話人や住職らが運び出し、虫眼鏡などを使って、かびの色や臭いなどを丹念に調べた。
 今年は「かびがやや有り」「水分はやや少ない」が、「臭いはない」「食べられる」といった理由から、農作物の作況は9段階のうち上から4番目の「中の上」だった。  2016年のかゆ開きは2月1日に行われ、今年の農作物の出来具合は「上の中」で豊作と見立てがされた。占いに使うのは小正月の1月15日早朝にくんだ水で地元の米と小豆を炊いたかゆ。米の収穫時期ごとに「早田(わせ)」「中田(なかて)」「晩田(おくて)」の三つに分け、献粥箱(けんしゅくばこ)に入れ、本堂で半月間保管した。
今年の農作物の豊凶を占う
福岡県久留米市 1月7日夜 日本三大火祭り「鬼夜(おによ)」
(国指定重要無形民俗文化財)
大善寺玉垂宮(たまたれぐう) 鬼夜保存会、地元住民、観光客  1600年以上の歴史を誇る「鬼払い」の伝統行事。大晦日の夜から正月7日までの鬼会(オニエ)といわれる行事の最後に行われる。燃え盛る巨大たいまつを担ぎ上げて練り歩く。日本三大火祭りの一つといわれ、火の粉を浴びると、無病息災の御利益があると伝えられる。
 日が暮れると、締め込み姿の裸の若者たちが集まり、神社前の川で汐井(しおい)をくんで社殿に納めた。その後、モウソウ竹3本を芯にして、真竹で肉付けし、縄で結わえた大松明(たいまつ)6本に点火した。縄の結び目は365個で、1年間の災難を振り払うという願いが込められている。着火部分はスギの葉。大松明は1本が直径1m、長さ13m。重さは1.2トンにもなる。
 大松明は、若者たちによって担がれ、大みそかに起こした御神火で点火された。若者たちは、火の粉を散らしながら本殿の周りを勇壮に練り歩いた。
無病息災
福岡県久留米市城南町 2014年1月9日 十日恵美須(とおかえびす)祭 日吉神社 参拝客  「十日恵美須(えびす)祭」は、1年間の商売繁盛や家内安全を願う伝統行事。入り口にはえびす様の顔を描いた「福門」が設置された。
 参拝者は午前中から訪れ、えびす像に手を合わせて、縁起物などを買い求めていた。開運もちまきで、たくさんのもちを受け取った参拝者は「いい年になりそう」と笑顔を見せた。
 10日は午前11時から有馬押太鼓奉納。奉納後には開運もちまきが行われる。10日午後1時半と、11日午前11時、午後2時にもある。
その年の豊作
福岡県北九州市小倉南区 2014年1月8日 井手浦の尻振り祭(八日座祭) 井手浦公民館前 地域住民  尻振り祭は、お尻を振って豊作を祈る新春恒例行事。昔、平尾台にいた大蛇を神様が退治した時、切った大蛇の尾が井手浦に落ちて跳ね回り、その年は豊作に恵まれたという伝説にちなむ。
毎年8日に行われ、2014年には、わらで作った約4mの大蛇の前で地元住民2人と近くの東大野八幡神社の宮司1人がユーモラスにお尻を振ると、見物客からは「もっと振れ」という掛け声が飛んだ。
その年の豊作
福岡県糟屋郡須恵町 1月7日 ほっけんぎょう(ほんげんぎょう) 地区内の広場 地域住民  若者が準備をする。孟宗竹、藁、女竹などをとんがり帽子のような形に立てる。高さは約5m。火をつけて祭る。その火は家のクドから持ってきたものを移して火を付ける。
 この火で焼いたコンブ、スルメ、モチなどを食べると病気をしないし、長生きする。書き初めの紙を燃やし、その紙が火の勢いで高く上れば上るほど、習字が上手になるといわれる。
 正月のしめ飾りもこの時燃やす。竹は完全に焼いておかないと、その燃え残りがヒラクチ(まむし)になる。荒神様の飾りモチをこの火で焼き、家に持ち帰って、味噌に砂糖を入れたものを付けて食べると病気にならない。
 (2002年須恵町役場『広報すえまち』)
習字の上達、無病息災
福岡県八女市 2011年1月10日 ほっけんぎょう 同市吉田の田んぼ 地域住民  市立長峰小学校のPTA経験者でつくる父親たちの団体「峰倶楽部」主催の新年行事「ほっけんぎょう」が今年で10周年を迎えた。会場には、住民約300人が集まり、燃えるやぐらを見守りながら食事や交流を楽しんだ。
 ほっけんぎょうは、地域では「どんど焼き」とも呼ばれ、家ごとに飾られた門松やしめ縄を集めて燃やし、神を送る行事。八女地域では昭和30年代まで各地で行われていた。
 峰倶楽部は1998年にPTA活動をしていた父親たちが、「年度が変わっても今のつながりを生かした活動をしよう」と発足。ほっけんぎょうは子どもたちが元気に外で遊べ、地域の一体感を生み出せる行事になればと2001年に始めた。
 会員は、子ども時代の記憶を頼りに毎年試行錯誤を続け、今年は青竹を高さ約15mまでくみ上げた巨大やぐら2基を設置して、燃やす。

 

子どもたちが元気に
福岡県宮田町磯光 1月13日 どんど焼き 地区内の広場 地域住民 各家庭から持ち寄ったしめ縄やお札を木のやぐらに入れ、ヒノキの葉で覆い、地区内の普光王寺に住職が祈願した後燃やす。ぜんざいやイノシシの焼き肉がふるまわれる。 無病息災
福岡県太宰府市 1月7日夜 鬼すべ 太宰府天満宮 氏子、地域住民、観光客約2万人 法被に縄鉢巻き姿の氏子約400人が、鬼を退治する燻手(すべて)と、鬼を守る鬼警固(けいご)にふんして参加。午後9時過ぎ、燻手が境内にある「鬼すべ堂」の前に積んだワラと生松葉に火を放ち、立ち上る煙を大うちわで堂内に送り込む。これに対して、鬼は煙を外に逃がそうと、堂の板壁を木づちで打ち壊して応戦するが、最後は神職が豆を投げつけて鬼退治。 一年間の無病息災を祈願
福岡県豊前市畑地区 2009年2月1-15日 おこもり小屋(市無形民俗文化財)、どんど焼き   畑どんど焼き保存会  おこもり小屋は形は、竹やわらで作った小屋(幅約4m、奥行き約5m、高さ約3m)が特徴。かつて小屋造りは地域の子供たちの手で行われていたが、現在は少子化のため「畑どんど焼き保存会」が引き継いでいる。今年は1日に会員約20人が約8時間かけて完成させた。
 市立角田小の児童らが見学し、地域の伝統行事を学びながら交流を深めようと毎年、家庭科と総合的な学習の時間に見学している。
 2009年には児童がおこもり小屋で地元の古老から地域に伝わる民話を聞いたほか、住民が焼いたウインナーやかき餅、会員が仕留めたシカの肉などを食べて交流を深めた。
どんど焼きは15日午後7時半ごろからの予定。当日は午前10時からつきたて餅の販売、午後5時半には神楽の奉納もある。
五穀豊穣、無病息災
大分
大分県日田市天瀬町高塚地区 2015年1月14日夜 「福俵引き」 地区の約40戸の民家や商店 男衆と住民  「福俵引き」は地区内の各戸の玄関で七福神に扮した男衆と住民が福俵を引き合う小正月行事。長年途絶えていたが、地元有志が1977年に復活。現在は高塚福俵保存会が引き継ぎ、毎年実施している。
 色鮮やかな衣装のえびす、大黒、弁財天などに扮した男衆が「引いちょくれ」「祝(いお)うちょくれ」と言いながら、地区の家々や商店の玄関に五穀の入った福俵を投げ入れた。福俵を引き込むと福が来るとされ、住民は家族総出で俵に付いた縄を七福神と引きあった。俵引きが終わった後は日田式の手締め「打ち込み」をして家内安全や商売繁盛を願った。
子宝に恵まれ、家族や夫婦が円満な1年になるよう祈る
大分県九重町 1月13日夜、2015年は1月10日夜 どんど焼き(花火・ザ・宝泉寺) 宝泉寺温泉街 地元の温泉旅館組合  客の少ない冬場の呼び物として平成元年に始めた。
 約2000発の花火を上げるなかで、お祭り広場では、積み上げた杉や竹を燃やす。観光客には七草雑炊や甘酒が振る舞われた。
 2015年は「花火・ザ・宝泉寺巨大どんど」として開催。巨大どんどは、スギの支柱3本に竹約100本を立てかけ、7日に重機を使って1日がかりで組み立てた。2015年に合わせて高さは20・15mとした。数百の竹灯籠に灯がともり、花火2千発が打ち上げられた。
 
大分県宇佐市上拝田 1月4日夜
(2007年)
鷹栖観音鬼会(たかすかんのんおにえ)=市無形民俗文化財、千日参り 鷹栖観音堂一帯 地域住民、観光客  1200年の歴史がある。毎年1月4日午後8時過ぎから、締め込み姿の男衆(2007年は約50人)がたいまつを手に駅館川(幅約70m)を胸までつかって渡り(先頭の若者は鬼面=市指定有形文化財=を首からつるしている)、観音堂を参拝。この後、高さ約15mの巨大な「どんど」に点火し、「赤鬼」と「青鬼」の2組に分かれ、松明をたたき合って、悪魔払いを行う。参拝客は火の粉を浴びて厄払いをする。
 地区外からの一般参加も受け付けており、開始前までに申し込みをすれば、ふんどしやさらしなどを貸し出す。女性の参加も可。
 一方、千日参りは1月10日午前8時ごろから、鷹栖観音堂で開催。この日に参れば千日参ったのと同じ御利益があるとされる。住職が参拝者の頭上で経典を広げ、家内安全や無病息災を祈願する。鷹栖観音は「知恵観音」とも呼ばれ、例年、受験生やその家族らでにぎわう。合格祈願のお札も用意する。
無病息災、五穀豊穣を祈願する
大分県宇佐郡安心院町 2月9日 どんど焼き 安心院町辻 地域住民  安心院活性化が目的で、実行委員会が企画。祈祷師の無病息災の祈りのあと、竹を積み上げたものと正月飾りを燃やす。中にロケット花火を仕掛けて、勢いよくとばす演出もある。赤、白、緑、黄など色とりどりの持ちを長いたけひごに刺して、焼いて食べる。大人には、竹筒にあたためたカッポ酒をふるまう。会場の周りには餅を竹を割った竿に刺した花餅をたてて飾る。 無病息災
長崎
長崎県五島市内 2010年1月7日早朝 オンノホネ(鬼の骨)焼き 市内各地 地域住民  五島市内各地で7日早朝行われた。全国各地に伝わるどんど焼きと同じで一年の平穏と健康を祈る正月行事。
 約300世帯の半農半漁の集落・大浜地区では、大浜漁港内の空き地に地区民約100人が参加。午前6時ごろ、町内会や老人会などが青竹や廃材などを積み上げた高さ約3メートルのやぐらに点火し、火柱が上がった。
 門松やしめ縄などの正月飾りが火に投入され、青竹が破裂するたびに人々は「オンノホネ」とはやしたて、残り火で餅を焼いて食べ、一年の健康を祈った。オンノホネでは、餅を焼いて食べると健康で過ごせ、書き初めを燃やすと字が上手になるといわれている。オンノホネとは、やぐらの心柱を「鬼の骨」といって、これを大きな音をたてて、焼くことで悪鬼退散を願うとされている。
無病息災
長崎県五島市下崎山町 2009年1月16日、2014年は19日、2015年は18日 ヘトマト(国指定重要無形民俗文化財) 白浜神社ほか町内各所 地域住民  福江市下崎地区に古くから伝わる民俗行事で、起源や語源については全く不明という奇祭。国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 ヘトマトは、白浜神社での奉納相撲で始まり、集落の通りで新婚の女性が酒樽の上に乗ってする「羽根つき」、体中にかまどのスス「ヘグラ」を塗った若者たちが、沿道の見物人にも塗り付けて回り、ワラで作った玉を奪い合う「玉せせり」、大綱引き、長さ3mの大草履に、観衆の中から見つけた娘さんを乗せて町中を練り歩き、最後に山城神社に奉納するまでの一連の行事がヘトマトと呼ばれる。
豊作豊漁、子孫繁栄、無病息災、子宝と安産を願う
長崎県長崎市 2015年2月19日 長崎ランタンフェスティバル 主会場の湊公園ほか中華街など市内中心部 商店主や住民、観光客  長崎ランタンフェスティバルは長崎の華僑らの催しをもとに1994年に始まった。中国の旧正月に当たる春節を祝い、約1万5千個の中国ちょうちんを街中でともす。旧暦小正月の3月5日までの期間中、媽祖行列や中国雑技、中国獅子舞が披露されるほか、中華菓子などのグルメも楽しめる。90万人以上の人出を見込んでいる。
 2月19日には長崎新地中華街に近い湊公園で午後6時、えとの未(ひつじ)にちなんだ高さ10メートルのメーンオブジェが点灯された。  
中国の春節(旧正月)に合わせて新年を祝う
長崎県長崎市 1月12日 どんどファイアーフェスティバル 新戸町公園 同市消防団第十六分団後援会と近隣自治会が開催。地域住民や子どもたち  高さ約八メートルに積み上げられた笹を燃やす。残り火で焼いたもちを、ぜんざいにしてふるまう。  
長崎県諫早市高来町 2016年1月9日 どんど焼き 自然干陸地 地域住民や子どもたち   地元自治会の役員らでつくる「どんど焼き伝承会」が毎年開き6回目。やぐらは昨年12月に同会メンバーらで竹などを組み立てて作製。高さ15メートル、13メートル、8メートルの3基のやぐらを設置した。住民ら約300人が集まった。
 やぐらに市立高来西小の児童の書き初めを張り、住民の正月飾りなども入れた。神事の後、同校の申(さる)年の男子児童がやぐらに点火した。住民は残り火で餅やサツマイモなどを焼いて食べ、親睦を深めた。
 
佐賀
佐賀県佐賀市 2013年1月6日夕 鬼火たき(ほんげんぎょう 市内各地 地域住民  鬼火たきは、住民が不用になった正月飾りを持ち寄って燃やし、無病息災を祈る伝統行事。兵庫小学校のグラウンドでは兵庫町子ども会と地域団体が協力し合って準備したやぐらの中に、しめ縄や門松を入れて午前6時20分に点火。参加者は炎で暖を取りながらぜんざいを味わった。 今年の無病息災や家内安全などを祈る
佐賀県佐賀市 1月15日夕 「お火たき」神事 佐嘉神社 地域住民  境内の照明が消され、やみに包まれた中で、白装束の神職らが「火きり」と呼ばれるきりもみ式の道具から火をおこす。この火は「斎火(いみび)」と呼ばれ、みこがたいまつに移して運び、神職が正月飾りや古い絵馬やお守りが積まれたやぐらにたいまつで点火する。
2014年には、境内には、丸太60本を組み、お札や正月飾りなど約5万体が納められた縦横4・5m、高さ3mの斎場が設けられ、参拝客約100人が訪れた。
今年の無病息災や家内安全などを祈る
佐賀県佐賀市 1月13日 ほんげんぎょう(鬼火たき) 北川副小グラウンド  自治会や婦人会など同校区の十六団体でつくるふれあい振興会主催。地域住民、こども約1000人 まくら木を青竹で囲ったやぐらを燃やす。集まった住民は燃え上がる炎に、正月かざりや昨年のお守りなどを次々と投げ入れた  
佐賀県佐賀市 2014年1月5日 ほんげんぎょう(鬼火たき) 高木瀬小 PTAや子ども会、地区住民約500人  高木瀬校区では約30年前にPTAや子ども会が中心になって復活させた。
 地域では「ほんげんぎょう」は本来正月7日早朝に行い、「鬼火たき」などとも呼ばれている。円すい状に高く組んだ竹を住民約500人で囲み、子どもたちが午前7時にたいまつで点火。空高く炎が上がった。住民は暖を取りながら新年のあいさつを交わし、うどんや餅に舌鼓を打った。
 地域の「高木瀬を愛する会」の中間義博会長は「年の初めに多くの住民が顔をそろえ、地域のつながりを感じられる大切な行事。ずっと守っていきたい」と話していた。
無病息災、この火で焼いた餅を食べ、灰をかぶると、その年は病気にならないとされる
佐賀県唐津市十人町 2014年1月7日夜 おんじゃおんじゃ 唐津天満宮 参拝客  「おんじゃおんじゃ」は、邪気を払う掛け声の「鬼じゃ 鬼じゃ」がなまったものと言われ、巨大なたいまつと正月飾りを燃やして鬼を天に追い払い、無病息災を願う伝統行事。
 おんじゃおんじゃは、長さ10m、直径1mの青竹でできたたいまつを、門松やしめ縄と一緒に焼く。江戸時代から続いているという。
 午後8時ごろ、地元消防団員に担がれ、町内を回ったたいまつが境内に到着。たいまつに火がともされ、境内を3周した後、正月飾りが積まれたやぐらに立てられると、炎が舞い上がった。
無病息災
佐賀市蓮池町見島地区 2016年2月13日夜 「見島のカセドリ」(国重要無形民俗文化財) 地区の各戸 住民   見島のカセドリは、約370年前から同地区に伝わる小正月の伝統行事で、未婚男性2人が、笠とワラ蓑をまとって神の使い「加勢鳥(かせどり)」というつがいの鳥に扮する。青年らは、地区の19戸の家々に勢いよく飛び込み、先を裂いた青竹を畳にガチャガチャと打ち付けて悪霊を払い、福を呼び込んだ。
 笠で隠れたカセドリの顔を見ると縁起がいいとされることから、家人は茶を振るまい、顔をのぞき込んでいた。
悪霊を払い、福を呼び込む
宮崎
宮崎県都城市 2015年1月14日夜 小正月行事「カセダウイ」 市内各地区 地域住民  「カセダウイ」は、顔にすすを塗り、蓑傘(みのかさ)をつけた福の神が家に上がってきて、物を売りつける都城地方の小正月行事。豊作や無病息災などを祈る行事として市内各地域で行われている。値段の交渉を無言で行うのがしきたりで、滑稽な身ぶり手ぶりで商談をまとめる。しかし、戦後、途絶える所が多く、各地で復活の動きがある。
 都城市丸谷町では、伝統行事を復活して今年で10年目。薄谷自治公民館壮年団の3人が福の神に扮し、11軒を訪問。「かせだ売り」と書いたボール紙を首に下げ、世間話や焼酎の接待を受けながらも、こっけいな身ぶり手ぶりで野菜や果物、花などをご祝儀相場で売りつけた。帰り際には家人から「田の水が枯れないように」との願いがこめられた水をバケツでかけられた。
今年一年の豊作、無病息災、家内安全
宮崎県都城市 2016年1月9日夜 おねっこ 都城市近郊の各所 地域住民  「おねっこ」は、竹でやぐらを組み、門松やしめ縄を持ち寄って焼く都城市近郊の伝統行事。宮城では正月の火祭りを「鬼火たき」と呼ぶが、都城地方では「おねっこ」と呼び、旧薩摩藩ゆかりの地に伝えられている。竹が火ではじける音が災厄の鬼を払うとされている。
 平塚町狐塚地区では狐塚自治公民館が主催して行われ、住民や子供が昨年末、田に高さ10m以上の竹やぐら二つを組んだ。一つは行事の開始を告げる予告用で簡易に作ったもの、もう一つは竹の量を増やした本格的なやぐら。9日は午後6時半に点火され、集まった人は今年1年の無病息災を願った。また、会場では温かいぜんざいや豚汁が振る舞われた。
今年一年の無病息災
宮崎県川南町 2014年1月14日 もぐらたたき 町内各地区 地域住民と子どもたち  もぐらたたきは、100年以上前から続いている伝統行事。春の耕作期を前に畑を荒らすモグラを追い払って五穀豊穣を祈願する。この日は、子どもたちが家々を訪ねて竹棒で地面をたたいて回った。 今年一年の無病息災、家内安全
宮崎県宮崎市宮田町 1月14日夜 どんど焼き 宮崎八幡宮 地域住民約5000人  境内で正月で家庭で飾った門松やお守を燃やし、その火でもちを焼く。
 2011年には1月15日夕、どんど焼きを行い、地元の人たちが無病息災と家内安全を祈願した。
今年一年の無病息災、家内安全
宮崎県えびの市原田 2011年1月7日午後6時10分ごろ どんど焼き 川内川河川敷 地区住民  厄よけ祭事「どんど焼き」で、青竹で組んだ高さ約15メートルのやぐらの支柱が突然倒れ、どんど焼きの様子を携帯電話のカメラで撮影していた近くの男性住民(54)の頭を直撃した。この住民は搬送先の病院で約2時間半後に死亡が確認された。
 県警えびの署によると、やぐらは4本の青竹の支柱と、角材を井げたに積み上げた四角柱状で同日午後6時過ぎに点火。風の影響で南側部分が激しく燃えて4本の支柱とも南側に崩れ落ちた。うち1本が男性を直撃した。
 
宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町 2010年1月10日夜 日本一高い「どんど焼き」 同町大字鞍岡字広瀬の広場 地域住民、観光客等  毎年、やぐらの高さでギネス記録に挑戦している。材木を大型クレーンを使って立て、周りに竹を何十本も束ねてやぐらを組み、結果37.212メートルを達成した。中に門松や注連飾りなど入れて焼納した。やぐらの火で餅を焼いて食べる。
 (NPOデジ研の全国調査の範囲では、やぐらの高さでは日本一の記録となります。)
(※町役場の奥村様から記録写真とともに情報提供していただきました。)
今年一年の無病息災
宮崎県門川町 2015年1月11日夜 小正月行事「柳もち」作り 庵川東公民館 地域住民  「柳もち」は、柳の枝に紅白や緑色の餅を付けて家の内外に飾り、豊作と家内安全を祈る小正月行事。柳もち作りの体験講座は、牧山、庵川東両地区の農家でつくる「牧山・庵川東農業用地利用改善組合」が7年前から開いている。親子連れら35人が蒸したもち米約20キロを臼でついた後、親指大に丸め柳の枝に付けた。 豊作と家内安全を祈る
熊本
熊本県熊本市北区貢町 2014年1月12日 どんどや フードパル熊本 地域住民や観光客約7000人  小正月の火祭を熊本では一般に「どんどや」、「鬼火たき」と呼ぶ。フードパルの出店業者や西里地区の住民らでつくる実行委員会が毎年開いている。
 神事の後、青竹で作った高さ約20mのやぐらに点火した。参加者は、残り火で竹ざおにくくりつけた餅を焼いて食べた。会場では、お神酒のふるまいや神楽のほか、企業からパンやハチミツなど商品のプレゼントもあった。
一年の無病息災や五穀豊穣を願う
熊本県山鹿市菊鹿町阿佐古(あさこ)地区 2014年1月14日夜 「かせいどり打ち」 地区の各戸 小中学生14人  「かせいどり打ち」は約600年前から伝わる小正月の行事。かせいどりは、しめ縄にアワの穂を刺した縁起物で、「稼ぐ」と「取る」が語源とされ、豊作などの願いが込められている。
 この日は夕方、小学1年〜中学1年の男女14人が今年の頭を務める蔵原君の家に集合。顔に墨を塗り合い神の使いに変身すると、地区の乙皇(おとすめ)神社で「かせいどり」を清め、4班に分かれて全戸を回った。
 子どもたちは、真っ黒な顔で「かせいどり、どっさりお祝いなー」と言って家々を訪問。かせいどりで玄関をたたき、家の人に手渡し、お礼のお菓子や餅をもらった。かせいどりは1年間、お守りとして各家に飾られる。
農作物の豊作を願う
熊本県錦町 2014年1月11日 「しゅんなめじょ」 福島保育園 園児や保護者ら約100人  「しゅんなめじょ」は熊本県人吉球磨地方の伝統行事。農作物の豊作を願う小正月の行事で、木の枝に和紙の衣を着せた人形などを米俵に挿して飾る。錦町の福島保育園は、地域の伝統行事を子どもたちに伝えようと30年以上前から毎年続けている。
 この日は、園児や保護者らが、ネムノキなどの枝の先に顔を描き、色とりどりの絵柄を描いた和紙の着物を着せて人形を作り、米俵に挿した。紅白の餅を付けた木の枝も飾った。
 園児たちは運動場などで、もぐら打ちも体験した。
農作物の豊作を願う
熊本県山都町 2016年1月7日 「鬼火たき」 二瀬本神社近くの広場 地区住民約20人  鬼火たきは、燃やした竹のはじける音で鬼を追い払うという正月の伝統行事で、山都町では毎年1月7日に行われる。2016年は7日午前6時に地区の住民約20人が広場に集まり、準備していた竹を燃やした。集まった人たちは、その火で餅を焼き、「1年間は病気にならない」と言って食べた。
 鬼火焚きの行事では、竹の先を割って地面に突き刺し、鬼が入るのを防ぐ「鬼の目はじき」や、竹を曲げて作る「花籠(はなかご)」と呼ばれる魔よけの飾りものも作られ、家の玄関に置かれた。
その年の無病息災
熊本県あさぎり町上北 2016年1月9日 「しゅんなめじょ」 あおぞら幼稚園 同園園児、卒園児  「しゅんなめじょ」は、人吉球磨の小正月行事。ネムノキの枝に紙の衣を着せた人形などを米俵に飾る。数が多いほど田植えの加勢や収穫が増えるといわれる。園児や保護者、卒園生ら約30人が参加。カラフルな動物のイラストなどを描いた人形を次々に差した。 五穀豊穣、園児の健康祈願
熊本県さつま町紫尾 2016年1月14日夜 「もぐら打ち」 集落の家々 紫尾小学校(児童数25人)の児童ら  もぐら打ちは、五穀豊穣(ほうじょう)などを願う小正月の伝統行事。子どもたちが、田畑の害となるモグラを追い払い、豊作などを願う。紫尾小学校の児童らが、数班に分かれ、集落の家々を回った。
 「モグラウチャモタンカ」などと歌いながら、先端にワラ束をくるんだ棒で地面を元気よくたたいた。家々ではお礼にお菓子をプレゼントした。
五穀豊穣祈願
熊本県阿蘇町黒川 1月7日早朝 鬼火たき 黒川広場 地域住民  竹などを組んだやぐら(高さ約七メートル、直径約五メートル)を夜明け前、鬼を追い出すために火を入れ、バチバチと大きな音をたてて、勢いよく燃やす。七草かゆが竹筒に盛ってふるまわれる。 1年の無病息災
熊本県砥用町 1月12日 みどり川湖どんど祭り 緑川ダム湖畔広場 地域住民やこども約三千人 間伐材や竹などで三基のやぐらを組む。高さ約20メートル。九州でも最大規模という。地元の人たちの正月飾りなどを積んだ後、子供会の代表らが点火する。残り火で鏡もちを焼く。  
熊本県玉名市 2013年1月17日 シシクイ祭り 滑石(なめいし)諏訪神社や公民館 地域住民やこども  同神社の祭神・建御名方大神(たけみなかたのみこと)が農作物を食い荒らすイノシシを鎌で退治し、その肉を農民に分け与えたことを起源に、千年以上の歴史を持つといわれる伝統行事。滑石諏訪神社周辺の5地区の持ち回りで行われる。
 当日は、神社で神事が行われた後、神社前にある御池(みいけ)に座元の男性が入り、池の中央に御幣(ごへい)を立てる。なぜ池に御幣を立てるかは不明。次に、神社に戻り今年と来年の座元が袴姿で向かい合い、世話役を引き継ぐ節頭渡しが行われる。
 神前に魚の口に梅の枝を刺したものが供えられるほか、柳で作った箸で刺し身を取り分けるなど、ユニークな習わしである。最後に、公民館などで地域の人に猪肉とゴボウの煮物が振る舞われる。
農作物を守り、五穀豊穣を祈る。多産で知られるイノシシにちなみ、子孫繁栄を願う。
熊本県天草市 1月7日 天草のおねび焼き 市内各地 地域住民  おねび焼きは、「鬼火焼き」がなまったもので、「悪魔退散」を願う伝統行事。大人たちはカシの枝や竹を煙にかざし、その枝などで体をたたく。「悪い所をたたくと病気が早く治る」と伝えられている。五和町鬼池宮津築では、門松を焼き、燃えさしが消えたところで、自宅に持ち帰り玄関の横に飾る。地元では「鬼の骨」と言っている。牛深市魚貫町では同じように屋根に挿す。
(この項天草市立中央図書館)
 
鹿児島
鹿児島県曽於市 2016年1月12日 「鬼追い」 熊野神社 地域住民、参拝客  「鬼追い」は、1200年以上の歴史があるといわれる新春の伝統行事。厄年を迎えた数えで25歳の青年たちが鬼にふんし、「鬼ん手」と呼ばれる棒を振り回しながら、参拝客の間を勢いよく駆け回る。鬼は御幣と呼ばれる白い紙を身にまとっていて、これを持ち帰ったり、鬼にたたかれたりすると、1年間、健康に過ごせると言われている。参拝客は、御幣を手に入れようと鬼を追いかけていた。 その年の健康
鹿児島県伊佐市菱刈前目 2014年1月13日 メノモチ 農産物直売所「まごし市場」 買い物客  メノモチは、餅を付けた枝先がしなう姿を、こうべを垂れる稲穂になぞらえ、五穀豊穣を祈る行事。2001年から毎年飾り付けている。
 今年も市場に出荷する生産者45人が早朝から100キロ分の餅を小さく丸めて、紅白、黄、緑4色の丸餅に作り、高さ4mのエノキの枝先に1個ずつ取り付けた。メノモチ飾りは、春の訪れを喜ぶ満開の花のよう。19日まで展示された。14日午前11時から、家庭用のメノモチを200円で販売した。同市場=0995(26)3755。
その年の五穀豊穣
鹿児島県伊佐市大口原田 2014年1月12日 メノモチ 内田さん方 子や孫ら10人  内田さん方では、小正月の風物詩「メノモチ」を個人宅で守り続けている。部屋の一角を占領する巨大メノモチは、枝先に計30キロの丸餅が取り付けられる。2月中旬まで来訪者を楽しませる。
 内田家では、土台となる米俵のわら、中に詰める玄米、餅米まで自家製にこだわる。内田家は、この伝統を80年以上にわたって継いできた。12日、子や孫らが約10時間かけて、4色の丸餅をエノキの枝に刺して完成させた。
その年の豊作
鹿児島阿久根市波留の倉津地区 2015年1月16日 麦ほめ 集落の各戸 子どもたち  「麦ほめ」は、子どもたちが家業繁栄を願って家々を褒めて回る小正月行事。同地区は漁業関係者が多い港町。麦ほめは戦前から伝わり、半農半漁で麦作が盛んだった時代は豊作祈願として「「ゆえもそかーい!(祝いましょうか)。ここの麦はええ麦」と褒めて回ったが、現在では麦作がなくなったため、「○さんの船はええ船。出さえすりゃ金千貫千貫(かねせんがんせんがん)」などとその家の家業繁栄などを願うように変化したという。
 少子化の影響で2009年以降は女子も参加している。同日夕、子どもたちは二手に分かれて各家を訪問。小学生は丁字形の杖を腹に押し当てながら、各家の玄関先で「金千貫千貫」の元気な声で唱えた。褒められた家の人は、子どもたちに祝儀を渡すのが慣例となっている。
 2013年は1月14日に行われた。(この項、阿久根市役所広報も参照)
その年の豊作
鹿児島県薩摩川内市下甑島 毎年の大晦日(12月31日)夜 ユネスコ無形文化遺産「甑島トシドン」 地域の子どものいる家々 甑島トシドン保存会、地域住民  「甑島のトシドン」は、下甑島に伝わる来訪神の行事。1977年、国の重要無形民俗文化財指定、2009年、日本で最初のユネスコ無形文化遺産に登録。トシドンと呼ばれる歳神に扮装した男性たちが子供のいる家々を訪れ、悪い子供を戒める。
 トシドンは、長い鼻に大きな口の奇怪な面を被り、藁蓑(わらみの)などを纏い、首なし馬に乗って現れる。。天上界から子供たちの日頃の行いを見ていると言い伝えられる。訪れた家では、大声で子供を脅かしたり、よい子になるよう諭したりし、最後に「年餅」と呼ばれる大きな餅を子供に与えて去って行く。年の初めや季節の変わり目に神々が訪れて人々に祝福を与える、あるいは、神々が訪れることで年が改まる、という日本人の民間信仰や神観念を伝える行事。
(この項出典文化庁文化遺産オンライン、wikipediaなどによる)
悪い子どもを戒め、大きな年餅をこどもに与える
鹿児島県薩摩川内市入来町副田 2014年1月14日夜 「かせだうち」 辻原自治会の各戸 地域住民  「かせだうち」は、七福神が新築の家を訪れ、珍料理でもてなしを受ける小正月の伝統行事。辻原自治会では本年度に3軒が新築し、約10年ぶりに行われた。七福神などに扮(ふん)した人々が新築世帯を回り、家内安全や繁盛を祈願した。
 昨年7月に新築した家では、ひょっとこやおたふく、大黒様のお面や安倍晋三首相のマスクを付けたユーモアあふれる姿の神様が登場した。おはらいの後は、カエルの卵や鶏の頭、オタマジャクシ入りのすまし汁といった珍料理で神様をおもてなしした。
家内安全や繁盛を祈願
鹿児島県鹿児島市西千石町 2014年1月13日 「破魔投げ」大会 市民広場 住民や子どもたち27チーム約150人  正月行事「破魔(はま)投げ」は保存会が開催し、50回目を迎えた。木を輪切りにした破魔を先が曲がったボット(棒)で打ち合う遊び。藩政時代から約800年の歴史があるとされる。
 大会は5人1組で競う。見物客から「行け行け」「走れ」と声援が飛んだ。保存会では「伝統文化として今後も伝えていきたい」と話した。
その年の豊作
鹿児島県鹿児島市油須木町 2007年1月14日夜
カセダウチ 高齢者介護事業所「ほたるの里」 町内の住民有志  住民有志が太古から油須木に住むという神々に扮して、小正月に地域の新築の家をお祝いして訪問する。神々は滑稽な所作、問答をしながら大黒の置物や財宝を贈呈する。
 前年8月に開所した事業所側では、鶏の頭やオタマジャクシの吸い物などゲテモノ料理でもてなした。会場は爆笑に包まれた。
 2013年には14日夜、大工を営む家で行われ、家主が、オタマジャクシが泳ぐ吸い物など珍料理でもてなした。「出雲の国は何県?」「志村けん」などの軽妙な問答やナンコの掛け合いで、新居には笑い声があふれた。
新築を祝う
鹿児島県指宿市山川の利永集落 2014年1月14日夜 「ダセチッ」 地区の新婚家庭 地域住民  「ダセチッ」は、子宝を願う小正月行事。子どもたちが新婚家庭などを訪問。祝いの言葉を唱えながら「ダセ棒」で庭の地面を突き、赤ちゃんの誕生を祈った。
 「ダセ棒」は、センダンの木で作り、長さ50〜80センチほど。児童ら約30人は冷たい雨が降る中、集落内を練り歩き、「ダーセンダーセン、ツギナッタツギナッタ…」などと唱え、棒で何度も地面を突いた。
 昨年結婚した鹿児島市の会社員福元さんは、妻の実家で夫婦一緒に出迎え。お祝いを受けた後、お礼のお菓子を渡し、「楽しい新年を迎えられた。子どもは3人はほしい」と笑顔で話した。(※行事の形から「かせだうち」と「もぐらうち」が合体したように見える)
家内安全や繁盛を祈願
鹿児島県指宿市山川の浜児ケ水集落 2014年1月7日 サンコンメ 集落内 中学生や地域住民  「サンコンメ」は、中学生や住民らが小銭を詰めた竹筒を担いで舞い、一年の健康や豊作など地域の幸運を願う新年の伝統行事。
 竹は長さ2メートルほど。住民が見守る中、中学生らが「無病息災」などと書かれた半紙を張ったかさをかぶり、竹を担いで踊るように何度も回転。フラフラになりながら、竹を勢いよく地面にたたきつけた。割れた竹から小銭が飛び散ると、子どもたちが一斉に集まり先を競って拾い集めた。
一年の健康や豊作を祈願
鹿児島県指宿市西方の尾掛集落 2014年1月5日 イシナト 公民館 小、中学生や地域住民ら20人  「イシナト」は、小中学生らが地面に置いたり、転がしたりしたダイダイなどの的に向かって竹矢を放ち、幸運や健康を祈願する伝統行事。
 射手は北指宿中1年と、魚見小6年男子2人。的のダイダイ、ボンタンは直径7〜20センチ程度と小さく、2メートルほど離れた場所から竹矢を放つ。住民らが「イシナト、イシナト、何じゃなか、飛べよ」の掛け声を受けて、的を射抜くと、歓声が上がった。
一年の幸運や健康を祈願
鹿児島県枕崎市桜木町の小江平地区 2014年1月10日 破魔(ハマ)テゴ 小江平公民館 小、中学生や地域住民  ハマテゴは、子どもたちが転がるダイダイの的に矢を放ち、悪魔祓いと無病息災を祈願する鹿児島県南薩地区の正月伝統行事。地域住民が見守る中、かすりの着物に、げた履き姿の男の子たちが竹製の弓を持って、横一列に並び、太鼓の音に合わせ転がるダイダイに次々と矢を放った。ダイダイを射止めた男の子は、矢を揚げ「テゴテゴ」勝ち名乗りを上げた。この後、女の子や大人たちも加わって矢を放った。 一年の悪魔払いと健康祈願
鹿児島県日置市吹上町、伊集院町古城 2013年に吹上町では9月20日、伊集院町では11月7日 「もちひっぱれ」 各集落の田の神像前 子や孫ら10人  「もちひっぱれ」は、新米でついたもちの両端をくわえた2人が引っ張り合い、五穀豊穣(ほうじょう)を祈る伝統行事。伊集院町では約230年前から続くとされる田の神講の行事。
 吹上町では以前に数地域で行っていたが、小野地区だけが存続し、2012年春まで春と秋の年2回実施してきた。伊集院町では秋は毎年旧暦10月の最初のうしの日に行っている。
 2013年は吹上町の花田地区公民館が支援し、花田小学校1、2年生が参加して復活した。餅は「田の神像」全体にも貼り付けて供えた。その前で2人が四つんばいで向き合い、細長い餅を両方からくわえて引き合った。勝敗のルールは「自分に近い場所で切れたら負け」。伊集院町古城の行事では、周囲の人が「きばれ、きばれ」と盛り上げた。
その年の豊作
鹿児島県蒲生町下久徳 2010年1月14日夜 もぐらうち 地域の家庭の庭 三池原上子ども会の子供たち  伝統の小正月行事「もぐらうち」は、幼児から小学6年生まで27人が参加。自治会内約70戸で庭をたたいて農作物を食い荒らすモグラを追い払い、今年の豊作を願った。
 子どもたちは2班に分かれ、家々を回った。わらを束ねて棒状に巻いた長さ約80センチのもぐら打ち棒を手に、庭先で輪になって「もぐらうっで、ぼちょ(もち)くいやい」と掛け声をかけながら地面を力強くたたいた。
 各家庭ではお菓子やおもちを用意、子どもたちにプレゼントし、ねぎらった。
農作物が豊作になるように願う。
鹿児島県菱刈町 1月13日
(2007年)
メノモチ飾り まごし市場前 市場に米や野菜など地元農産物を出荷する会員ら60人余り  メノモチは「繭の餅」の意味。早朝から100キロの餅をついて、紅白、緑、黄と4色に丸め、山から切り出したエノキの枝(高さ6m)に結びつけて飾った。1週間ほど飾る。
 翌14日は、市場前に鰯の味噌煮500食を用意して、朝9時からふるまった。魚や菜っ葉を包丁を入れずに煮て食べるという小正月の伝統食に則った行事。
繭や農作物が豊作になるように願う。
鹿児島県金峰町白川 1月6日、7日 白川おねっこ、鬼火たき   子供からお年寄りまで地域住民  モウソウ竹の骨組みを雑木で囲んだ高さ14メートルのやぐら(20畳の広さ)に夕方、小学生と大人約80人が集まり、ひざをつき合わせていろりを囲む。児童は学年ごとに歌や劇、今年の抱負を披露。大人は焼酎を酌み交わしながら拍手を送る。高学年児童や大人は、やぐらに火をつける7日早朝まで泊まり込む。  
鹿児島県山川町浜児ケ水 1月7日 サンコンメ、鬼火たき 集落内を練り歩く 地域の住民やこどもたち  サンコンメは15歳のニセ入り行事。集落の辻々で行う。笠をかぶった男子が、約2メートルの青竹に3650円分の硬貨を詰め込み、1人ずつ見物客の輪の中へ入り、青竹を肩に担いでぐるぐる回り、竹を地面にたたきつける。繰り返すうち、竹の裂け目から硬貨が飛び散り、取り囲んだ子供たちがわれ先に拾い集めた。
 このあと、住民は海岸に正月飾りの門松やしめ縄を持ち寄り鬼火たきをする。
1年の無病息災と五穀豊穣
鹿児島県南九州市知覧町東別府 1月14日夜 小正月の伝統行事・カセダウチ 地域の新築の家 新築の家の知人、友人
 カセダウチは「よく稼いだ家」の意味。新築の家に奇抜な格好で顔を隠した神々に扮装した知人、友人が大黒の置物とニセの財産目録を手土産に次々に祝いにやって来る。家の主人はとても箸をつけられない珍料理でもてなし、問答を繰り広げながら正体を暴こうとする。 新築の家を祝福する
鹿児島県肝付町内之浦地区 2016年1月7日 「ドヤドヤサー」 内之浦漁協近くの砂浜 地域住民  ドヤドヤサーは「鬼火たき」の一種で、地域の小正月行事。孟宗竹(もうそうちく)を束ねた高さ約20メートルの竹柱の根元で正月飾りなどを燃やす。地域住民らが燃えさかる炎と竹がはじける「パン」という音に無病息災と悪疫退散の祈りを込めた。火と煙にあぶられた竹柱の笹(ささ)は葉が落ちないとされ、縁起物として家に持ち帰る。
 火の勢いに耐えきれなくなった竹柱が海側に倒れると、見守っていた住民らは笑顔で笹を取り合った。笹は神棚や仏壇にお供えするという。
無病息災と悪疫退散
鹿児島県姶良郡姶良町三拾町 1月27日夜
(2007年)
姶良(あいら)ジャンボ鬼火焚き 町内の田んぼ 異業種交流で地域づくりに取り組む「あいらふるさとネットワーク」  1997年から開催している。町内の竹などを集めて鬼火やぐらを製作する。サイズは高さ約25メートル(2007年の場合)。このジャンボサイズの鬼火やぐらを燃やして、厄払いを行った。(主催者は世界一高い鬼火焼きを目標としている)
 2007年には、午後5時から同町のまむし太鼓保存会などが太鼓演奏、同6時半から鬼退治の儀式を行った。鬼退治では、やぐらの下に設置された鬼の面に同町の重富、帖佐両中学校の弓道部員が矢を射た。
 鬼退治の儀式に使った巨大な鬼の面は、真竹で組んだ土台に新聞紙を張り付けて水性ペンキで赤く彩色した縦3m30cm、横2m30cmの立体的な面で、町内の竹細工工房で製作された。
 午後7時、厄年を迎えた地域の人たちが鬼火やぐらに点火。やぐら全体が炎に包まれた頃、約200発の花火が上げられた。
炎で厄をはらい、今年の無病息災と幸運を祈った。

 
鹿児島県南種子町 1月15日 蚕舞(カーゴマー) 地区内の家々 集落の若者  種子島でも南種子だけに残る養蚕の予祝行事で、小正月の15日前後に集落の若者が蚕の化身(精霊)に女装し家々を回る。ネコヤナギの枝にさしたもちを蚕の繭として飾る。 養蚕農家がなくなった今も豊作祈願の風習として行われている
鹿児島県南種子町 1月20日夕 種子島どんど焼き 前之峯陸上競技場 地域住民  同町の上中本通り会が新しい種子島の行事にしようと2002年に初めて開催。正月に飾った門松やしめ縄などを持ち寄ってたき上げる。特産のインギー汁やぜんざい、つきたてのもちを無料でふるまう。 年間の無病息災や家内安全などを願う
鹿児島県屋久島町屋久島 1月7日 「祝い申そう」と「鬼火焚き」 地区内の家々 集落の若者、子どもたち、住民  屋久島では毎年1月7日七草の日、集落ごとに日中に門祝い行事「祝い申そう」、夕方に「鬼火焚き」の2つの伝統行事を行う。
 「祝い申そう」は、集落の子どもと若い衆が集落の家々を回って、めでたい福祭文である新年を祝う唄を歌い、その家の1年間の安全と繁盛を願う(新年の門祝い)。昔は各家で若い衆にお酒を振る舞ったが、今は各家で子供たちにお菓子、若い衆には金一封(千円ほど)を渡す。
 「鬼火だき」は各集落で夕方に行われる。お正月飾りのしめ縄や門松を持ち寄って燃やす。無病息災と一家の幸福を願う。鬼火焚きのやぐらは、若い衆がモウソウ竹を芯にして細いコサン竹とウバメガシの木を高く組み上げる。やぐらのてっぺんに鬼の絵を描いた紙が貼られる。
 鬼火焚きの点火は、七歳になる子どもたちが行う。ウバメガシは地元では「バチバチの木」と言われ、バチバチと音を立てて燃える。火の手が上がると、住民や子どもは鬼退治を行う。鬼の絵を目掛けて、石を投げる。弓矢を用意して、弓で射止めると縁起が良いという集落もある。(※屋久島「祝い申そう」の唄を末尾に引用)
この1年の厄払い、無病息災、幸福を祈願
鹿児島県奄美市 2016年1月14日 「ナリムチ(餅花)」 奄美大島、徳之島 地域住民  「ナリムチ(餅花)」は奄美大島北部や徳之島などで見られる地域行事。小正月(1月15日)の前日にあたる14日に、各家庭でナリムチを飾って、五穀豊穣や家内安全を祈る。
 ナリムチは、白・赤・黄・緑の4色に着色して、さいの目に切った餅を、ブブ木(リュウキュウエノキ)の枝に花が咲いたように挿して、床の間や仏壇、墓などに飾る。ブブ木は枝を切れば切るほど伸びることから「繁栄」を、鈴生りの餅のように「お金がたくさん成るように」などの願いが込められているという。
 奄美市名瀬井根町の商店などでは、10日ごろからナリムチ飾り用のブブ木の枝などを販売。ナリムチ前日の13日には、各店で家庭用やお供え用にナリムチ飾りを買い求める人の姿が見られた。
1年間の五穀豊穣と家内安全
沖縄
沖縄県糸満市 2015年2月19日(旧暦元日) 大漁祈願と拝所参拝  糸満漁港 地域住民  海人の町・糸満では旧暦の元日に、漁港で大漁祈願と航海安全を願う色とりどりの大漁旗を掲げた漁船がずらりと並ぶ風習が有る。
 同市糸満の白銀堂では、住民が祈願用の木箱「ビンシー」を抱えて、朝早くから参拝し、拝所に手を合わせて、この1年の家族の健康と幸せを祈願した。
 トゥシンユールー(大みそか)の18日には、糸満市糸満の中央公設市場で、朝から旧正月用の食材や家の門に飾るしめ縄、ササの葉や松の枝、切り花を買い求める客が訪れた。タイをかたどった色鮮やかなコーグヮーシ(らくがん)や鏡餅などの正月用食材を購入した。
大漁祈願、1年の家族の健康と幸せ
沖縄県南城市玉城百名 2015年2月23日 親田(うぇーだ)御願 仲村渠区 地域住民  南城市玉城百名の受水走水は琉球の稲作発祥の地とされる。仲村渠区の伝統行事「親田(うぇーだ)御願」は、区民らが田植えの儀式で豊作を願った。行事は毎年、旧正月後の最初の午の日に実施される。
この日は、地域の伝統行事を学ぼうと現地を訪れた百名小学校の児童約50人や区民らが見守る中、田植えの儀式を行った。
豊作を祈る
沖縄県宮古島市伊良部 2015年2月20日 「旧正月」の大漁旗掲げ 佐良浜漁港 地域住民  旧暦を重んじる佐良浜地区では漁師らが休漁し、漁船に大漁旗を掲げ、早朝から船霊(ふなだま)様に神酒や海の幸を供えて、向こう1年間の航海安全、大漁を祈願した。住民らは、先祖にごちそうを供えて親族で祝ったり、友達同士で盛大に祝杯を上げるなど、新年の喜びを分かち合った。この日は平良の池間地区などでも伝統の旧正月を祝った。
 佐良浜地区では、本家に分家の関係者らが盆にごちそうを乗せて訪れ、そのごちそうを神棚や仏壇に供えた。先祖に手を合わせて子孫繁栄を報告。祈願後、ごちそうを下ろして全参加者で会食した。
1年間の航海安全、大漁、子孫繁栄を祈願
沖縄県宮古島市上野地区野原集落 2014年1月30日 重要無形文化財「サティバロウ(里払い)」 集落内 子どもと女性  「サティバロウ(里払い)」は1993年、宮古島市平良地区島尻の「パーントゥサトゥプナハ」とともに「宮古島のパーントゥ」として、国の重要無形文化財に指定。毎年旧暦12月の最後の丑の日に行われる1年間の豊作祈願と悪霊払いの伝統行事。起源は不明という。子どもパーントゥを先頭に後方の女性たちが「ホーイホーイ」と唱えながら、集落内を練り歩き、厄払いをする。
この日、サティバロウの参加者は仮面をかぶった子どものパーントゥと小太鼓をたたく子ども、ほら貝を吹く子どもらを先頭に、クロツグとセンニンソウで組んだ草冠をかぶり、草帯を腰に巻いて、両手に悪霊払いのヤブニッケイの小枝をもった女性たちが続いた。
聖地の山嶽に向かってこの1年間の豊作を祈願したあと、行列を作って出発。集落の四辻では子どもらを囲んで女性たちが円陣を組み「ウルウルウルウル」と唱えた。
豊作祈願と悪霊払い
沖縄県宮古島市 2015年3月6日 あの世の正月「ジュウルクニツ(十六日祭)」 市内の各家庭 地域住民  十六日祭は宮古島市の伝統行事の一つ。旧暦1月16日(2015年は3月6日)に、あの世の正月「ジュウルクニツ(十六日祭)」を行う。宮古の家庭によっては仏壇に果実や菓子、豚肉・魚料理などのごちそうを供え、先祖に無病息災や子孫繁栄を祈る。
 十六日祭の前日の5日には、市内の各大型スーパーの食品売り場などでは、あの世のお金「ウチカビ(打ち紙)」や黒線香、切り花菊、天ぷら用の切り身魚、和菓子詰め合わせ、もちのパック詰めが並べられ、住民が買い求めた。
 2015年には伊良部大橋開通(1月31日)により、各大型スーパーには伊良部からの買い物客らでにぎわっていた。
先祖に無病息災や子孫繁栄を祈る
沖縄県宮古島市下地来間島 2013年9月25日 ヤーマスプナカ この1年に子宝に恵まれた家庭 島全体の住民  ヤーマスプナカは旧暦9月の甲午の日に行われる島最大の行事。生後1年未満の子どもの誕生を祝って島民が神酒を回し飲み、島全体で子孫繁栄を願う。その昔に来間島を救い、繁栄させたと伝えられる3兄弟の家元(長男スムリャーブナカ、次男ウプヤーブナカ、三男ヤーマスヤーブナカ)を中心に、2日間の日程で祭事が行われる。祭り期間中は沖縄本島や本土、八重山諸島から多くの出身者が集まる。15〜16世紀から続く行事とされている。
 初日は3兄弟の家元で子孫の繁栄を祈願する「サラピャース」と「マスムイ」儀礼が行われ、島民が生後1年未満の子どもの誕生を祝って神酒を回し飲む。2日目は島民が棒踊りや奉納踊りを披露しながら集落内を練り歩き、向こう1年の五穀豊穣を祈願する。
 祭りの初日、長男のスムリャーブナカでは午前8時30分ごろからサラピャースが始まった。家主の長間さんらが家元で作った神酒を「ピサギ」に入れ、角が二つ、足が四つ付いた祝い皿(ツヌザラ)に注ぎ住民に振る舞った。住民は祝い皿を頭上に上げて神に感謝する。子宝に恵まれた1年を祝いながら神酒を回し飲む間は、老若男女を問わず全員で神詩を歌い、生まれた子どもの健やかな成長を願った。
 この後、マスムイが行われ、ここ1年で生まれた子ども9人が紹介された。父親らがあいさつに立ち、島から離れて暮らしていても温かく見守ってくれる島民に感謝しながら酒を回した。
子どもの健やかな成長、子孫繁栄、五穀豊穣
沖縄県那覇市 2014年1月15日 ドンド焼き 那覇市の波上宮 地域住民  那覇のドンド焼きは、正月飾りや、昨年のお守りやお札などを燃やす古神札焚上祭(こしんさつたきあげさい)として行われている。宮司は「燃やすことで、神様に1年間お守り頂いた感謝を伝える」と説明した。各家庭などから持ち寄った縁起物は約7トン。1週間かけて燃やす。
 神主4人が祝詞を読み上げお払いをした後、宮司が火をつけた。炎の中から、ぱちぱちと竹が割れる豪快な音が響き、参拝者約40人が見守った。
 波上宮は古来、海の彼方から幸福を持ち来る神々に祈る「ニライカナイ信仰」の聖地、拝所とされてきた。神のお告げで王府が熊野三神を祀って以降は琉球朝野の篤い崇敬を受けた。海上交通・豊漁などの守護としての御神威が高く、また近年は厄除け・安産・家内安全・商売繁盛など諸願成就の神として篤く信仰されている。
厄除け・安産・家内安全・商売繁盛など諸願成就
沖縄県那覇市小禄 2014年1月8日 ムーチー(鬼餅) 小禄南保育園 園児たち  ムーチー(鬼餅)は旧暦12月8日にあたる1月8日に行う(2014年)。沖縄県内では、練った餅粉をサンニン(月桃)やクバの葉などに包んで蒸したムーチーを仏壇や神棚などに供え、厄払いと健康を祈願する習わしがある。
 小禄南保育園では7日、園児27人がムーチー作りに挑戦した。子どもたちは、紅芋や黒糖を練り込んだ2種類の餅粉を手で転がしたりたたいたりしながら平たくのばし、丁寧にサンニンの葉で包んだ。
厄払いと健康を祈願
沖縄県南城市久高島 2016年2月8日 神事「シャクトゥイ」 島の拝所 島民  「シャクトゥイ」は、旧正月にこの1年の家族の健康を願う久高島の神事。島の島の拝所で、「明けましておめでとうございます」のあいさつの中、島民が歌三線に合わせカチャーシーを舞った。
 シャクトゥイは島を一年間守った神や神人らへのお礼が目的だが、現在では健康を願う祭事になっている。神人が見守る中、2人一組の男性が神事用の器でお酒を飲んだ後に演舞した。
家族の健康
沖縄県竹富町黒島 2014年1月31日、2016年2月8日 「黒島の旧正月大綱引き」 黒島の東筋と仲本集落 島の住民と観光客  「黒島の旧正月大綱引き」は、2014年旧正月の1月31日、豊作と住民の無病息災を祈願する伝統行事。
 黒島東筋部落会は31日午後2時すぎから、黒島伝統芸能館前で旧正月行事を行った。行事の開催を知らせるドラの音が鳴り響く中、「正月ユンタ」で会場を盛り上げ、南からヤリ、北からカマを持った勇者役が舞台の上に登場。勇者の戦いである勇壮なツナヌミンが披露された後、大綱引きが行われた。「北が勝つと豊漁、南が勝つと豊作」と言い伝えがあり、南の勝利で今年一年の豊作を祈願した。
 綱引きが終わると、南からツクドゥン(農民の最高位)、北からミリクが子どもたちを引き連れて登場し、ツクドゥンに五穀の種子が託された。
 会場には地域住民や郷友会員、観光客も参加した。仲本支会は同日夜、旧正月行事を行った。
 2016年には旧正月の2月8日に旧暦伝統行事の大綱引きが行われ、仲本集落と東筋集落が豊作豊漁を願い、綱を引き合った。会場となった東筋集落の黒島伝統芸能館前では住民や郷友会、観光客も交じって約300人でにぎわった。住民らは晴れやかに「あけましておめでとう」とあいさつを交わた。
 ドラとかねが打ち鳴らされた後、北と南に分かれた住民が正月ユンタを掛け合い、行事がスタート。巻き踊りや勇壮な武者がやぐらの上で争うツナノミンが披露された後、大綱引きが始まり、観光客も力いっぱい綱を引いて、伝統行事を楽しんだ。
豊年満作と住民の無病息災を祈願する

 
【韓国】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
韓国
韓国 旧暦1月15日/2014年は2月14日 テボルム(小正月)伝統行事 韓国の各地 地元市民、観光客  韓国では今でも旧正月(ソルラル)、秋夕(チュソッ)をはじめとした主要な名節(ミョンジョル)を陰暦(太陰太陽暦)で祝う。満月の日を祝うボルムナルの中でも1年の初めの満月の日を大ボルム(テボルム)と呼び、この日を旧暦1月15日小正月として、テボルム伝統行事を行う。この日は厄を払い、1年の豊穣を祈願する神聖な日で、2014年は2月14日がテボルムになった。旧暦のテボルムは毎年変動し、2015年は3月5日となる。
 正月デボルムナルは「上院(上元)」ともいう。上院は、道家で言う三元の一つで、三元とは、上院(1月15日)、中原(7月15日)、下院(10月15日)をいう。三元の日には天上の仙官が、人間の善悪を探るとされる。それを「ワン(元)」とする。
 テボルム前日の14日に、五穀ご飯とムグンナムル(ゼンマイ、キキョウ、シイタケ、イワタケ、大根、モヤシ、豆モヤシ、かんぴょう、干し菜など9種の和え物)などを食べ、15日の朝は、松の実やクルミ、落花生などの木の実をかじることを吉例としている。これは一年間でき物や腫れ物ができがないようにというおまじないでプロムと言われている。

 旧暦1月15日の小正月に作って食べる特別料理のことを「サンウォンチョルシッ(上元節食)」という。その中で今でも韓国の各家庭でテボルムの日によく食べられるのが、「オゴッパッ(五穀ごはん)」や「ヤッシッ(薬食=うるち米にナツメやハチミツ、黒砂糖などをいれて炊いたもの)」、「イミョンジュ(耳明酒=耳をよくするお酒)」、「プロム(皮の硬い木の実=ピーナツ、胡桃、栗など)」など。

 テボルム当日の朝はピーナッツやクルミなどの「プロム」といわれる固い木の実類を噛みながら1年の健康を祈ったり、1年中良い知らせだけを聞けますようにと祈願する意味で「クィバルギ酒」と呼ばれる清酒を飲む。また、もち米や小豆、粟など5種類の穀物を一緒に炊いた「五穀米」とナムルを近所の人と分け合って食べたりする。
 この日は全国各地で畑や田に火をつけ、雑草や害虫などを駆除する野焼きとして行われる「チュイブルノリ」や、獅子の仮面を被って練り歩く獅子舞いの「サジャノリ」などが行われる。

 夜になると、集落ごとに藁や薪を積み重ねたタルジプ(タルチッ)と呼ばれる「月の家」に願い事を書いた紙をつるしてタルジプ焼きで一緒に燃やす。厄を払い福を招くといわれている。また、家族や親戚が集まり、新年で最初の満月を見ながら今年1年の願い事を祈ったりする。
 農村では、 テボルムに行う月見は、1年の願いを祈り、その年の収穫を占う。月の光が赤ければ日照りになり、白ければ梅雨がある兆しとされる。

   小正月・テボルムの伝統風習
●クィバルギ酒(耳明酒)飲み(귀밝이술 마시기 / クィバルギスル マシギ)
 テボルム当日の早朝に冷たい清酒を1杯ずつ飲む。クィバルギ酒を飲むと、今年1年間耳が良くなる、良い知らせだけを聞きながら過ごせるといわれる。
●プロム噛み(부럼 깨기 / プロムケギ)
 テボルムの早朝に「プロム」と呼ばれるピーナッツやクルミ、松の実、栗、銀杏などの固い殻のある実木の実をカリカリと音を立てて食べる。プロム噛みをすると、今年1年間吹き出物が出ない、皮膚疾患にかかることなく健康に過ごすことができ、また歯も丈夫になるといわれる。また、豆をカリカリ食べる音で鬼を追い払う意味もあるという。木の実は、自分の歳の数だけ食べる慣習となっていて、日本の節分の豆まきに似ている。
●五穀米の分け合い(오곡밥 나눠 먹기 / オゴクパプ ナノモッキ)
 テボルムの前日の夜に5種類の穀物(米・アワ・キビ・小豆・豆)で作った五穀米を、テボルムの当日に9種類のナムルを添えて近所の人と分け合って食べる風習があります。五穀米を分け合って食べると今年1年の運が良くなる、農作業をうまく営み、豊かな食卓になると信じられている。
●タルジプ焼き(달집 태우기 / タルジプテウギ)
 「タルチッまたはタルジプ(月の家)」は稲藁や松の枝、薪を積み重ねた小屋に願い事を書いた紙をつるす。月の家を建てるためのわらや松の枝は、集落の若者が各戸を回って集める。村によっては、農楽隊が戸別訪問して、地神パッキ(地神踏み)をして家を祝福する。小正月の「タルチッ」に火をつける「タルチッテウギ」(タルジプテウギ)は、厄を払い福を招くといわれている。
 ダルジプの形状は、一般的に3つの棒を適当な間隔で立てトップを一つにまとめて囲み、屋根ふき材料として、わら、松の枝などで作る。タルジプの燃え方によって、その年の農作物の作柄を占う。タルジプが均等に燃えればその年は豊作、タルジプが燃え崩れた方向にある村は豊年、ダルジプがよく燃えないと、その年は飢饉になるなどと言われる。ダルジプには青竹を入れて焼き、盛大にバーンと大きな音で爆ぜれば、邪気を追い払うことができるという。
 タルジプ焼きの前には、祭壇に捧げられた料理を捧げ、ご先祖様にお祈りを捧げる。また、月見祭として「月の火だ、月の火だ。月を燃やすぞお〜」「タルボアッター(月をみたぞー)」と叫びながらお辞儀をし、願い事をする。その後、たきぎ、わら、松の葉などを高くつみあげたタルジプを燃やす。農楽を演奏して焚き火の周りで踊る「カンガンスルレ」で遊ぶ所もある。
●穀物立竿(볏가릿대세우기 / ピョッカリッテ )
 テボルムに藁や松に麦、粟、稗、小豆、きびなどの穀物を包んで木の枝に結びつけたあと、井戸や庭に高く立てかけ、豊作を祈る。旧暦の正月1月15日に立てて、同じく旧暦の2月の初旬に下ろすまではそのままにしておく。垂れ幕に「農者国之大本(農業は国の大本)」などと書いて掲げる。
● 虫追い野焼き・火振り(쥐불놀이 チュイブルノリ)
 テボルムの前日、畑の畝や田んぼのあぜ道に藁を置いておき、日が暮れたらそれに一斉に火をつけて燃やす。田畑の雑草を燃やすことで害虫の被害を防ごうとするもので、四方で火がごうごうと燃える様は壮観。
 また、テボルムの晩には、火のついた箱を振り回し、ねずみがいなくなって、豊作になりますようにと祈る。
● 地神踏み(지신밟기/チシンパルギ)  地神踏みとは、正月テボルムに農楽隊が演奏しながら家々を回り、その土地を踏んで土地を守る地神に祈りをささげることで家庭と村の安泰を願う祭祀。昔の人は土地を踏むと地神がその場所に住む人たちに福を与え、見守ってくれると信じていた。農楽隊が土地を踏んでくれると家主はお酒と食べ物でもてなし、感謝の気持ちを伝える。
●「サジャノリ」
 獅子の仮面を被って街を練り歩く獅子舞い。
●綱引き(줄다리기/チュルタリギ )
 正月テボルムの月見が終わると、男女がチームに分かれて綱引きをする。綱引きの勝敗でその1年の豊作を占い、女性チームが勝つと豊作だという言い伝えがある。ユネスコは2015年、稲作文化圏におけるチュルタリギの伝統文化的価値を高く評価し、人類無形文化遺産に指定した。
●タプキョ(踏橋)、タリパルキ(橋ふみ)
 歳の数だけタリ(橋)を踏めば、その1年間は足の病気をせず、すべての災いが追い払われるだけでなく、福も呼び寄せるといわれる。タプキョ(踏橋)は、毎年陰暦小正月1月15日前後の3日間の夜間に行なわれる。
●カンガンスルレ
 カンガンスルレは韓国固有の伝統遊びで、女性が手をつないで丸く輪を作り、歌に合わせてぐるぐる回りながら踊る。伝統的にソルラル(旧暦1月1日)・テボルム(小正月)・端午(旧暦5月5日)、秋夕(旧暦8月15日)などの韓国の年中行事に行われ、もっとも大規模に行われるのが秋夕。稲作文化に由来するカンガンスルレは昔ながらの重要な風習で、踊りをたやすく覚えることができ、協調性・平等・友情が感じられる貴重な民俗芸術であるとして、ユネスコは2009年、人類文化遺産に登録した。
(この項、韓国国立博物館、韓国観光公社、ソウルナビの各WEBサイトなどによる)
厄を払い、1年の健康、1年の豊穣を祈願する
光州南区チルソクドン 2015年02月28日〜3月1日 広州南区ゴサウム遊びフェスティバル2015 光州南区ゴサウム遊びテーマパーク 市民、観光客  毎年小正月に光州南区七夕(オトドル)村では、「ゴサウム遊び祭り」が開催され、観光客が参加してにぎわう。1983年第1回ゴサウム遊びフェスティバルが開始され、光州広域市南区の代表的な郷土祭りとして定着した。
 ゴサウム遊びは村の人々がわらで作った男性を象徴する東部と女性を象徴する西部の二手に分かれて戦いを繰り広げる。女性を象徴する西部が勝てば、その年の豊作になるという俗説がある。ゴサウム遊びを通して村の人々は、その年農業の豊作と村の平安を祈願し、村の人々の協働と団結心を高揚して粘り強い覇気と強い闘志を育てる。

 ゴサウム遊びは稲作中心の全南道などで広く行われた綱引きで、三韓時代から始まり、七夕オトドル村に脈々と受け継がれてきた。しかし、1910年の日帝占領以降、民族文化抹殺政策により通常の民俗遊びと同様にタブー視されたが、1960年代半ばから村の青年有志が再現に関心をいだき、村の有志と村出身ヒャンオの依頼と献身的な協力を受けた民俗学界の助けを借りて、1967年から学術的体系化がなされて、1968年の伝統民俗遊びとして復元・再現されるようになった。
 村の人々の熱心な復元の努力に力を得て、1969年、200以上の村の住民が参加した第10回全国民俗芸術競演大会で最高賞の大統領賞を受賞し、ゴサウム遊びは1970年7月、国の重要無形文化財第33号に指定された。ゴサウム遊び保存会が発足し、文化の伝授と教育のために人間文化財と技能保有者が指定されて伝授館が1987年に完成した。

 毎年小正月に行われるゴサウム祭りはゴサウム遊びの発祥地である七夕オトドル村で数多くの国内外の観光客が参加した中、盛況に行われている。ゴサウム遊び祭りは前夜祭でジュウィブル遊び、ダンサンジェ、農楽が開かれた後、正月デボルムナルでは風物遊びである凧、板跳び、縄跳びなどの伝統歳時民俗遊びと、ゴサウム遊びの綱引きが一緒に構成されて、観光客も一緒に参加して楽しむ。
 出典韓国観光公社 http://korean.visitkorea.or.kr/kor/inut/where/festival/festival.jsp?cid=292950
その年農業の豊作と村の平安を祈願し、村の人々の協働と団結心を高揚して粘り強い覇気と強い闘志を育てる
韓国京畿道(キョンギド)竜仁(ヨンイン)市器興邑甫羅里 2014年2月8日〜16日 韓国民俗村 小正月テボルム 特別イベント 2014 韓国民俗村内の公演会場 市民、観光客  イベントでは、テボルム(小正月)の伝統であるピーナッツやクルミ、松の実などの「プロム」といわれる固い木の実類を噛みながら1年の健康を祈る風習や、もち米や小豆、粟など5種類の穀物を一緒に炊いた「五穀米」を分け合って食べることができる。毎年、観覧客達に人気の「地神パッキ」という家を守る神にささげる祭祀を行った後にお酒とお餅を食べるイベントも行われる。
●イベント内容
北青獅子遊び(獅子舞)、チュルタギ(綱渡り)、地神パッキ、ビョカリッテ立て、タルジプ焼き、ポルム料理試食、クィバルギ酒&プロム、お札書きなど

 2016年の陰暦小正月(チョンウォルデポルム)は2月22日。韓国民俗村では、新年初の満月を祝うイベントとして、厄を払い一年の幸福と豊作を願う伝統行事「タリチャオルンダ」を2月13日から2月22日まで開催した。「タリチャオルンダ」とは、韓国語で月が上がっているという意味。韓国では、旧暦小正月の満月(新春最初の満月)は豊穣の象徴とされ、タルチッテウギの火で厄災を浄化するとされる。また、小正月は満月を愛でる月見の日でもあり、一年の健康、幸福と豊作を祈願する日となる。
<2016年の主な小正月イベント>
●タルチッテウギ(月の家燃やし、タルジプテウギともいう)
21日15:30から竹や松の枝、ワラなどを積み上げた家を燃やし、1年の幸福を祈念する。タルチッ(タルジプ)とは「月の家」、月が昇る東の方向に門を付ける、テウギは 「燃やす」。
●チャンスン(村の守護神)婚礼式
20日15:30から、チャンスンによる婚礼を行い、招福を祈念する。
●地神パッキ祭り
20日、21日13:40から農楽(ノンアッ)とともに地神を鎮めてこの1年の無事を祈願する。
●五穀米、クィパルギスル(酒)の分かち合い
22日15:00から。
●ピョッカリッテ(稲穂竿)立て
22日13:00から、わらに稲穂や穀物をつけた竿を立て豊作を祈る。
●橋渡り(踏橋)
20日、21日13:30から。その年の災いを払うよう祈りながら歩いて橋を渡る。
(この項出典韓国民俗村公式サイトなどによる)
 厄を払い一年の幸福と豊作を願う
京畿道竜仁市 2015年3月5日夜(旧暦1月15日) 天灯   市民、観光客  天灯は中国文化圏で旧小正月を祝う熱気球。住民たちは家内安全と豊作を祈り、カラフルな天灯を空高く飛ばした。 家内安全と豊作を祈る
韓国京畿道水原市 2015年3月1日 大綱引き「コジャビノリ」 市内の道路 市民、観光客  旧暦1月15日の小正月(今年は3月5日)を控え、京畿道水原市では1日午後、市民たちが地域の平和と豊作を祈り、大綱引き「コジャビノリ」を行った。 地域の平和と豊作を祈る
韓国ソウル市北村韓屋マウル 2015年12月19日 「厄運をはらう小正月、冬至」行事 北村文化センター 市民、観光客  「厄運をはらう小正月、冬至」行事は、ソウル市が開催する市民イベント。1年で太陽が最も短い冬至(12月22日)を控え、19日午前10時から午後5時まで北村文化センターで、邪鬼払いのパズル合わせや冬至の道具製作のほか、小豆粥がふるまわれるなど、多彩な市民参加のイベントが行われた。
 冬至の道具製作では、邪鬼払いに使う小豆の袋や虎の形の表札、鵲虎図の掛け軸など福を祈って「辟邪」(邪鬼をはらうこと)の意味を込めた伝統工芸品も作った。最も多くの市民が参加したイベントは、2016年丙申年の新年を迎える大型鵲虎図のパズルゲーム。鵲虎図は、元旦に邪鬼が入ってくることを阻止するために家々の門と壁にかけるカササギと虎の絵で、市民が、ソウル市無形文化財の金萬熙(キム・マンヒ)民画匠が描いた鵲虎図パズルを合わせ、新年を祈願した。
邪鬼払い
韓国ソウル市陽川区 2015年3月1日 チュイブルノリ 安養川河川敷 市民、観光客  チュイブルノリとは、火の付いた棒を持って野原や畑を回りながらネズミや害虫を追い払う伝統的な火祭り行事。その年の豊作や健康を祈る。1日午後、旧暦1月15日の小正月(2015年は3月5日)を控え、市民たちが「チュイブルノリ」を行った。 ネズミや害虫を追い払い、その年の豊作や健康を祈る
韓国ソウル 2002年2月24日 「ピョッカリッテ」 南山韓屋村(ナムサンハンオクマウル) 市民、観光客  この年はテボルムナル(陰暦の正月15日)が2月26日となった。ピョッカリッテは、農家で豊作を祈るために軒下に建てる。24日には、南山韓屋村で、稲、キビ、アワなどの穂を包んだ長い竿を立てた風習を再現するピョッカリッテ立てが行われ、ワラビ・キノコ・カボチャなどのテボルムナル・ナムル(野菜の浸し物)の展示会、五穀パプ(五種の雑穀が入ったご飯)作りの試演などテボルムナルを再現する行事が行われた。
 26日午後5時には北青獅子(プクチョンサジャ)ノルム(正月15日に獅子の仮面をかぶって演ずる行事)とサルプリ(厄払い)、タルジプテウギ(タルジプ焼き)の月見の時に、わら、松の葉、薪を小屋の形に積み上げたタルジプを燃やし、農楽を演奏して踊りながら村の悪神を追い払う行事が行われた。
豊作を祈り、村の悪神を追い払う
韓国ソウル瑞草(ソチョ)区 2002年2月26日 テボルムナルの行事 清溪(チョンゲ)山ヘリポート 市民、観光客  26日午後5時30分からチプルノリなどテボルムナル(陰暦の正月15日)の行事を行い、午後8時から良才(ヤンジェ)洞の農協ハナロマート駐車場でタルジプテウギ行事が行われた。
 
韓国ソウル 2002年2月26日 テボルム民俗遊び 石村(ソクチョン)湖水近くに位置するソウルノリマダン 市民、観光客  25日午後5時から風物演奏(チャンゴ、プク、ケンガリ、チンの4つの楽器を使い、韓国特有のリズムを叩き表現する伝統芸能)、地神パッキ(農楽によって地神を慰め1年の家族の無事を祈る)、タルジプテウギ、京畿(キョンギ)民謡など伝統の民族遊びが行われた。
地神を慰め1年の家族の無事を祈る
韓国ソウル 2003年2月15日 「オルス!(いいぞ!)月が昇る」テボルム祝祭 ソウル市・牛眠(ウミョン)山のふもとに位置する国立国楽院礼楽堂と広場 市民、観光客  15日午後5時から踏橋やタルジプテウギ(タルジプ焼き。月見の時にわら、松の葉、薪を小屋の形に積み上げたものを燃やし、村の悪神を追い出す意味がある)など、災厄を払い一年の豊饒を願ったテボルムの歳時風俗を公演した。
 1部では国立国楽院舞踊団がノッタリパルギ(慶尚(キョンサン)南道の安東(アンドン)や義城(ウィソン)地方などで陰暦の正月15日の夜に行われる女性の民族遊戯)を再現した。
 2部ではソンソリ(立唱)サンタリョン(山節)と南道(ナムド)民謡、時調唱、河回(ハフェ)別神(ピョルシン)グッ(巫俗信仰の儀式)仮面劇の他、踏橋遊戯を披露した。
 3部は出演者と観客の全員が広場に集まってタルジプテウギとカンガンスルレ(全羅(チョルラ)南道地方の伝統的な踊り)を行った。大勢の女性が円陣を組んで「カンガンスルレ」と歌いながらぐるぐると情熱的に踊り舞った。旧正月にロビーに設置された一年の計や願いを紙に書いた「福結び」をタルジプと共に燃やした。
災厄を払い一年の豊饒を願う
韓国ソウル 2014年2月14日 「月の光あふれる小正月」 南山韓屋村 市民、観光客  テボルム(陰暦1月15日、小正月)である14日人々はどんと焼きをして今年1年の健康や家内安全を祈った。
(朝鮮日報日本語版)
今年1年の健康や家内安全
韓国京畿道始興市 2016年2月22日 小正月ダルジプ燃きで不良債権を焼却するイベント 始興ゲトゴル生態公園の芝生広場 始興市、ジュビリー銀行と500人の始興市民  京畿道・始興市とジュビリー銀行は2016小正月ダルジプ燃やす"のイベントで500人の始興市民と一緒に不良債権を焼却するイベントを開催し、約3億ウォンの不良債権をダルジプに乗せて帳消しとして、生計型債務者の新しい出発を支援した。
始興市とジュビリー銀行は、2015年12月に借金帳消しプロジェクトの業務協約を締結した。この日の小正月行事には始興市長とジュビリー銀行役員らが参加した。始興市が今回焼却した債権の規模は3億1000万ウォン相当として、ジュビリー銀行が始興市の職員が集めた寄付と始興市褒賞金の合計310万ウォンで購入した。また、借金帳消しプロジェクトの趣旨に共感した管内 の貸付け金業者が420万ウォン相当の不良債権を寄付した。
今回の債券焼却で債務救済を受けるのは14人、新しい出発の機会を与えられた。始興市の関係者は、「今回の焼却イベントは小正月を迎えて浄化を象徴する韓国固有の伝統行事のダルジプ燃きの楽しさにのせて、市民の招福の意味を再確認する」と語っているという。市は今後も負債の帳消しプロジェクトを継続的に展開していく予定だという。
 ジュビリー銀行は、今回のタルジプ焼き行事まで合計3900人の債務元利金約1400億ウォンを帳消しにしており、城南市、恩平区、光山区、ソウル市と全羅南道など地方自治団体と業務協約を締結して債務長期延滞者の借金帳消しと回復を助けてきたという
(この項ヘラルド経済デジタルニュース、)
債務長期延滞者の借金帳消しと回復を支援
韓国釜山 2013年2月24日 テボルム(小正月)伝統行事タルジプ焼き ヘウンデ海水浴場の砂浜 市民、観光客  テボルム(陰暦1月15日、小正月)である24日、全国各地で焚き火をしたり、チュルダリギ(綱引き)をしたりするなどの行事が行われた。釜山のヘウンデ海水浴場の砂浜で行われた焚き火の行事では、市民や観光客が空高く燃える大型の焚き火を見上げながら今年1年の豊穣と安寧を祈願した。2010年には2月28日に行われ、20万人の参加者がそれぞれの願い事をした。
(中央日報日本語版)
今年1年の豊穣と安寧を祈願
韓国慶尚南道昌寧郡霊山面(キョンサンナムド・チャンニョングン・ヨンサンミョン) 2012年3月3日午後 テボルム(小正月)伝統行事「霊山の網引き」 霊山面 市民、観光客  「霊山の網引き」は重要無形文化財26号に指定されている小正月と前後して行われていた農耕祭。現在は抗日精神を称える三一文化財行事として行われている。
綱引きは村を男性と女性を象徴する東軍と西軍に分かれて競い、その年の豊凶を占う。女性である西軍が勝つと豊年になると伝えられている。
綱引きは雌綱と雄綱の丸い輪を連結して始まる。この儀式は、多産を祈る農耕社会の風習とされる。
出典中央日報日本語版
この1年の豊凶を占い、多産を祈願

  【台湾】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
台湾
台湾北部・新北市平渓 2013年2月17日 平渓国際天灯節(スカイランタン・フェスティバル)ランタン打ち上げ大会 平渓中学校校庭 市民、海外から訪れた観光客  平渓国際天灯節(スカイランタン・フェスティバル)は、台湾の旧正月(春節)名物のランタンを空高く打ち上げる行事。天灯節では、表に願い事を書いた高さ1メートル余りの紙風船型ランタン(天燈)を熱気球の要領で夜空に飛ばす。会場ではバンド演奏が行われ、ランタンが10回に分けて空高く放たれた。
 この日は同年の2回目の開催。目玉は高さ6メートルの巨大モザイク・ランタン。事前に市民や海外から訪れた観光客が色つきの紙に恋愛成就や商売繁盛などの願い事を書いたものを1632枚貼り合わせて作り、「我愛台湾」(私は台湾を愛す)の文字を浮かび上がらせた。このイベントには馬英九・総統と朱立倫・新北市長が参加し、景気回復や地方振興の願いも込めてランタンを上げた。
 このほか、何百ものランタンが夜空いっぱいに打ち上げられた。
 平渓のランタン祭りは台湾の春節行事として国際的に知名度が高く、ディスカバリーチャンネルでは世界第2の祭典として取り上げられたことがある。また、米CNNのトラベルサイトでは2013年のおすすめ世界観光イベント52の1つに選ばれたという。
(この項出典「フォーカス台湾」)
恋愛成就や商売繁盛。景気回復や地方振興を願う

  【中国】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
中国
香港 2015年2月19日(旧暦元日) 2015 キャセイパシフィック 旧正月インターナショナル・ナイト・パレード 九龍半島のチムサアチョイの目抜き通りなど各地 市民、海外から訪れた観光客  イベントは香港政府観光局が開催し、1996年の開始以来、人気の一大観光イベントに成長した。2015年は国内外から34のライトアップされた山車やパフォーマー団体が参加し、目抜き通りをパレードする。
 日本からは、沖縄観光コンベンションビューローが沖縄の伝統芸能であるエイサーの創作演出と琉球王朝時代に執り行われていた古式行列を組み合わせたパフォーマンス「沖縄元気太鼓舞EISA」を行う。
 観光局では、サプライズプレゼントとして、旧正月の最初の7日間(2月19〜25日)に香港国際空港に到着した観光客29万8888名に、フェリー乗船券やトラム乗車券を含む観光施設、お土産などのお年玉クーポンをプレゼント。また、パレード沿道の9万8888名に、Maximのケーキ30香港ドル分の金券やスナック菓子をプレゼントする。
旧暦正月を祝う
中国各地 2015年2月19日〜3月5日 旧暦正月の春節 中国各地 市民、海外から訪れた観光客  中国では年初に正月を2度祝っている。新暦1月1日の新正月と、旧暦正月の春節(しゅんせつ、中国語: 春节 拼音: Chūnjié チュンチエ)を祝う。しかし、その2つの祝日としての重みは全く違う。新正月は1月1日だけ休日で、簡単に済ませる一方、正月として盛大に祝うのは春節である。2015年には2月18日、旧暦の大晦日を迎え、春節(旧正月)連休に入った。中国各地では旧正月を迎え、花火や爆竹を鳴らして年越しを祝った。
 爆竹鳴らしは「魔よけ」や「神を迎える」などの意味を持つ中国の伝統行事。近年は大気汚染防止の対策で、規制が強化されているが、都市部では大気汚染物質PM2.5の濃度が急上昇した。公安部(公安省)治安管理局のまとめによると、花火・爆竹の使用を禁止しているのは138都市、制限しているのは536都市に上る。
 上海では旧正月を祝うため、18日午後11時ごろから爆竹や花火が打ち上げられた。市民は「爆竹などを鳴らさないと、新年の雰囲気が出ません」と話した。

 春節の大晦日は、実家の親元へ帰省し、一家そろってごちそうを食べる。これを「団圓飯」と呼んでいる。元日には北部の地方では餃子、南部の地方では餅(年糕ネンガオ)を食べるのが一般的だとされる。子供にはお年玉(圧岁銭/ヤースイチェン)が渡される。
 また、旧暦の最初の月「元月」の15 日を「元宵節」と呼んで慶祝する。日本の小正月にあたる。「元宵節」の夜はその年の最初の満月が上がり、大地に春がよみがえる晩とされる。また、元宵節は『上元節』とも呼ばれる。
 「元宵節」には、アン入りの丸い団子「湯圓」を食べるのが通例である。
 中国では大晦日の夜から元日の未明にかけて、爆竹や花火で新年を祝うが、元宵節には飾り灯籠を家々の軒先や街頭に掲げて、龍舞、獅子舞などで春の到来を祝うのが漢朝時代からの伝統と言われる。近年では「天燈」という紙製の熱気球を空にあげて楽しむ「スカイ・ランターン・フェスティバル」も盛んになっていて、観光行事となっている。「湯圓」を食べて、灯籠をみて歩くのが中国の旧暦小正月の伝統的な習俗と言われる。

春の到来を祝い、「魔よけ」を行う
(出典人民網日本語版、NOWnews.com/今日新聞網など)
中国上海市 2016年の春節〜元宵節 元宵節の花火、爆竹を条例で禁止 市中心部 市民   中国で元宵節は新年行事のフィナーレを飾る日として、邪気払いとなる花火や爆竹鳴らしが欠かせないイベントだった。その中で大気汚染や騒音問題の悪化により、中国上海市では2016年から春節以来、条例で元宵節の花火も爆竹も“ご法度”となった。
 上海市では、8日の春節(旧正月)を前に、花火や爆竹を市中心部で禁じる条例が施行され、条例に違反した住民らには、最大で500元(約8900円)の罰金が科せられるという。また、市内の集合住宅では住民に対し、「花火や爆竹はしません」と署名させる動きが広がった。  旧暦の大みそかとなる2月7日から、警察官や地元ボランティアら計30万人態勢で監視にあたった。元宵節前日の21日には、上海の住宅街では、警官らが監視の目を光らせて、「花火や爆竹を見たら聞いたら警察に通報するよう呼びかけたという。
大気汚染や騒音を防止するため花火、爆竹を禁止
中国浙江省舟山市 2015年3月5日 元宵節の祝賀イベント 市内各地 市民  元宵節は中国の伝統的な旧暦小正月の祝日に当たる。全国各地の人々は様々なイベントを行い、これを祝う。
 浙江省舟山市では、住民16チームが龍舞、獅子舞、ヤンコ踊りなど多彩な民俗芸能を披露した。龍舞や獅子舞は地元の人々にとって、縁起の良い踊り。この1年の天候の順調と五穀豊穣を祈る。
 (中国国際放送日本語版等による)
1年の天候の順調と五穀豊穣を祈る
中国陝西省西安市 2015年3月2日夜 元宵節を祝う飾りちょうちん祭り 西安大唐芙蓉園 観光客と市民ら  西安大唐芙蓉園で開会する飾りちょうちん祭りは、元宵節に先立って行われ、西北地域の最大規模を誇る。様々な飾りちょうちんは元宵節の雰囲気を盛り上げ、多くの観光客と市民が訪れる。
(新華ニュース日本語版)
 

  【中欧・北欧・中東・中央アジア・米国・インドネシア・アルゼンチン】
地域 実施日 名称 場所 参加者 内容 趣旨
欧州
中欧・北欧の各国 毎年4月30日 「ヴァルプルギスの夜」 各国の集落広場 住民、観光客  歴史的なヴァルプルギスの夜は、キリスト教到来以前の異教の春の風習にちなんでいる。古代ケルトにはバルティナあるいはケートハブンと呼ばれる春の祭りが5月1日にあり、この祭りの前夜がヴァルプルギスの夜などと呼ばれた。
 ケルト人たちは一年を暖季と寒季の二つにわけ、暖季を迎えるこの日を大切にしていた。
 ノース人の風習では、ヴァルプルギスの夜は『死者を囲い込むもの』とされていた。この日の夜にかがり火を焚いて、生者の間を歩き回るといわれる死者と無秩序な魂を追い払うためにたかれ、光と太陽が戻るメーデー(5月1日, the May Festival, May day )を祝うことにつながる。
(この項、wikipedia)
春の到来を祝い、悪霊を払う
スウェーデン
スウェーデン 2014年4月30日 ヴァルボリ(Valborg)」の火祭り スウェーデン各地の集落広場や砂浜 住民、観光客  4月30日、全国各地の広場や砂浜に住民が集まり、青年や子供たちが松明(たいまつ)パレードを行い入場する。春を迎える歓迎スピーチを行い、聖歌隊や合唱団が「春の歌」を歌う。そして、「春の歌」を歌った後、大きな焚き火を囲んで、深夜まで酒を飲み、ソーセージなど食べ物を食べて、この1年の健康と春の訪れを祝う。
(この項、ヘルシンボリ・ダグブラッド紙) http://hd.se/hoganas/2014/04/29/har-firas-valborg-i-kullabygden/
北欧のヴァルボリ焼き火祭りの画像はこちら
http://goo.gl/APNjmO
春の到来を祝い、今年1年の豊穣と悪霊を払う
ドイツ
ドイツ・バイエルン(Bayern)自由州ヴァルトキルヒェン 2015年1月5日 ヴァルトキルヒェンの12夜(ラウナハト Waldkirchen Rauhnacht) ヴァルトキルヒェンのマーケット広場など市街地 住民、観光客  ドイツのクリスマスは12月25日の日没に始まり、1月5日の公現祭(エピファニーEpiphany)の日没までの年越しの12日間をいう。最終日の1月5日夜に行われる「12夜祭」では角が生え、牙を持つ悪鬼のマスクをつけ、ふさふさした毛の衣装を着けた人たちが恐ろしい声で叫んだり、太鼓を鳴らして、街を練り歩く。そして、街から悪霊を追い払う。ラウナハトの鬼は、日本のナマハゲ、アマハゲにそっくりのデザインである。以下にWaldkirchen市公式サイトにリンクする。
http://www.waldkirchen.de/index.php?id=332
(この項の出典:Waldkirchen市公式サイト、ヴァルドキルヒェン観光ビューローTourismusburo Waldkirchenなど)
悪霊を払う
ドイツ・バイエルン自由州ヴァイデン 2015年1月5日 ヴァイデン第1回12夜のゴースト狩り ヴァイデンの旧市庁舎広場 住民、観光客  ドイツのクリスマス12夜は冬至の期間と重なり、その年で夜が最も長く、最も寒い時期にあたる。悪鬼のマスクと長い毛の衣装をまとったオーバープファルツ城のクランプス(悪鬼)が、たいまつで悪霊を追い払い、象徴的に冬を追放するために市街地を練り歩く。2015年に伝統行事を復活させた。
(この項の出典:オーバープファルツTV Weiden in der Oberpfalz)
悪霊と冬を追放する
オーストリア
オーストリア・スティリア州エブラルン 毎年12月上旬 ユネスコ無形文化遺産「エブラルンのクランプス祭(Öblarner Krampusspiel) 」 集落の農家、町市場の広場 住民、観光客  エブラルン(Öblarn)のクランプス( Krampusspiel )は少なくとも200年前から伝わる仮面、仮装の異人グループによる伝統文化行事。2015年にユネスコ文化遺産に登録された。12月上旬に集落の農家を訪問し、村市場の広場でも演技が行われる。登場するのは聖ニコラス(サンタクロース)、クランプス(オニの仮面とフサフサの毛皮に身を包む)、スカブ(Schab、巨大な角を持つ藁人形、穀物の精霊)、ハバーガイス(Habergeisヤギの仮面と毛皮を着た精霊)、死(骸骨の仮面と黒マントに身を包む死神)、森の精霊などが登場し、農業を襲う厄災との戦いと復活、人生の勝利などを表現するという。
(この項出典UNESCO、wikipediaなどによる)
農業を襲う厄災との戦いと復活、人生の勝利などを表現
オーストリア・ザルツブルク州ブルック 2015年12月6日 ブルッカー・クランプスBruker Krampus 市内中心街 住民、観光客  ブルッカー・クランプスは、18周年を迎え、プレ・クリスマスイベントとして開催された。民間伝承の角の生えた怪物のマスクや衣装に身を包んだ約400人の祝祭者がパレードした。通りには約2,000人が見物に訪れた。仮装した祝祭者のうち、酒に酔ったグループが、沿道のティーンエイジャーを、激しく白樺の枝や鞭で打つ暴力行為をしたため、5人の少年少女がミミズ腫れや血を流す怪我を追って、救急車で病院に搬送された。伝承では、クランプスは悪い子にお仕置きをすると言われるが、負傷した15歳の少女の父親は憤慨しながら、「この暴力は伝統とは何の関係もありません」と語った。
(この項出典The Local:Austrian news website)
 
チェコ
チェコ・カプリーチェ Czech Republic Kaplice 2015年12月12日夜 第4回カプリーチェ・クランプスショー 市内中心街、クランプスセンター 住民、観光客  クランプスはドイツ、オーストリアの伝統行事だが、チェコ共和国でも近年、人気が高まっている。イベントは自治体の観光振興イベントとして開催され、悪鬼クランプスに扮した29チームの約400人がパレードした。ほぼ2万人の観光客が訪れ、会場の通りを埋めた。通りには地元のレストランやカフェが屋台を出して、イベントを通して熱い食べ物を提供し、クランプスのモチーフにした記念グッズも販売された。「クランプスショーは、伝統あるチェコの新たな観光ブランドであり、カプリーチェの未来に繁栄をもたらす」と市役所の担当者は語っている。
(この項出典 カプリーチェ市公式サイト)
悪魔払い、地域の観光振興
ハンガリー
ハンガリー南部のモハーチ(Mohács) 復活祭の日曜日、告解の火曜日(またはマルディグラ)を含む6日間(移動祭日) ユネスコ無形文化遺産「ブショーヤーラーシュ・カーニバル」 市内中心街 住民、観光客  ブショーヤーラーシュ( Busójárás Carnival )は、冬を追い払い、春の到来を祝う伝統行事。2009年にユネスコの無形文化遺産に登録された。通常、祝祭は2月下旬のカーニバルの季節に行われ、復活祭の日曜日、告解の火曜日(またはマルディグラ)を含む6日間行われる。イベントではブショー(Busós)と呼ばれる仮面神が街を練り歩き、民俗音楽、パレードやダンスが行われる。
 ブショーは日本のオニのような恐ろしい木製マスクと大きなふさふさの毛皮マントを身に着けた男たちが練り歩く。祭典はパレードや音楽を通じて地域のアイデンティティと多民族団結の強い感覚を作成し、地域の住民に自己表現の機会を提供する意義があるとされる。
 (この項出典UNESCO、wikipediaなどによる)
冬を追い払い、春の到来を祝う
ブルガリア
ブルガリア・シミトリ 2016年1月16日 Kukeri(クケリ)祭典 市内中心街 住民、観光客  Kukeriまたはbabugeri(バブゲリ)は数千年前から伝わると言われるトラキア起源のブルガリアの古いユリウス暦による新年を迎える伝統的儀式。儀式は元旦を中心にクリスマスの間に行われ、クケリはヤギ、クマ、悪魔など怖いマスクをつけて、毛皮の衣装など仮装し、腰につけた鐘、ベルを鳴らし、村内を歩いて悪霊を追い払い、この1年の良好な収穫、人々の健康と子宝、そして幸福をもたらす。伝統的にクケリは、夜に人々の家を訪問する。 村を回った後、広場に集まり、極寒や寒い冬を脅かして追い払うために剣や棒を持って乱舞する。同様の儀式はルーマニア、セルビア、イタリア、スペインで見られるという。
 シミトリはブルガリア南西部の町、およびそれを中心とした基礎自治体でブラゴエヴグラト州に属する。2016年クケリ祭典には全国からクケリの伝統を継承する34グループの3000人以上のが参加し、大きな観光イベントとなっている。同様の祭典は南西ブルガリアのバンスコ、ラズログでも開催される。
「この項出典ブルガリア・フォーカスニュース、pluska・plus-7-dni、Strumaニュースなどによる」
この1年の豊作、人々の健康と子宝に恵まれるよう祈願する
イタリア
イタリア 通常2月下旬の告解の火曜日(またはマルディグラ)を最終日とする6日間行われる サルディーニャ(Sardegna)の仮面・仮装カーニバル 島内の各地 住民、観光客  サルディーニャでは島の各地で、キリスト教の「四旬節」に入る直前の祝宴であるカーニバル(謝肉祭)の期間中、木製の仮面や羊などのフサフサの毛皮で仮装した人々が街を練り歩く。
 人々が仮装してパレードする慣習は、1000年以上の歴史があるとされ、サルディーニャの農耕儀礼と考えられている。暗い冬に別れを告げ、新たな収穫につながる春を祝福する機嫌取りの儀式と考えられている。仮装した異人たちは、多数のカウベルを腰の回りや背中につけて、大きな音を鳴らしながら、練り歩く。
 仮装異人たちはカーニバルで登場するほか、1月17日の聖アントニオ・アバーテ(Saint Anthony Abate)でその年の初のお披露目があり、街の広場でたかれる多数の「焚き火」を囲んで、踊りながら回る。行事として日本の小正月行事「どんど焼き」と類似である。以下にサルディーニャの代表的な仮装行事を示す。

  ◎マモイアーダのカーニバル
 仮装異人を「マミュソーンネ(Mamuthones)」と呼び、1月17日の聖アントニオ・アバーテ(Saint Anthony Abate)でも登場し、マモイアーダ広場でたかれる「焚き火」を囲んで踊る。

オッターナ(ottana)のカーニバル
「ボワズ、メルデュールズ(Boes、Merdules)」というペアの仮装異人グループが街に現れる。ボワズの仮面は羊や鹿などを象徴し、メルデュールズは黒い木製仮面をつけた牛飼いを象徴していると考えられる。ボワズ、メルデュールズは街の通りで戦いを演出し、動物的本能と人間の理性の間の闘争を表す古代の儀式とされる。さらに悪魔払いと人生の不幸を追い払うとも考えられている。オッターナの人々にとって、来訪異人のカーニバルは年の初めの重要な行事であり、自分たちの農文化のアイデンティティを現していると考えられているという。

アウスティスのカーニバル
仮装異人はソス・コロンガノス(Sos Colonganos)が登場する。シカやイノシシなどの仮面をかぶり、仮面には木の葉で飾られる。サルディーニャの他地区ではカウベルを背負うが、アウスティスでは動物の骨を肩にぶらさげ、街を練り歩くときにはガラガラと不気味な音をたてる。
(この項出典サルデーニャのマスケラサルド公式サイトmascheresarde.com、wikipediaなどによる)

暗い冬に別れを告げ、新たな収穫につながる春を祝福する
スロベニア
スロベニア Slovenija 通常、2月下旬のカーニバル(謝肉祭)の期間中 クレントバンエ(Kurentovanje) スロベニア各地の市街地 住民、観光客 カーニバルの祝祭で冬を追い払い、この1年の豊穣を祝福する「春と豊穣の祭典」(The rite of spring and fertility)を祝うために、伝統的なマスクや衣装を着用した「スコロマチ(Škoromati)」または「クレント(Kurent)」がスロベニア各地の街を練り歩く。この祝祭はKurentovanje(クレントバンエ)と呼ばれる。スコロマチは、スラブ民族の伝統行事とされ、クレントバンエは14世紀前半に始まったともいわれる。木製の仮面をつけるか、顔に墨を塗り、大きな羊の毛皮やパレードでガラガラと音を鳴らすために取り付けられた多数の鐘を身に着けている。
 彼らはまた、赤や緑、黄などの色鮮やかなリボン飾ったそびえ立つ帽子と重いブーツを着用します。スコロマチは街の通りで女性に出会うと、彼女らの顔に墨をぬり、祝福する。
 なかでもプトゥイのカーニバルが有名で、2016年には、プトゥイの通りや広場の周りの行列では、9カ国から2,500名以上の仮面で仮装した人々が参加する国際的なイベントとなり、40,000人以上の観客を集めたと発表された。過去には日本からも仮装グループが参加したという。 (この項出典wikipedia、スロベニア24ur.comなどによる)
冬を追い払う
中近東
イラン 2016年3月20日(春分の日) ノウルーズ イランなど中近東の諸国 全国民  ノウルーズ(Nowruz=New Day)は、春分の日(vernal equinox)をイラン暦ファルヴァルディーン月1日(元日)として、春の新年を祝う。古代のゾロアスター教を起源として、この祝祭は、3000年以上の伝統を有するといわれ、イランほかアフガニスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、イラク、アゼルバイジャン、トルコの国々で行われている。
 ノウルーズは人類の文化遺産としての価値も高く評価されている、国連では2009年、ノウルーズを正式にユネスコ無形文化遺産に登録した。さらに国連総会は、ノウルーズが宗教や国境を越えて、さまざまな民族を団結させることにより、世界における人間的な価値の拡大を促進するとして、2010年に「ノウルーズ国際デー」を正式に承認し、「希望と生命の再生」という、ノウルーズの基本的なメッセージを世界に拡大すべきだとした。
 ノウルーズは春の訪れとともに始まることから、人々は、自然と同様に、服や身の周りのものを新しくして、新年を迎える。特に絨毯の洗濯はこの時期の大事な作業となる。伝統的なノウルーズでは、人々はみんなが、喜びにあふれ、親戚に会いに行って、一緒に楽しく過ごすとされている。
 イランではノウルーズの前の「赤い水曜日のイブ」にチャハールシャンベ・スーリー chahar shanbeh suriという儀式を行う。家の前かみんなが集まる街の通りで焚き火が燃やされ、人々は火の上を飛び越え、「私にあなたの美しい赤をください。私の(肌の)蒼白をもっていけ」と唱えながら、新年の到来を祝い、この1年の健康を祈願する。
 イラン独自の習俗としてはハフト・スィーン(Haft Seen)があり、頭文字がペルシャ語のスィーン Sで始まる7つのものを集めてテーブルに飾って祝う。代表的なものは、麦などの青草(Sabzeh 命の再生の象徴)、甘いプディング(Samanu 裕福の象徴)、野生オリーブの種(Senjed 愛の象徴)、ニンニク(Seer 薬と健康の象徴)、りんご(Seeb 美の象徴)、スーマックの果実(Somaq 日の出(の色)の象徴)、酢(Serkeh 高齢と忍耐)
  (出典:IRIBイランイスラム共和国国営放送・国際放送ラジオ日本語版、wikipedia英語版「Nowruz」、アメリカvox.comなどによる)
新年の到来と「希望と生命の再生」を祝い、この1年の健康を祈願する
インド
インド 2016年は3月24日 ホーリー祭 インド、ネパール 国民  ホーリー祭(Holi)は、インドやネパールなどで行われるヒンドゥー教の春祭り。インド暦第11月の満月の日の移動祝祭で(2016年は3月24日、2017年は3月13日)、午前中がクライマックスとなる。祭りの間は、知人だけでなく見知らぬ人にも色粉を塗りつけたり、色水をかけ合ったりして祝います。
 ホーリー祭はもともと豊作祈願の祭りであったが、その後クリシュナ伝説などの各地の悪魔払いの伝説などが混ざって、現在のような町ぐるみのどんちゃん騒ぎとなり、街では飲酒で酔いつぶれる人も。
 ホーリー祭の特徴である色粉や色水を掛け合う由来は、カシミール地方の伝承でこの日に人家に押し入ってくる悪鬼ビシャーチャを追い払うため泥や汚物を投げつけたのが始まりとされる。
 祭りの前週から繁華街には色粉や水鉄砲(主に子供が使う)を販売する露店が多数出店する。人々は色粉などを購入して準備し、地域の人たちが集まって祭りが始まると、友人、知人はもとより通りがかった見知らぬ人にまで顔や身体に色粉を塗りつけたり、色水を掛け合ったりして、春の到来を祝う。
豊作祈願と悪鬼を追い払う
インドネシア
インドネシア 2015年3月20日
2016年3月9日
オゴオゴ(ogoh-ogoh) バリ州(バリ島)各地の村や町の広場や路地 住民、観光客  オゴオゴは、バリ島で「サカ暦」の新年の元日ニュピ(Nyepi)を迎えるための伝統的宗教行事。悪魔が人間の生活を妨げないように、人々はオゴオゴという悪魔の大きな化身としての人形を引き回して町中を練り歩き、町を清めて翌日のニュピの日を迎える儀式が行われる。ヒンドゥー教徒たちは、御神体のオゴオゴという悪霊(悪鬼)の姿をした人形を引き回して町中を練り歩いた後、町を厄払いし、浄化するために寺院でオゴオゴを燃やす。
 翌21日のニュピ(2015年では日本の春分の日に当たる)は、バリ島全域のバリ・ヒンドゥー教徒にとって、新年を迎え、精神修養に専念する最も重要な日で、人々は家の中で瞑想してバリ島から悪霊が去るのを待って一日を過ごす。インドネシアの国の祝日にもなっている。
 この日、島内では火や電灯が一切使われないほか、外国人観光客も含めて、人々は食事も仕事もいかなる活動をしてはならず、レストランや商店等も一切営業が禁止される。警察、医療機関、消防等の治安・人命にかかわる緊急を要する場合を除き、バリ島内の屋外での行動が一切禁止され、航空機の離発着や交通機関も制限される。
 (この項 ジャカルタプレス、インドネシア観光悪省、Wikipediaなどによる)
悪魔払い、町の浄化
アメリカ
アメリカ 2014年12月6日 クランプスパーティとクランプスパレード アメリカ各地 住民、観光客  クランプスはクリスマスの悪魔で、聖ニコラス(サンタクロース)の相棒である。古いオーストリアの民間伝承は、クランプス パーティーとパレードとして12月6日にアメリカ合衆国全体で行われるようになった。聖ニコラスは、子供にお菓子を与える親切な人だが、クランプスは対照的に、悪い子供を白樺の棒でぶって、こらしめる。
 厳粛なカトリック教会ではクランプスを禁じていたが、オーストリア、ドイツ、ハンガリー、スロベニア、チェコではKrampusnacht(クランプスの夜)を祝う習慣が復活し、仮装した男たちが通りの歩行者を追いかけるようになった。
 (この項出典:National Geographicなどによる)
悪い子を懲らしめる
アルゼンチン
アルゼンチン 2015年8月23日 ドンド・マツリ(DondohMatsuri) ブエノスアイレス・パレルモ公園内日本庭園 住民、観光客  日本の小正月の火祭り行事の「ドンド・マツリ(どんど焼き)」が南半球の大寒に入った8月23日、ブエノスアイレス市の日本庭園で行われた。現地では、冬季の恒例行事となっている。現地では、日本の古式によるドンド・マツリは、火の神invocamonの火のセレモニーで、地球神は冬の眠りから目覚めるとされる。またDONDOH-火のセレモニーでは、過去の人々の不幸(健康、経済的)を克服し、新しいプロジェクトに祝福があるよう祈りを捧げる。
 来場者は庭園の入り口で木片(薄い木の板)を受け、これからの一年の「無病息災」「商売繁盛」「厄払い」などを祈願してたき火に投げ込んでいった。寒中の行事であるが、この日の来場者は4千人に達したという。大部分は非日系人で、「なかなかいい東洋の伝統だ。私は静かに火の前で神様に対して感謝と願いを祈った」という老婦人の声も聞かれたという。
 午後は沖縄武術の演武会があり、ニテンキ道場と昭平流沖空会による空手のほか、アルゼンチン相撲協会による乱取りが披露された。
 会場の日本庭園は、亜日文化財団が運営している。ブエノスアイレス市のパレルモ公園内にあり、広さは2・5ヘクタールで、同国の文化財に指定されている。
 (この項出典Revista planetarioWEBSITE、琉球新報WEBなどによる)
一年の「無病息災」「商売繁盛」「厄払い」
 
野沢温泉村道祖神の唄
 (三夜講と呼ばれる厄年の男衆が祭りで歌う)

 目出度く建てた 命あるなら来年も
 また来年も 命あるなら来年も
 唄えばつける サアてば友達良いもんだ
 おいとまとれば 笠の露やら涙やら
 穂に穂が咲いた 升はいらない箕で計れ
 夜明けにひとつ 咲いてくれろや梅の花
 どんとと鳴るとこどこだ あれはお伊勢の大神楽
 大神楽にほれて 行かじゃなるまいお伊勢まで
 添わせておくれ 縁を結ぶの神ならば
 良い娘に良い衣装着せて 袖の下から乳握る
 乳ょ握らせて 乳は内緒の締め樽だ
 締め樽締めて 嫁にやります来年は
 若い衆頼む 露は寝笹の葉を頼む
 お月のように 殿さ心はまんまると
(野沢温泉村WEBサイトより)

 
屋久島「祝い申そう」の唄
 「祝い申そう」は小中学生と若い衆が一緒に各家の玄関口で歌い、家の繁栄を祈願する。

「祝い申そう 何時もより今年は 門(かど)の松が栄えたもれ 東の方の枝にとんび子が下がって 西の方の枝にさあすろい(鶯鳥) さあすろいのまい(前)に生いたる稲は ひともと(一株)刈れば千石 二もと刈れば二千石 そなたの宿を見渡しみれば 米の俵千石 モミの俵は二千石 トビウオは万石 祝うて申そう」(複数の住民ブログにより構成)

データの出所は以下の新聞社、テレビ局や公共機関、地域組織のWEB公開情報等によります。
NHK、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、共同通信、47ニュース、日本経済新聞,日本テレビNNN,北海道新聞,室蘭民報 ,河北新報 ,東奥日報 ,デーリー東北 ,秋田魁新報 ,山形新聞 ,荘内日報 ,岩手日報 ,岩手放送 ,福島民報 ,福島民友新聞 ,FNNローカルTime ,下野新聞 ,茨城新聞 ,上毛新聞 ,千葉日報 ,神奈川新聞 ,湘南経済新聞,調布経済新聞 ,東海新報 ,東京新聞,埼玉新聞 ,山梨日日新聞 ,山梨放送 ,信濃毎日新聞 ,長野日報 ,南信州新聞 ,新潟日報 ,ケンオー・ドットコム ,中日新聞 ,伊勢新聞 ,静岡新聞 ,岐阜新聞 ,北日本新聞 ,北國新聞 ,福井新聞 ,京都新聞 ,神戸新聞 ,奈良新聞 ,紀伊民報 ,山陽新聞 ,中国新聞 ,日本海新聞 ,山口新聞 ,山陰中央新報 ,四国新聞 ,愛媛新聞 ,徳島新聞 ,高知新聞 ,西日本新聞 ,大分合同新聞 ,宮崎日日新聞 ,長崎新聞 ,佐賀新聞 ,熊本日日新聞 ,南日本新聞、奄美日日新聞,奄美新聞、沖縄タイムス、琉球新報、琉球朝日放送、宮古毎日新聞、八重山毎日新聞、男鹿市観光情報、勝山市役所、大磯町役場、近江八幡観光物産協会、真岡市観光協会、タウンニュース、横浜市見花山自治会、羽村市青少年対策委員会、船橋市松が丘連合町会、安心院町観光協会、国宝大崎八幡宮 ,浅草鳥越神社、全国民俗芸能保存振興市町村連盟、横森源永氏「山梨の道祖神」、札幌西野神社、花巻市観光協会,八十二文化財団、長野県南佐久郡川上村、伊那谷ねっと、長野県佐久広域連合、ひたちなか市役所、船橋市役所、柏市役所、横手市観光協会,いなまい・ドットコム,上田市立信濃国分寺資料館,東信ジャーナル[Blog版],NPO法人葉山まちづくり協会,公益社団法人びわこビジターズビューロー,韓国国立博物館,韓国国立民俗博物館,韓国観光公社、東亜日報、韓国中央日報、朝鮮日報、ソウルナビ、韓国コネスト、インドネシア共和国観光省,ジャカルタプレス,Helsingborgs Dagblad、Wikipedia

このアーカイブへのお問い合わせ、質問、連絡はここから御連絡下さい。
(この調査データの引用は商用目的を除き、出典を明らかにして、自由に活用してください。データの加工も自由です。商用利用を希望される場合は、上記のコンタクトフォームからお問い合わせください。出典は[NPO地域資料デジタル化研究会・小正月行事「どんど焼き」の全国調査]でお願いいたしします。)


(調査・データ編集:NPO地域資料デジタル化研究会デジタルアーカイブ班 担当・井尻俊之)

<戻る>アーカイブトップページへ


特定非営利活動法人 地域資料デジタル化研究会
〒406-0041山梨県笛吹市石和町東高橋133 TEL : 090-2491-4085 Fax :055-262-5224
info@digi-ken.org / http://www.digi-ken.org/